⑨ 香辛芋
酒場で出すパンを小麦パンからキノコパンに切り替えたが、反響はほどほどといったところだった。パンの値下がりに喜ぶやつもいれば、パンが変わった事に気付かない味音痴もいる。パン好きがキノコパンにこだわる事はあれど、普段パンを頼まないやつがパンに夢中になるような変化は起きなかった。
変化はむしろ生産者側に起きた。
二人で切り盛りしているウチの酒場では養殖昇天キノコを製粉して焼くのは大変すぎる。石臼手作業で製粉するなんて狂気の沙汰だよ。いつもどんだけ仕込みに時間かけてると思ってんだ? これ以上仕込み時間を増やしたらおちおち二度寝もできない。
そこで郊外の水車小屋に製粉を外注し、手間を省くために生地作りと焼き上げもパン屋に依頼した。
最初はパン屋が焼きあがったパンを酒場まで運んでくれていたのだが、パン屋は朝にパンをまとめて焼く。で、酒場でパンを出すのは夜。これでは冒険者が焼きたてふっくらパンを食べられない……! 由々しき事態だ。
だから協議の結果販売もパン屋に任せる事になった。ぜひ朝に焼きたてを売ってくれ。
パン屋としても価格競争で絶対に勝てないキノコパンを自分の裁量で売れるなら良い話。
冒険者は朝冒険に出かける時、パン屋に寄ってキノコパンを買うようになった。
結局、昇天キノコの養殖も隣家でプー太郎やっていた商家の三男坊に任せてしまい(栽培場所もむこうで新しく確保してもらった)、養殖昇天キノコの生産販売は早々に俺の手を離れた。ウチの酒場では倉庫の一画で育てたいくらかの養殖昇天キノコを自家消費するぐらいだ。酒場で客に出す分はパン屋が届けてくれる。楽なものである。
ウカノは最近ユグドラ&セフィに引率され、半熟卵のバターサンドイッチをお弁当に持って迷宮浅層に潜っている。びっくりするぐらいデカく育ったホウオウと連携して怪我もなく上手に戦っている、とセフィはこっそり俺に報告してくれた。
ウカノは冒険がしたいというより、迷宮で食材を採ったり冒険者が現地でウチの携行食料を食べているのを見るのが好きなようだ。ウチの料理を食べながら休憩している冒険者を見つけるたび、目を輝かせて指さし「あれお父さんの料理!」とセフィに報告するのだとか。
その可愛い子ウチの看板娘なんですよ。ガハハ、羨ましかろう。
ただ、あんまり迷宮の奥に行くのは気が進まないようで、浅層門番ミノタウロスがウカノに何故か戦意を見せず道を空けてくれたのに、中層には行かなかったそうだ。
いくらウカノが強いとはいえ迷宮では何が起きるか分からない。そのままあんま深く潜らないでいてくれるとお父さんも安心です。
さて。
店を開け、冒険者にせっせと飯を作り、唐突に始まった腕相撲大会に巻き込まれぶっちぎりの最下位を獲り、自作クッキーの味見をして欲しいという女冒険者に改善点を教えてやり、真夜中過ぎに帳簿を付けて本日も店じまいと相成る。
いつもならウカノに風呂上がりの肩たたきをしてもらってから寝るところだが、今日は迷宮食材の調理研究を始めるので俺は厨房に立ちウカノも厨房に居座った。ホウオウが厨房に引いた立ち入り禁止線の向こう側から恨めしそうに俺を睨んでいるが無視。
今日から調理を始めるのはこの食材。
香辛芋だ。
香辛芋は迷宮深層で採れる拳二つぶんぐらいの大きさの芋で、暗い黄色と濃い赤色の縞模様をしている。毒がありそうな配色だが毒はない。
特徴は生のままでも香り立つ食欲をそそるスパイシーな匂いで、深層冒険者は「縞芋の匂い」とか「香辛芋の香り」と表現するが、俺に言わせてみればカレーの匂いだ。すごくカレーです。
お味の方もカレーかと思いきや、そんな美味しい話はない。
香辛芋は水っぽい土の味がする。
煮るとアホみたいに灰汁が出る上に煮崩れし、味も見た目も茶色い泥みたいになって食えたもんじゃない。焼けばボソボソの土を食ってるような最悪な味になる。
ゆえに香辛芋は昔から食用ではなく、食卓に飾って香りを楽しむものとして使われてきた。
でもさ、カレーの匂いがするって事は、上手くやればカレーを作れそうじゃん?
遠国から同じ重さの一級魔石より高いと言われる高級スパイスを数年がかりで何種類もかき集めて一杯分のカレーを作るのはしんどい。香辛芋一本でカレーどーん! できました! が可能ならそれが一番だ。
まずは香辛芋の土を洗い落として皮を剥き、中を観察してみる。皮を剥くとスパイシーな香りが一層強くなった。ウカノがすんすん鼻を鳴らし、無言で棚からキノコパンとチーズを出して夜食を食べはじめる。俺も一切れもらった。
腹が減る香りだ。香りだけじゃなくて味も楽しめれば最高だよな。
香辛芋は中身も黄色と赤の縞模様で、皮を剥いて少し経つと表面が黒っぽくなり土臭さが出てきた。空気に触れるとダメらしい。
少し考え、水に浸して灰汁抜きをしてみる。
香辛芋を桶に張った水に沈め、こまめに水を変えながら数日おく。
古来、日本人はドングリやトチノミを水にさらして灰汁抜きしてきた。先人の知恵を拝借だ。これなら煮崩れさせずに灰汁抜きできる。
香辛芋は比較検証用に土をつけたまま、土を洗い流したもの、皮を剥いたもの、色別に切り分けたもの、すりつぶしたものなど、色々な状態のものを用意してそれぞれ桶に入れた。
水を換えながら七日灰汁抜きをした香辛芋は一見何も変わっていなかったが、煮ると灰汁が出ず、煮崩れもしなかった。一番灰汁が少なかったのは皮を剥き縞模様の切れ目に沿って切れ込みを入れたもので、表面に少し灰色の泡が浮くぐらいだ。逆に皮つきはかなり灰汁が多い。
そうして煮込んだ芋を食べてみるが……
「土!」
「床舐めた方がマシ」
俺はすぐ吐き出したし、ウカノは苦そうな顔で口直しの蜂蜜を舐めた。
ユグドラは以前土を食べられたら最強みたいな話をしていたが、土は土だ。食えねぇよ。
一方で、灰汁抜きした香辛芋を煮出した湯は綺麗な黄土色に色づいていた。湯気と一緒にカレーの美味しそうな匂いが厨房に広がっている。
俺はお玉ですくって一口味見し、頷いた。
カレースープだこれ。
薄味だがカレーと呼んで良い出来である。でもそのままではちょっと物足りない。ぶつ切りにした数種類の香味野菜と肉の切れ端を追加して更に煮込み、ブイヨンスープの味を足す。
するとかなり美味しいカレー風味野菜スープが出来上がった。
「悪くないな。悪くない」
「おいしい。もう一杯」
一口飲んでまだ物欲しそうにするウカノに小鍋の中身を全部深皿に入れて渡してやり、思案する。
確かにカレーなんだけど、カレー風味止まりなんだよな。もっとガツンと味の濃い、これぞカレー! というドロドロのカレーが欲しい。
もっと香辛芋から味をたくさん引き出せないだろうか。圧搾とか? 土の味まで絞り出してしまいそうだな。
俺が香辛芋に薄塩を振ったり低温油で揚げたりしていると、基本口を挟まずじっと見ている味見役ウカノが我慢できないといった様子で言った。
「虫は取らないの?」
「虫?」
慌てて香辛芋を見てみるが、虫なんてついてない。
「取ってあるぞ」
「? あ、そっか。えーとね、私にはすごーく小っちゃな虫が芋にいっぱいついてるのが見えるの」
とっとこまな板の前までやってきたウカノの指先が一瞬見えなくなる。瞬きの後、ウカノの指先にはゴマ粒のような黒い汚れがついていた。
「これで1000匹ぐらい」
「ほー」
1000匹集まれば俺の目にも見えた。じっと見ていると微妙に動いているように見える黒い汚れはウカノの言う通りきっと虫なのだろう。いや虫にしては小さすぎる。粘菌か微生物?
ウカノの顕微鏡並の目が暴いた黒虫は鼻を突く悪臭を放っていた。ウカノは一瞬ためらってから指先の黒虫をパクリと食べ、途端にすごい顔をして水甕にすっとんでいく。
果敢にも味見に挑戦した料理人の卵は口の中のものをぺっぺして水をがぶ飲みしながら「土!!!」と叫んだ。
ははあん。
土の味がする微生物。スパイシーな美味しい芋に土の味のゴミが寄生してる……ってこと!?
灰汁と寄生虫の二重苦ってワケね。
原理が分かれば話は早い。
灰汁抜きしてすぐ加熱すると芋の中の微生物が死んで芋が土味になってしまうから、微生物を芋の外に追い出してから改めて加熱すればいい。
俺には現代社会の莫大な情報の嵐に揉まれて得た大量のにわか知識がある。
俺は脳内の知識をさらい、関連情報をメモに列挙し繋ぎ合わせて一番いけそうな手法を導き出した。
香辛芋の微生物は自力で動けるようだから、自分で動いて芋の中から出て行ってもらえばいい。
ノミのついた猫を湿らせた毛布でくるみ、温めた部屋に入れておく。するとノミは動きが活発になり、より居心地のいい毛布に移動するという。わざわざ櫛やピンセットでノミとりする必要はない。
それと同じように香辛芋の住み心地を悪くして、住み心地の良いモノで包んでやれば、微生物は移動するはず。微生物の「お引越し作戦」だ。
俺は微生物を小皿に入れ、虫メガネを使いながら観察実験をした。
コイツらが好む温度は? 湿度は? 何を食べる? 気圧を変えるとどうなる? 水につけると窒息するのか?
十日ほどかけて生態を調べ、俺は適切な調理方法を確定させた。
まず香辛芋の皮を剥き、模様に沿って切れ目を入れ、一日一回水替えをしながら合計七日間水に浸してアク抜きする。
灰汁が抜けたら40℃のぬるま湯につけて芯まで均一な温度にしたあと、25℃(迷宮深層の土中温度)の水に移す。水面に浮いて固まる黒いプツプツはこまめに紙に吸着させて取り除く。これを二回繰り返せば香辛芋の中から微生物はいなくなる。
完璧に下処理をした香辛芋は、すり潰すと暗い黄色と濃い赤色の身が混ざり懐かしい黄土色のトロみがついたカレーになった。
スプーンで一口食べれば鼻と口に広がる風味豊かなスパイス! 舌を刺激し胃に落ちて体をカッと熱くする辛さ!
カレーだ! 文句なしにカレーだ。うまい! 美味い!! 旨い!!!
小鍋のできたてカレーをパンにつけ夢中でパクついていた俺は、ウカノがじっと見ているのに気付いて慌てて小鍋を渡した。
今回の調理成功はウカノがいてこそ。大手柄だ。「ウカノカレー」って名前で売り出そうかな?
しかしウカノはカレーと俺を見比べ、渋い顔で言った。
「……うんちみたいでヤダ」
「あっ」
そ、そっか。
食べ慣れてないとそういう感想になるよな。外国人が初めてカレーに遭遇するとそういう反応をする事があるという話を思い出した。
でもこれは美味いから! マジで美味いから! カレーを食わず嫌いするなんて人生の5%ぐらい損してる。
しかし、うーん。
絶対に誰が食べても旨いんだけど、これを世に広めるのは大変かも。
迷宮食材名鑑No.9 香辛芋
迷宮深層で採れる芋。皮も中身も暗い黄色と濃い赤色の縞模様で、食欲をそそるスパイシーな香りがする。
そのままでは食べられないが、ヨイシの酒場に持って行くとカレーに加工してくれる他、買い取りもしてくれる。値段は高い。迷宮最下層へ向けた資金源として活用しよう。
カレーの味はカレーだ。カレーパン、カレーまん、カレースープなど豊かな料理のバリエーションを楽しめる。
ヨイシの迷宮料理は冒険中「女神の涙」以外で疲労値を回復する唯一の手段である。冒険出発前に「カレー持った?」の確認を忘れないようにしよう。