表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編


 エレノアは秘密のノートを持っている。


 そのノートは複雑な幾何学模様に月や星などの印が散りばめられた鮮やかな表紙で、容易に開かれないよう、ぎゅうと帯で締められ鍵がかけられている。


 持ち主であるエレノアは、この秘密のノートをとても大切にしている。

 厳重に鍵をかけているのは前述の通り。さらに、普段は自室机の引き出しの奥の奥にしまっているのだ。



 その秘密のノートが、いま、無い。



 真珠のようと評される艶のある白い肌をさらに白くして、エレノアは引き出しを開けたまま硬直した。



 ────無い。



「…………えっ、いやいやいや……、えっ???」


 誰もいない部屋で独りごちる。

 一緒に入っている他の書類の束を慌てて捲る。引き出しを開けて閉め、もう一度開けて閉めた。


「いやいや……、落ち着いて、私。ふう〜〜〜」


 深呼吸して、再度引き出しを開けた。


 無い。


 「ぐおおぉぉ」と淑女らしからぬ声で呻きながら、滑らかな金髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。

 エレノアの背を冷や汗が流れる。

 落ち着け。昨夜のことを思い出すのだ。


 昨夜は父である国王不在の中、官僚たちとの晩餐会に出席した。

 隣の席に座った大臣から嫌味を投げられ、うまくかわしたもののイライラは収まらず、部屋に戻ってからノートとペンを抱えてベッドに入った。


「そうだわ、ベッド……!」


 ベッドへ駆け寄り、枕元をまさぐる。無い。

 昨夜はそのまま寝てしまった。記憶がない。起きて朝食に向かって、戻ってきたのが今だ。


 ベッドはすでにシーツが交換されている。

 朝食の間にメイドたちが整えてくれているのだが、その際に紛れて持って行かれてしまったのだろうか?


「…………え……、うそ、やば……、えー…………」


 無意味にシーツをさする。虚無を撫でる。

 夢であってほしい。

 頬をつねる。痛い。

 夢であってほしかった。



「…………はははっ」


 気が遠くなって、思わず乾いた笑いが漏れた。



 ♢



 エレノアは完璧な王女である。


 金糸のような輝く金髪と澄んだ空のような瞳。

 容姿、所作は淑女そのもの、17歳とは思えぬ落ち着きと利発さに、民から憧れの目を向けられている。

 また、2歳年上で近衛隊に所属するアーノルド・ロシュフォードという婚約者がおり、見目の良い二人が並ぶと物語から出てきたように美しく、大変人気だ。


 しかしながらまだ17歳。当然、ストレスも溜まる。

 そしてエレノアは文字で表現することで鬱憤を晴らすタイプだった。

 そのためのツールが、秘密のノートだ。


 秘密のノートにはその名の通り、エレノアの秘密が書かれている。

 日頃表では出せない不満、愚痴、妄想、夢、エレノアの頭の中で描かれたものがそこには書かれているのだ。


 例えば、自作の歌詞。メロディもある。

 それから、甘ったるいポエム。

 婚約者アーノルドと結婚した時のことを夢想し、「エレノア・ロシュフォード」というサインも定期的に練習している。

 それだけではない。

 将来生まれる子どもの名前の候補も4ページ分埋まっている。いずれも王宮の担当者がドン引きするタイプのアレな名前ばかりだ。

 悪口だって書いている。

 嫌な人間に会うと呪いの言葉をノートに綴るのである。習慣と言っていいだろう。


 さらに、秘密のノートで最もページ数を食っているのが、創作小説である。

 アーノルドをヒーローとした恋愛小説(ヒロインは自分の場合もあればそうでない架空の第三者の場合もある)を、設定を変え、シチュエーションを変え、展開を変え。

 エレノアは飽きることなく書き続けていた。


 そのノートが無いというのは、由々しき事態である。

 清く麗しく完璧に見える王女様が、本当は俗っぽい妄想女だなんて。



「はあはあ、まずいわ……」


 焦りのあまり息の上がったエレノアはよろけて壁に手をつき、体に力が入らなくなってしゃがみこんだ。

 再度、引き出しを確認したが、無い。


 ちなみに、昨日嫌味を投げてきた官僚のことは「腐った豚死ね」と書いた。

 官僚だけでなく、父王への愚痴だって書いていて、「ニヤニヤするなキモい」てなものである(悪口となると途端に語彙力が下がるのは何故なのだろう)。


 ポエム、呪詛、婚約者を題材とした創作小説。

 もしもアーノルドに見られでもしたら、ドン引きされるはずだ。

 いや、引かれるだけならまだいい。おそらく恐怖を抱かれる。自分なら怖い。


 ――――羞恥で死ぬ。社会的に死ぬ。あるいは父への反逆罪で死ぬ。



 エレノアははあはあしながらよろよろと立ち上がり、部屋の出口へ向かった。

 シーツはまだ交換されてすぐだ。もしかしたらメイドたちに気付かれる前に回収できるかもしれない。

 いや、しなければならない。


 扉を開けてふらつきながら、壁伝いにリネン室を目指す。

 すれ違うメイドたちが頭を下げていくが、笑顔を取り繕う余裕もない。


 リネン室にたどり着く前に、大廊下でワゴンを挟むように立つメイド二人を見つけ、エレノアは思わず柱の影に隠れた。

 メイド二人は首を傾げて、ワゴンの上に置かれた何かを見ている。


 その視線の先には、見覚えのある幾何学模様。

 それから、散りばめられた月と、星。



「これ、どなたのものかしらねえ……」




 ひいいいいいやああああああああ!!!!

 うわあああああああああああああ!!!!!!!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ひぃやぁぁぁぁ!! なんて恐怖が想像出来るお話なのでしょう!! 続きが待たれます!! 早よ、早よ ってくらい(笑)
[一言] おおっ! お久しぶりの更新でホクホク。 こういうシチュエーションありそうですね(メイドではなくてまずは母親?)。 まだ小正月前だから「新年おめでとうございます」でおかしくないでしょうか? …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ