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虹の欠片7

【唯衣 】


「じゃあ行くね。パパ駅まで送ってくれてありがとうね」

「たまには連絡してくれよ。体に気をつけるんだぞ。あと……」

「分かったってば。叔母さんの家なんだから心配しなくていいよ。何かあったら即LINEするし。乗り遅れちゃうから行くね」

 ホームに着くと、すぐに流線型の車両が入ってきた。危なかった。自由席だから急いで席を取らないと。

 適当な窓際の席に座って、隣に座られないように荷物を置いた。それにしても綺麗な車内だなあ。高校に通う時に乗ってた汽車とは大違い。あっ、汽車って言ったら田舎者だってバレてしまう。「お前の地元まだ蒸気機関車が走ってるのか」って。汽車じゃなくて電車。ゴミは投げるじゃなくて捨てる。手袋は履くじゃなくてはめる。

 発車の時間になっても車内はガラガラだった。初めて乗るからわくわくする。やっぱり速いのかなあ。


 駅を出てしばらくビル群を眺めていたけど、少しすると窓の外はすぐに見慣れた景色になった。隣の家まで歩いて20分。小中学生の時はそれが当たり前だって思ってた。小学校、中学校へはパパの車で通ってたから。コンビニやお店なんてないから、買い物は週末に大型ショッピングモールでしてた。

 洋服や本、おもちゃを見てまわってから、食料品や日用品を買って、その後に寄るマックやケンチキやミスドが週一回のご褒美だった。

 遊ぶ場所は家の中か外。小さい頃は外で友達と『カード戦士ハートエース』ごっこをした。あの事件で外で遊んではいけないとなった期間からは、完全にインドアになった。

 うちは公民館の代わりに月一回の寄合の場所になっていた。寄合や行事の後は必ず宴会になるから、うちには通信カラオケが設置されてた。お兄ちゃんと得点を競い合ったり、ハモったりして遊んだ。その内に100点を何回も取れるようになったから、試しに応募してみたら、中学の時にテレビのカラオケ番組に出場できた。自信があったけど、二回戦でU18四天王に当たってそこで負けた。


 おお。新幹線が本気出した。速い速い。景色が物凄いスピードで流れていく。再び住宅がちらほらと見え始めた。高校の近所はこんな感じだったなあ。

 高校へは駅まで自転車、そこから電車で二駅。とはいえ駅前にあるのはマックとカラオケ屋だけ。学校帰りはマックかカラオケかおとなしく帰るの三択。もし恋人ができてもデートはその三択が適用された。だから卒業してマックかカラオケ屋で働くか、家業を継ぐ以外の人はみんな町から出ていく。

 私は叔母さんが東京に住んでいるから、特に進路は決めずに東京へ行くことに決めた。実家は大学の農業科に進んだお兄ちゃんが継ぐから、私は好きにしていいって言われた。ただし田植えだけは手伝っていけ、って言われたからこんな時期外れになっちゃったけど。


 トンネルに入った。窓には黒髪ストレート前髪ぱっつんの私と車内が映っている。

 お弁当を食べよう。前の座席に付いているテーブルをセットして、隣の席の荷物の上に置いてあった白いビニール袋からお弁当とお茶を引っ張り出した。

 包装を取ってフタを開くと、フタの裏にご飯粒がたくさん付いていた。うちはお米を作っているから、この一粒にどれだけの労力がかかっているか痛いほどよく分かっている。貼り付いて中々取れないご飯粒を食べ終えると、お弁当に取り掛かる。うまC。

「ごちそうさまでした」

 それにしても長いトンネル。海底を通っているから、当たり前だけど。バッグからこの間アニメ化された恋愛小説の文庫本を出して読む。東京に着くのが待ち遠しい。


 中々届かない主人公の女の子の気持ちがやっと届いたところで、新幹線は東京に着いた。

 叔母さんが迎えに来てくれていた。えり叔母さんは遠くからでもすぐに分かる。ママにそっくりだから。それはゆか叔母さんもだけど。叔母さんといっしょにこれから暮らす家へと向かう。窓から見える景色が都会過ぎて鼓動が速くなる。叔母さんによると、部屋も家具も従兄弟の使ってたものが使えるそうで、私の部屋にあったドレッサーももう届いているとのことだった。

「お世話になります。よろしくお願いします」

「こちらこそ。東京でやりたいことは決まってるの?」

「いえ、まだ何も」

「あなたのお母さんもやりたいことがなくて、アルバイトしてたのよ」

 そうなんだ。とりあえず当座の生活には困らない程度のお金をパパから貰っていたから、あちこち見てまわることにした。

 まずスカイツリーに登って、ソラマチでご飯を食べた。ツリーの高さと料理の値段の高さにびっくりした。富士山は雲で隠れていて見られなかった。

 原宿へ行ってみた。すごく可愛い服がたくさん並んでいた。「似合うかな?」って思って値札を見たら、想像の一桁上の値段でびっくりした。

 新大久保へ行って韓流っぽいものをいっぱい食べた。

 渋谷へ行って超びっくりした。何この人数!平日の昼間なのに、地元のお祭りやショッピングモールの100倍くらいの人がいた。よくハチ公前とかモヤイ像前とかで待ち合わせって聞くけれど、待ち合わせっぽい人だけでも大勢いて、ハチ公にまたがってないと出会えないんじゃないかなあ。みんな何してる人たちなんだろう。

 そうか。きっとお休みだったり、夜に働いてたりするんだ。っていうことは今の時間に働いている人も入れると、東京にはこの何倍もの人がいることになる。スゴい。スゴすぎる。

 センター街のマックかロッテリアに入ろうと思って歩いていると、なんか怖そうな雰囲気の人たちがいっぱい立っていた。元来た道を引き返してスタバに入ることにした。生まれて初めての憧れのスタバ。あらかじめ覚えてきた、呪文のように長い名前のホイップたっぷりキャラメルマキアートを注文した。

「サイズはどうなさいますか?」

 S……ん?MじゃなくてT?LじゃなくてV?その上のGって何?

 サイズは予習してなかったので、たぶんMくらいであろうTにしてみよう。

「トールですね、かしこまりました」

 Tはトールか、中学校で習った。背が高いって意味だっけ。

 後日になって、Gはアリアナと同じグランデだと分かったけど、Vはなんかダンサーみたいな名前だったことしか記憶にない。スマホが自動で充電されるテーブルがあってまたまたびっくりした。

 もう一つびっくりしたことがある。スタバから街を見ていて、どの人もファッション雑誌から抜け出てきたみたいにおしゃれな格好をしていることに気が付いた。普段着なのかなあ。何着くらい持ってるのかなあ。それはともかく渋谷は人が多過ぎて酔いそう。私には向いてなさそう。


 秋葉原へ行ってみた。メイド服の人もそれなりいたけど、コスプレイヤーの人たちが写真を撮られている場所に向かった。いたいた。これが目当て。ハートエースのコスプレをしている、キャロルっていう子と話が盛り上がったから、メアドを交換してスマホで撮った写真を二枚添付して送ってあげた。

 新宿に行って映画を見た。シートがぐるんぐるん動いて風が吹いてくる仕組みが楽しくて新鮮だった。そのビルにあるケンタッキーでチキンフィレサンドのセットを食べた。窓の外には地面に直接座っている人たちが大勢いた。

 色んな街に行ったけれど、なんとなく新宿が一番性に合ってる気がした。人はそれなりに多いけど、渋谷や新大久保みたいに、空気が薄い感じがしないのは空が広く感じられるからかなあ。

 ママもアルバイトしてたっていうこの街でなら、何か見つかるかもしれないって思った。


 叔母さんに聞いて、ママがアルバイトしてたお店がまだあったので、電話して面接を受けた。飲食業は人手不足らしくて即採用になった。

 「三日で飛ばないようにね」って言われたけど、実家の仕事でガッツは養われてるから、仕事もなんてことはなかった。初めは洗い場から。慣れてきてバッシング。配膳。オーダー取り。ドリンカーと覚えていった。三つ上の私の指導係になったユウさんに、接客の仕方からメイクの仕方、安い服でも可愛く見えるコーデ術などを習った。


 ある日閉店作業を手伝って帰ろうと店を出ると、目の前をすごくきらきらした女の人が歩いていた。金色の花のようにセットされた髪の毛、お姫様のような洋服、ケバくなくてそれでいて最大限可愛く見せるメイク、色気と大人っぽさ。同じ星の人とは思えなかった。あんな風になりたい。気になって気になって、気付いたら走って追いかけて声をかけていた。

「すみません。ちょっとお話聞かせてください」

 女の人は最初何かのインタビューか取材だと思ったみたいだけど、私が普通の女の子だと分かるとがっかりした顔をして、私が輝きの秘密を知りたいっていうと大笑いした。

「そんなので話しかけてきたの?面白ーい!」

 女の人は飲み屋で接客をする女性、いわゆるホステスだった。お店の中で誰よりも輝いていないと指名が取れなくて苦労するし、輝いてる自分を鏡で見ると安心して嬉しくなるって教えてくれた。メイク道具とメイクの仕方、洋服やバッグのブランド名、通ってるエステや美容室、その他努力していること、全部教えてもらった。そうして、アルバイトで得たお金で。自分の姿をその女の人に近付けていった。


 20歳になってすぐに私はホステスになった。源氏名は、好きだったダイヤエースの子の名前『ほむら』にした。

 最初はヘルプばかりで、指名の多い子から罵倒されたりした。悔しかったけど、その子が私より優れてる点を探った。そして「これはお米作りといっしょだ」と思い至った。努力をして手をかけて注意深く見守って一粒一粒を大切に育てる。そうすれば美味しいお米がたくさん実るようになる。

 一度付いてくれたお客さんを一人一人大切に育てた。眠くても必死にLINEを返した。同伴やアフターもどんなに辛くても毎日やるようにした。太客になってくれたお客さんとは、アフター後にホテルに行ったりもした。そうして着実に実っていった。

 でもある日太客同士で揉め事になって、私はその店を辞めさせられた。別な店に入店して、源氏名を『綺羅々』に改名した。枕は二度としないと誓った。それでも一度得たノウハウで、私はすぐにその店のナンバーワンになった。


 同じお店の子からホストに誘われたけど、自分の輝きを増やすための投資以外、他人にお金を使うのは馬鹿げてるって全部断った。それでも余るほど稼げたので全部貯金した。

「綺羅々は付き合いが悪い」

「客にばっかり愛想が良くて、猫をかぶってる」

 そんな風に言われたけど「私と同じくらい指名を取ってから言ってくださいね」って言うと皆黙った。

 私は輝いてる。でもこれ以上輝くためにはどうしたらいいの?あと毎日が全然楽しくない。無駄にして捨てられてるお酒、嘘ばかりの接客、そして同じ毎日の繰り返し。包丁は研いで磨いてる内にどんどん小さくなっていく。私の心もどんどんしぼんでいく。輝きを放射し過ぎて、エネルギー不足になっていく。そんな気がしていた。


 ある夜、あの日が辛くて早退させてもらった。それほど忙しい日じゃなかったから、簡単に許可が出た。痛み止めを飲めば乗り切れるって思ったけど、とにかく休みたかった。

 帰り道と違う方向へ歩いていくと、公園の横の通りからギターと歌が聴こえてきたので、ちょっと気になって見に行ってみた。

 えっ?この人何者?この歌を歌ってる本人と同じ、いや、それよりもずっと上手い。歌い込んでる。私も歌には自信があるけど私より上手い。スゴい、カッコいい。

 次の歌。あっ!私この歌大好き!お兄ちゃんとハモって、採点で100点取ったこともある。プルオーバーのパーカーにカーゴパンツの子が、歌に合わせて踊り出した。この子も只者じゃない。そこら辺のダンスボーカルグループの人よりずっとレベルが高い。よおし、私も。

≪決して寂しくはない 風の音炎の音が音楽を鳴らすから≫

 ギターを弾いて歌ってる子が、こちらを見てニヤリとした。

≪WOW WOW ムジカ WOW WOW ムジカ 雨が地を叩き 風が吹き荒ぶ それに合わせて僕は歌う これが世界の終わりのムジカ≫

パチパチパチパチ……

 大拍手。めちゃめちゃ楽しい。


 次の日も辛いと嘘をついて早退して、二人ともいたので、また歌った。

 その日次の日、意を決して退店したいとママに告げた。

「綺羅々ちゃんは稼ぎ頭だから困るな」そう言われたけど気にせず退店した。


 それから私は毎日三人でパフォーマンスした。

 一日だけ、瑠璃ちゃんが泣いてる日があった。心配だったけど、次の日に元気になっていた。良かった。

 瑠璃ちゃんのお友達の琴美ちゃんも加わってより楽しくなった。見てる人が増すにつれて、私たちの輝きも比例して増した。


 そうか。私たちは、見て応援してくれる人たちからエネルギーを貰って輝いてる。こういう輝き方もあるんだ。これなら人が増えれば増えるほど私の、私たちの輝きも増していく。そう気付いた時

「君たち、ちょっといいかな。私はこういう者だ」

 よれよれのスーツ姿の男の人が四人に名刺を配った。芸能事務所?ベリージャムプロダクションの社長さん?

「瑠璃。ベリージャムって……」

「うん」

琴美ちゃんと瑠璃ちゃんが知ってるってことは有名なのかなあ?

「大きい事務所ではないが、元アイドルの折原有希と女優の中川華蓮が在籍している」

 二人とも超有名人。あれ?ってことは……。

「君たち四人、うちの事務所に入ってほしい。うちでアイドルとしてデビューしないか?」

 えっ?アイドル?

 社長さんは膝を付いて頭を下げた。

「うちでアイドルになってほしい。もしすでに事務所に入っているのなら、違約金をうちが払ってもいい。親御さんが反対されるなら私が説得する。頼む、この通りだ」

 えっ?みんなどうするの?

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