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② 骨魚

 日が落ちて、夕食時。

 今日も冒険者の街の夜は賑やかだ。酒場は特に。


「ヨイシ! うまクルミ追加!」

「あいよー」

「てんちょー! うまクルミ三人分! ぜぇーんぶ一人で食べるから!」

「はいよ、皿は一つでいいな」

「ちょっと、このうまクルミなんで6つしかないわけ? 他の皿のは7つ入ってるじゃん!」

「うるせーな文句言う前にツケ払え」


 新メニューの石胡桃は売れ行き絶好調で、どれだけ作っても作ったそばから売り切れる始末だった。酒場の売り上げも右肩上がりのうなぎ登り。ついつい金物屋に新しい圧力鍋を発注してしまったぐらいだ。


 ただ、石胡桃は苦くて不味い、という先入観のせいか、冒険者はどうにもウチの店で出しているクルミと石胡桃が別物だと勘違いしているようだった。

 俺が何度石胡桃だと言っても「あのうまいクルミくれ」「苦くないクルミくれ」「うまいやつくれ」「うまクルミ出せ」と言うので、すっかり品名が「うまクルミ」で定着してしまった。酒場のメニューみたいだ。酒場のメニューか。


 うまクルミの評判は瞬く間に街中に広まった。石礫ぐらいしか用途が無かった石胡桃が文字通り飯のタネになると分かるや、他の酒場や料理屋はこぞって真似しはじめる。

 ところが真似しようとした他の店は軒並み悪評を呼び込んだ。


 クソ苦いじゃねーか! 金返せ! の嵐である。

 苦み袋の取り除き方が分からないのだ。道具があってやり方知ってれば誰でもできるんだけどね。


 本物のうまクルミ食べたかったらウチに来な! ウチでしか食べらんねーから! ガハハ!

 でもあんまり情報を秘密にしても恨み買いそうだし、いいところで製法を他の店に教えないとな。製法を教える代わりに知識料せしめれば十分儲けは出るだろ。

 石胡桃は迷宮浅層にいくらでも転がってるから、供給不足は起きない。需要だっていくらでもある。冒険者はみんな酒を飲み、酒飲みはみんなツマミを欲するのだから。

 他の店が石胡桃を売りに出したところで、ウチで石胡桃を注文する客は減らないと確信できる。


 何より美味しい食べ物が世に広まるのは幸福な事だ。俺にとっても、誰にとっても。


 さて。


 そんな感じで酒場は好景気に沸いているのだが、調子が良いともっと行けるんじゃないかと思ってしまう。


 俺は石胡桃の件から迷宮食材を使った迷宮料理に可能性を見出した。

 石胡桃は偉大だ。俺に「迷宮食材は食える」という前例をくれた。

 今までにも迷宮食材を研究した人がいたはずだ、その人たちが成果なしだったんだから、今さら俺が成果を上げられるわけがない……というネガティブな先入観はもう無い。

 迷宮食材を研究しまくって、もーっと美味い飯作るぜ~。


 というワケでまずはヒアリングだ。ウチは冒険者をメインターゲットにした店なのだから、何をするにも冒険者から話を聞くのが一番。

 誰に聞いても良いのだが、ここは新進気鋭の冒険者ユグドラ&セフィにインタビューしたい。


 二人は約束通り金ができてから毎日ウチの酒場に通ってちょっとした夕食を楽しみ、律儀に石胡桃をどっさり拾って届けてきてくれている。誰にでも拾える石胡桃の他にもっと拾って帰りたい物があるだろうに、義理堅いことだ。

 もっとも最近は二人の他の冒険者も石胡桃を拾ってきてくれるようになったので、二人にはもう拾って来なくても大丈夫だと伝えてある。


 生きるための晩飯ではなく楽しむための晩飯を食える程度に稼げるようになっただけあり、装いも相応になっていた。

 ユグドラの主武装はゴブリンからかっぱらって来たとひと目で分かる錆びた小剣。浅層冒険にこなれてきた冒険者にありがちなチョイスで、ウチの酒場の客もよく貧乏性な補助武器として持っている。

 ユグドラの錆びた小剣は自分で研ぎ直そうとしたのであろう傷痕が見て取れた。今度金物屋を紹介してやろう。

 防具は芋っぽい田舎服+胸当てから、古着らしいちょっとサイズの合っていない革鎧に進化。丈直ししたようだが、縫製の跡が見えているからプロの仕事ではない。自分でやったのか、セフィにやってもらったのか。

 セフィの方はお洒落さんだ。主武装は魔道具屋で投げ売りされている粗悪な魔石の杖。持ち手に綺麗な色合いの布が巻いてある。丈夫そうな若草色のローブに留められた奇妙な紋様が彫られた金属ブローチはいかにも魔法使いっぽい。でも俺は魔法に詳しくないからお洒落ブローチなのか魔法的なタリスマンなのかの判別はできない。


 そろそろ迷宮のイロハぐらいは分かってくる頃って感じの装備だ。

 もう駆け出し卒業かぁ。早い。これが若さか……


 ともあれ聞き取りだ。

 俺は新作焼きたてクルミパンの試供品を二人に出しながら尋ねた。


「なあなあ、迷宮にある物で、これ食べられないけど食べられたらいいな~って食材無いか?」

「食材ですか?」


 美味そうに頬張ったパンを呑み込んで少し考えたユグドラは、自信無さそうに答えた。


「つ、土、とか? 土が食べれるなら一生食べ物に困らないし……」

「あのねユグ、ヨイシさんはそういう事言ってるんじゃないと思うよ」

「じゃあセフィは何か思いつくの」


 突っ込みを受けてユグドラは口を尖らせた。セフィは口元に手を当て、考え考え言う。


「そうだなぁ……私たちもまだ浅層止まりの冒険者なので、迷宮の食材に詳しくないですけど。泉にいた骨魚を捕まえて食べれるのかなって焼いてみて、食べられなくてあーあって思った事はありますね」

「ああ、あったあった!」

「骨魚? 聞いた事あるな。全身骨でできてる魚だろ?」


 骨魚は矢尻の材料になるらしい。武器の材料なのか~、と思って食べる発想がなかった。

 でもそうだよな、骨「魚」だもんな。じゃあ魚か。魚ならきっと食べられる。

 食べられるように調理できるか試したい。


「その骨魚ってさ、持って帰ってこれる?」

「持ち帰れると思います。セフィ、前拾った釣り竿ってまだ捨ててないよね」

「あるよ。宿の物入れに入れっぱなしのはず……」

「じゃあ何尾か釣ってもってきてくれ。手間の分の代金は払うからさ」

「いえそんな、代金なんて――――」

「セフィ待って。ヨイシさん、代金は要りません。その代わり、骨魚料理ができたら一番最初に僕たちに食べさせてくれませんか? それが報酬代わりという事で」

「おっ、美食家だね~! よしよし、その話で決まりだ。いっちばん最初に一番旨いの食わせてやるからな、まっとけよ。頼んだぞ冒険者!」







 ユグドラ&セフィは仕事が早かった。

 特に納期は指定していなかったのに、依頼の翌日にはもう七匹も釣ってきてくれた。

 ありがてぇ~。他の冒険者なんて「明日百個石胡桃納品するから、この一杯はツケてくれよ」って強請ってタダ呑みして翌日「拾い忘れた」なんつって悪びれもなく笑うロクデナシばっかだぞ。

 まあ酔っ払いの言葉に頷いて飲ませてやる俺も俺なんだけどね。


 さて。


 店を開け、冒険者に酒と飯を売りつけ、喧嘩で壊れた椅子を片して、酔いつぶれて寝てしまった野郎をなんとか宿まで担いで届け、真夜中過ぎに帳簿を付けて本日も店じまいと相成る。

 いつもならお湯につけて絞ったタオルで身体を拭いてベッドに飛び込むところだが、今日は骨魚の調理を試す。


 まな板の上の骨魚は噂通り・名前通りの骨みたいな魚だった。

 フォルムはサンマに似ている。ただサンマよりも真っ白で、ゴツゴツした鱗に怖い目をしている。背びれは刃のように鋭く堅く、なるほど武器に転用できそうだ。


 まずは骨のような鱗を落とす。普通の魚のように包丁の背でゴリゴリすると、思ったより簡単にとれた。堅そうな見た目ではあるが、鱗が一枚一枚大きくて逆に剥ぎやすかった。


 問題はそこからだ。

 この骨魚、マジで堅い。


 魚捌きあるあるの骨に刃が通らないとかそういうレベルじゃない。

 もう全身骨。全部骨。堅い。骨に刃を入れて骨と骨を切り分け、骨と骨と骨の三枚おろしって感じ。

 意味わからん。内臓まで骨みたいだ。こんな骨骨でどうやって生きてんのこの魚。筋肉はどうした。


 最初の一匹は捌き方が掴めずグチャグチャにしてしまった。

 二匹目もボロボロにしてしまったのだが、包丁の感触の違和感の正体を掴んだ。全身骨の塊に見える骨魚だが、どうも柔らかい骨と堅い骨があるようなのだ。まさかと思って柔らかい骨を齧ってみれば、コリコリした軟骨のような食感だった。

 なるほどね。まあ柔らかい骨は食えん事はない。でもこの軟骨モドキ、味しねーよ。


 骨といえば出汁だ。豚骨しかり鳥ガラしかり。三匹目は煮込んで出汁を取ろうとしたが、白い骨が更に白く堅くなるだけで逆効果だった上に出汁も取れなかった。

 だが、真水で煮出したはずなのにちょっとだけ脂が浮いていたのは収穫だ。ちゃんと脂がある。ただの骨の塊ではないのだ。


 四匹目はメタメタに刻んでみた。包丁の背で骨魚をしつこく叩きまくり、食べやすくする。漫画で読んだチタタプってやつ。

 まあ予想できていた事だが荒い骨の粉ができた。ワンチャン粘り気が出て黒はんぺんみたいな練り物にできないかなーと期待したけどこりゃ無理。この骨の粉、味しないし。


 一応軟骨っぽい身? の部分とマジで堅いだけの骨? の部分に分かれているのは分かった。骨ではなく骨のように堅いだけの魚肉と考えてみよう。

 身が堅いのは厄介だが、やりようはある。


 例えば牛肉や豚肉は玉ねぎと一緒に調理すると玉ねぎの酵素で柔らかくなる。

 魚肉も柔らかくなるか知らんけど、玉ねぎに似た野菜を使ってやってみて五匹目失敗。

 はい。


 六匹目は肉叩きでタンタンしてみた。

 小一時間タンタンしたが、骨は叩いても骨だった。虚無に時間が吸い込まれただけで失敗。


 七匹目は寝かせてみる事にした。

 料理漫画で読んだのだが、魚は釣った直後が柔らかく、少し時間が経つと死後硬直で堅くなるのだそうだ。そして更にもっと時間が経つと、今度は死後硬直が解けまた柔らかくなっていく。

 とりあえず涼しい場所で二日寝かせておいたのだが、堅い骨が生臭くて堅い骨になるだけだった。腐敗はするんだよなあ。せめて柔らかくなってくれよ。


 七匹全て調理に失敗したが諦めないぞ。

 追加の骨魚調達を頼むと、ユグドラとセフィは快く引き受けてくれた。


 一応、骨魚軟骨を塩水につけた「塩軟骨」と塩水を塗ってカリカリに焼き上げた「骨せんべい」をメニューに入れたが、評判はあんまり良くない。一部の物好きが興味本位で注文するぐらいだ。

 骨を骨として食卓に出して料理と言っていいものか……


 調理方法に悩んでいる俺の元に、ある日金物屋に注文していた圧力鍋が届いた。待ってたぜ。

 圧力鍋は圧力をかけて調理できる鍋だ。たぶん、この世界初の圧力鍋だと思う。

 圧力鍋の良いところは高温時短クッキングができるところだ。鍋内部の圧力が水蒸気によって高まり、沸騰したお湯の温度は100℃を突破し120℃まで上昇。具材に素早く熱が伝わり、加熱時間が減るため調理時間を短縮できる。


 俺の酒場は店長一人のワンマン経営だから、調理時間はいくら減らしても減らし過ぎるという事はない。でも最近はうまクルミの仕込みで時間を取られ、客も増えて忙しくなり、新料理開発もあるワンオペも限界を迎えつつある。人を雇ってもいいかも知れないな。


 俺は早速圧力鍋で骨魚を煮込んでみた。

 結果はやはり堅いままだったのだが、ちょっとだけ脂が浮いていた。

 フム?


 出汁をとった時もそうだったのだが、煮込むと脂が出る。火で直接炙っても脂っぽさは出ないのに。

 水に反応しているのだろうかと考え、丸一日水に浸してみたが、脂は浮いてこない。


 そこでじっくり観察してみた。骨魚を鍋に投入し、弱火にかけ、一時間ほどの間目を離さず何一つ見逃さないようじぃ~~~~~~っと見つめ続けたのだ。


 すると、骨魚は水温がある程度の温度に達した時に脂を出すのが分かった。それ以下の温度でも、それ以上の温度でも脂は出ない。

 その温度は50~70℃ぐらいだろうか。風呂の湯より高く、熱湯より低い。


 なるほど、と納得する。

 骨魚を煮込む時、俺は水から煮て沸騰させていた。水から沸騰状態に移行するまでの一時の間だけ、骨魚は脂を出す温度帯になっていたのだ。


 そうと分かれば話は早い。

 俺は慎重に温度管理をしながら、低温で骨魚を煮た。ぽつぽつと身から脂が浮いてきては水面に漂い、ちゃんと適切な温度になっている事が目で見て分かる。

 10分ほど煮てから、俺は煮出された鍋の湯を飲んでみて驚いた。


 ちゃんと味が出てる!

 かなり淡白でアッサリしているが、確かに魚の風味がついている。煮干しの出汁みたいだ。


 続いて鍋の底に沈んだ骨魚を箸で取り出したのだが、その時点でもう驚いた。

 まるで魚のようなのだ。

 もちろん魚なのだが、散々忌々しく思っていた骨の塊のようではない。普通の魚のように柔らかくしなっているではないか!


 期待を込めて一口かぶりつき、快哉を叫ぶ!


「や、柔らかい!!!!!」


 骨魚は柔らかくなっていた!


 脂のよく乗ったヒラメかタラの味に近い。噛めば噛むほど旨味が口の中で溢れて弾ける。

 低温調理された身はしっとり柔らかく、臭みもない。うまい! 文句なしにうまい。


 俺は夢中で貪り食い、骨の隙間の肉まで丁寧にこそげとって食べ、箸を置いて満足の一息を吐いた。

 充実の魚だった。素晴らしい。

 調理された骨魚はむしろ骨が少なく身が多く、ボリューミーで食べやすかった。一尾だけでもかなり満足感がある。なんなら骨まで柔らかくなっているから、骨ごと食べるのもできそう。


 皿に残った骨魚の骨を眺めて感慨深く思う。道理で今まで骨魚の調理法が見つからなかったわけだ。

 低温調理なんてなかなか思いつかないもんな。食材に熱を通すなら間違いなく100℃を超える。60~80℃の中途半端な温度をわざわざ気を使って維持するなんて普通やらない。やる意味がないから。俺だって低温調理の概念を知らなければやらなかった。


 低温調理で心配なのは不十分な殺菌と寄生虫だが、念のため数日様子を見ても体の不調はなかった。生きている時は全身堅い骨だったのだから、細菌や寄生虫も寄せ付けなかったに違いない。

 お前、実は食われるために生まれてきた魚だな?


 そして約束を果たす日が来た。

 普段店を開けるよりも少し早い夕暮れ時に、俺はユグドラとセフィを店に呼んだ。

 二人はシンプルに塩で味付けした骨魚を本当に美味しそうに食べてくれた。


「本当に美味しかったです!」

「ありがとうございました。これで明日も頑張れそう!」


 あんまり美味しそうに食べるので二皿目を出し、それも綺麗に平らげた二人の笑顔を見て、俺は石胡桃以上の売り上げを確信した。

 ククク、また一品この世に美食を送り出してしまったぜ。

迷宮食材名鑑No.2 骨魚(ほねうお)


迷宮浅層の水場で採れる魚。全身が骨のようなゴツい白身魚で、水の補給中に稀に噛みついてくる厄介者。冒険者は骨を矢尻に使う。

そのままでは食べられないが、ヨイシの酒場に持って行くと魚料理に加工してくれる他、買い取りもしてくれる。値段はほどほど。水の補給ついでに数匹釣っていくと良いだろう。

加工された骨魚は柔らかく脂が乗っていてボリューミーという欲張りセット。

ヨイシの迷宮料理は冒険中「女神の涙」以外で疲労値を回復する唯一の手段である。冒険出発前に「サカナ持った?」の確認を忘れないようにしよう。


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書籍版一巻、GA文庫様より発売中!
WEB版の雰囲気そのままに、新規エピソードいっぱいです
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コミカライズ連載中!
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― 新着の感想 ―
魚持った? は草w 面白いw
これ薪で火力調整してるのかな……? 流石に難易度高そうだし魔道具的ななにかかな?
[気になる点] リアルだったらこの魚食べて胃に入った後に骨みたいに固くならないか心配になって食べれなさそう
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