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つづく一週間で、ルジェリは「あらゆる意味で」ついて来られなかったという言葉の意味を理解することになった。
魔術師イシュダヴァは、移動の術にもすぐれていた。ひと蹴りで途方もない距離を移動するばかりか、飛行までやってのける。当然、無詠唱だ。ただの護衛騎士に、ついて行けるわけがない。
せめて移動前に予告してくださいと申し入れたところ、
「皆、そういうんだ。だが、敵に攻撃を入れるための機会を失いたくないだろう? 君ら護衛騎士に指示しているあいだ、敵がじっとしていると思うかい?」
思わないね、という顔で問い返された。たしかにそうだが、限度はある。
「では、重唱魔術のときだけでも。あれは即時性がないのですから」
ルジェリは食い下がった。
重唱魔術とは、長い詠唱を必要とする大魔術だ。事前に準備して任意の時宜を狙って範囲発動させる、つまり罠を張って魔族を追い込むように使うのがふつうである。
さすがのイシュダヴァもこれは無詠唱で発動することができず、だから初日に夕食をとりつつ説明された――重唱魔術の詠唱中、また詠唱直後から暫しは無防備になるから、これを護衛するのが君の役目だ、と。
高機動力と無詠唱主体で立ち回れるのだから、それで押し通せばよいのに、重唱魔術さえその戦闘に組み込むというのだ。呆れた無鉄砲さだ。
着任四日にして、ルジェリは無防備で棒立ちになった――無論、予告はなかった――イシュダヴァを目撃し、殺到する小鬼らから彼女を守ることになった。騎竜が半分ほど焼き払ってくれたが、残り半分はルジェリが始末した。
小鬼は人間の子どものような姿をしているが、ルジェリの剣が鈍ることはなかった――ここまでイシュダヴァが倒した魔族の骸を縫って追いかけるだけが仕事だった彼にとって、それは事実上の初陣のようなものだったのだが。
「それから、あなたの竜は飛べないということも心得ていただきたいです。空中で唱えるのは、やめてください」
「君らが届くよう、低空にしておいただろう」
「低空にすると、小鬼も飛びかかれるんですよ」
「じゃあ高空にしようか」
「届かないと困る、という話をしております」
「飛べる竜を買うか? 適当な出物があるなら、買ってもいいが」
「無理でしょう。飛竜は、竜騎士団が優先的に買い付けていますから」
イシュダヴァは小首をかしげ、俺を見上げた――例の目隠しがあるせいで、こちらを見ているかどうか、見えているかすらわからないのだが。
「君、竜騎士になりたかったのかい?」
「……いえ、竜騎士は金がかかりますので、自分には無理です」
天翔ける竜騎士は軍の花形だ。
憧れがないといえば嘘になるが、騎乗する竜を持っている者が優先して採用されるし、竜の購入はもちろん、飼育にかかる費用は馬鹿げた数字である。後ろ盾もない平民上がりのルジェリが目指すのは、非現実的だった。
「金だけの問題なら解決してやれるが、竜騎士になられてしまうと、また護衛騎士を見繕わねばならなくなるしなぁ。今のところ、君は歴代の我が護衛騎士たちの中で、最高に反応が良い。まだ手放したくないな」
「光栄です、上官」
頑張り過ぎると、一生、魔術師の護衛騎士で終わってしまうかも――その可能性を考え、ルジェリはなんとなく腹立たしくなった。