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 イシュダヴァが金に困っていないのは、莫大な報奨金を手に入れているからである。


 魔族はその凶悪度に応じて階級分けされており、上級であるほど死体から高価な素材が採取できる。それを回収して利用したり売り捌いたりするのは軍だ。殊勲をあげた兵が手に入れるのは、現物ではなく報奨金という仕組みである。

 一般兵にはほとんど関係ない話だが、イシュダヴァは特別だ。彼女は師団内で〈飛び回る砲台〉〈無言で殲滅〉〈分け前が減る原因〉など、さまざまに呼ばれている。〈分け前が減る〉の派生で〈来るな〉というのもあるほどだ。現場では、〈来るな〉が来た! などと意味不明の叫びが飛び交うこともあるらしい。

 護衛騎士であるルジェリには、報奨金はない。上級魔族を相手にするのは魔術師イシュダヴァで、ルジェリは彼女が活躍できるように下級の雑魚を刈り取る役割を担うに過ぎないからだ。


 初日に飯を食わせてくれたのと同様、イシュダヴァはしばしばルジェリを連れ出して贅沢をさせた。おかげで、平民では出入りできないような店で上品に食事をしたり、上流階級のふるまいを観察したりする機会を得た。出世には必要な知識であるから、感謝はしている。

 出世できるのか、そもそも異動できるのか、という問題はあるのだが。


 彼はすっかりイシュダヴァのお守り役になっていた。

 イシュダヴァが犯した命令違反に対する始末書の作成、一晩寝ると忘れてしまう予定の確認、寝てなくても忘れてしまう予定通りに行動させるための根回し……すさまじく忙しい。

 戦闘中は、滅多に忙しくなることはない。イシュダヴァが異様に強いからだ。もちろん、重唱魔術にそなえて近くに控えてはいるものの、実際には事前の防護壁でだいたいなんとかなってしまうことも知った。


 ――こいつに護衛騎士なんて必要なのか?


 護衛騎士がいなくとも、戦闘においてはなんの問題もないだろう――事務処理には、大いに問題が生じそうだが。彼女には専任の事務官をつけ、それを護衛騎士と称する方がよいのではないだろうか。

 とはいえ現状、ルジェリが彼女の護衛騎士だ。今後のためにも、落ち度がないよう精勤せねばならない。人生、なにが起きるかわからないのだ。

 ルジェリは勤務時間外に調べものをはじめた。


 まず、イシュダヴァほどの規格外の魔術師が話題になっていない理由だ。


 ルジェリは魔術師に興味がないから知らなかったが、師団長はかつて顔よし家柄よし実力よしで乙女に大人気だった男性魔術師で、彼が事実上、魔術師団の看板であるらしい。今は中年ではあるが、いわれてみれば美形だ。

 ただ、ルジェリが師団長と会うときは、彼がイシュダヴァに常識を説く場面と決まっているので、表情はまぁ……渋い。評判の甘い笑顔など、見たことがない。

 まだ若い魔術師の中にも、有名な者は何名かいるようだ。イシュダヴァの名だけが、おかしなほど挙がらない。


 ――なにかの術がかかっているな。


 その証拠に、イシュダヴァの名を師団の外で口にしようとすると、うまく出てこない。そんな術をかけられた覚えはないから、知らぬ間に、同意もなしに仕込まれたのだろう。誰に? おそらく、イシュダヴァ本人だ。


 クソだな、という感想はさて措き、理由を考える。

 誰かの指示かもしれないが、本人にも異論はないのだろう。他人の思惑におとなしく従うようなタマではないのは、もう思い知った。

 報奨金だけはきっちり受け取っているが、そういえば、顕彰されたこともない。

 あきらかに活躍しているのに勲章ももらわなければ、階級が上がったりもしない。

 魔術師団ではあまり持ち出されないが、軍の階級としてはイシュダヴァは大尉である。誰に訊いてみても、思いだせる限りずっと大尉であるそうだ。師団長以外の指示を受けずに済ませるための措置としか思えない。


 ――魔術師でさえ顕彰されないのなら、その影である護衛騎士はどうなる。


 影の影である。目立たないときたらない。

 少し考えて、ルジェリは師団内での自分の立場を強化することに決めた。誰もイシュダヴァに言及できなくても、ルジェリの名を出すのは問題ないはずだ。なにくれとなく仲間の世話を焼き、恩を着せ、貸しをつくり、今だというときに取り立てよう。

 目標を立てたら、迷わない。

 士官学校でも、ルジェリはそうやってきた。配属先でも同じように生き抜くだけだ――とにかく全力を尽くす。


 彼はまず、護衛騎士の仲間の輪に入った。それは想像以上に容易なことだった。士官学校時代より差別が少ないだけでなく、「あのイシュダヴァ様」の担当というだけで、皆が同情的だったからだ。

 ルジェリは不運な後輩として溶け込み、侮られない程度に甘やかされ、妬まれない範囲で実力を見せ、同僚ひとりひとりの特徴を飲み込んでいった。飲み会の幹事を率先して引き受け、酔いが回ったところでいろいろ聞き出して、魔術師団の人間関係をも把握した。


 自分の専門ではない魔術についても知識を得、自身の魔力量がびっくりするほど低いことを知った。護衛騎士には珍しくない。というより、魔術師に変な影響が出ないよう、魔力の少ない者が選ばれることが多いという裏事情も知ってしまった。

 魔術を使えないのはともかく、なにかできないかと工夫して、魔術を仕込んだ道具なら発動できるところまで頑張った。

 そういった道具は非常に高価なものだが、今のルジェリには財布がある――ほかならぬイシュダヴァだ。


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