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 護衛騎士になって一ヶ月が経過した頃、ルジェリはしくじった。

 イシュダヴァの周囲で雑魚を蹴散らしていたはずが、いつのまにか当のイシュダヴァの姿が見えなくなっていたのだ。上官を追うすべもなく呆然とするルジェリを乗せて、竜が勝手に走った。

 あわてて重心を合わせ、


「どこに行く。イシュダヴァの居場所がわかるのか?」


 そう問うてみたが、声は即座に後ろに流れ、前に伸ばした長い首の先にある竜の耳には届かなかったようだ。竜はただ駆ける。駆けつづける。

 やがて竜が足を止めたその先に、魔術師は倒れていた。

 中型の魔族が薄い背中に片足を乗せ、俺の獲物だといわんばかりに周囲を牽制している。

 ルジェリの頭の中はごちゃごちゃだった。まず、イシュダヴァがこの程度の魔族にやられることが想定外だ。あり得ない。あの倒れている身体は幻影ではないのか。だとしたら本体はどこに、と思わず視線を巡らせてしまったほどだ。目に入ったのは、おこぼれに預かろうと遠巻きにしている小物の魔族だけだった。


 ――余計なことを考えるな。


 魔族は、魔力の多い人間を食べたがる。悩んでいる暇はない。

 相手は人型、ある程度の知能があると見た。背中に翼なし、角なし。やはり上級ではない。ルジェリでも相手取れるはずだ。

 竜の炎は使えない。イシュダヴァを燃やしてしまうわけにはいかないからだ。つまり、魔族をイシュダヴァから引き離す必要がある。

 ルジェリは竜の腹を蹴り、全速前進を命じた。


 魔族の動きは鈍かった。イシュダヴァに集中していたのだろう、ルジェリが突進してすれ違いざまにはなった一撃を、ぎりぎり、手にした斧で受け止めた――武器を使うのか、と思う。それは助かる。読みやすい。

 疾走する竜をそのままに背から飛び降り、ルジェリは徒歩かちで魔族と対峙する。

 相手の斬り込みを避ける体で少しずつ下がると、魔族はイシュダヴァから足を下ろして向き直った。第一段階完了だ。

 ルジェリの剣は、イシュダヴァから拝領した金であがなった上物だ――わたしでは剣の良し悪しはわからんから自分で買ってこいと金を渡されたときはびっくりしたが、全額つぎ込んでよかった。魔族の打ち込みで刃が欠けることもない。

 次の攻撃は、これも少し下がりつつ、イシュダヴァの金で買った籠手で受ける。衝撃を吸収する魔術が仕込まれた籠手は、実に良い仕事をした。剣で受けるより、響かない。ルジェリのわずかな魔力にも、きちんと応えてくれる。

 左の籠手で斧を受けたまま、ルジェリは右手の剣で相手の足を狙った。魔族の身体の構造は、熟知している。このあたりに腱があり、切れば体重をかけられなくなるはず――よし!

 さっと腕を引き、ぐらつく魔族の体重を自分が支えさせられるなんてことにならないよう、素早く避ける。

 よろけた相手の後ろに回り込み、これまたイシュダヴァの金で買った丈夫な軍靴で、体重を乗せた飛び蹴りをはなつ。魔族は吹っ飛んだ。相手の背骨をやるつもりで全力をかけたため、ルジェリもみっともなく転んだが、怪我はないし足首を捻りもしなかったので、問題ない。

 素早くあたりを見ると、竜が戻って来ている。


「焼き払え」


 ひとこと命じると、倒れたままのイシュダヴァに覆いかぶさり、耐火魔術がかかっている外套――無論、イシュダヴァにもらったものだ――で自分と魔術師を覆った。

 竜の仕事が終わったところでルジェリは勢いよく起き上がり、動かない魔術師の脈をとった。生きている。ただし、意識は戻らない。


「乗せるぞ」


 竜の背にイシュダヴァをうつ伏せに乗せたが、固定する方法がない。少し迷ったが、自分が並走して、いざというときは竜だけを走らせようと決めた。

 イシュダヴァを抱えていては、ルジェリも戦えない。この竜ならイシュダヴァを落としたらその場で待機するかもしれないし、最悪、竜だけが先行しても問題ない。きっと味方を連れて戻って来る。それくらい賢い竜だ。


「行け。落ちそうになったら俺が支える」


 乗用に慣らした竜はある程度の人語を解するというが、イシュダヴァの竜は平均以上の知性をそなえているに違いなかった。ルジェリが並走できる程度の速度且つ、運んでいる魔術師をあまり揺らさないよう走りだす。


 ――どうせ金に糸目をつけずに入手したのだろうな。


 自分の装備に金をかけるのは、賢いことだ。イシュダヴァにとって、竜もルジェリも装備の一種なのだろうと思うと、少し面白くなった。

 面白がっている場合ではなかったのだが。


 イシュダヴァがやられたのは、魔族の罠にかかったせいだったらしい。重唱魔術を使われる側になってしまい、イシュダヴァも応戦して相手を倒したものの、前後不覚に陥るほど疲労した末に、物理で襲って来た下級魔族にやられて倒れていた――という顛末だった。

 詳しいのは、報告書を書かされたのがルジェリだったからである。

 魔術師を見失ったことで、ルジェリ自身も始末書を書かねばならなかった。だが、これはイシュダヴァが気を失っているあいだに終わっていた。イシュダヴァの報告書の方がずっと面倒だったが、これもまぁ、なんとか終わった。


「申しわけありませんでした」

「なにがだ。わたしを見失ったことか?」

はい、上官(ヤー・ダハル)

「君は一ヶ月も保ったじゃないか。今まで、一週間以内にわたしを見失わなかった護衛騎士はいなかった。誇りに思っていい」


 ものすごく見当違いに励まされた。


「前任者が無能だったとして、自分まで無能であってよいわけではありませんので」

「今回は助かった。わたしが死ねば、君はほかの騎士団に異動できたかもしれないのにな」


 実をいうと、その考えは一瞬、ルジェリの頭をかすめていた。非常に嫌な気分で思い返しつつ、ルジェリは答えた。


「上官をむざむざ死なせた者が、異動先に恵まれるとは思えません」

「そうでもない。わたしのように突出しがちな魔術師が対象なら、そこは勘案してもらえる。担当魔術師を死なせた護衛騎士は精神的に追い詰められることが多いんだが、うちの福利厚生は、ほかの騎士団よりしっかりしているぞ。わたしが死んだときは、きちんと頼れ。そもそも、わたしは死んでもおかしくないふるまいをしているのだ。その自覚はある。だから、わたしの死の責任はわたしがとる。誰も君にそれを求めないよう、手は回してある」


 そこまで喋って、イシュダヴァは額をおさえた。目隠しに縫いとめられた輝石が、見えなくなる。


「……いかん、頭が痛い。喋り過ぎた。また医官に叱られてしまう。君ももう休みたまえ、わたしも休む」

「はい、上官」


 退室したルジェリは、暗い廊下に佇んで思った。


 ――なんだそれ。


 魔術師を死なせないために、自分はここにいるのではないのか。それが無意味だと、おまえなどいらないと突き放されたような気がして、ルジェリは拳を握った。

 舐めやがって。二度と、そんなことをいわせるものか。


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