決着
「判定――」
「勝者、青コーナー――風間 拓真!!」
その瞬間、場内が大きく揺れた。
「うおおおおおお!!」
「風間ぁぁぁぁ!!」
ブレイズファイトクラブの応援団が歓喜の声を上げる。選手たちは抱き合い、涙をにじませている。
だが――
赤コーナー側の応援席は、まるで時間が止まったようだった。
リング中央で、レフェリーに腕を上げられる風間。その横で、芹沢は静かに頭を下げ、深く一礼をする。
(……負けたんだ)
結衣は唇を噛みながら、拳を握っていた。
神谷は「……うそ」と小さくつぶやき、中村は顔を覆っていた。
「……あんなに頑張ってたのに……」
木下が、目を真っ赤にして声を詰まらせる。
中村は堰を切ったように泣き始めた。
「悔しい……勝って欲しがっだ」
結衣はその横顔を見て、何も言えなかった。ただ、ゆっくりと中村の背中をさすった。
──リング上。
芹沢は表情ひとつ変えずに、相手に一礼し、ゆっくりとコーナーへ戻っていく。
仲間たちが立ち上がる。
「芹沢……!」
「ナイスファイトだよ……!」
「すげぇ試合だった!!」
誰も彼を責める者はいなかった。
勝ちたかった。きっと、誰よりも。
でも、それでも最後まで立っていた。
最後の一秒まで、拳を止めずに――。
仲間たちは、ひとり、またひとりと芹沢に拳を差し出した。
芹沢は静かに、それに応える。
拳を、そっと当てていく。
拳を、当てるたびに――感情が溢れてくる。
「……っ、くそ……悔しい……」
「……マジで、かっこよかったよ……」
リング下、控室へ向かう通路の途中。
芹沢は、一瞬だけ足を止めて、振り返った。
観客席のほうを見上げる。
そこに――応援してくれた結衣や皆の姿があった。
その視線に気づき、ほんの少しだけ、口元が動いた。
笑った。
それだけだった。
――でも、その目は、泣いているようにも見えた。
その一瞬の笑顔に、中村は肩を震わせて更に号泣した。
結衣も、涙をこらえきれず、そっと目元をぬぐった。
(本気って、こういうことなんだ)
(本気だからこそ、泣けるんだ)
その夜、トラストジムのLINEグループには、誰からともなくこんなメッセージが投稿された。
「芹沢さん、最高でした。胸を打たれました。次も応援します。」
それを皮切りに、何十ものスタンプとメッセージが並ぶ。
芹沢からの返信は、たった一言。
「ありがとう。次は絶対勝つ!」
その言葉に、スマホを見つめながら――結衣はそっと微笑んだ。
(また、見に行くよ。絶対に)
大会から次の日。
ジムはいつもの空気を取り戻していた。
そこへ、結衣たち4人が明るく入ってくる。
「こんにちは~!」
「先週、ほんとにお疲れさまでした!」
すると、タイミングよくロープの外でクールダウンしていた芹沢が顔を上げた。
「応援ありがとうございました。すみません…負けてしまって…」
その一言だけで、4人の顔がパァッと明るくなる。
「いやいや!すっごい試合でしたよ!」
「まさかあんな激闘になるなんて…」
「最後までほんとにカッコよかったです」
「……うん。マジで泣いたし」
中村が思わず言って、周囲が笑う。
芹沢は少しだけ照れたように笑って、小さく頷いた。
「次、絶対勝ちますね!」
口数は少ないのに、そこにいるだけで空気が締まる。
(完全に持っていったな……)
結衣は内心でそう呟いた。
リングサイドでは、男たちが静かにシャドーをしていた。
けれど――
その胸の奥には、まだあの決勝の余韻が残っていた。
「……すごかったよな、芹沢」
「マジで震えた」
「結果は惜しかったけどさ、あれはもう……勝ち負け超えてたよな」
「本気の試合って、こういうのなんだって思った」
重たいサンドバッグに拳を叩き込みながら、誰かがぽつりと呟く。
「……なんか、ミットを持つかとか、どうでも良くなったな…」
一瞬、沈黙。
そして――
「だな……」
「今はもう、ちゃんと強くなりたいわ」
「わかるわかる!」
ミットがどうとか、そういうのは――もうどうでもよかった。
その時――
「おーい、誰かー、あの子達のミット持ってあげて~!」
フロアの奥、ストレッチ中のインストラクターが声を上げた。
視線の先には、グローブをつけて待っている結衣たち4人の姿。
「……俺が行くわ」
即座に立ち上がったのは長身の会員。
「待て、今日は俺が」
「いやいや、俺が持つよ」
インストラクターは遠くから小さくため息をつきながらつぶやいた。
「さっきまでのセリフはどこへ…」
その時会長が言った。
「おーい、来週ブレイズファイトクラブ、出稽古に来ることになった」
ざわつく会員たち。
「え……!?」
「マジで!?」
動揺と驚きが一気に広がる。
「まあ、元々俺らの試合動画見てたらしい。でな、あっちの会長と話してみたら、意外と気が合ってな」
「お互いに出稽古してみようぜって流れになって……まあ、合同練習ってわけだ」
「正直……楽しみだな」
誰かがぽつりとそう言った瞬間、周囲の空気が一気に明るくなる。
「敵だったやつらと練習とか……アツくね?」
「な!ぶっちゃけ、合同練習って燃えるわ!」
「風間も是非来て欲しいよな!」
笑い声がジムのあちこちで弾ける。
その中心には、“楽しみにしてる”という空気が確かにあった。
ウォーミングアップを終えた結衣たちはその様子を見ていた。
「なんかさ、こういう縁って良いよね!」
神谷がグローブを見つめてふっと笑う。
「うん。この前まで対戦相手だったのに、今度は一緒に練習って……なんか、いい関係だよね」
木下も頷く。
「ライバルから、仲間っぽくなるのって、マンガみたい」
中村が柔らかく微笑んで言った。
結衣はグローブを握ったまま、笑い合う仲間たちと、熱気を帯びたジムの風景を見渡した。
(また、何かが始まりそうな気がする)
王道で芹沢を勝ちにしようと思ったけど、あえて負けた展開書いてみました。
勝ち負けはどっちが良かったか?コメントなどいただければ参考にさせていただきます。
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