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地上は楽園

作者: 雉白書屋

「なぁ、なぁ、寝た? もう寝た?」


「……ふふっ、なんだよそのノリ。テンション高いな」


「いやさぁ、今日さ、映画を観たんだよ」


「そりゃ観るだろう。暇つぶしはそれかゲームくらいしかないからな」


「いや、もうそれがさ、すごくて今夜もう眠れそうにないんだよっ」


「へー、エロいやつ? でも禁止されてなかったっけ」


「違う違う! ……聞きたいか?」


「そりゃな、あ、ふぁ~あ。やっぱどっちでもいいかも……ねむい……」


「聞けよ!」


「騒ぐなよ、もう寝てるやつもいるし、見回りだって」


「ああ、ごめんごめん。でな、その映画のシチェーションがさ。俺らとよく似てたんだよっ」


「え? それってシェルター暮らし? あー、まあ、ありがちっちゃあ、ありがちだし

つまんなそうだな」


「いやいやいやいや! いいか、驚くなよ? 衝撃のラストでさ」


「あー、それ言われると萎えるんだよな。予告編とかでさ」


「いいからっ! 実はな……地上は核ミサイルの放射能に

汚染なんかされてなくて自然豊かで、おい今、鼻で笑ったな?」


「ふふっ、いや、まあ似てるけどそれがなに?」


「だからさぁ。俺らもさぁ……」


「同じだって? ないない。だったらさ、なんでみんなこのシェルターから出て行かないんだ?」


「だから知らないからさ! 地上が安全だってさぁ!」


「知らないことあるか? 長に、その下のリーダーたちが全員? ないよ、ないない」


「ふふふふ、長とか偉い人たちは知ってるのさ……」


「だったら出て行くだろ。俺ならそうする。ここの飯は飽きたよ。

物心ついてからずっと同じメニューだ……」


「そこだよ。あいつらはな、ここじゃ偉い顔しているけど実際はただの下っ端。

もっと偉い、そう、外の連中に言われ、俺たちを管理してるのさ……。

下っ端と言ってもここじゃ一番のお偉いさんだ。悪い気はしないんだろう」


「そのリーダーの一人は俺の親戚なんだけど、そんな話、聞いたことないなぁ」


「お前の親戚を悪く言うつもりはないけど、みんなグルなのさ」


「でも何のために?」


「え?」


「なんで俺たちを騙してるんだ? 別に特別な仕事とかさせてるわけでもないし」


「そりゃ……今も実は何かの実験の最中か、来たる日に何かさせようとか」


「でも先週、また首を吊った奴いただろ。ここでの暮らしに耐えかねてさ。

そりゃ電気、ガス、水道と食料は

シェルターのシステムで何とかなってるらしいけど息苦しいし

それにいつまでもこの暮らしを続けられるわけじゃないっていうじゃないか

俺たちに何かさせたいのならもっとちゃんと管理するんじゃないか?」


「それは……知らないよ。映画じゃ外に出て終わりだったんだ」


「ふーん……まあ、目を開けながら夢見るのもほどほどになぁ……つかれた、ねむ……」



 友人の大きな欠伸。それで会話は打ち切られた。

しかし、青年の外の世界に対しての想いは日に日に強くなっていった。 

 あの映画の主人公と自分を重ね合わせることから始まり

若さゆえの全能感、冒険心、英雄願望、恋焦がれるあの子へ告白する決め手。

天秤は傾き、崩れた。もはや止めるものはなし。


 外への出口へ続く道は防護壁によって固く閉ざされている。

根を張っているようにもう何十年も。あるいはもっとかもしれない。

 先祖がここに逃げ込み暮らすようになってから

一度として開けられたことはないという。

 一応、お飾りの警備係が一人、パイプ椅子に座り番をしているが

寝入っていても誰も怒りはしない。何も起こらないのだから。

とは言え、防護壁の前で動かないから厄介ではある。

それに仮に誰もいなかったとしても開けるのは容易なことではない。

 が、しかし。青年は知っている。

防護壁のあの先へ、ダクトを通じて行けるということを。子供は探検ごっこが好きだ。

宝探しと称して、シェルター内に隠した物を見つける遊びはここの定番。

青年はだいぶ前にその遊びを卒業したが

初めて宝を見つけた時の喜び、手の震えは今でも覚えている。

 今夜、彼の心臓はあの時以上に高鳴っていた。

これが彼の最後の探検になるだろう。偉大な発見をし、彼女に告白。

少年から青年へ、そして、完全な大人になるのだ。


 暗いダクトの中を進み、用意していたドライバーでネジを回し壁の一部を外すと

ごちゃごちゃと物があふれる部屋に出た。

そしてそこの壁の一部をまた同じように取り外すと防護壁の内側、廊下に彼は顔を出した。

 少々高さがあったので、気をつけながら降りる。

 廊下の向こうにはまた扉。だが問題ない。ハンドルを回すタイプだ。

かなり重かったが、悪戦苦闘の末に青年はドアを開けることに成功した。

 これが先祖の、人類の重みか。なんだ、大したことないな、と彼はへへんと笑った。

それは自分を鼓舞するためのものであったが足の震えは治まらない。

次いで、脇の下の湿り、喉の渇き。友人も誘えばよかったと後悔が込み上げる。

拳を握り、笑う膝を何度も叩くと彼は息を吐き、そしてドアを通り上を見上げた。

 長い梯子のその上にはまたハンドル式の扉。

それさえ開けてしまえば求めいていたもの、きっと外の世界だ。


 ああ、しまった。放射能測定器。それに酸素ボンベ。

ああ、食料もない……と、彼は準備が足りないことに思い至ったが

すぐに頭を振り、打ち消した。

 準備ができてない? そんなものは言い訳だ。

ほんの数分。地上が楽園かどうかなんてことはすぐにわかる。

ここから出さえすれば、覚悟がありさえすれば……ある。


 青年は梯子を上り始めた。そして……




「……はははっ! やった、やったぞ! ははははは!」


 外は緑が広がり、空気は戸惑いを覚えるほど澄んでいた。

蝶が足元に咲いた花から飛び去り、どこからか、いや、どこからも鳥の囀りが聞こえる。

 自然は、実りは遠くに見える森だけじゃない。海や川もあるはずだ。

きっと魚や動物もいるに違いない。

 ここは楽園。しかし今は夜のはずなのに青空なのはどういうわけだろうか。

 ……いや、そうか。長い年月、地下に潜りっぱなしだったあまり、ズレが生じていたのだ。

当然、地下シェルターの中ではこの陽の光を感じることなどできやしない。

 青年はそのことも笑った。自分たちはなんて生き方をしていたんだ、と。

ゾッとしたりもした。だが、それも今日までだ。

今日から始まるのだ。人間としての生き方、人生が。


 彼は草花の上に寝転び、目を閉じた。

こうすることが気持ちがいいと映画で見たからか、それとも本能か。

 シェルター内の時間では今は真夜中。普段なら眠っている時間帯。

緊張と興奮による疲れそして安堵とそよ風が彼を眠りへと誘う。


 ……でも、みんなになんて言おうか。信じて貰えるだろうか?

 いや、そうだ。この香り……もう少ししたら花を摘んで帰ろう。

 そして彼女にプレゼントするんだ。ああ、それから手を差し伸べてこう言おう。


『楽園へ連れてくよ』


 おっほ。これに決まりだ。みんな、きっと喜ぶぞ。

あんなアリの巣みたいな生活はお終い。

出てきて、飛び上がって、それで……舞い踊るんだ……ふふふ……。 



 寝息を立て始めた彼を、昇天した怨嗟の念が捉えた。

 かつての大戦。その遺物。

各国が宇宙に打ち上げたいくつもの衛星が常時、地上を監視しているのだ。

敵を、人間を決して逃すまいと。

 

 かつて戦争中に国々が躍起になって探していた宝。

 破壊を逃れ静かに眠る無人軍事基地が衛星からの指令を受け今、目を覚ました。


 また、青年も目を覚ました。起き上がり、伸びをすると

辺りを見渡し、夢ではなかったと顔をニヤつかせる。

 そして身を翻し、みんなを呼びにシェルターの中へ。

 その間も核ミサイル発射の準備は着々と行われていた。

 そしてシェルターから彼らが出てきたその時、ちょうど影が差すだろう。

 これでまた放射能濃度が上がる。


 だが、人類がいない地上は平和であり、確かに楽園であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんとオチで謎の答え合わせができていて、上手くまとまっていると思いました。 主人公の予想は(ある意味)本当に当たっていたけれども、そこには恐ろしい訳があり……。優れたSF短編だと思います…
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