表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

試合観戦

──トラストキックジム・土曜


「ワン、ツー、はい、ナイス!」


ミットを構える西野の声が、ジムに心地よく響いた。


結衣の拳がリズムよくミットに吸い込まれる。

軽く息を切らせながら、額の汗を拭う。


「……いい感じですよ。バランスも安定してきましたね」


「ほんとですか? ありがとうございます!」


「かなり動けてますよ」


にこっと笑って西野が言う。

そしてふと思い出したように言った。


「そういえば……来月、皆で試合出るんですよ」


「へぇ、そうなんですね」


「よかったら、見に来ます?」



すると、後ろでストレッチをしていた神谷が、即座に反応した。

「え、マジで!? めっちゃ面白そうじゃん!」


他のメンバーも乗ってくる。

「行く行く! 試合って一回見てみたかったの! 見に行こうよ、みんな!」


「え、ほんとに? 試合とか観たことないけど……」

木下が戸惑いながらも、目を輝かせる。


「私は行きたい! ねえ、結衣ちゃんも一緒に行こうよ!」

神谷が目をキラキラさせて振り返る。



「うん。せっかくだし……応援、行こっか!」

結衣がそう答えると、自然と全員の視線が集まった。


「決まりだね!」


「これ、実はプロ手前の大会で…活躍するとプロの試合出られたりするんですよ。だから応援来てくれるの嬉しいです!」

西野が少しだけ照れながら試合のチラシを渡す。


「わぁ!それは楽しみですね!」

女子たちは皆わいわい楽しんでいる。




──その日の夕方ジム


「じゃあ、また来週〜!」


結衣たち4人がジムを後にし、自動ドアが閉まる。


西野が周囲へ軽く声をかけた。

「……おい…」

「来月の試合、藤原さんたち見に来るって」



「………………」


「……え?」


「マジで?」



一瞬、空気が止まり――


「……しゃああっっ!!」


誰かの叫びを皮切りに、一気に火がついたようにジムがざわつき始めた。


「全力で仕上げるわ!」


「フォーム確認だ!動画撮ってくれ!」


「勝つしかねえだろ!!」


「俺メニュー倍にするわ!」



誰も「モテたい」なんて一言も言わない。

でもその目は全員、やたらと真剣だった。


「……よし、お前ら勝ちにいくぞ!」


拳を突き出す誰かの声に、次々とタッチされる拳。


「これで盛り上がるのアホだな俺ら!!」


スタッフが苦笑しながらも応援する。

「…今度の大会はプロ目前の相手ですからね!しっかり仕上げて下さいね」


ジムの空気はまたもや熱くなった。

全員が“最高の自分”を目指して動き出した。





──日曜・特設リング


会場の入り口には既に熱気が漂っていた。

その中を歩くのは、4人の女性たち。


神谷、中村、木下、そして結衣。


全員、普段のトレーニングウェアではなく私服。

それぞれ軽い巻き髪やら何やらで、ちょっとした“お出かけ仕様”になっている。


「うわー、けっこう本格的な大会なんだね……!」


「これ、どこ座る? 真ん中の方、空いてるよ!」


「うちわ出していいかな? 名前入りの」


「作ってきたの!? 」


「今日は全力応援だから!」


神谷が嬉しそうに“西野推し”うちわを振ると、結衣は小さく吹き出した。


(……なんか、文化祭っぽいな)


席についた4人は、会場を見渡してはしゃいでいた。


結衣はその空気を楽しみつつも、どこか一歩引いた視線で、静かにリングを見つめる。


(この中に……いつも一緒に汗かいてる人たちが出るんだよな)


なんとなく不思議な気持ちだった。




──その頃・選手控室


「藤原さんたち。4人とも……来てたぞ」


控室の空気が、一瞬にしてピリついた。


「うちわ持ってた……西野って書いてた……!」


「推し活かよ!」


「私服だったぞ。しかも、全員……なんかちょっと、可愛かった!」


ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が響いた。

その直後……


「出番まであと何試合?!」


「ちょっとアップ付き合って!!」


「あ~早くやりてえ!」


殺気立つ選手たち…

トレーナーがタオルで汗を拭きながら、ボソッとつぶやいた。

「ったく……大丈夫かこいつら…?」


でも、その顔には確かに笑みが浮かんでいた。




試合トラストジム


リングの上では、開始のゴングが鳴り響いた。


第一試合。

トラストの選手が、開始10秒でいきなりワンツーからのロー、さらに右のミドルを決める。

相手はあまりのスピードに防戦一方。

結果、1R TKO勝ち。


──観客席。


「えっ、すご!? 強すぎ!」


「ちょっと、えぐくない? 何あの動き!」


中村と木下が思わず身を乗り出す。


続いて第二試合。


「相手は…カウンター狙ってるか……?」


そう思った次の瞬間、ジャブから一瞬の前ステップ――

右ストレートがクリーンヒット!


相手が尻もちをつくと、会場から「おぉ……!」というざわめきが広がった。


「ちょ、うちのジム……めちゃくちゃ強くない!?」


「何これ、こんなレベルだったの……?」


神谷が目を輝かせながら、うちわをブンブン振る。


「カッコよすぎるんだけど……!」


(練習のときよりすごい迫力…)



第三、第四試合も同様。

スピード、パワー、スタミナ、どれも隙がない。


「ヤバかったね…」


「西野さんも強すぎ!」


結衣がこくりと頷く。


(……いつもと全然違う空気。動きのキレもすごい)



──控室


「よっしゃ! 全員、一回戦突破!!」


「今日も完ッ全に仕上がってるな」


「見たか、観客の反応……ざわついてたぞ」


拳と拳をタッチしながら笑うメンバーたち。


もう、かっこつけたいだけの舞台じゃない。

積み上げたすべてを賭ける場所――

全員本気だった。



──午後、準決勝


準決勝まで進むと、明らかにレベルが一段階上がった。

スピード、技の切れ、駆け引き――すべてが違う。

プロ手前の大会ということもあり、少しのミスや焦りが、そのまま勝敗を分ける。


そんな中で、ジムの選手たちは、一人、また一人と敗れていった。


最初に負けたのは、長身の選手。

リーチを活かせず、詰められてはポイントを重ねられる展開。

判定が下った瞬間、天を仰いで肩を落とし、そのままコーナーへ戻ってタオルで顔を覆った。

わずかに震える背中が、何より悔しそうだった。


続いて、ミドルキックが鋭かった選手も――

序盤は優勢だったが、相手の対応に詰まり、反撃を受けて試合を落とした。


リングを降りた後、背後から仲間が何か声をかけている――。

それに対して、小さく、静かにうなずいていた。

口を固く結び、堪えたはずの涙が頬を流れていた。



──観客席


「……悔しそう……」

木下が、声をひそめてつぶやいた。


神谷は無言のまま、胸元に握ったうちわを見つめていた。

隣に座る中村が、そっと袖で目元を拭っているのに気づく。


「……泣いてるの?」と神谷が声をかけると、

中村は少し照れくさそうに笑って、小さくうなずいた。


「……だってさ、本気でやって、負けて、悔しそうで……」


その言葉に、神谷も木下も静かに頷く。


結衣も、言葉には出さなかったが――

リングの選手たちに、まっすぐな視線を向けたままだった。


(あの人たち、本当に……全部出し切って、戦ってるんだ)


拳をそっと握ったまま、じんわり胸の奥が熱くなるのを感じていた。

その余韻の中でも、試合は淡々と進んでいく。



気づけば準決勝も終盤。

ジムの選手たちは全力を尽くしたが、次々と敗れていった。


その中には、西野の姿もあった。


序盤は互角の展開。

着実にペースを握っていたが――

終盤、相手の意地と爆発力が、ほんのわずかにそれを上回った。


僅差の判定。

コーナーに戻った西野は、しばらく天井を見上げたまま動かなかった。


「……すみません、負けました……」

そうつぶやく声に、悔しさが滲んでいる。

それでも、下を向くことはなかった。


その姿に、仲間たちは何も言わず、拳をそっと当てていく。

その一つ一つが、無言の「ナイスファイト」だった。



──そして、準決勝最後の試合。

最後にリングへ上がるのは、同じジムの芹沢という選手だった。


「……あの人も、トラストの人だよね」

木下がそっと呟く。


「うん……この人が最後」

結衣も静かに答える。


──ゴングが鳴る。


立ち上がりから、芹沢はじりじりと前へ出る。

無駄な動きは一切ない。

ただ、重たい“圧”だけで相手を下がらせていく。


そして――

左ジャブで顔を上げさせ、すかさず右ストレート。

さらに、ボディにミドルを叩き込む。


「うわっ……速い!」

観客席から思わず声が上がる。


芹沢の的確なコンビネーションが序盤から光っていた。

相手をロープへ追い詰めていく。


しかし――


下がっていた相手が、反撃に転じた。

芹沢のガードを弾き、続けざまのボディ、フック、膝蹴りが襲いかかる。


「っ……!」

芹沢が押し込まれる。


「芹沢さん……!」

神谷が声を上げる。


ロープを背にし、苦しい防戦が続く。

ジム仲間たちが、一斉に声を張り上げる。


「下がるな、芹沢!!」


「負けんな!!!」


「いけー!!」


誰より近くで努力を見てきた仲間たち。

その声に、芹沢の瞳がわずかに光を宿す。


耐える。

下がらない。

流れを、奪い返すために。


そして――相手の手数が落ちた、ほんのわずかな隙。


一歩踏み込み、鋭い左ボディ。

体勢が浮いた相手の顔面に、すぐさま右のショートアッパー。


「おおっ……!」


観客席がどよめく。


そこからは、まるで流れるような攻防だった。

左ロー、右ストレート、ボディ、フェイント、ハイ――

相手がついてこれないほどの正確さとテンポで、一気に流れを取り返す。


最後は、左ジャブで視線を逸らし――

振り抜かれた、渾身の右ストレート。


鈍い音が響いた。

相手の身体がよろめき、そのまま崩れ落ちる。

レフェリーが即座に割って入り、両手を広げた。


──試合終了。


静まり返った会場に、遅れて大きな拍手が広がっていく。

芹沢は一歩引いて深く一礼し、ゆっくりとコーナーへ戻っていった。

「勝者――赤コーナー、芹沢選手!」


「……うわ、決勝進出だ!」

神谷が思わず声を上げる。


「すご……! 決勝だよ!!」

中村が息を呑みながら呟いた。


結衣は、静かにうなずいた。



リングの上、芹沢は一礼し、歓声にも浮かれず、淡々とコーナーへ戻っていく。

その背中は、ただ静かに次の戦いを見据えていた。

――仲間たちの想いも乗せて。




──しばらくして、会場アナウンスが響く。


「続いての試合――いよいよ、決勝戦です!」


アナウンスの声に、場内の空気が一気に引き締まる。


「赤コーナー、トラストキックジム所属――芹沢 誠!!」


観客たちの視線が、一点に集中する。



一緒に戦ってきた仲間たちも。

応援に駆けつけた結衣たちも。

皆の胸に、自然と同じ言葉が浮かんでいた。


(──勝って!!)

楽しんでいただけましたか?

評価やブックマークをいただけると励みになります。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ