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展示会

「ってことで結衣、来月のイベントブース、立ってな?」


昼下がりの社長室。

社長が突然言い出した。


「……えっ?」


「ほら、例の展示会。うちも出すことになってさ」


「それ、なんで私なんですか……」


「お前出るとウケいいしな? 人集まるだろ」


「えぇ……」


社長は話を締めるように、衣装袋を結衣の前に置いた。


「で、これ。恰好も決まってるから」


「恰好……?」


結衣は袋を開けた。


中から現れたのは――白とネイビーの爽やかなジャケットと、プリーツのミニスカート。

しゃがんだら完全にアウトなミニスカート…


「……いやいやいやいや!」


結衣はそっと袋を閉じた。


「なんですかこの服!?」


社長はまるで他人事のように肩をすくめた。


「知らん。橋本に言え」


「橋本……!?」


「そう。“結衣に似合いそうなやつ”って頼んだら、これ選んできた。あいつこういうの得意だろ?」


(……覚えてろよ、橋本)


結衣はミニスカートの裾をつまんで、信じられないという目で見つめた。


(企業ブースだろ? 企業……だよな?)


「うちは“フレッシュさ”が売りだからな」


「……フレッシュですか」


ぶつぶつ言いながらも、結衣は衣装袋を小脇に抱える。


「決定事項だからなー。よろしく」


(終わった……)



――当日



(……マジで、これ着るのか)

(スカート、短すぎじゃない?)



鏡の前で、結衣はため息をついた。


パンプスもきっちり指定されていて、

さらには「髪は軽く巻いて」「メイクは華やかめに」――昨夜、橋本から念押しLINEまで届いていた。


(誰のせいでこうなってんだ、橋本……)


姿見に映る自分は、社内とは別人のようだった。


ほんのり巻いた髪に、きちんと整えたメイク。

そして――目を引く、ミニ丈のプリーツスカート。


(……いや、これ、普通に可愛いじゃん)

(橋本……センスあるのが逆に腹立つ)



ちょうどその時、控室のドアがノックされた。


「結衣さん、準備どうっすかー?」


声の主は、まさに“元凶”である橋本だった。


ドアを開けると、橋本は目を見開き――そして親指を立てて、にっこり笑った。


「めっちゃ可愛いっす!! 完璧っす!」


結衣のこめかみがぴくりと跳ねた。


「いや、これ普通に恥ずかしいだろ!」


「いえいえ、大丈夫っす! むしろ最高です。あと、回れ右したときのスカートのひらっと感がすごく良くて――」

橋本はなぜか自信満々だった。


「変態か」


「えっ!? 違いますよ!? あくまで“演出”としてですよ!? 演出!!」


(……覚えてろ。まじで覚えてろよ、橋本)


結衣はスカートの裾をそっと押さえながら、深呼吸をひとつ。


(しゃがむのも、気を遣うぞ、これ……)


恥ずかしさを必死で押し隠しながら、展示フロアへと足を向けた。



――展示フロア。


パーテーションが並び、どのブースにも女性スタッフが立っている。

それぞれ華はあるが…

明らかに異質な一点があった。


他社の女性スタッフ達がちらりと視線を送る。

そして、小声でささやき合う。


「……ちょっと、あの子可愛すぎない?」

「なんか、あのブースだけ渋滞してるんだけど」

「見た? あの笑顔反則でしょ」

「アレ、モデルじゃないんだって。普通の社員らしいよ……」


視線の先は藤原結衣。

髪は軽く巻かれ、光を受けてふわりと揺れる。


パンフレットを手渡すだけで、来場者が自然と笑顔になる。

気づけば人だかりができ、列は隣のブースへとはみ出していた。


周囲のスタッフが内心でつぶやく。


(あれ反則でしょ……)




気づけば――

パンフレットも、製品資料も、全部、跡形もなく消えていた。


(……え、うそでしょ。早すぎない!?)


異常なペースで“消えていった”としか言いようがない。


だが、それでも来場者の足は止まらなかった。


「もう資料ないんですか? じゃあせめて名刺だけでも……」

「よかったら製品について、お話させていただければ……」


次々に差し出される名刺。

差し出される手、手、手。

なぜか全員ちょっとニコニコしてる。


(いやいや、なんで名刺!? 営業じゃないし!)


笑顔を崩さず、いつもの“とりあえず丁寧”モードで対応する。


「あの、営業の者がご案内しますので……」


さっと隣にいる営業を紹介。


「営業担当の〇〇です! よろしくお願いいたします!」


が――


「……あ、そうなんですね……」

「じゃあ……まあ、一応……」


反応が、明らかにテンション下がっていた。


名刺をしまう者、目をそらして去る者、あからさまに肩を落とす者。


(ほんと、お前ら何しに来たのよ……)


中には、絶対パンフとか関係ないだろって顔の人もいた。


(どっからどう見ても“お話したいだけ”枠……)


その場は笑顔で切り抜けたが、内心はずっとモヤモヤしていた。


(人多すぎ!橋本覚えてろよ――)




――ブース裏手


橋本は、ブースの隅からそっと様子をうかがっていた。


展示開始から1時間半。

にもかかわらず――結衣のブースには、まだ人だかりが絶えない。

前が見えない。完全に人の壁。


パンフは、これで3回目の補充。

名刺交換の列も止まらない。むしろじわじわ増えてる。


橋本(内心)


(……やべえ。また俺のセンス、光ってる……!)


ミニ丈プリーツに、ネイビージャケット。

メイク指定。髪は軽く巻きで。


(“清涼感 × 品のある可愛さ”をテーマに、

ちょい攻め丈で動きにアクセント……)



実はそれだけじゃない。


今回のブース、あえて端の角にした。


通路から視線が流れやすい位置。


しかも、上からの照明がちょうど髪に反射して、自然なハイライトが出るよう調整済み。


(素材だけじゃダメなんだよな。結局、舞台も整えなきゃ)


ポーズや笑顔が自然に映える角度も、あえてそこに立たせた。




──しばらくして。


(……パンフも資料も、マジで全部消えた)


(……うん。俺、天才すぎる)


ドヤ顔でペットボトルのキャップをひねった――その時。



来場の波がようやく一段落し、ブース裏へ戻ってきた結衣。

スカートの裾を押さえながら、やや疲れた表情を浮かべていた。


「……おい、橋本」


振り向くと、少しだけ笑った顔。


「ようやく終わったよ……この服、マジで注目集めて疲れたんだけど」


「いやでも、効果は絶大だったじゃないっすか! 想定通りってやつですよ!」


橋本は満面のドヤ顔。


「……うん。認めるわ」


結衣はそう言って、タオルで首元を軽く拭った。


「……ってことでさ、お前」


「はい?」


「金曜、焼き鳥奢って」


「……えっ、なんでっすか!?」


「スカートのブランドまで聞かれてさ……けっこう削られたわ」


「いや、それ俺関係ないっすよね!?」


「うん。でも選んだのお前だもん」


「ぐっ……」

(戦略は完璧だった――請求書が俺に来るまでは)




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