⑤ 白濁樹液
先日、ユグドラとセフィが浅層の門番を倒し中層に足を踏み入れた。
二人だけのパーティという事もあり、中堅冒険者として街で名が知られてきた。デビュー当初から目をかけてきた冒険者の躍進を見るのは嬉しいものだ。二人も俺を慕ってくれてるし、毎日のようにウチで飯を食っていってくれるしな。
浅層門番との戦いは激しいものだったらしく、二人は門番を突破してから数日休養のため酒場に顔を見せなかった。門番を倒したはいいものの、負傷や犠牲が尾を引いてそのまま引退してしまう冒険者もいる中、二人は元気にまた酒場を訪ねてくれた。
俺が浅層突破のお祝いに貴重な砂糖を使った霞肉の甘辛炙り焼き+冒険酒+うまナッツの大満足セットを出すと、二人は代わりに新調した装備を見せてくれた。
「僕のこれはミノタウロスの斧の刃を使った剣です」
指についた炙り焼きの脂を舐めとりながらユグドラは解説してくれる。
ウチには中堅冒険者もちらほら来るから、浅層門番ミノタウロスの残留品を素材に使った武器を見るのは初めてじゃない。でも解説をもらうのは初だ。
「これ鋼製なんですけどすごく質が良くて、特別な鍛え方がされてるって鍛冶屋の人が言ってました。溶かして鋳造しなおすと弱くなるから、鍛造で少しずつ形を変えてやらなきゃならないんだとか。でも苦労の甲斐のある使い心地です。金属だって斬れるんですよ」
「すげー」
率直な感想が漏れる。いいなあ、俺もこういうカッコイイ武器持って冒険行きてぇ~。
まあ、でもね? いうて俺の包丁も爺さんのお下がりのミノタウロス包丁だから。負けてねーし。
「私のはミノタウロスの首飾りを使った魔杖です」
次は冒険酒のジョッキを両手で持って飲んでいたセフィの解説だ。杖に嵌った鈍色の魔石は地味な色合いなのに不思議と目を引く魔性を帯びていた。
「これは強化魔法増幅効果がある二等級石で、固有魔法もあるんですよ。一日一回、対モンスター限定で短い間フラつかせる魔力波を出せるんです。攻める時も逃げる時も使えるからすごく便利で」
「あと毛皮も落としたんですけど、そっちは剣と杖の加工代に充てるために売っちゃいました」
記念に毛皮の毛の一本ぐらいはとっとけば良かったね、と言って二人は残念そうに肩を落とした。
なるほどなー。斧に魔石、毛皮まで落としたのか。だいぶドロップ運が良かったんだな。
「食材は?」
「え」
「門番は食材は落とさなかったのか?」
「あっ……」
「す、すみません。食材はちょっと……」
「あっいやすまん、催促したわけじゃなくてな。ちょっと聞きたかっただけなんだ。もしかしたらって。今のは俺が悪かった。気にしないでくれ」
気まずっ。これじゃまるで食い物の事しか考えてない料理バカみたいだ。
「えーと、酒のおかわりいるか?」
「私おねがいします」
「僕は肉のおかわり下さい。これ美味しいですね! 魚も良かったですけど、やっぱり僕は肉かなあ」
「よしよし。今度はグリルにしようか。ウカノ!」
俺は客席のウカノに手で酒追加の合図をし、肉調理に取り掛かった。
霞肉は骨魚から酒場の人気No1の座を瞬く間にかっさらった大人気メニューだ。っぱ肉よ! グリル、ソテー、ロースト、どんな調理をしても旨い。肉は肉というだけで尊いからな。ちなみにウカノのお気に入りはワイン煮。
燻製も好評だ。霞肉燻製のサンドイッチはテイクアウト用にあまりにも注文が多いため、予約制度まで導入してしまった。金物屋に発注した大型燻製機は常時フル稼働である。
霞肉登場までは冒険中に食べる肉といえば塩辛く革のように堅い干し肉だった。
ところが燻製霞肉は柔らかく、適度な塩気で美味しい。一度食べたら戻れないと嬉しい悲鳴が上がっている。
しかし霞肉の登場には悪い面もあった。
霞肉の需要を満たすため、俺は常に生け捕りモンスターにそこそこ良い値をつけて買い取っているのだが、新人冒険者が跳び兎を無理に生け捕りしようとして無駄な負傷をする事例が頻発した。
冒険者ギルドは事態を重く受け止め、近々意図的な生け捕り行為を免許制にする動きがある。俺にも注意喚起をしてくれとの要請がきた。まったく冒険者の食いしん坊には困ったもんだぜ。
あと、跳び兎の肉が旨いなら、と、中型~大型モンスターを頑張って生け捕りにして持ち帰ってくる冒険者が稀にいる。魔法と縄でガチガチに拘束された牛モンスターが五人がかりで担ぎ込まれてきた時は腰を抜かした。
牛の霞肉は大好評で、かなり強気の価格設定にも関わらず一瞬で売り切れた。
が、運び込んだ冒険者グループは迷宮をクッソでかいお荷物を担いでモンスターに襲われながらえっちらおっちらのたのた帰ってきたわけで。
負傷しまくるわ、時間がかかるわ、消耗品が減るわ武具は修理に出さなきゃならんわ。そりゃあもう大変だったらしい。俺も解体大変だった。
中型~大型モンスターの生け捕りはあんま現実的じゃないね。よっぽど余裕が無ければあまりにリスキーだ。普通にやれば勝てるモンスターを無理に生け捕りしようとして命を落としたら悔やんでも悔やみきれないだろ。
例によって霞肉の新発売と入れ違いに冒険酒の製法は一般公開した。せしめた技術料は冒険者ギルドに寄付して、モンスター生け捕り講習に役立ててもらった。
「そういえば」
と、夜も更け腹も満ち、ユグドラはお勘定に財布を取り出しながら世間話をした。
「ミノタウロスが守ってた門にドラゴンが彫ってあったんですよね。迷宮の入口にも同じドラゴンが彫ってあったし、この街の迷宮ってドラゴンに関係してるのかなあ」
がっしゃーん!!! と大きな音がして振り返ると、ウカノがすっ転んで食器を割っていた。運動神経抜群のウカノが足を滑らせるとは珍しい事もあるもんだ。
しどろもどろに謝るウカノに大丈夫だからと安心させ、箒とちりとりを持ってくるように言う。ウカノは枝分かれした角と尻尾を隠すようにしながらささっと店の奥に引っ込んでいった。
まあ俺だって人並みに迷宮の謎に興味があるが、俺は料理人。冒険と謎解きは冒険者に任せる。俺は料理するだけだ。
今まで調理してきた迷宮食材は全て浅層のものだった。
中層から先の迷宮食材には未だ手をつけていない。興味、あります。
俺は最近中層探索を始めたばかりのフレッシュな冒険者、ユグドラ&セフィに何かいい感じの中層食材に心当たりはないか聞いた。
するとユグドラはハッとして聞き返した。
「ひょっとして、ここで僕たちが答えた食材が酒場の新メニューになるんですか?」
「まあそうだな」
「責任重大……!」
ユグドラとセフィは顔を見合わせ頷きあった。
いや、そんな深刻に捉えず気軽にパッと答えてくれたらいいんだけど。
しかし二人は調査と選定の時間が欲しいと言って一旦間を置き、三日後に自信ありげに「これは」という候補を教えてくれた。
セフィは酒場のカウンター席で空のジョッキを振りながら熱弁する。
「これはヨイシさんも絶対気に入ると思いますよ。迷宮中層には白黒斑模様の樹皮の木が生えていてですね。幹を傷つけると白くてドロッとした樹液が出てくるんです。これは薬屋に持って行くと解毒薬に加工してくれるんですけど」
「ん? 待った、それって白い丸薬? これぐらいの」
「それです」
はぇー。あの解毒薬って中層の素材で作られてたのか。ウチの薬箱にも常備してる。知らんかった。
「薬屋はこの解毒薬を作った後に残る、残液っていうんですか? それを売ってます。美容に良いって触れ込みで。私も飲んでみたんですけど、これがめちゃくちゃ不味いんですよ」
ダメじゃん、と言いそうになったがギリギリ口を閉じた。まだセフィのプレゼン中だ。
セフィはここからが本題だ、と力を込めて続けた。
「私はその不味さが分かりました。私の実家は牛を飼ってたんですけど、薄めた牛乳の味にそっくりなんですよ!」
「ほほう……!」
「なんとかして濃いちゃんとした牛乳が手に入りそうだと思いませんか? 牛乳が手に入ればチーズとバターも作れます。料理の幅がグッと広がります。白濁樹液、どうでしょう?」
セフィの話が終わり、俺は頷いた。
目の付け所が良いね。おつまみ、魚、酒、肉と来て、牛乳チーズバター。酒場らしいじゃないか。
「それいいな。じゃあ依頼出そう。白濁樹液を採ってきてみてくれないか?」
「そう言われると思ってですね。ユグ」
「うん。ここに採ってきた白濁樹液があります。どうぞ」
「話が早い!」
俺は二人から大瓶にたっぷり詰められた白濁樹液を受け取った。
よーし。おじさん新商品開発がんばっちゃうぞ。
さて。
店を開け、冒険者に飯を出し、酔っ払いにせがまれて尻尾をふりふり歌って踊るウカノを褒めそやし、今までずっと男だと思っていた冒険者が実はボーイッシュな女だった事を知り謝罪の酒を奢り、真夜中過ぎに帳簿を付けて本日も店じまいと相成る。
いつもならウカノに寝物語を聞かせ寝かしつけるところだが、今日は俺が新商品の開発を始めるという事で、ウカノは眠そうな目をこすりこすり厨房の端で石胡桃を割りながら俺のやる事を見ている。
事前に薬屋に話を聞きに行き、俺は白濁樹液の既知の活用法を把握していた。
白濁樹液には毒を中和する薬効があり、そのまま舐めてもいいが、成分を濃縮する事で効率的な解毒効果が見込める。
白濁樹液を灰と混ぜると凝固がはじまり、苦くて渋い固形薬効成分が沈殿する。これを掬い上げて丸め乾燥させたのが市販されている解毒薬だ。
白濁樹液の原液はひどく渋い。しかし解毒薬を作った後に残る残液に渋さはなく、薬屋はこれを美容飲料として売り出している。渋くはないけど不味いんだよな。良薬口に苦しって言うけども。まあ牛乳は美容に良いって聞いた事ある気がするし、美容飲料というのもまるっきりの詐欺ではないのだろう。
以上の情報は薬屋にモンスターを生きたまま解体する方法を教えるのと引き換えに教わった。薬屋はモンスターの胆石や結石をなんとか腐らせず手に入れたかったらしい。良い薬の原料になるから。
まーたモンスター生け捕り需要が増えるのか。冒険者ギルドは大変そうだ。
まずは試しに白濁樹液の原液を舐めてみる。
話に聞いた通り、めっちゃ渋い。急須に入れたまま放置し過ぎた番茶みたいだ。
だが渋さの裏に確かに濃厚な牛乳の風味を感じる。上手く渋みを除去できれば美味しい牛乳になるだろう。
でも液体の分離か……難題だ。
ワインに一滴の泥が混ざれば、それはワインではなく泥だという。
味というのは繊細で、混ざってしまっている液体は分かちがたい。
とりあえず薬屋に聞いた通り、灰と白濁樹液を混ぜてみた。コップに入れてマドラーで攪拌し静置すると、白濁樹液にぽつぽつと白い塊ができていき、それが底に沈んでいく。
充分に待ってから布で濾せば、白い塊と薄い白色に濁った残液に分かれた。
白い塊は一口食べて眉がギュッてなるぐらい苦くて渋かった。これはアレだな。白濁樹液の渋みと灰の苦みが合体してるんだ。ひっでぇ味。なんとか食えるのは主張が強すぎる不味さの裏に微妙に牛乳風味を感じるからだ。
残液も飲んでみるが、セフィの話の通りちゃんと不味い。俺も分かるぞ、これ薄めた牛乳だ。小学校の給食で出た牛乳を面白半分に水道水で薄めたクソガキの頃の思い出が生きた。
ふーむ、なるほど。
つまり白濁樹液から薬効を取り出す時、美味しさの成分も一緒に持って行かれているわけだな?
でも残液にも旨味はちょっと残っている。薄すぎて逆に不味いだけで。
単純な発想で、残液を煮詰めてみる。
味が薄いなら煮詰めて濃くすればええやろ。
だが、ボウル一杯分の残液を煮詰めてやっとスプーン一杯分のなんか物足りない味わいの牛乳が採れただけだった。
渋くも苦くもないけど、う~ん。こんな手間と時間かけるぐらいなら普通に市販の牛乳買った方がいいな。
考え方を変えてみよう。
薬効だけを分離させ、美味しさ成分を液体に残せないだろうか。
灰で薬効が分離する。灰はアルカリ性だ。他のアルカリ性の物質が反応するか試す価値はある。
「えーと、アルカリ性っつーと……中学の教科書思い出せ……灰、石鹸、海水……コンクリート……海藻……アンモニア……他になんかあったかな」
思い出せる限りのアルカリ性を書き出し、調理初日は終わった。
翌日、市場でかき集めてきたアルカリ性のあれこれで薬効分離を試してみる。
気分は理系の学生実験だ。おかしいな、俺料理人のはずなのに。まあ化学は台所からはじまったって言うし、多少はね。
何種類かの素材を試していくと、海藻(迷宮中層で採れる海藻を乾燥させた粉末)が他と違う反応を示した。灰を使うよりも明らかに凝集反応が早いのだ。出来上がった固形成分は少なく、残液は濃い白色だ。
俺は期待を込めて残液を飲んでみる。
それは期待通りの味だった。
「牛乳だこれ!」
濃くて美味しい、牛乳だ。それもお買い得価格の成分調整乳ではなく、スーパーで一番値が張るぐらいの濃くて美味しい牛乳だ。
「できたの? 私も飲みたい」
せがむウカノにも飲ませてやると、一気飲みして口に白髭を作り満足そうにけふっと息を吐いた。
「おいしい。私これ好き。でもあっためたらもっと美味しいと思う」
「それな」
ホットミルクにチーズ、バター、シチュー。用途無限大だ。一気に食卓が華やかになるぞ!
俺とウカノはホットミルクで乾杯し、この世に誕生した新しい美味を祝った。
また食を豊かにしてしまったぜ。
迷宮食材名鑑No.5 白濁樹液
迷宮中層の斑模様の木から採れる白濁した樹液。迷宮中層には毒沼が点在しており、その中に生える木は解毒作用を帯びる。冒険者はこれを解毒薬に利用する。
そのままでも食べられるが、ヨイシの酒場に持って行くと乳製品に加工してくれる他、買い取りもしてくれる。値段はそれなり。冒険中消費したポーションの空き瓶に詰めて帰るのが効率的だろう。
ミルクは濃厚で舌に余韻を残す味わい。チーズやバターは多少クセがあり、肉料理と相性抜群。
ヨイシの迷宮料理は冒険中「女神の涙」以外で疲労値を回復する唯一の手段である。冒険出発前に「チーズ持った?」の確認を忘れないようにしよう。