第1章 転生した晴れ男、あるいは、太陽王の伝説
【転生】
松山陽一は、子供の頃から奇妙なほどに「天気に恵まれる」体質だった。
遠足の日には必ず晴れ、運動会の日に台風が接近しているとニュースで報じられても、なぜか当日は暑いほどの快晴になった。大人になってからもその傾向は続き、出勤時に雨が降っていても玄関を出るとスッと雨が上がることもたびたびあった。
周囲には冗談半分で「晴れ男」「太陽神」などと囃し立てられたが、本人はまるでピンときていなかった。
確かに自分が外出するときは雨が止む。旅行もアウトドアも雨で中止になったことがない。けれども、それは単なる偶然の連続であって、陽一自身にとっては「得をしたな」と思う程度のささやかな現象に過ぎなかった。
やがて大学を卒業し、某メーカーに就職した陽一だったが、生活はごく平凡。朝は満員電車に揺られ、会社に着いたらパソコンに向かってひたすら数字の処理をする。たまにある出張先では天候に恵まれ、先方から「本当に晴れ男なんですね」などと笑われる。
「晴れ男」は、陽一にとってのささやかなアイデンティティ――そんなふうに思っていた。
しかし、人生の転機とは往々にして突然訪れる。
ある雨の月曜日、陽一はいつものように駅まで歩いていく途中だった。天気予報では豪雨と報じられていたが、玄関を出た時には小康状態に。とはいえ路面は濡れて滑りやすく、足早に歩いていた彼は、角を曲がったところで自転車と接触し、その衝撃で道路に倒れ込んだ。頭を強く打ったようで、視界が揺れて、まるで寝起きのように意識が曖昧になる。そのまま救急車で運ばれた記憶が薄らぼんやりとあるような、ないような……。
そして、陽一が次に目を覚ましたとき、自分が見知らぬ場所にいることを理解するのに数秒を要した。
薄暗い石造りの部屋。壁際には燭台がいくつか置かれ、ゆらゆらとオレンジ色の火を揺らめかせている。まるで中世ヨーロッパの城の一室のようにも感じられた。傍らに立つ年配の男が、驚いたような眼差しでこちらを見ている。黒いローブに身を包んだ数人の男女。彼らは口々に何かを喋っていたが、初めのうちはどの言葉も陽一には理解できなかった。
すると突然、年配の男が高らかに何かを唱える。部屋の中央に描かれた魔方陣が怪しく揺らぎ、陽一の周囲に金色の光が立ち昇る。あっという間だったが、その光が収まった後には、なぜか彼らの言葉が耳に馴染むようになった。
「――わかりますか? 我らはカルタヘーナ王国に仕える召喚士団の者です」
ローブの男が、まるで儀式のように朗々と言う。その声は確かに日本語ではないのに、なぜか陽一には意味が理解できた。
「しょ……しょうかんし……?」
「ああ、あなたは別世界の客人。我々が行使した『異界召喚術』によって、こちらの世界にお呼びしたのです」
何が何だかわからない。ただ、その表情は陽一を睨むでもなく、かといって優しく迎え入れるでもない、どこか複雑な様子だった。
「ようこそ、カルタヘーナ王国へ。あなたが……“太陽王”の再来であることを願いますが……まあ、それはこれからの判定次第ですがね」
“太陽王”という単語が不思議に耳に残った。そして、もはや混乱の極みの中にいた陽一は、この言葉をただ受け止めるだけだった。