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 暫くは、ごく普通の遭遇戦しかなかった。森を進む、魔族が出現する、戦闘になる。

 イシュダヴァも、見通しの悪い森では多少おとなしくなる。植物には魔力を発する種もあるのだ。魔族が潜んでいてもわかりづらくなるだろうし、地形の判断も難しいはずだ。

 それにしても、ずいぶんヒュンヒュンと動き回っているのは、さすがである。もちろん、ルジェリと竜は魔術師についてまわった。


 出撃してから十日ほどで、師団は山の麓にいた。この山上に魔族が巣を作り、一帯の集落を荒らして回っているのだ。それを撃滅するのが、今回の出動の目的である。

 山上で戦闘するなら竜騎士団をという声もあったそうだが、竜騎士団は別方面で厄介な敵と戦っていた。よって、ふつうの騎士団よりは対空力にすぐれる魔術師団が出ることになったのだ。

 敵の首魁は、翼ある魔族だ。中級以上、ひょっとすると上級魔族の可能性が高い。空中戦と魔術戦ができなければ、討伐は難しい。

 イシュダヴァが狙われているという話が事実なら、魔族はかなり周到にこの状況を作ったということになる。竜騎士団も、その目的のために誘い出されている可能性があった。

 そうだとしても、ルジェリにできることは変わらない。ただイシュダヴァに置き去りにされないよう、全力を尽くすだけだ。


 ルジェリの覚悟をどう思っているのか、イシュダヴァはいつも通りだ。


「わたしが偵察に行ってこよう。ある程度は飛行もできるし」

「単騎で突出するなと毎日三回は伝えているはずだが、おまえの脳はつるつるか? 無論、却下だ。護衛騎士、そいつを座らせろ」


 師団長の命令を受け、ルジェリは立ち上がっていたイシュダヴァを捕まえ、椅子に戻した。軍議では、よくあることだ。出席するだけ、イシュダヴァにしては協力的な方である。


「単騎でなければいいのか? では、ほかにも飛べる魔法使いを二、三人連れて行けばいいのか」

「気楽に飛べるのはおまえだけだと何回説明すれば覚えるんだ」

「あいにくと、わたしの脳は記憶向きではないんだよね」

「それも知っているから、これは愚痴だ。飛ぶのは無理にしても、陽動で下に誘い出す必要はある。斥候によれば、敵はそれなりの砦を築いているそうだ」

「頑張ったなぁ、魔族……それをぶち壊すの、楽しそうだなぁ。やっぱり飛んで行っていいか?」

「おまえは黙っていろ」


 師団長に命じられて、イシュダヴァは黙った。ルジェリは肩を掴んで圧力をかけ、じゃあこれで、と魔術師が立ち上がるのを阻止した。

 イシュダヴァが黙ると軍議は予定調和的に進み、誘導係として移動にすぐれた魔術師が一隊を組み、別の一隊は遊撃隊として周辺の警備と掃討、残りは重唱魔術の準備、となった。

 近隣住民の避難は済んでいる。生き残っていたのは少数だったので、手間はかからなかった。


「わたしを行かせた方がいいと思うがなぁ」


 軍議が終わっても、イシュダヴァはそうつぶやいていた。

 イシュダヴァは遊撃隊に割り当てられている。彼女にしてみれば、つまらない任務なのだろう。


「行かれるのでしたら、絶対に自分をお連れください」

「……君、どうしたんだ? 性格変わってない?」

「上官に死なれるのは困るので、本気を出しております」

「今まで本気じゃなかったってことかな」

「戦闘は本気ですが、上官を止める方は本気ではありませんでした。今は本気です」

「なんでだよ」


 不満そうなイシュダヴァに、ルジェリはぴしゃりと返した。


「死ぬつもりで出陣する人間を、そのまま行かせるわけには参りませんので」


 少し、沈黙があった。


「わたしは人間じゃないんだ」

「では、死ぬつもりで出陣する兵を、と言い換えましょう。人間であろうがなかろうが、あなたが軍に属する兵士であることに変わりはありませんので」

「……君ほんとに論戦強いね? 嫌われていただろう、学校で」

「嫌われることは、気になりません。勝利がすべてです。ですので、自分を言い負かすのは諦めてください」

「嫌われても気にならないの? すごいね。わたしに嫌われるのも平気?」

「上官に嫌われて任務のさまたげになるようでしたら困りますね。ある程度の嫌悪でおさまるよう調節します」


 あっはっはっ! とイシュダヴァは大きな声で笑った。


「大丈夫だよ。嫌いじゃない。わたしは君のこと、けっこう気に入っているんだ」

「光栄です。でしたら自分が死なずに済むよう、突出しないでいただきたいです。どうしても突出する場合は、自分を置き去りになさらないようお心がけください」

「またそれか。念押しがすごいね」

「念を押しても忘れたといわれるのは把握しておりますので、無駄とわかっていても、くり返すしかありません」

「……君、ほんとに強いよね」

「ありがとうございます」

「褒めてないよ」

「いえ、褒め言葉です」


 イシュダヴァは髪を耳にかけ、風を眺めた――魔術師がなにを見ているか、ルジェリにはわからない。ただ、そのときはそう感じたのだ。

 小さな背が、どこかゆるんでいるように見えた。


「……君といると、甘やかされてしまうよ」

「どちらかといえば、自分の方が甘やかされていると心得ております」


 任務において、ルジェリは怪我を負ったことがない。イシュダヴァが強過ぎるからだ。

 その上、浴びるように金をくれる。装備はつねに最高級のものを揃えられるし、食事に関してはいわずもがな。衣服も、王宮に上がることがあっても恥ずかしくない上質なものを揃えてくれた。

 金惜しみをしないという意味では、最高の上官だ。


「そりゃね。わたしが知る限り、もっとも優秀な護衛騎士だからな、君は。だいじにするさ」


 褒め言葉を噛み締める暇を与えず、さて、とイシュダヴァは彼を見上げた。


「わたしの見るところ、明日が本番だ。君が納得できるよう、少し、話をしよう」


 今夜ね、と告げてイシュダヴァは哨戒任務に向かった――無論、ルジェリも付き従った。

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