芹沢VS風間
「赤コーナー、トラストキックジム所属――芹沢 誠!!」
──その瞬間。
場内にどっと歓声が湧いた。
「芹沢ー!!」
「ぶっ倒せ―!!」
「気合い入れてけーッ!!」
リング周辺の応援席から、ひときわ大きな声が飛ぶ。
トラストの仲間たち――皆、喉を張り上げて拳を振っている。
その叫びには“共にやってきた”者たちの思いが詰まっている。
「わぁ、すごい……!」
「一体感すご……」
結衣たちはその圧に思わず言葉を失った。
(……仲間って、こういうのなんだな)
その熱気をまといながら、芹沢が静かにロープをまたぐ。
そして、赤コーナーの中央――
拳を、ゆっくりと高く掲げた。
──それだけのことだった。
だが――
「おおおおおッッ!!?」
「ちょ、マジか芹沢!!」
「拳あげた!? あの芹沢が!?!?」
リングサイドのトラスト陣営が、一斉に大爆発する。
「うおおおおおッッッ!!!」
「やったれぇぇぇぇぇぇ!!」
「うっっしゃああああああ!!」
誰もが知っている。
芹沢が、リングで何かをすることなんてない。
普段は淡々と構え、黙々と戦い、勝っても表情ひとつ変えずにコーナーへ戻る。
そんな芹沢が――今日、“拳を掲げた”。
そのたったひとつの仕草に、全員が理解していた。
(──相当スイッチ入ってるぞこれ!)
再び場内アナウンスが響いた。
「青コーナー、ブレイズファイトクラブ所属――風間 拓真!!」
今度は反対側から、鋭く突き刺すような歓声が飛ぶ。
「いけぇぇぇ!! 風間ぁッ!!」
「倒せぇぇ!! ブレイズ魂見せろ!!」
「全部叩き込め!!」
ブレイズファイトクラブ――
こちらも最近頭角を現してきた若手の強豪チームだ。
その実力者が、風間 拓真。
不敵な顔をしながら、ロープをまたぐと軽やかなステップでリングを一周する。
「うわ、あの人もオーラあるね……」
「絶対強いじゃん……!」
結衣達は自然と拳を握っている。
観客席のざわめきが広がっていく。
風間はリズミカルに構えを整えながら、チラリと芹沢を見た。
軽くアゴをしゃくって挑発とも取れる表情。
──だが、芹沢は微動だにしない。
一切の感情を出さず、ただ静かに構えたまま、風間を見つめ返す。
リング中央へ進み出るふたり。
レフェリーが最後の確認を済ませ、ゆっくりと手を広げた。
「──ファイッ!」
カァン――!
乾いたゴングの音が、会場に響く。
芹沢は相手を見据えながらジリジリ近寄っていく。
風間は軽やかなステップを刻みながら、距離を測るように円を描く。
お互いにジャブで牽制をしていく。
観客のざわめきも、わずかに息を潜めたような静寂。
「お互い、まだ探ってるね……」
神谷がポツリと呟いたその瞬間――
バンッ!
風間が前に踏み込み、ジャブからの鋭い右ロー。
すかさず左膝が飛んでくる。
──だが、芹沢も負けてない。
風間の攻撃の終わり際、ブロックした後に鋭い右ストレート!
ズドッ!
「入った!?」
「今のは!!」
結衣の目が大きく見開かれる。
風間がわずかにのけぞるがこれをブロック。
すぐに体勢を立て直し、間合いを切るようにステップバック。
(……効いていない)
風間の目が、ギラつく。
すぐさま構え直し、ワンツーフックで芹沢の視線をずらす。
そこから一気に、右ミドル――!
バシュッ!
鋭く振り抜かれる蹴り。
──が、芹沢は動じない。
ややスウェーでこれをかわし、すぐさま前に出る。
「近い……!」
観客の誰かが思わず声を漏らした、その一瞬後――
ズドンッ!!
至近距離からのショートフックが風間のガード越しに突き刺さる。
ぐらり、と上体がわずかに揺れた。
「押してる、芹沢……!」
「すげぇ……ほんとにスイッチ入ってる」
──だが、風間も簡単には下がらない。
更に距離を詰め、芹沢の頭を抱えると、膝蹴りを連打していく。
ズ、ズ、ズッ!
一発が芹沢のわき腹にめり込む。
「……ッ!」
わずかに表情が歪んだ。
だが──
芹沢の腰がすっと沈む。
風間のヒザをいなしながら、重心を斜めにスライド。
そして、するりと風間の死角へと入り込む。
「うまい!!」
観客席から驚きの声が漏れる。
風間が振り返る前に、
バンッ!
右の膝が突き刺さった!
「ッ……!!」
風間の体が、一瞬沈みかける。
──が、踏ん張った。
芹沢も追い打ちにいける体勢ではない。
両者は一旦距離を取り──再び、構え直すふたり。
視線がぶつかり合う。
……その瞬間、
カァン――!
乾いたゴングの音が、場内に響き渡った。
観客席から、どこか安堵したようなため息が漏れる。
「早っ……」
神谷が呟いた。
「もう1ラウンド終わったの?全然目離せなかった……」
木下が固く握っていた手をようやく解いた。
結衣も、胸の奥にこみ上げる緊張を、そっと吐き出すように息をついた。
(……凄い)
拳がぶつかり合う音、フットワークの擦れる音、応援の声。
全てがまだ耳に残っている。
リング上では、芹沢と風間が一度も視線を逸らすことなく、自分のコーナーへと戻っていく。
(……まだ、これで1ラウンド)
そう思っただけで、結衣の鼓動がまた少し早くなるのだった。
「……ちょっと、相手の方が押してたかも」
木下が不安そうに呟く。
「うん、膝も入ってたよね……」
神谷も腕を組み、真剣な目でリングを見つめていた。
リング上。
風間はセコンドに何かを言われながら、水を受け取る。
ときおり頷きながらも、笑うような顔を見せるその様子は――自信に満ちている様だ。
「……なんか相手、余裕そうに見えるけど……」
中村がポツリと呟く。
芹沢は椅子に座り、セコンドとほんの数言だけ交わしたあと、静かに水を飲んでいる。
ほとんど表情は変わらない。
芹沢の呼吸は驚くほど整っていた。
「どっちも……すごいね…」
神谷が低く言う。
リングの上と下で交差する、静かな緊張。
「セコンド、アウト!」
その声で一気に空気が引き締まった。
トレーナーたちがリングを下がり、再び、ふたりだけの空間が生まれる。
結衣がそっと拳を握る――
カァン!
2ラウンド開始のゴングが、会場の空気を震わせた。
「いけぇぇ!! 芹沢ッ!!」
「風間、畳みかけろッ!!」
会場の温度が一気に跳ね上がる。
リング中央、風間が素早く前に出る。
パシッ、パシッ!
ジャブを連打しながら間合いを詰める。
芹沢はそれをブロックしながら、じりじりと前へ出る。
風間がワンツーで顔を揺さぶり――すかさず右ロー!
バシュンッ!
芹沢が怯まず踏み込むと、鋭い右ストレートを放つ!
ズドン!
風間のガードを貫いて、その身がわずかに揺れた。
「返した!」
「全然下がらねぇ!!」
観客が騒然とする。
リング上でぶつかり合う拳と蹴りの応酬。
顔面、ボディ、ロー、ミドル――
怒涛のコンビネーションが飛び交う。
風間がクリンチから膝を叩き込む!
「今のは効いたんじゃ……」
結衣たちは拳を握りしめる。
──だが、芹沢は体を沈めてそれをいなし、回り込んで右フック!
バシィッ!
「うまっ!今の切り返し見た!?」
「芹沢、完全にスイッチ入ってる!」
中盤、両者の息は上がりつつも、目の光は鈍らない。
体力も限界に近いはずなのに、動きは鈍らない。
むしろ――ここからが本番だった。
──ラスト30秒。
「ここだぁああああ!!」
「行けええ!! 決めろぉ!!」
両サイドのセコンドが騒がしくなる。
芹沢と風間が、ほぼ同時に距離を詰める!
バンッ! バシュッ! ズバン!
拳と蹴りが交錯する!
風間が左ボディ、右フック!
芹沢が右ストレート、すかさず左の膝蹴り!
「うわっ、今の膝ヤバ!!」
「マジかよ、止まんねぇぞこいつら!」
「どっちも化け物かよ……!」
観客が総立ちになり、歓声が爆ぜる。
互いの打撃が肉を叩く音が、場内に響き渡る。
フック、ボディ、ロー、ミドル!
それぞれが、残った体力すべてを拳に込めている。
「ヤバすぎだろ……!」
「これアマの試合じゃないよな!?」
「最後まで撃ち合ってんのすげぇわ……!」
互いの打撃が肉を叩く音が、場内に響き渡る。
ミドル、ストレート、フック!
それぞれが、残った体力すべてを拳に込めている。
「もう根性しかねぇぞこれ!!」
「どっち倒れてもおかしくねぇ!!」
周りから感嘆の声が上がる。
そして――
カン、カン、カァン!!
試合終了のゴングが、場内に重く響き渡る。
ふたりの拳が、ピタリと止まる。
芹沢と風間は、肩で息をしながらゆっくりと後ろへ下がり、互いに一礼を交わした。
「すげぇ試合だったな……」
観客席から、大きな拍手が湧き起こる。
そしてリング中央にレフェリーが立ち、芹沢と風間、それぞれの手首を握る。
審判が腕を上げようとするその瞬間。
場内に、静けさが戻る。
結衣の手の中にも、じっとりと汗がにじんでいた。
(……どっちが、勝つの……?)
アナウンスの声が、静寂の中にゆっくりと響いた。
「判定――」
格闘技の試合を書くのって大変ですね。
かなり時間かかってしまいました…
実はどっちを勝ちにするかまだ決めていません。
どっちの展開が面白いのかな?と悩んでいます笑
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