三人の王太子妃を夢見たおバカな王子の転落と真実の愛
とある王国で、それはもう美しい王太子殿下がいた。歳は17歳。
美しい金の髪に青い瞳のジュエル王太子は王国の太陽と言われる程の美しき男で有名であった。
王立学園卒業まで一年間、期間がある。
王太子の婚約者候補として、現在、三人の令嬢達が選定されていた。
皆、公爵家の令嬢で、
アルディリア・マセル公爵令嬢。
ミリエネ・リデル公爵令嬢
フィリネリーヌ・ボリディス公爵令嬢。
ジュエル王太子は悩んでいた。
三人が似たり寄ったりなのだ。
成績も似たようなもの。とても優秀で。
三人とも美しいし、王太子妃として申し分ないし。
一年の間に選ばなくてはならない。
いや、選ばなくてもいいのではないか?
三人と結婚してしまえばいいのではないか?
そう思ったので、とある日、三人を王立学園の食堂に呼びよせて、言ったのだ。
「私は三人と結婚する。三人を王太子妃にする」
宣言したら、三人が驚いた顔をして。
アルディリアが、
「王太子妃はどこの王国も一人ではありませんか。聞いた事がありませんわ」
ミリエネもフィリネリーヌも、
「そうですわ。それなのに」
「我が公爵家を馬鹿にしているのですか?」
ジュエル王太子は、
「だって、君達三人とも優秀で美人なのだから、選ぶ方がおかしいだろう。三人を王太子妃にしてしまえば、よいのではないか?」
そう思った。
妻が三人はおかしい?なんだったら法を変えればいい。
優秀な皇太子妃が三人いるのはとてもよいことではないのか?
そう思って言ったのだが。
アルディリアが、
「婚約者候補を降ろさせて頂きます」
他の二人も、
「わたくし達も、降ろさせて頂きたいわ」
「わたくしもです。こんな酷い話、受ける気はありません」
ジュエル王太子は三人に向かって、
「どうしてだ?有難い話だろう?私がお前達と結婚してやると言っているんだ」
三人は口々に、
「迷惑ですわ。何でわたくしがこの二人と同列に扱われなけばならないのです?」
「わたくしも迷惑です。王太子妃?のちに王妃が三人?諸外国から笑われますわ」
「本当に。わたくしは王国の頂点に立てるからと、この話を受けたのに。この二人と同列?信じられませんわ」
三人のプライドの高さに驚いた。
「だったら、王太子妃の中で、序列を作ればいいじゃないか」
「第一王太子妃?第二王太子妃???そんなこと、聞いた事がありませんわ」
「本当に。わたくし達に恥をかかせるおつもり?」
「いい加減にして下さいな。我が公爵家は、王太子殿下を支持するのをやめますわ」
一人の令嬢がそう言ったら残りの令嬢達も。
「ええ、わたくしもやめますわ」
「わたくし達は自由ね。これで結婚相手を堂々と探せますわ」
ジュエル王太子は慌てた。
「私と結婚出来るのだぞ。光栄ではないのか?」
「「「三人の王太子妃は受け入れられません」」」
公爵令嬢達は背を向けて去って行った。
何がいけなかった?三人の王太子妃。最強ではないのか?
王宮に帰って、王妃にこの話をすれば、
「貴方は何を考えているのです。こんな話、聞いた事がない。三公爵家を敵に回しましたね。これでもう、貴方を王太子にしておくわけにはいかないわ。貴方をただの王子に戻して、第二王子クラウスを王太子にするしか」
「はぁ?クラウスですか??私の方が優秀でしょう。クラウスなんて馬鹿のアホのとんまだ」
「馬鹿のアホのとんまかもしれませんが、少なくともどうしようもない馬鹿ではないわ。クラウスは。それに貴方と比べてクラウスの学業の成績が悪いだけで、馬鹿とアホととんまではありません。どうしようもない馬鹿と比べたら、クラウスを王太子にした方がマシでしょう」
母である王妃に見捨てられて、自分は第二王子に格下げされた。
どうしてだ?なんでだ?三人の王太子妃、名案だろう?
誰にもこの名案を理解してもらえず、ジュエル第二王子は、いつの間にか表舞台から遠ざけられ、新しい婚約者も決まる訳でもなく。一人寂しく離宮で暮らすこととなった。
どうして?なんで?私はこんな目にあっているんだ?
王太子になったクラウスが、護衛と共に離宮に会いに来た。
「兄上。兄上が生きていると邪魔なのです。だから、毒を飲んで下さいませんか?」
まさか、死ぬ羽目になるだなんて思わなかった。
「私は離宮で読書に励み、静かに暮らしている。何故、死なねばならぬ」
「兄上を担ぎ上げて、反乱を起こされたらたまりませんからね。だから早々に亡くなって貰おうと思って。兄上の事が大嫌いでした。私の事を馬鹿にしていたから。学業は兄上にはかなわなかったけれども、私は少なくとも兄上より、常識を弁えております。三公爵家を怒らせず、きちっと王太子妃を決めましたから」
「三人の王太子妃の何が悪いっ」
「三公爵家を馬鹿にしている証拠でしょう。一人をきちっと王太子妃に決めればよかったのです。側妃や妾妃が欲しいのなら、王太子妃に子が産まれてからでもよかったのでは?」
「私は三人の王太子妃が欲しかったのだ。三公爵家のバックが欲しかったのだ」
「兄上に話しても無駄でしたね。でしたら、さっさと毒杯を」
死にたくはない。何で死ななくてはならない?私は悪い事をしていないのに何故だ???
押さえつけられて鼻を摘ままれる。口の押し当てられた液体を飲み込むしかなかった。
ジュエルは意識を取り戻した。
目の前には一人の令嬢が立っていた。
アルディリア・マセル公爵令嬢。
三大公爵家の令嬢の一人だ。
ジュエルはベッドから慌てて起き上がった。
アルディリアは、ジュエルに向かって、
「ここは隣国ですわ。貴方の姿は変えさせて貰いました。名も何もかも捨てて、新しく生き直しなさい」
「助けてくれたんだな。何故?私を。クラウスが知ったら‥‥‥」
「わたくしが王太子妃になります。クラウス様はわたくしを選びました」
「それなら、尚更?私を助ける意味がないではないか?」
アルディリアは悲しそうに、
「わたくしは貴方様を愛しておりましたのよ。ずっと胸に秘めておりました」
「え?私を?私は君と、特別な話をした覚えはないが」
「貴方様は優しいでしょう。困っている人に手を差し伸べたり、使用人に気遣ったり。わたくし、知っておりますのよ」
胸が痛い。アルディリアは自分の事を見てくれていた。
まったく気が付かなかった。
アルディリアは微笑んで、
「貴方様の命を助ける代わりに、王太子妃になる事を受けましたの。わたくし、クラウス殿下が大嫌い。あの人、心が冷たいのですもの。だからお断りしようと思っておりましたの。父が何と言おうと、あの人の妻になる位なら、修道院へ行った方が‥‥‥でも、貴方様を助ける代わりにわたくしが王太子妃になれと。これは取引だと。だから、わたくしはこれから王国へ戻らねばなりません。クラウス殿下の馬車が外で待っておりましてよ。どうか、お元気で。これはお金です。しばらくはこのお金で過ごせるでしょう」
金貨の袋を渡された。
三人の王太子妃だなんて言わないで、なんでアルディリアを見てこなかったんだ?
こんなに自分に心を寄せてくれていたなんて知らなかった。知らなかったんだ。
アルディリアは馬車に乗る。
そして馬車は行ってしまった。
「アルディリア。有難う。私はしっかりとこの地で生き直してみせる」
ジュエルは決意を新たに、その場を後にした。
三年後。
ジュエルは、平民として街で働いていた。
ギルドの掲示板に掲示を貼る下っ端の仕事である。
後は冒険者達はすぐに床を汚すので、綺麗に保たなくてはならない。
だから掃除をしている。
過去を思い出しては反省している。
何で三人の王太子妃だなんて言い出したんだ?
クラウスの方が余程、常識を弁えていたじゃないか。
だから、罰が当たったんだ。
こうして、生きて働ける幸せ。
仕事はそれなりに大変だけども、貧しいながら食べるご飯は美味しい。
ふと、モップをかけていると、目の前に一人の女性が立っていた。
「アルディリアですわ。クラウス様に飽きられてしまいました」
やせ細って顔色が悪いアルディリアに、ジュエルは心配して駆け寄る。
「大丈夫じゃないな。医務室へ行こう」
アルディリアをギルドの医務室へ連れて行った。
女性一人でよくここまで来られたものだと感心する。
着ているものも粗末で、とても隣国の王太子妃をやっていたとは思えなくて。
アルディリアは、ベッドの上で弱々しく。
「あれから、二人の公爵令嬢を側妃にクラウス殿下はしたのですわ。正妃に子が産まれるまでは側妃は取らないと言っていたのに。わたくし、仕事を押し付けられて。とても大変で。倒れましたの。あまりにもやせ細ってほら、この通り、美しくなくなったでしょう?だから離縁されましたの。貴方の事が忘れられなくて」
やせ細った手を握り締める。
アルディリアのお陰でこうして生きる事が出来た。
「アルディリア。一緒に暮らそう。これからは私が君を養ってみせる。っていうけど、大した仕事していないんだ」
「構いませんわ。わたくし、ずっと貴方の事が好きでしたの。だから会いに来たのですわ」
「私は三人の王太子妃を言い出した男だぞ。どうしようもない無能だ」
「ええ、でも、とても優しくて、わたくしの好きなジュエル様ですわ」
二人は口づけした。
ジュエルは、アルディリアと結婚し、貧しいながらも幸せに暮らした。
身体が治ったアルディリアに子が出来て、だが、ジュエルの血筋がばれると大変なので、二人は本当にひっそりと暮らしたのであった。
ジュエルは、死ぬ時、家族に看取られながら、
「アルディリア。有難う。君のお陰で私は幸せだった」
と感謝を述べて亡くなったと言われている。