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 魔術師団は大規模な戦闘に駆り出されることになった。王都の守りに残した最低限の人員以外、すべて出動するほどの作戦だ。

 ルジェリの上官は当然、出動する側だ。

 野営地では、イシュダヴァがあがなった豪勢な天幕の中で、これもイシュダヴァが手配した戦場とは思えない質と量の食事をとることになった。どこに行ってもイシュダヴァは贅沢だが、ルジェリは心得ている――これは装備に金をかけているだけだ、と。自身や部下が十全に動けるように生活を維持するのは、この魔術師にとって武器や装具の手入れみたいなものだ。

 盃を傾けつつ、魔術師はルジェリに語った。


「今回は、知恵のある魔族が指揮しているからな。少し、危ないことがあるかもしれん」

はい、上官(ヤー・ダハル)

「自分の命を無事に持ち帰ることを第一にしたまえ。わたしのことなど、かまうな」


 いきなりいわれて、ルジェリは面食らった。


「失礼ながら、自分の職務は上官をお守りすることです」

「だがな、わたしの職務も君らを守ることにあるのだ。君らと、君らが帰ることができる場所、だな」


 そうつぶやいて、魔術師は盃を干した。非常に高価な酒である。

 ルジェリも盃をいただいてはいるが、一滴も飲んでいない。俺の自制心は素晴らしい、そう思いつつ問う。


「帰ることができる場所、ですか?」

「ああ。戦闘に勝利しても、帰るところがないのはいかん。そう思うだろう?」

「それは……はい、上官」

「わたしが戦死することがあったら、シュレンド事務官にいろいろ指示してある。最後の護衛騎士として、それにともなう実務も君が担当することになるだろう」

「お言葉ですが。上官が戦死なさる前に、自分が戦死するはずです」


 それが護衛騎士というものだ。


「それは困るな。わたしは君を死なせたくない」

「でしたら、上官が無茶をやめてくださればいいのではないでしょうか」

「ううん、正論。君、士官学校で嫌われていなかったか?」


 ルジェリは表情を変えなかった。だが、内心はなんとなく伝わってしまっているような気がする。

 魔術師は薄く笑って、盃をまた酒で満たした。


「……まぁいい。今回、敵はわたしを狙い撃ちにしてくる。わたしが生きていると厄介だからな」

「魔族にも、上官の勇名が鳴り響いているということでしょうか」

「轟いているとしたら、悪名じゃないか? ……前にも、罠にかけられたことがあっただろう。あれも、わたし個人を狙ったものだった節がある。以前から、薄々その傾向は感じていた。だが最近、わたしを特定する頻度が上がってきている。おびき出して、どーん! とやるつもりだろう」


 イシュダヴァのものいいは、感覚的だ。もうちょっと具体的な話をしてほしい。


「自覚がおありなのでしたら、無闇と前に出るのはお控えください」

「わたしが出ないと、ほかの誰かが食らうのだぞ。対抗できる者はいるまい」

「でしたら、せめて自分が随伴できる速度でお願いします」

「だが――」

「僭越ながら申し上げます。イシュダヴァ様は、たしかにお強いです。ほかの者は、足手まといになりかねません。ですが、自分はイシュダヴァ様をお守りするために刻苦勉励して参りました。今の世に、自分以上にイシュダヴァ様をお守りできる者はいないと、胸を張って申せます。その自分を置いて行かれるのは、まさしく自殺行為にほかなりません」


 魔術師は動きを止めていた。たぶん、ルジェリを見ている――自分が彼女にどう見えているのかは、わからないが。

 おそらく、イシュダヴァは魔力で世界を感知しているのだ。寸暇を惜しんでの調査の末、ルジェリはそう結論づけた。

 魔力で世界を感知することは、可能だ。前例もある。ルジェリが調べた範囲では、魔力の強弱で見えかたが変わると考えてよさそうだった。

 ふつうの視力であれば、光の強弱で見えかたが変わるのに近いが、対象の魔力を直接観測するイシュダヴァにとって、魔力の弱いものは感知しづらいに違いない。地形などは、自身が放出する魔力の反射でとらえているはずだ。

 少し距離があって、魔力が微弱な対象――護衛騎士が排除すべき雑魚魔族こそが、イシュダヴァの天敵なのだ。

 だから、彼女は護衛騎士を不要だとはいわなかった。特別に優秀なのを寄越せと望んだ。


 ――俺が来てやったんだから、おとなしく従われておけ。


 ルジェリは堂々としていた。自分が正しい。イシュダヴァは間違っている。

 魔術師の隙をつぶすために護衛騎士が存在するのだ。俺がいるから安心して戦える、くらいのことは考えろ。なんでも自分ひとりで完結するな、このクソ魔術師めが。


「……そうか。そういえば、最長記録もとうに更新していたな、ルジェリは」


 珍しく、魔術師は彼の名を口にした。そして、盃に酒を注いだ。


「酔いつぶす気ですか、上官」

「いや……その手があったか!」

「ありません。自分は酒豪の家系です」

「その割に、あまり飲んでいるところを見ないが」

「酔っていると、反応速度が落ちますので」

「わたしは平気だぞ」

「酔っ払いは全員、そう主張します。観察した結果、その主張が正しかったことはありません。ですので、上官もそろそろ控えてください」


 問答無用の勢いで、ルジェリはイシュダヴァから酒瓶を取り上げた。


「ああ……厳しい。わたしの護衛騎士が厳しい!」

「それで死亡率が低くなるのであれば、いくらでも厳しくします。いいですね、上官。おひとりで死なれるのは困りますので、許しません」

「許されなくなった……」

「はい、許しません。生きて戻っていただきます。では、そろそろお休みください。片付けはしておきます」


 わたしの酒……とつぶやきながら、それでもイシュダヴァはおとなしく寝床に向かった――寝室用に、別の天幕があるのだ。特別扱いもいいところだが、イシュダヴァにはそれが許されるほどの戦績がある。


 ――あのひと、なんで死ぬ気満々なんだ。


 死なれては困る。守るべき魔術師を戦死させた護衛騎士にはなりたくない。無論、自分も死にたくないし、死ぬ気もない。

 片付けを済ませると、ルジェリは竜の係留柵へ向かった。イシュダヴァの竜も、ここにいる。

 きちんと世話がされているかどうかを確認して、ルジェリは竜の耳の付け根あたりを撫でてやった。ここを撫でられるのが好きなのは、もう知っている。


「なぁ、おまえは俺より賢いだろう。俺はおまえの言葉がわからんが、おまえは俺の言葉がわかるからな」


 竜は首をすりつけながら、ルジェリの顔を見ていた――そうだよ、こっちの方が賢いんだよ、といわんばかりの表情だった。


「出陣したら、魔族には俺が気をつける。おまえは、イシュダヴァ様の居場所に集中しておいてくれ」


 以前イシュダヴァを見失ったとき、竜は迷わず彼女を探し当てた。だが、いなくなったことに気づくのは遅れたのだ。

 二度と同じ間違いはおかさない。


「わかってくれるか? イシュダヴァ様を見失わないために、頑張ってくれるか?」


 竜はルジェリの手に耳をこすりつけ、気もちよさそうに目をほそめた。


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