嘘つき魔術師、英雄の条件について語り合う
ルジェリは、イシュダヴァについて来た。
竜とも、うまくやっているのだろう――護衛騎士のほとんどは、竜が用意されていることに感激したあと、その竜がきわめて扱いづらいと絶望するらしい。イシュダヴァとしては、絶望される意味がわからなかった。竜は、彼女にとってすら高い買い物なのだ。すごく頭が良いんですよと勧められた中から吟味をかさね、魔力の流れも申し分ない個体を見極めて買ったのである。それでなぜ、絶望することになるのか。
たぶん、騎手としての技量がたりなかったのだろう。その証拠に、ルジェリはうまくやっている……ように思える。
「竜とはうまくやっているかね?」
念のために訊いてみたが、返事はいつも通りだった。
「はい、上官」
「そうか、ならいいんだ。前任の護衛騎士が、手こずっていたようだったからね」
そういう話は事前にしておいた方が親切であることに、イシュダヴァは思い至らない。相変わらず、こいつの魔力のなさ徹底してるな、という方に意識がいってしまう。
ものすごく輪郭がかっちりした人型の虚無が答える。
「問題ありません」
「よかったよかった。そうだ、明日の作戦では遠出をすることになると思うから、今夜は飲みに行かないか?」
「任務を控えておいでなのですから、早めに休まれた方がいいかと存じます」
相変わらずの、早寝早起き推し。真面目だ。
「いいから君もつきあいたまえ。ちょっと珍しいものを食わせてやる」
「はい、上官」
差し出がましいことも口にはするが、命令には背かない。……若者は良い! 今までのクソみたいな熟練兵ども、わたしは気がついたぞ! 諸君はクソだった!
今後は新兵を優先して回してもらおうと思いつつ、イシュダヴァはルジェリを引っ張って街に出た。
街は良い。とくに、店が多いと良い。人も多いから、いろんな魔力が見える。色も、濃度も、かがやきも――なんだか酔ってしまいそうだ。そこが気に入っている。
「そういえば、満足のいく剣は購入できたかな?」
「はい。ありがとうございました」
声の調子が少し上がったので、良い買い物ができたのだろう。
イシュダヴァには、武器の善し悪しがわからない。それで金銭だけを預けたのだが、はじめは「多過ぎます」と遠慮された。しかし、これは歴代の護衛騎士にしてきたことで、実のところ退職金の前払いみたいなものである。
新卒でイシュダヴァの護衛騎士にされた彼は、熟練兵とは違って退役という選択肢がないも同然だ。金持ちのお坊ちゃんならともかく、そうでないなら金は入り用だろう。無茶について来れずに異動を申し出て即座に受理されたとしても、次がすぐ決まるとは限らない。だからあの金は、イシュダヴァの温情である。
そうなのだ、イシュダヴァは実に思いやりのある上官なのだ。竜も用意するし、武具を揃えるための金も与える――だって、かれらに死んでほしいわけではないから。
ただし、良い上官でもないだろう。次々と護衛騎士に逃げられる魔術師が、良い上官であるはずがない。
「次は防具かな。ああそうだ、良い店に行くとき用の服もいるかね?」
「いえ、そこまでお世話になるわけには」
「気にするな。君は護衛騎士として、わたしに同行するために必要な装備を手に入れる必要があるだろう? だからそう、必要経費というやつだ。君も頑張ってくれているしな、個人的な褒美だと考えてもいいよ」
実際には、ルジェリはイシュダヴァのあとをついて回っているだけで、交戦実績はほとんどないのだが。重唱魔術の詠唱中に雑魚どもをかたづける役はこなしているから、イシュダヴァに文句はない。
――ルジェリの方は、文句があるようだったがな。
移動前に教えてくれとか、空を飛んだら届かないとか、いろいろいわれた気がする。まぁ、どうでもいいことだ。文句をいいながらも、ルジェリはつとめを果たしている。
できてるんだから、今後もやれ! と、いうだけの話だ。
前任者たちと比較すると、ついて回れるだけ上出来だ。ついて来なくても問題ないのだけど。
「はい、上官。お役に立てているなら光栄です。ありがとうございます」
「ははは、固いなぁ君は! そうだな、わたしも……なんだっけ? そうそう、格の高い店ってやつの気取った料理を食べたいときもあるんだ。そのうち連れて行こう……そう、先に服だな。あと防具か。いや話がそれた、今夜は酒だなぁ……酒を優先したい気分だ」
「僭越ながら、瓶で買う店は避けていただけると助かります」
「なぜ?」
「瓶を空けるまで帰らないとおっしゃられるので」
たしかに。しかし、おとなしく従うような酒飲みではない。
「いいじゃないか。酒瓶を空けることこそ、我が使命だ!」
さすがにそれは違うんじゃないかと思いつつ、イシュダヴァは叫んだ。部下は諦めて答える。
「はい、上官」
「今夜はここにしよう。ここはねぇ、煮込みがうまいんだよ。前にも連れて来たことあったっけ?」
「いえ、上官」
イシュダヴァが選んだ店は、串焼きと煮込みが目玉だ。若いルジェリには肉がいいだろうと、串焼きも何本かたのんでやる。もちろん、瓶に入った酒も。さあさあ飲め飲め食え食えと勧めると、ルジェリは遠慮せず串焼きにかぶりついた。
やっぱりなぁ、とイシュダヴァは思う。若者には肉だ。
「ところで、君はどうして軍人になろうと思ったんだね?」
「手っ取り早く、身ひとつで稼げそうだったからです」
意外と本音っぽい返事で、イシュダヴァは却っておどろいた。こういう質問には、もう少し飾った返答が来るものではないのか。
「英雄になりたい、なんて思ったことはないのか?」
「なれるはずもないですから」
「しかし、士官学校は主席だったんだろう」
「イシュダヴァ様、士官学校を主席で卒業すれば英雄になれると思いますか?」
わりと真面目に問い返されて、イシュダヴァは言葉に詰まった。なにも考えていなかったから。
「……ううん、そうか。そうだな。いわれてみれば、ちょっと難しいか」
「英雄の条件や定義にもよると思いますが、運にも恵まれないと無理でしょう」
「運かぁ。わたしは運が強い方だぞ」
「はい、上官。そのようにお見受けします」
「魔力を持って生まれるかどうかが、まず運だからな!」
「はい、上官」
羨ましいです、とはルジェリはいわなかった。
そういう奴なんだな、とイシュダヴァは酒を飲みながら思う。そういう、の詳細は規定できない。なんとなく思うだけだ。
「では、わたしは英雄になれるかな」
「なれると思います」
そういったあと、ルジェリはこうつづけた――それをお望みなのでしたら、と。
おいおい、とイシュダヴァは思った。ずいぶん頭が回るなぁ! さすが首席!
「はは、じゃあ目指してみようかな。どうだろう、今夜は英雄の条件について考えてみないか」
おそらくではあるが、望めば英雄にはなれるだろう。イシュダヴァの魔術師としての実力は、群を抜いている。
しかし、彼女は魔族を倒したいだけで、世間に認められたいとは思っていない。むしろ、自分の存在など誰にも知られないで済ませたいほどだ。しがらみが増えると、自由に戦えなくなってしまう。
ただの言葉遊びのつもりで持ちかけた話に、部下は迷わず答えた。
「明日の作戦にそなえて早めに引き上げてくださるのであれば、お力添えできると思います」
決まりきった返答以外の言葉を口にするとき、ルジェリの声は強い。魔力はないのに、なんだか強いのだ。
殴られるのかな、と思うくらいだ。予期せぬ暴力にそなえて、イシュダヴァは反射の魔術を展開している。殴ったら、痛い目に遭うのはルジェリだ。気の毒に。
しかし、ルジェリは殴らない――当然だ。彼はイシュダヴァの部下である。理由もなく上司を殴ったら軍法会議ものだ。理由があってもまずいくらいだ。イシュダヴァの護衛騎士たちに同情的な師団長も、さすがにルジェリをかばいはしないだろう……。
そんなことを考えていると、ルジェリが淡々と告げた。
「英雄とは、他者に認められてなるものです。自認ではいけません。上官がご自身の戦績を大いに喧伝なされば、すぐにでも英雄になれると愚考する次第です」
「……なるほど」
酔って少しあたたまった頭で、こいつほんとに賢いな、と思った。イシュダヴァが金以外の報償を断っていることに、完全に気づいている。今のはそれを揶揄されたのだ。
「ご納得いただけたのでしたら、宿舎に戻りましょう」
「えっ、まだ瓶の中に――」
瓶を傾けたが、液体が残っている感触がない。
あれっ、とイシュダヴァは首をかしげた。
「――残ってないな? おかしいな、そんなに飲んだっけ?」
「自分が飲みました」
「えっ?」
「上官に勧めていただくものを、あまり固辞するのも失礼かと思いまして」
たしかに、飲めとはいった気がするが……今まで飲んだことあったっけ、こいつ?
「では、酒瓶も空になったことですし、帰りましょう。お送りします」
「えっ? なんで?」
「酒瓶が空になったら帰るお約束です」
「そうだっけ?」
「そうです」
自信をもって断言されると、イシュダヴァは逆らえない。覚えていないからだ。
「そうかぁ……」
ごまかされている気もするが、まぁいいか、と思った。
――だって、どうでもいいじゃないか。
そう、どうでもいい――魔族を倒すこと以外は。
毎日23時更新で行きたいなぁ、と思っております。




