嘘つき魔術師、護衛騎士に逃げられる
ここから、イシュダヴァ視点の物語となります。
蛇足と思われたかたは、存在ごと、ご放念ください。
魔術師イシュダヴァは、自身を強運の持ち主と任じている。
世間は幸運・悪運などというが、運にあるのは強弱のみ。それを良かった悪かったと評することに、なんの意味があろうか。
イシュダヴァの運は強い。
強過ぎるから、膨大な魔力を持って生まれた。
家族が全員死んだときも、自分だけは生き延びた。
まったくもって、運が強過ぎる。その強運は、彼女の周囲にも大きな影響を与えてしまう。
師団長がお呼びですよと事務官が部屋に来たときには、なにが起きたかだいたい想像がついていた。
「また異動願いが出ているぞ、イシュダヴァ」
聞くところによれば、師団長はたいそうな美形で、中年にさしかかった今でも人気があるという。
残念ながら、イシュダヴァには師団長の容貌がわからない。災厄を生き延びた日を境に、視力を失っているからだ。代わりに、魔力が視えるようになった。
魔術師団に所属する魔術師の中で、師団長の魔力はもっとも安定している。その光も、循環する流れも、ただ美しいとしか形容のしようがない。見目が美しい上に魔力も美しいとは。師団長も、かなり運が強い方なのだろう。
――わたしのような、厄介な部下を引いてしまうくらいだしな。
イシュダヴァの運も強いから、こんな有能な上司のもとで活動することになった。素晴らしい。
「おや、変ですね。わたしは異動願いなど出していませんよ」
「君の行動が、護衛騎士に異動願いを出させているのだぞ。それも、異動がかなわないなら退団したいとまでいっている」
そういわれて、イシュダヴァは笑った。
「わたしも嫌われたものですね!」
「好き嫌いの問題ではなく、無理なのだろう……」
「もう護衛騎士は諦めてはどうです。わたしは、ひとりでも平気です」
イシュダヴァは、誰よりも強い魔術師だ。それは師団長も心得ている。
「無詠唱だけで済ませるなら認めてもいいがな」
「それはちょっと無理かなぁ」
「では護衛騎士は必要だ」
「まぁそうですね」
「規則でもあるしな。後任を探すしかない」
魔術は発動に詠唱を必要とする。そしてその間、魔術師は動くことができない。
そのため、魔術師団に属する魔術師には最低でも一名の護衛騎士随伴が規定されており、魔術師によっては二名、三名と希望することすらある。
しかし、イシュダヴァはふつうの魔術師とは違う。重唱魔術以外なら、無詠唱で魔術を使うことができるのだ。隙をつぶす必要がない。その上、高速機動や飛翔の魔術も使いこなす。
これでは、護衛騎士がついて来ることができない。そこで、彼女は護衛騎士のために騎竜を用意していた。実に思いやり深いといっていい――と、本人は考えている。
「せめて竜に乗れる者をたのみますよ」
「今の護衛騎士も、竜には乗れているだろう」
「ですねぇ」
それでもイシュダヴァについて来られず、根を上げたのである。
「竜に乗れると、竜騎士団を目指すからな……なかなか人材確保が難しい」
「地面を走って魔術師のお守りをするより、天翔ける竜の背に乗る方が楽しそうですしね」
竜騎士団は飛竜を運用する花形騎士団である。ただ、飛竜は非常に高価な生き物であるため、騎乗訓練ができるのは自前で飛竜を用意できる富裕層のみといわれている。
「しかたない、そろそろ士官学校の卒業式だ。後任はそこから採るとしよう」
これまで、イシュダヴァの護衛騎士は熟練兵ばかりで、竜の騎乗も戦場で必要に迫られて覚えたような者ばかりだった。
一般兵の訓練所では、飛ばない竜の騎乗訓練さえおこなわれない。それが可能なのは、士官学校くらいだ。
士官学校に入学できるのは、社会的な階層が高い富裕層の師弟がほとんど――かれらが魔術師団の護衛騎士になりたがるとも思えない。逆に、望んだ騎士団への入団をかなえる程度の人脈があるだろうし、それを使わないはずもなかった。
望み薄だなぁ、とイシュダヴァは思う。
「どうせなら、優秀なのをお願いします。でないと、またすぐ同じことになりますよ」
師団長は、大きく息を吐いた。
「イシュダヴァ」
「はい」
「君がどんなに強い魔術師でも、重唱魔術を唱えるあいだ、硬直することは免れない」
「いやぁ、わたしくらい優秀だと、それもなんとかできるかもしれません」
「嘘をつくな、嘘を」
「さすが師団長、よくわかってらっしゃる」
「……君の護衛騎士は、今日付けで解任となった。護衛騎士がいないあいだ、前線に出ることは禁じる」
「了解です」
イシュダヴァは笑顔で答えたが、師団長はまったく信じていないようだった。魔力の流れが少し乱れている。おそらく心理的な負荷がかかっているのだろう。
もちろん、イシュダヴァは前線に出る気だった。戦わなければ、魔力が無駄になるだけだ。
同僚たちの出撃の気配を察すれば、かるく隠蔽の術をかけて同行し、接敵するや最前線に躍り出る。
「あっ、イシュダヴァだ! また来てるぞ!」
「今日で連続三日じゃないか? 少しは休めよ……」
「来るな来るな、わたしたちまで師団長に叱責を受けるのよ? ちょっと! 聞いてるの!?」
同僚たちのあいだをすり抜けながら、イシュダヴァは叫び返す。
「見なかったことにしてくれ、なんなら討伐実績は譲る!」
「ごまかせるわけないじゃない、師団長に叱られる理由が増えるだけでしょ! ああもう最悪!」
嘆く声を背に受けて、イシュダヴァは駆ける。
この世は魔族でいっぱいだ。殺しても殺しても湧いてくる。
魔族も同じことを思っているのだろうな、と彼女は思う――人間どもめ、殺しても殺しても湧いてくる、と。
似合いの一対だ。
――さあ、殺し合おうじゃないか!
殺して殺して、殺し尽くした先に待つのは、なんだろう。
家族の仇だったらいいな、と思う。あいつだけはブチ殺す。いや、あいつ以外もブチ殺す。
イシュダヴァの魂は、消えることのない炎にあぶられている。それが彼女を駆り立てる。魔族と戦っていないと、落ち着かない。一匹でも多く、この世から消しとばさないと。
戦っているときだけ、イシュダヴァは自分が生きている気がする――生きていても許されると感じる。
戦闘が終わると、無だ。世界は静まり、魂があぶられる音だけが聞こえる。ジジジ、と。
仲間と合流し、回収班に自分が戦闘した場所を教える。敵は、小型の飛竜だった。
宿舎に戻る道すがら、同僚の小言を食らう。勝手に来るな、出撃禁止だろう、ほんともうやめて、などなど。
「で? 結局、何匹倒したのよ」
「八匹くらいかな?」
「それ、無詠唱でなんとかなったの?」
この同僚の魔力は、揺らぎが大きくて波のようだ。やわらかで、やさしい。たぶん戦闘には向いていないだろうに、魔術が使えるから頑張っているのだ。
「向こうから突っ込んできてくれてねぇ、楽な仕事だったよ」
「ほんとかしら」
ほら、やさしい。彼女はイシュダヴァを信じようとしてくれる。師団長なら、こんな戯言に騙されてはくれない。
その師団長が、大股に来るのが視えた。
「あっ、怒られそうだ。隠してくれないか」
「無理でしょ……いっしょに叱られてあげるから、踏み留まんなさい」
やさしい同僚とまとめて叱責を受け、ついでに護衛騎士が待っているから早く迎えに行けと命じられた。そういえば、朝もそんな話があった。
「いやぁ、待たせちゃったかぁ。もう帰ってしまったかな?」
「そんなわけがあるか。士官学校を主席で卒業した、将来有望な若者だぞ。逃げられる前に、行け」
師団長の声が本気で怒っているときのそれだったので、イシュダヴァは急いで新人を迎えに行った。彼を怒らせ過ぎると面倒だからだ。




