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第2話【自由のその先は?】

おはようございます

 俺が、ルグラン伯爵家の養子となって数ヶ月。俺の世界は、かなり広がった。自由に動ける範囲は限定されているが、サーカス団の頃に比べれば、天と地ほどの差がある。


 屋敷からアルウィンが通う学校までの馬車移動が、今の俺の世界だ。


 ルグラン伯爵家の養子になったとはいえ、元は出自のわからない卑しい身の上。自由に動き回ることはできないし、禁止されていた。


 自分を守れるほど強くなるまでの間という条件だ。しかし、考えてみれば、俺のことを考えてくれたうえでの判断であり、感謝すべきだろう。


 アルウィンは、最初にあったときと変わらない態度で変化はない。


 差別も偏見もなく、俺を助けた理由は、ただ守り神が欲しかったというものだった。その考えは、理解しがたいものがある。


 守り神を欲しがる理由が分からない。人は、神にはなれないのだ。


 精霊世界リテリュス(ここ)に神は一人だけ。リュンヌこそ唯一の神だ、とこのリテリュスに暮らすものなら誰しもが信じていることだ。


 俺は、神など信じてはいない。この世界では異端だし、裁かれる対象だろう。


 アルウィンの発言も、正気ではない。異端審問にかけられても文句は言えない。


 なにはともあれ、俺を受け入れてくれたルグラン家のためというのなら、神にでもなろう。俺には、もとより信仰心なんてないのだから……


 無論、全てが良くなったわけでもない。卑しい身の上であることに変わりがないのだから、俺の決意や存在をよく思わない連中もいる。



 幼年武術学校の休憩時間は、アルウィンと離れて過ごす唯一の時間である。


 アルウィンは、ルグラン伯爵家の嫡子として教官に特別授業をうけるからだ。


 普段なら、誰にも見つからないように隠れているのだが、今日に限って外に出てしまった。あの子にそっくりな女の子を見た気がしたからだ。


 俺が、アルウィンに救われて以降は、行方もわからないし、生きているかも不明である。


 あのサーカス団で話し相手になっていた──たった一人の子だったから安否は気になっていたのだ。

 

 残念ながら人違いであったが、一人になった俺に、アルウィンの上級生たちが声をかけてきた。


「お前が、ルグラン家の養子か?」


「はい……」


 俺の返事にアルウィンの上級生たちは、互いに顔を見合わせながら下卑た口調で笑う。


 俺は、逃げ道をふさぐように上級生たちに取り囲まれた。


「話があるんだ。少し来いよ。帝国貴族と話せるんだから、名誉なことだぞ、下民」


 俺は、うなずいた。拒否権などない。サーカス団の団員が言っていたことを思い出した。


 お貴族サマの言葉は、太陽の言葉だと……


 遠くに見える太陽は、もうすぐ夕日に変わる。


 風が強いのか、雲が少し早く動いていた。


 誰もいない武芸道場の裏。誰が育てているのか、花壇には沢山の花が咲いていた。


 アルウィンは、俺を探しているはずだ。


 景色が揺れる。上級生たちの荒れた声や鼻息が、耳に触れる。彼らが、興奮しているのが理解できた。


 俺は、きれいな花を潰さないように倒れる場所を選んだ。花は、あの子の好きなものだった。だから潰したくなかったのだ。


「ほら、どうだ。ルグラン家に飼われて貴族の仲間にでもなったつもりか?」


 上級生の一人は、いかにも残忍な顔つきで俺の腹を殴る。どうやら、腹を殴るのが好きらしい。


 痛くも痒くもない。俺は、もっと残酷な暴力を受けてきたのだ。それに比べれば、はるかに軽い脆弱な拳だ。まるで、紙切れで叩かれたくらいの威力しかない。


「お喋りを許可してやったのに、何も言わねぇな。こいつ……」


 別の上級生は、掛け声と所作ばかり立派な蹴りをはなった。派手に倒れてやると、ご満悦の表情を浮かべている。


 俺には、理解できた。こいつらは、ルグラン家との間に一騒動を起こしたいのだろう。


 アルウィンに暴行を加えるわけにもいかない。そこで、俺だ。


 俺に暴行を加え、ルグラン家が抗議すれば下賤のものを庇ったとして立場を悪くさせるつもりだ。


 ルグラン家が、抗議をしなくても、ルグラン家への圧力になるだろうと考えているのではないか。


 抵抗など考える余地もない。耐えるのみだ。


 それは地獄の日々から救い出してくれたルグラン家への恩義からなのか、下民ゆえなのか。


「もっと、もっと。許しを請うまで続けるぞ」


 上級生たちの声は、サーカスの歓声に似ていた。俺は、頭を振り深呼吸をして、怒りを抑える



 虚無のような時間が過ぎて、上級生たちは息も絶え絶えになりながら去っていった。


 俺は、仰向けになった。ようやく見通しの良くなった青い空を見る。


 集団で殴られても無表情で、傷一つもない。そんな男に恐怖を感じたのだろう。


 サーカス団にいたときから体だけは頑丈だった。


「バケモノ」


 そう罵られた。全て、慣れたものだ。俺にとっては、挨拶のような言葉である。


 サーカス団のときにも同じような罵倒を受けた。まるで、小鳥のさえずりのように気にも止めない──ただの環境音である。


「随分と、酷くやられたね。ごめん。探すのに手間取って……。今日に限って、教官がなかなか帰してくれなくてね」


 アルウィンの声だ。俺は、起き上がる。服についた土ぼこりを払った。アネモネという花の香りが強くなる。あの日、サーカス団崩壊の日も感じた匂いだ。


 アルウィンに香りのことを聞いたら、アネモネの花だと答えてくれた。


「どこが酷い? 少し、服が汚れただけだ。それよりも……」


 アルウィンの顔は、少し紅潮しているようだ。額には、汗が光る。息切れもしている。俺を探すために駆け回ったのだろうか。


「分かってるよ。すぐに抗議しよう」


 俺は、夕日に向けて指を差した。別に何の意味もない。ただ、そうしたかっただけ。


「いや、あいつらの狙いは抗議させることだ。教官もグルだろう。無視したほうがいい。道端のゴミが、蹴飛ばされただけだ……」


 アルウィンは、俺の横に並ぶと夕日を見つめてため息をついた。黒紫の短い髪が揺れる。


「どうすればいい、アルウィン? ルグラン家を不動のものにするには……誰も逆らえないくらいに」


 アルウィンは、口の端を歪めていた。ルグラン伯爵とは、随分と恨まれている立場なのだろう。


 ならば、恨むものすべてを焼き尽くすほどの太陽にならなければならない。


 そうだ。夕日のように、真っ赤に燃える太陽のような存在にである。


「戦争で活躍して、英雄になることかな……僕か君が。父上は、もうお年だからね」


 アルウィンは、俺の答えを聞く前に答えロケットペンダントの絵を手にとって悲しげに見つめていた。


 アルウィンの母親の絵だ。


 ルグラン伯爵は若い頃、いくつもの戦場で武功をあげた。そして、伯爵令嬢で結ばれて今の地位に上り詰めた。


 自由のその先は、英雄。俺の中で、目指すべき場所が見えた気がした。


 簡単なことだ。誰にも文句を言わせない立場。アルウィンか、俺のどちらかが英雄とやらになればいいだけの話なのだから……


 至極簡単な……話だ。


 第2話【自由の先は?】完。

お読みいただきありがとうございました。

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