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⑧ 昇天キノコ

「こけこっこー!」


 どこか義務感を感じる投げやりな時の声で今日も目が覚める。

 すくすく成長しトサカを生やしたニワトリのホウオウは、毎朝日の出と同時に鳴き声を上げる。

 成長してオスだと分かったのはちょっと残念である。メスだったら生みたて卵を食べられたのに。


 起きたら顔を洗い、昨夜の残り物を適当につまみ、着替えて朝市へ。ウカノは起きていれば寝ぼけまなこでいってらっしゃいを言いに来てくれるが、今日はおねむのようだ。


 街の中央広場で開かれる朝市は商人たちで賑わっている。早朝第一便の馬車で到着した新鮮な食材はもちろん、掘り出し物の魔道具や美術品はうかうかしていると売り切れてしまう。売る方も買う方も値切り値上げに客引きと声を張り上げる。

 俺もそんな雑踏と喧騒の中に身を投じた。小麦や塩は毎週定量を配達してもらっているが、旬の食材や貴重な食材はこうして市場に足を運ばなければ手に入らない。


 ぐるっと朝市を回って買い物をした結果、今日は香味野菜が安く手に入った。あとは形は悪いが味が良さそうな芋を少々と、王都で流行っているという料理のレシピ集も買ってしまった。

 王都の料理はバカくそ高くて希少で一般流通していない食材の使用が前提になっているお貴族様料理だから参考にならんのだが、つい気になってしまった。表紙絵が明らかに俺考案の迷宮シチューだったしね。買うだろこれは。


 日が完全に登りきり空気が温まってくる頃になると朝市は三々五々店じまいをしていく。俺も買い物袋を抱えて帰ろうとすると、二人組の冒険者を見つけた。向こうも俺に気付いたようで手を振ってくれる。ユグドラとセフィだ。

 俺はちょっと話してから帰ろうと二人の方に行った。


「おはようございます……」

「おはようございます!」

「ああ、おはよう。二人も買い物か? 売るために来たわけじゃなさそうだな」


 ユグドラは朝が弱いのか眠そうで、セフィは元気だ。

 先日中層の門番を倒し、迷宮深層に到達した二人は装備も実力に相応しい上位冒険者のものになっていた。


 ユグドラは金属鎧を身に着けている。銀色の金属はいかにも頑丈そうで、俺の圧力鍋より良い金属を使っていそうだ。ただ、鎧の一部の装甲を外し、代わりに鎖帷子を入れる調整改造をしているあたりが騎士ではなく冒険者って感じだ。

 腰に佩く剣の鞘からは昼間でも見える白い光が静かに溢れ出ていて、強い魔法の力を帯びた名のある剣なのだろうと想像がつく。魔剣なのか聖剣なのかは分からない。俺に魔法鑑定眼はない……


 セフィは漆黒のローブの上に目も覚めるような真紅の外套を羽織っている。手袋にはなんかややこしい紋様と文字が刻まれていたし、胸元のペンダントはゆっくりと七色に色彩を変化させている。脆そうに見えて大剣の一撃も魔法防御で跳ね返すやつだ。たぶん。そういう魔法装備があるって聞いたことある。

 手に持つ杖は金属でも木でもない不思議な質感の白い柄で(象牙の類か?)、先端には閉じた瞳のような形の複合魔石が嵌っている。これはちゃんと知ってるぞ、魔法を使う時はあの瞳が開くんだ。カッコイイから覚えてる。


「今日は時間対策の魔道具が無いか探してました」

「時間対策」


 俺はセフィの言葉をオウム返しにした。

 なに? 深層冒険者ってそんな対策しなきゃいかんの? こわ。


「たぶん時間を止めるとかそういうとんでもないの想像してると思いますけど、そんなんじゃないですよ。ただ一瞬加速して必ず先手を取ってくるモンスターとか、こっちの足を遅くして罠で圧し潰そうとしてくるモンスターとかがいてですね」

「ギルドの対策アイテムは入荷した途端に売り切れるから。朝市に無いかなって……ふぁあ」

「ヨイシさんは何を買ったんですか?」

「あ、野菜と芋とレシピです……」


 所帯じみててすまーん。俺も霊峰に一年のうち一夜だけ咲く幻の薬草を仕入れた(キリッ)とか言えたら良かったんだけどね。そういうやつの取り扱いは全部王都でやってるから。


 俺はひとしきり雑談して、深層で「これは」という食材を見つけたらまた持ってきてくれるよう頼んで二人と別れた。


 酒場に帰ったら食材をしまって二度寝と洒落込む。

 で、昼過ぎに起きたら料理の仕込みだ。ホウオウと戯れたり外に遊びに行ったりしていたウカノはぼちぼち帰ってきて、途中参加で仕込みを手伝ってくれる。

 爆発卵が使えるようになってから料理メニューは爆増した。スクランブルエッグにゆで卵、味玉、目玉焼き、オムレツ、半熟卵の天ぷら、キッシュ、卵スープ、だし巻き卵などなど。メニューが増えたぶん仕込みも増えるから大変だ。特に味玉はサイドメニューとして売れ行きがよく、毎日仕込みの量を増やしているのに売り切れる。

 夕方になったら開店準備をして、日が落ちたら開店だ。さあ、今日も繁盛しますように。


 さて。


 店を開け、味にも量にもうるさい冒険者にたらふく食わせ、延々と冒険者ギルドの悪口を言う酔っ払いの話を聞き流し、愚かにも俺を潰そうと飲み比べを挑んできた女冒険者を逆に酔い潰して宿に運び、真夜中過ぎに帳簿を付けて本日も店じまいと相成る。

 いつもならウカノと一緒に絵画ジグソーパズルを進めてから寝るところだが、今日はユグドラ&セフィが依頼したその日に早速持ち込んだ迷宮食材の調理研究を始めるので、ウカノはパズルを我慢して厨房に居座った。


「パズルやってていいんだぞ」

「いい。後でお父さんと一緒にやる」


 ウカノが首を横に振ったので、ちょっと申し訳なくなりながらも俺はまな板の上の食材に向き合った。


 今回扱っていく食材は昇天キノコ。キツネ色の丸っこい傘を持つ肉厚のキノコで、椎茸に似ている。炭火焼きバター醤油で食ったらうまそうだ。

 だがコイツを食ったら昇天する。味的意味でも、命的意味でも。


 迷宮深層で採れる昇天キノコは、一口齧るだけで他の食材では味わえない旨味が天にも昇る感動を与えてくれる。この世の味とは思えない美味なのだそうだ。

 ただし猛毒であり、食べて間もなく強烈な幻覚と前後不覚、激しい頭痛、吐き気、内出血などの症状に襲われ急死する。

 食材っつーか薬物だ。やべぇよ、やべぇよ。


 こういうのって医者の領分じゃないの? と思ったが、ユグドラとセフィは必ず俺が食えるようにしてくれると信じ切ってコイツを渡してきた。

 俺、別に何でも食えるようにする魔法の料理人じゃないよ? 糞桃とか食えるようにできなかったじゃん。でもあの目は裏切れなかった……


 試しに調理して味見してみよう、といういつものトライができる食材ではないので、まだ捌いていなかった生け捕り跳び兎を倉庫から持ってきて食わせてみる事にした。

 生食は死ぬ、焼いて食べても死ぬ、というのは分かっているので、傘を切り離し石突の部分だけ食わせてみる。


 跳び兎は俺の指ごといく勢いで昇天キノコの石突を貪り、途端に血走った殺意溢れる赤い目をトロンと幸せそうにとろけさせた。全身を弛緩させ母に抱かれているような安らかな表情でキューンと甘えた鳴き声を上げる。そして口をもにゅもにゅさせ、幸福な息を吐いた。

 旨そうは旨そうなんだけど、この後が怖くなる反応だ。


 恐れていた事態はすぐに現実のものになった。

 まず目がぐるんと裏返り、白目を剥いた。口からヨダレが垂れはじめ、全身の痙攣がはじまる。続いて毛皮の裏側から赤い斑点が滲み出てみるみる大きくなったかと思うと、血反吐を吐いて動かなくなった。


「ヒエッ」


 何これ。怖いぃ……

 急性薬物中毒じゃん。人が食うもんじゃないよこれ。


 ちょっとトラウマになりそうだったので、いったん調理研究を中断し酒飲んでウカノに手を握ってもらって部屋を明るくしたまま寝た。刺激が強すぎる。


 次の日、酒場に癒しを求めてやってきたユグドラとセフィによっぽど「昇天キノコは無理」と言ってやろうかと思ったが、まだほとんど何も試していない。調理不可能という結果が待っていてもやるだけはやってみようと思い直した。


 まず、俺は昇天キノコの実験のために街の錬金術師に声をかけた。

 錬金術師が魔法実験用に使っているネズミを融通してもらうためだ。自分じゃ食えないし、跳ね兎などの食用生け捕りモンスターに食わせるのはもったいないし、最初から実験用マウスを準備するのが一番良い。

 ネズミを分けてもらう代わりにギルドに門外不出と口止めされていた爆発卵爆液の製法を教えるハメになったけど、まあええやろ。俺は卵の作り方を教えただけです。副産物の製法を教えたわけじゃありませーん。


 ネズミを準備し心構えはできた。一回ショッキング映像を見て少しは耐性もついた。

 改めて昇天キノコの研究に取り掛かる。

 まずキノコを部位ごとに切り分け、それぞれ食べさせる。傘、柄、石突、表皮、芯。これらは全て毒性があった。つまり昇天キノコは全身が隙なく毒の塊だ。

 次に細かく刻んで水にさらした。キノコの旨味や栄養は水溶性で、水で洗うとそれらが流れ落ちてしまうと聞いた事がある。椎茸とか濡らした布で拭いて汚れを落とすぐらいで良いって言うよね。じゃあ逆に水責めにかけてやればと考えたがこれもダメ。

 解毒薬は全て効かない。爪の先ほどの少量でも食べたが最後確実な死。

 基本に立ち返り酒漬け。乾燥。油による毒成分抽出。毒をもって毒を制す……試しても試しても失敗する。恐ろしい毒だ。


 料理メモに×印ばかりが増えていく中、俺はフグ毒の考え方で解決を試みる事にした。


 高級食材・フグは猛毒で有名だ。フグ~匹分、という毒換算単位があるぐらいである。

 しかしフグは生まれた時から猛毒を持っているわけではない。毒を持つ餌を食べ、毒を体に貯め込む事によって毒化するのだ。だから養殖フグには毒がない。

 俺は冒険者に依頼し、昇天キノコを周りの土(菌床)ごと採取してきてもらった。そしてそれを酒場の蔵で育てる。昇天キノコは迷宮のヤバい空気で育つから毒を持つのかも知れない。地上で育てればあるいは。


 何度か育成不良で枯らした後、昇天キノコはモンスターの死骸を栄養にして育つのを突き止めた。

 霞肉を取った後のモンスターの死骸が腐ってできる土をまさか流用できるとは。迷宮の環境に近づけられないかと試してみた甲斐があった。


 養殖昇天キノコは天然ものと違い、小指ぐらいのミニサイズだった。

 が、繁殖力がものすごい。抜いたそばから新しいキノコが生えてくるのだ。同じ菌床から土の栄養さえ十分なら一日5,6本は採れる。流石迷宮産キノコ、バグってる。

 そして毒もない! 仮説は正しかった。昇天キノコの毒はフグと同じで、成長の過程で迷宮深層の……なんか……ヤバ成分みたいなやつ? ……を蓄積する事で毒を持つようになるのだ。


 無毒化成功と言うのはちょっと違う気がする。だがこれはれっきとした成果だろう。


 で、肝心の味。

 ネズミで慎重に臨床試験した後に食べてみた養殖昇天キノコは、正直パッとしない味だった。

 天にも昇るようだと聞く未知の旨味は影も形も感じられない。毒性と一緒に旨味も消えたようだ。いや、毒と旨味は同じ成分なのかも。

 良く言えば素朴で飽きない、悪く言えば華も驚きもないありふれた味の養殖昇天キノコは脆く、一口齧った齧り口からポロポロ崩れた。食べた食感もなんだか粉っぽい。


 苦労して無毒化してこれかよ。

 どんだけ手間と金をかけて危険を冒したと思ってんだ。いや、こういう期待外れの結果もそりゃああるだろうけどね? 投資と研究が全て華々しい結果に結びついたらそっちの方がおかしい。

 でもガッカリはする。


 悔しいので、手に入れた成果を最大限に使ってキノコパンを焼いた。


 粉っぽいという事は、簡単に粉にできるという事だ。素朴で飽きない味なら毎日食べられる。爆速成長でぽこぽこ採れるから量も確保できる。乾かしてすりつぶしたキノコ粉を水と混ぜコネて作った生地を焼いたキノコパンは、上等な普通のパンになった。

 普通に美味い、普通のパンだ。

 小麦パンより安く焼けるから、そういう意味では成果と言えるだろうか。


 俺がなんとかこぎ着けた研究成果、キノコパンをユグドラとセフィに出すと、二人はニコニコしてすごいすごい、美味しい、いくらでも食べれちゃう、と手放しで賞賛しながら美味しそうに食べてくれた。


 そ、そうかな。すごいかな?

 すごいか。良かった。

 そうだよな、上等な普通に美味いパンが安く食えるってすげー革命だよ。


 もっと自信をもっていこう。

 普通に美味いパン、新発売のキノコパンをよろしく!

迷宮食材名鑑No.8 昇天キノコ


 迷宮深層で採れるキノコ。この世のものとは思えない未知の旨味をたっぷり含む。

 食べると天にも昇る美味に酔いしれた後、強烈な幻覚と激しい頭痛、内出血などの症状に襲われその名の通り昇天するハメになる。天然モノに手を出してはいけない。

 ヨイシの酒場では養殖によって無毒化した昇天キノコの製粉を使ったパンを食べられる。小麦パンより安価なこのキノコパンは長期保存が効き、冷えていても不思議と温かみがある。だが天然物の天にも昇る旨味は無い。

 パンは素朴な味で、微かな甘みが残り香のように舌をくすぐる。特別美味しいわけではないのだが、そっと寄り添うような、家族や故郷を思い出す落ち着いた安らぎの味。

 ヨイシの迷宮料理は冒険中「女神の涙」以外で疲労値を回復する唯一の手段である。冒険出発前に「パン持った?」の確認を忘れないようにしよう。

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― 新着の感想 ―
ホウオウがメスでも産むのは爆発卵なのだから産みたては食べられないかと... ホウオウ的には飼われたかったのかな?迷宮に帰りたかったのかな?
怖あ……
低カロリー食材の代表であるキノコで、メッチャカロリー消費してそうな冒険者に販売するパンを作ったら、何ヶ月後かに問題が怒りそう。
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