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⑦ 爆発卵

 金のある中堅冒険者~上位冒険者向けに出した王侯蜂蜜の新メニューは、その値段に関わらずリピーターが多かった。


 男性冒険者に人気なのは照り焼きだ。

 まず塩を溶かした湯で霞肉を下茹でしてから水気を拭きとる。そして王侯蜂蜜を塗り、窯で水分を飛ばす。最後に蜂蜜を二度塗りして直火でパリッと焼き上げれば、蜂蜜照り焼きの完成だ。

 蜂蜜の甘みが肉の旨みを何倍にも引き上げ、交互にやってくる肉の脂と蜂蜜の甘みが舌を飽きさせない。食通冒険者も大満足の一品だ。


 女性冒険者に人気なのはタルトだ。

 白濁樹液バターと王侯蜂蜜を練り込んだパイ生地に焼き目をつけながら火を通し、白濁樹液チーズと酒に漬けた糞桃の皮、糞桃の種を砕き油で揚げてサクサクにしたものを乗せる。最後に追い蜂蜜をかければ迷宮蜂蜜チーズタルトの完成だ。

 ちゃんとした甘味メニューが無かったウチの酒場に彗星の如く現れた蜂蜜チーズタルトは女性冒険者の胃と心をガッチリ掴んだ。

 そこそこの稼ぎがあっても注文には勇気のいるお値段なのに、通い詰めて毎日食べる女性冒険者は後をたたない。


 でも分かる。美味いもんな。美食大国日本で舌を肥えさせてきた俺ですら王侯蜂蜜料理は人生指折りの旨さ。迷宮料理が広まるまで味気ない食生活を送っていた冒険者にとっては驚天動地の美食だろう。


 ただ問題は美味しすぎて、高すぎる事だった。

 王侯蜂蜜は国によって取引価格が定められているから、値下げできない。王侯蜂蜜を使った料理も相応に高くなる。

 もちろん値段に相応しい美味しさなのだが、相応しくない収入で食べようとする奴が出てきた。具体的には王侯蜂蜜を味わうために借金をする馬鹿が出たのだ。


 美食は人を狂わせるというが、本当に食道楽で身を持ち崩す奴を見るのは初めてだった。

 そういうのよくないと思う。

 食べるのが人生の楽しみってのは分かるよ。そう思ってくれて嬉しいぐらいだ。食事は作業ではなく楽しむもの。美味しい料理は心を豊かにしてくれる。

 でもさあ、借金までするのはさあ、違うじゃん?


 俺は問題を解決するため、王侯蜂蜜料理を出す相手を十分な収入がある者に限定する事にした。具体的には一度でも自力で王侯蜂蜜を納品した事がある中堅以上の冒険者。と、貴族。

 この街を治める貴族様がわざわざ冒険者の装いをしてお忍びでご来店なさった時は声が出そうになった。そういえばウチ、王様に認められた一流店だったわ。へべれけに酔ってちんちん出して踊り出す冒険者の相手をしてると忘れてしまう。こんな奴らが一線級冒険者ってマジ?


 さて。


 店を開け、冒険者が次々と出す注文をさばくのにてんてこ舞いになり、口論から武器を抜いた冒険者の剣をウカノがへし折って追い出し、もう毎日蜂蜜タルト食ってるクセに「この蜂蜜タルト私に毎日作って欲しいな」としつこく俺に言ってくる酔っ払い女冒険者を宿に帰し、真夜中過ぎに帳簿を付けて本日も店じまいと相成る。


 いつもならウカノの冬用靴下を少し編み進めてから寝るところだが、今日は俺が新商品の開発を始めるという事で、ウカノは俺の冬用靴下を編み進めながら厨房に居座った。


 今回調理をしていくのは爆発卵。迷宮中層で採れるモンスターの卵だ。

 どんな卵なのかはもう名前が全て表している。この卵、爆発します。


 爆発卵は割れた瞬間に爆発するため、冒険者は手榴弾のように使っていると聞く。物騒。とはいえ卵は卵だ。なんとかして食えるんじゃないかと前々から目をつけていた。

 いつものようにユグドラ&セフィの二人組に仕入れてもらった籠いっぱいの爆発卵は、一見してニワトリの卵と見分けがつかない。楕円形で薄い赤茶色をしている。ただ鼻を近づけるとツンと火薬臭がするのですぐ分かる。

 露骨に食べられませんって臭いしてるもんな。見分け方を知らない人でも本能的に食べるのをやめるだろう。


 まずは試しに圧力鍋の中に卵を一個入れ、蓋をして、思いっきり振ってみた。すると中で卵が割れ、ボガン! と爆発する。

 思ったよりデカい衝撃と音にびっくりして鍋を取り落としてしまった。


「大丈夫? 怪我してない?」


 腰を抜かした俺の代わりに、ウカノがささっと寄ってきて白煙を上げる鍋を拾ってきて心配してくれた。

 そうだよな、モンスターにぶつけるぐらいだもんな。ある程度の威力はあるに決まってる。なんとなく風船が破裂するぐらいをイメージしてた。念のため鍋の中で爆発させてよかった~。


「俺は大丈夫だ。どれどれ、中身は……うわぁ」


 鍋の中身はぐちゃぐちゃだった。黄身と白身と殻の破片が鍋の内側にこびりついてメタメタになっている。

 爆風より早く走って逃げれるウカノに頼んで箸で残った黄身と白身、殻をつついて貰ったが、どれも反応しなかった。一度爆発すればもう爆発しなくなるようだ。


 殻の破片をできるだけ取り除いて、残った黄身と白身をフライパンで焼いてみる。

 が、ちょっと食べられる出来ではなかった。

 まず焦げ臭い。火薬の臭いが鼻につき、食べ物を食べている気がしない。

 舌触りも最悪だ。取り切れなかった細かい殻の破片がジャリジャリする。

 味も焦げた苦みに侵され、臭いと相まってひどいものだ。炭食ってるみたい。

 でも確かに卵っぽさもあった。工夫すれば食えそうだ。


 二回目は鍋の中で爆発卵を爆発させた後、目の細かいザルと布で裏ごししてみた。

 そしてフライパンで焼く。

 今度は殻のジャリジャリこそ無くなったが、やはり味と臭いがひどい。これも没だ。


 三回目は危ないかもと思いつつ、水に入れ火にかけてみる。

 で、やっぱり危なかった。水温が60℃を超えたあたりでボン! と爆発し、卵の殻ジャリジャリ卵スープになってしまった。


 凍らせてから割ってみたり、そーっと少しずつ力をかけて割ってみたり、ヤスリで殻を削ったりしてみたが、全部爆発する。

 途中で度重なる爆発音に隣家の住人が起きて何事かとやってきてしまったので、初日は特に成果を得られずお開きになった。すんません、近所迷惑で。


 爆発卵の調理は少してこずり、十数日かけても進展は僅かだった。爆発跡を何十と見比べたり、殻の破片を組み立てるしんどいパズルをしたりして分かったのだが、爆発しているのは黄身や白身ではなく殻だけだ。黄身と白身は爆発しない。殻をなんとかすれば黄身と白身をツルっと行けるという事ではあるが、殻をどうにかするやり方を思いつかない。どうすればいいんだ。


 そうして悩んでいると、ある日ウカノが新しい悩みを運んできた。

 店の開店準備をしている俺のもとに、手に小さな鳥さんを包み持ってやってきたのだ。

 ウカノは上目使いにおねだりしてきた。


「お父さん、この子飼っていい?」

「ん? おお、どうしたその鳥……鳥?」


 俺はウカノの手のひらに包まれている鳥を二度見した。

 一瞬普通の黄色いヒヨコに見えたけど、なんかおかしくね?

 なんか……尻尾が爬虫類じゃね?

 にょろにょろ動いてね?

 この尻尾、蛇じゃね?

 尻尾が蛇の鳥って、コカトリスじゃね?


 迷宮中層の鳥モンスターじゃねぇか!

 あっ! さてはお前、爆発卵をチョロまかして温めて孵化させたな!?

 なんか最近コソコソしてると思ったら……!


「ウカノ、かわいそうだけどモンスターは飼えない。危ないからな」


 俺はしゃがみ込み、ウカノと目線を合わせ優しく諭す。

 モンスターの行動原理の最優先事項は「人間ぶっ殺す」だ。ウカノはめちゃ強いから襲われても大丈夫かも知れんが、危ない。万が一の事だってある。

 俺に至っては普通にヤバい。相手が生まれたてのモンスターでも簡単にズタズタに引き裂かれる自信あるぞ。


「モンスターじゃないよ。ニワトリだよ」

「尻尾が蛇のニワトリはいません。迷宮に逃がしてきなさい」

「でもこけこっこって鳴くよ。こけこっこって鳴くのはニワトリなんだよね?」


 ウカノは手の中の鳥をゆすって圧をかけた。


「ほら、こけこっこって鳴きなさい」

「こ、こけこっこ」

「こけこっこって鳴いたぞこいつ」


 じゃあニワトリかぁ。

 まあもしコカトリスでもコカ「トリ」スっていうぐらいだし、実質トリか。よし。


「ニワトリだな」

「でしょ。じゃあ飼っていいよね?」

「う~ん」


 ニワトリなら……いや、飲食店で動物飼うのって衛生的にどうなん?

 汚い足で厨房を歩き回って、糞と羽を散らかして、ノミ・ダニ・寄生虫を落として回って、しまいにゃ食中毒を起こす。そういうイメージがある。

 いつもお手伝いを頑張ってるウカノのおねだりだ、聞いてやりたくはあるが。


 俺はしばらく思案し、厨房や酒場のスペースに入れなければ大丈夫だろう、と結論付けた。


「飼ってもいいが、条件がある。守れるか?」

「守れる」

「よし。厨房と酒場には入れちゃだめだ。連れ歩いていいのは二階だけ。お散歩連れてく時は裏口から」

「分かった」

「飼うなら最後まで面倒を見ること。ちゃんと餌をやってお世話して、飽きても逃がしたりしないこと」

「分かった」

「じゃあ飼っていいぞ」

「やったー! お父さん大好き!」


 ウカノは大喜びして飛びついてきた。

 おお、よしよし。ウカノは可愛いいててて痛い痛い! 角が腹に刺さる。お父さんもウカノが好きだけど、ちょっと加減をお願いできるかな。


「そのニワトリにもう名前はつけたのか?」

「ホウオウ!」


 鳳凰(ほうおう)か。たかがニワトリが神話の不死鳥の名前とは生意気だ。名前負けも甚だしい。


「良かったね~、ホウオウ! 唐揚げにならなくて済んだよ」

「こけこっこ」


 ホウオウは言葉が分かるはずもないが、神妙に頷いている。

 こうしてウチに新しい家族が増えた。


 ホウオウを飼い始めてからも爆発卵の調理研究は地道に進み、更に数日経ってから中層の強酸スライムの話に着想を得て成功にこぎ着けた。


 卵の殻は炭酸カルシウムでできている。爆発するのだから別の成分も含まれているのだろうが、主成分は炭酸カルシウムのはずだ。たぶん。

 そして炭酸カルシウムは酸で溶ける。学校で習った。


 俺は爆発卵を三日間酢に浸して殻を溶かし、殻の無いぷにぷにの卵を手に入れた。

 卵白は浸透圧の関係で水を吸ってしまい水っぽくなったが、黄身は濃厚まろやか。

 卵白の方もメレンゲやスープに使えるし、黄身と混ぜてだし巻き卵やスクランブルエッグにしても美味しい。


 殻が溶けた酢には爆発成分が溶けだしているから、そのまま捨てるのは危ない。

 処理に困って冒険者ギルドに持っていくと、新種の爆薬として買い取ってくれた。

 液体に溶けたすぐ爆発する爆薬って要するにニトログリセリンじゃん? と思い出し、それ綿とか砂にしみ込ませて使うといいっすよ、と口出ししておいた。

 なおギルド職員は「こいつ食べ物以外の知識を……!?」と驚愕していた。偏見がすごい。ムカッとしたので技術情報提供の見返りに爆薬の売り上げの一部は優秀な料理人への賞金に使うよう頼んでおいた。これでノーベル賞は俺のモンだぜ。


 クックック、また世界を平和にしてしまった。

迷宮食材名鑑No.7 爆発卵


 迷宮中層で採れる鳥モンスターの卵。殻が割れると爆発するため、冒険者は手投げ爆弾として使う。

 そのままでは食べられないが、ヨイシの酒場に持って行くと卵料理に加工してくれる他、買い取りもしてくれる。値段はよい。爆弾用に集めておき、使わずに余った物を売ると手間がない。

 卵黄は生臭さが全くなく、クリーミーな濃厚さと甘み、香ばしさ、まろやかさが高い水準でまとまった絶品。卵白はちょっと水っぽい。

 ヨイシの迷宮料理は冒険中「女神の涙」以外で疲労値を回復する唯一の手段である。冒険出発前に「卵持った?」の確認を忘れないようにしよう。

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― 新着の感想 ―
ノーベル賞はダイナマイトの発明者アルフレッド・ノーベルの遺言によって創立された賞なのでダブルミーニングですな。
じわじわと主人公とウカノの関係性が進展してるのがよき
爆発物産み出して平和とはw 暴力支配かな
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