嘘つき魔術師、許可制を採用する
暴言を吐かれ、イシュダヴァはびっくりした。
ルジェリが上官を阿呆呼ばわりするとは想像したことがなかった――いやまぁ、腹の中では阿呆だの馬鹿だのいわれていそうな気がしていたのだが、まさか口にするとは。
びっくりし過ぎて叱責すらできないイシュダヴァとは反対に、ルジェリからは堰が切れたように言葉があふれる。
「魔族は勝手に来たのであって、それはあなたのせいじゃないですよね。ご家族や周囲の人々に被害が出たのはお気の毒ですが、それもあなたのせいじゃない。魔族のせいです。今回の作戦だって、同じです。あなたのせいじゃない。魔族があなたを狙って挑発してきたのが発端で、あなたはその魔族を討ち取ったんですよ。これは誇るべきことです。自分の存在価値を低く見積り過ぎじゃないですか? いない方がいいわけないでしょう」
しかも、すごい勢いで叱られた。あっこれ本気のやつだ、とイシュダヴァは思った。本気のルジェリには勝てる気がしない。でも、それもまた少々むかつく。
「わたしはもう魔力を感覚できない。魔術も使えないんだ。ほかに価値なんてないだろう」
「うだうだうるさいですね。上官ほどの手練れなら、指導員になることだってできるでしょう。……いや、感覚的過ぎて指導は無理か。誰かに言語化を手伝ってもらう必要があると思います」
「真面目か」
思わずつっこんでしまったが、けっこう失礼なことをいわれている気がする。まぁ、お説ごもっとも、とは思う。後輩の指導など、まともにできた試しがない。
「莫大な報奨金で、慈善事業でもしたらどうです? 魔族に襲われて家族を失った人々のための救済組織とか」
「そういうのは向いてない」
「たしかにそうですね。向いてらっしゃらない――」
――わたしはどういう人間だと思われているんだ。
むかつくものの、反論はできない。イシュダヴァは、あらゆることに向いていない自信がある。彼女の取り柄は魔力の量と魔術の速さだけだ――いや、だけだった。
それなのに、ルジェリは説く。
「――魔術師だけが生きる道ではない、ということです。そもそも、魔術を使えなくなったと決めつけるには早いですよ」
「魔術も使えない、目も見えない、そんな自分を許せないんだ」
どうだ。いない方がいいだろう! くらいの気もちで発言したのに、ルジェリはなめらかに反論する。
「魔術が使えなくても、目が見えなくても、誰も上官を責めたりしません。むしろ、やっと恩返しができると思ってる奴もいますし。人間、支えあいですからね」
「だけど……自分が許せないんだ。自分を」
「なるほど。それですね。許せない自分だから、中に魔族がいるかもなんて考えるんでしょう。結局、自責で自罰ですよ。あなたを許していないのは、あなただけです。周りの誰もが許しても、自分だけは絶対に許すもんか! と思い込んでいらっしゃる。そういうことです」
だって、とイシュダヴァは思った。だって……。
――ああ、たしかにわたしは思い込んでいるんだ。
たぶん、そうした方が楽だから。
「……ルジェリが話すと、ものごとが単純化されるなぁ」
「上官が複雑に考え過ぎなのではないかと愚考する次第であります」
「愚考なんて、思ってもいないくせに」
笑ったら、また咳き込んでしまう。軟弱な身体め。
「もっと単純化しましょう」
ルジェリがいう。イシュダヴァが尋ねる。
「これ以上に?」
「少なくとも自分は、あなたが死ななくてよかったと、心の底から思っています。今も、生きていてくださることに感謝しています」
その言葉は、まるで光だった。真っ暗闇の中に、一条の光がさした――そう感じた。
――ああ、駄目だ。
泣いてしまいそうだ。そんなの、恰好悪過ぎる。
イシュダヴァは咳払いをし、自分の声がおかしかったとしたら、それは喉のせいだと思い込もうとした。その上、声が変なのはルジェリの方だとばかりに押し付けた。
「いつもと声の調子が違わないか。嘘をついてるからだろう」
「いえ、事実です。単純化するのに嘘をついてどうするんですか。嘘は事態を複雑にするだけですよ」
――まぶしいなぁ、若者は。
前にもそんなことを感じたけれど、今こそ、イシュダヴァはそれを実感していた。
「……じゃあ、もっと教えてくれたまえ。ルジェリが考えてること」
「え、よろしいのですか? それでは申し上げますが――」
「よろしくない気がしてきた」
「――置いて行かれたときは、腹が立ちました。いわゆる怒髪天という奴です。あれだけいったのに、響いてなかったんだと思いました。俺なんか、あなたには必要ないんだと」
ほんとうに、よろしくなかった。
必要ないはずない、おまえがいてくれたから頑張れたんだと言葉にできればよかったが、それは今思っただけで、あのときは――奴を倒すことだけ、考えていた。
だが、しかし。あの場で念頭になかったとしても、必要ないなんて言葉は不当である。なけなしの誠意を見せるため、イシュダヴァは半身を起こして訴えた。
「それは違う。あのときは、あの場で戦うわけにはいかなかったから」
「わかってます。あれが最善手でした。物理で叩いて弱らせていても、奴の魔力は凄まじかった。引き離してくださらなければ、周囲から押し寄せる雑魚どもの相手さえできなかったでしょう。そのことは理解しています。それでもそう感じた、という話です」
「……うん。なるほど。わたしも理解したよ。悪かった」
必要ないと思わせてしまったことについては、心から反省するしかなかった。
イシュダヴァの気もちが伝わったのかはわからないが、ルジェリは偉そうに宣言した。
「わかってくださったなら、それでいいです。二度とこんなことがないようにしてください」
「大丈夫だろう。わたしはもう、魔術も使えないかもしれないし……そうしたら、護衛騎士もいらないよね? ……そうだよね」
――自由にしてあげるべきだ。
ルジェリは優秀な士官候補生だ。魔術師に復帰できるかわからないイシュダヴァが、引き止めていい人材ではない。誰かほかの魔術師か――あるいは、彼の力を活かせる別の師団への異動を考えるよう、師団長に具申すべきだ。
入院中から漠然と思ってはいたが、考えないようにしていた。イシュダヴァがみずから申し出なくても、そういう人事がなされるだろうと期待していた面もある。
君は自由だ、どこへでも行きたまえ! と、彼を手放すことができなかった自分を羞じつつ、なんとか声を絞り出す。
「君にふさわしい場所に、推薦しよう。希望があるなら、師団長に伝えるよ」
肩を落とすイシュダヴァに、ルジェリが懇々《こんこん》と説く。
「なんで俺を解任しようとなさるんです。魔力が消えたわけではないのは、わかってらっしゃいますよね? あなたは魔術が使えるようになります。以前と同様とはいかないでしょう、魔術専用の感覚器官が失われたようなものですからね。ですが、必ずできます。上官は今も変わらず、魔術師団一の魔力量を誇る魔術師でいらっしゃるのですよ」
「でも」
「目も見えるようになります。魔力感知とは違いますが、肉眼で見る経験も悪くないと思いますよ」
「……希望的観測だな」
イシュダヴァが呻くと、ルジェリは鼻で笑った。
「上官が悲観的過ぎるだけではないですか? 試してご覧になりますか。なんなら、自分が瞼を持ち上げてさしあげます」
「それはちょっと怖い」
ルジェリならやりそうだと思って、身をすくめると。
「では、ご自分で」
あっさり、引かれた。
――えっ? 自分で? そんなの無理だけど? なにいってんだ、こいつ?
混乱するイシュダヴァに、ルジェリはおだやかに告げた。
「大丈夫です、今日うまくいかなくても明日があります。明日また失敗しても、その次の日があります。死ぬまで、いくらでも試せます」
そうか、とイシュダヴァは思った。
――できること全部やって、生きなきゃいけないんだ。
でないと、自分はルジェリに並び立てない。胸を張って送り出すことすら、できないだろう。
イシュダヴァは自分の目に意識を向けた。魔力で視るときには使わなかった器官だ。でも、位置はわかる。急に戻ってきたから、何日も違和感があった場所。だから、瞼っていうのは――。
なにもわからなかったのが嘘であるかのように、瞼が持ち上がった。
――明るい。
はじめに感じたのは、光だった。次いで、人間の顔。
「君が、君か」
我ながら変なことをいったと思いつつ、イシュダヴァは眼をしばたたいた。なんということだ、瞼が自在に動く!
ルジェリらしき青年は、いかにもルジェリという見た目だった。意志が強そうな、こざっぱりした顔立ち。表情は薄くて、イシュダヴァの開眼という大事件が目の前で起きたにもかかわらず、きわめて冷静に眺めている。
いやもう、見るからにルジェリだ。すごい。
「はじめまして、と申し上げた方がよろしいでしょうか?」
喋ってもルジェリだ。口の動きと声が連動していることに、小さな感動を覚える。
「人間の顔を見るのは久しぶりなんだ。どう感想を述べていいか、わからない」
まぁまぁ正直なことをいったのに、ルジェリは不満があるらしい。
「思ったより男前だとでも。社交辞令でも、それくらいはおっしゃる方がいいですよ。今後、自分に限らず――」
「はじめて見たのが、ルジェリでよかったな」
なんとなく思ったことを口にしたら、ルジェリの言葉が少し途切れた。
「――いろいろなかたに、ご挨拶して回らねばならないですからね。いいですか、変な顔とか思っても口にしてはいけませんよ」
隙あらば説教してくるあたりが、間違いなくルジェリである。この顔かぁ、とイシュダヴァは妙に感心してしまった。この顔でいつも、うるさくいってたのかぁ……と。
「うん。……わたしは明日やその次の日のことを考えてもいいんだね」
「考えないと許しませんよ」
しんみりと語ったのに、いつもの調子で返されてしまった。
「許可制かぁ」
「それはそれとして、もうお休みになった方がいいと思います」
「ええ? もったいない。せっかく目が開いたのだぞ」
「いきなり長時間、目を使うのはよくありません。医官にいわれています。本格的に視力を失ってもいいんですか?」
よくない。しかたがないので、イシュダヴァはおとなしく枕に頭を乗せた。
「また開かなくなったら……どうしよう」
「何回でも、試せばいいと思いますよ。飽きるまで」
「飽きたらやめていいんだ?」
「寝ないと今すぐ部屋を出ます」
「わかった、寝る」
従順に眼を閉じると、ルジェリがぎゅっと手を握ってくれた。
「安心してください。自分はイシュダヴァ様のもっとも優秀な護衛騎士です。いつも、おそばにおります」
「それは信じているよ」
だって、魔術も使えない自分のところに毎日通ってくれて、歩行訓練にもつきあってくれた。今もまた、あれこれ文句をいいつつ手を握ってくれるし、部屋にいてくれる。
――どうすれば、わたしの言葉を信じてもらえるんだろう?
いってはなんだが、ルジェリはけっこう疑い深い方だろう。しかも、イシュダヴァの発言を信用していない。嘘とごまかしが多いからだ。まさに身から出た錆である。
眼を閉じるとなんだか眠くなってきて、また、すべてが夢のような気がしてきた。
「……嘘じゃないっていうと、嘘だと思われるかもしれないけど、ほんとうに違うんだ。嘘じゃない。君もちょっと、わたしを信じてくれないか。心からの言葉なんだ――」
「寝てくださいってば」
大丈夫、今にも寝そうだから。そう答えたつもりなのに、口では違うことをいっていた。
「――わたしはルジェリを好きだと思う。支えてくれて、ありがとう」
「は?」
珍しく、ルジェリが言葉を失ったようだ。
今が好機と気がついて、眠気でふわふわする頭で思いついたことを口にする。
「わたしより先に死ぬのは許さない。異動もだ。わたしだって、ちょっとは許可制を使ってもいいだろう。いろいろ我慢してるんだから。あとね、君がいなくていいなんて、思ったことないよ……ほんとう……嘘じゃない」
――あれ、異動はさせてあげるつもりだったけどな……まぁいいか。いいよな。だって、わたしは明日も明後日も生きていくんだし……魔術も覚え直すし……ちゃんと生きていくんだから……。
そんなことを考えながら、イシュダヴァはゆっくりと眠りの海に飲み込まれていった。
今度こそ、完結でございます。
貴重なお時間を拙作に投じてくださり、ありがとうございました。
ご感想も、ありがたく拝見しております。




