今時合コン!?
──昼休み、社内の休憩スペース。
後ろからひそひそ声が飛んできた。
「ねぇねぇ、結衣ちゃん!」
声の主は総務の神谷さんと中村さん。
「今度の土曜、合コン行かない?」
「えっ、合コン……?今時?」
結衣は一瞬、飲みかけたコーヒーを吹きかけそうになる。
「ほら、中村の大学の友達で、商社系のイケメンが来るらしくて~」
「1人どうしても女の子足りなくてさ、お願いっ!」
「いやいやいやいや、私そういうの向いてないって!」
即答で断る結衣。
が――2人の食い下がりは止まらない。
「えー!? 何言ってんの! 結衣ちゃん絶対モテるって!」
「ていうか……実はさ、美人な子連れてくって言っちゃったの!ドヤ顔で!」
「うわ……それ聞いたら余計に行きたくないんですけど……」
「結衣ちゃんが来ないと、ほんとに人数割れなの。ほら、空気ってあるじゃん? ねっ?」
(うわあああ、すごい圧きた)
「いや、でも……そういうの、ちょっと苦手で……」
「ほんとお願い!今回だけ!!今日しか勝負できない男たちなんだって!」
(うわあああ……すごい圧きた……)
「ね、ね、お願い!結衣ちゃんが来てくれないとマジで人数割れなの!」
(く、苦しい……)
「……わ、分かりました。一回だけですよ!」
「やったぁ!!神!!」
「救世主!!」
2人はハイタッチして勝手に盛り上がる。
(……あーあ、行くことになっちゃった……)
──オフィス・夕方
結衣は橋本のところへ早歩きで近寄った。
「橋本……!」
「ん? どうかしました?」
結衣は声をひそめながら、机に手をついて真剣な顔で告げる。
「大変だ! 合コンに行くことになってしまった!!」
橋本は数秒だけポカンとし――
「……え、それが“大変”なんすか?」
「えっ?」
「いや……普通に楽しんできたらいいんじゃないですか?」
あまりに淡々と返された結衣は、小声で言った。
「お前……こっちは元アレ(元男)だぞ?」
「……はあ?」
「“はあ?”じゃねえよ!!」
「今はもうそっち(女性側)じゃないですか。男側の心理も分かって最強ですよ?」
「…お前に相談したのは間違いだった」
思わず小声で机を叩きそうになる結衣。
「もう約束…しちゃったんすよね?」
橋本はふっと笑って言った。
「…うん」
「大丈夫っすよ。結衣さんならモテますから!」
「地獄かよ!」
──合コン当日
とある駅近のお洒落なバル。
ほんのり暗い照明に、アンティーク調の木製家具。
いかにも「ちゃんとした合コン」っぽい雰囲気。
「じゃ、入ろうか」
神谷、中村、そして結衣が店に入る。
すでに奥のテーブルでは男性陣が待っていた。
ジャケットに整ったシャツ、さりげなく髪を整えた清潔感ある雰囲気。
確かに“モテそう”な空気がある。
三人が席に近づくと、男性陣が笑顔で迎える。
「こんばんはー、初めまして」
「今日はありがとうございます」
挨拶と笑顔が交差する中で――
男性たちの目が、一瞬だけ同じ方向に向いた。
視線の先は結衣だった。
誰も言葉には出さない。
だが、“綺麗だな”という空気が確かに流れていた。
軽く乾杯を済ませたあと、テーブルには和やかな雰囲気が流れていた。
「仕事って何されてるんですか?」
「趣味とかあります?」
「休みの日ってどんな感じなんですか?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問は、なぜか全部――結衣に向かっていた。
「えっ、あ、私は……普通の事務職で……」
「趣味は、最近ちょっと体を動かすようになってきたかな……?」
「休みの日は、カフェとか……ですね」
答えるたびに、男性陣の頷きと「へぇ~」「いいですね!」の反応。
(ここで会話に乗っかるとぐいぐいくるやつだ!)
そして、心の中でつぶやく。
(やめてくれって……あくまで自分は人数合わせなんだ……)
神谷と中村の顔を見ると…
にこやかに笑いながらも少し引き気味だった。
(あ、やば、これじゃあ空気がおかしくなる)
結衣は心の中で軽くため息をつく。
(今日はこの二人のための席なんだから――)
「そういえば、中村さんって、学生時代バスケ部だったんですよ」
結衣はさりげなく話題を横に流す。
「え、ほんとに? 僕も高校までバスケやってましたよ!」
その一言で、場の空気がぱっと広がる。
「マジで? ポジションどこでした?」
中村が目を輝かせ、神谷も「うちの学校は女子バスケ弱くてさ~」と笑いながら話し始める。
(よしよし……このくらいでちょうどいい)
結衣はグラスを傾けながら、静かに話の輪を見守っていた。
――が、
「そういえば結衣さんって、スポーツとかしてたんですか?」
「この近くに住んでるんですか?」
なぜか流れはすぐに自分へ戻ってくる。
(……なんでまたこっちに戻ってくるんだ)
男性陣の視線も笑顔も、自然と結衣に集まる。
元男の感覚で、その理由も分かってしまうから余計に気まずい。
(いや、今日はあくまで人数合わせだって……)
作り笑いを浮かべながら、またも神谷と中村に話題を振る。
二人もそれに乗ってくれるが――数分後にはまた、男性陣の視線が結衣へ。
(……エンドレスかよ)
神谷と中村がちらりとこちらを見る。
その視線に「ごめん」という意味を込めて、結衣は小さく肩をすくめた。
それでも、男性陣の会話の流れはまた自分に戻ってくる。
質問、相槌、笑顔――すべてが自然にこちらへ集まってくる。
(いやいや、今日は二人が主役だっての……)
そう思えば思うほど、妙な居心地の悪さが胸に溜まっていく。
テーブルの隅に置かれたグラスへ、自然と手が伸びる。
一口、また一口。
冷えた白ワインの香りが喉を抜けるたび、もやもやが少しだけ薄れる気がして――またグラスが傾く。
「結衣さん、お酒強いんですか?」
「え、あ……まあ、普通……です」
ワインを何杯飲んだのか、もう覚えていない。
気づけばグラスの氷は溶け、会話の声も遠くなっていた。
「……あ、やば、ちょっと酔ったかも」
そう口にした瞬間、神谷と中村が心配そうにこちらを見る。
(今日はもうお開きだな……)
そう思ったあたりから、記憶は途切れ途切れになった。
タクシーに乗った……気がする。
外の夜景を眺めていた……気もする。
――そして。
まぶたの裏に、ぼんやりとした光が差し込む。
目を開けると、見慣れない天井。
淡いピンク色の壁紙に、大きな鏡付きの壁。
(……は?)
掛け布団を握る手が震える。
ふわふわのカーペット、そして――淡いピンク色の壁紙に大きな鏡。
(どう見てもラブホじゃねぇか!!)
心臓が嫌な音を立てる中、そっと横を見る。
そこにいたのは――合コン相手。
ではなく、橋本だった。
「……おい!!」
結衣はガバッと起き上がり、声を荒げた。
「何だここは!! 何でラブホにお前といるんだよ!!」
橋本は半分寝ぼけたような顔で、ゆっくりまばたきをした。
「……ああ、起きたんすね」
「“ああ”じゃねえ! 説明しろ!!」
一体何がどうなっているのか分からない。
混乱と羞恥と怒りが一気にこみ上げる。
「昨日の夜、合コンだったんだぞ!? 何で隣にお前がいるんだよ!」
橋本は片手で頭をかきながら、淡々と言った。
「いや……結衣さんが俺を呼び出したんすよ」
「はぁ!? 呼んでねぇよ!」
「いえ、呼びました。“合コンはお開きにするから飲み直そう”って」
結衣は眉をひそめる。
(……覚えてない。何も覚えてない)
橋本は淡々と続けた。
「で、行ったら……結衣さん、すぐ酔いつぶれて。ひとりじゃ危なくて……」
「それで!?」
「またホテルに泊まろうとしたんすけど――全部満室でした」
「……満室?」
「ええ。土曜の夜ですからね。で、仕方なく……ここが空いてたんで」
結衣は頭を抱えた。
「よりによってラブホかよ……!」
「いや、他になかったんですって。…マジで何もしてないですから」
「当たり前だ!!」
橋本は肩をすくめ、コンビニ袋を差し出した。
「ほら、スポドリ。二日酔いに効きますよ」
結衣は受け取りながらも、まだ眉間のシワは取れなかった。
(……何やってんだ私は)
確かに、スマホの画面には昨夜送ったメッセージが残っていた。
『合コンはお開きにするから飲み直そう』
(……マジで呼んでる……)
頭を押さえながら、結衣は昨夜の断片的な記憶を探る。
(ていうか、合コンどうなったんだ? 途中で抜けたのか……?)
神谷や中村は?
あの後、場はちゃんと盛り上がったんだろうか?
それとも空気が変になったまま終わったのか……。
考えれば考えるほど、胸の奥にじわっと罪悪感が広がっていく。
とりあえず、今日の昼休みに二人に謝らなきゃ――
そう決意したところで、橋本がぽつりと口を開いた。
「……あ、そうだ。昨日の帰り際に、ちょっと変なこと言ってましたよ」
橋本は意味深な顔をする。
「……は? 変なこと?」
結衣の心臓が、一拍遅れて跳ねた。
(……何、言ったんだ私!?)
もう少し合コン時に内容を掘り下げたかったのですが、
中々難しいもんですね苦笑
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