【ざまぁ編】続・婚約破棄された鋼の聖女は真実の愛を手に入れたようです。え? 破棄した方の王子はどうなりましたか? ああ、ちょっともう遅かったみたいです。
「馬鹿もん! お前など勘当だ!」
「え? だって父上」
「だってもくそもない! そもそもお前が王子としての体面を保つための婚約だったというのに、なぜわからん!」
「そんな!」
「武術の才も、学業も、魔法の才も、何一つ他の兄弟に叶わぬお前を王太子に推す貴族はおらんかった。それでも王妃の頼みで一縷の望みをかけたのが騎士団総長を代々務めるヴァルキュリア公爵家の令嬢アーシャとの婚約であったというのに! かの聖女であれば次期王妃として充分国内外にも面目が立つというもの。ヴァルキュリア公爵家の後押しもあればお前であっても王太子にするのに反対するものもおらんかっただろうに」
俯くレムレス王子に、ウイリアムス国王は尚も続けた。
「そもそも何故よりにもよって国葬の真っ最中にあのような騒ぎを起こしたのだ! お元気そうな王子でいらっしゃいますね、だと!? そう各国の代表に嫌味を言われ肩身が狭かったわ!」
「申し訳、ありま、せん……」
「とにかく! 勘当と言ったら勘当だ! とっとと荷物をまとめて王宮から出て行くといい!」
♢♢♢
「そういうわけなんだよカナリア。すまないが父の怒りが収まるまでここに置いてくれないか」
「嫌です」
「は?」
「だから、お断りしますと申し上げました」
「どうしてカナリヤ。僕たちは愛し合っていたじゃないか!」
「レムレス様がお約束を違えるからいけないのですわ。わたくしを妃にしてくださるとおっしゃったではありませんか」
「だからそれは父上の怒りが収まったら、で」
「先ほどこちらにも国王陛下からのお手紙が届きました。残念ですがレムレス様との婚姻は認めない旨が書かれていました。本来であればわたくしを王子をたぶらかした罪で裁くところ、今後わたくしから王子に近づかなければ不問にしてくださるそうです。まぁ、しょうがないですわね」
カナリヤ男爵令嬢、今までであったらふんわりと笑みを絶やさない天然な可愛らしさしか見せて来なかったけれど、今日はちょっと違った。
その表情から可愛らしさが消え、どこか冷めた大人びた表情に見え。
「そう、か。僕が真実の愛だと思ったのは勘違いだったのだな……」
そう項垂れるレムレスだった。
♢♢♢
何を間違えたのだろう。
そう思いながらトボトボと当て所もなく街を歩く。
王子として十六年生きてきて、こんなふうに一人で街を歩くことなんかなかった。
そもそも、あの時アーシャがあんなことを言うからいけないのだ。
あの場であんなふうに言われなければ僕だって……。
そう、つぶやいて。
「レムレス? ガールフレンドを作るのをやめろとは言わないわ。わたくしとあなたの婚約は極めて政治的なものだしあなたがわたくしのことを嫌っているのも知っているもの。でもね、今日のこの場に彼女を連れてくるのはいささか場違いだと思うのよ? ここは王族と親族の上級貴族が座る席なのだから」
レムレスの婚約者、公爵令嬢アーシャ・ヴァルキュリア。
お爺様のお葬式のその場所で。
彼女がその白銀の髪を靡かせて、彼にそう言ってきたのが全てのきっかけだった。
カチン
そう堪忍袋の緒が切れた音がした。
いつもいつも彼女は一言多いのだ。
僕だって王子なんだから、もっとちゃんと敬ってくれて当然なのに。
そう思う気持ちがずっと燻っていたのだ。
それが、ここにきて弾けた。
そうだよ。もうお爺様はいないのだ。
僕はもうお爺様を怖がる必要はないんだから。
と。
「おまえなんか大っ嫌いだ! ああ、破棄だ破棄。婚約なんて破棄してやる!」
気がついたらそう叫んでいたのだった。
ここ、聖王国シルヴァニアンは神に護られた剣と魔法の国。
先代国王であったお爺様、グラムス・シルヴァニアンによって決められた王子である僕とアーシャ・ヴァルキュリア公爵令嬢との婚約は、お爺様の国葬が行われているまさにこの時この会場で、この僕の宣言によって破棄された。
元々、いとこの彼女との関係は、あまり良い方ではなかった。
グラムスお爺様の言いつけでなければ誰がこんな乱暴な娘を婚約者なんかにするものか。
「でもレムレス? わたくし達の婚約は前国王であったお爺様のたっての希望で結ばれたものです。そう簡単に解消できるとも思えないのだけど」
「だからさ。もうお爺様はお亡くなりになったんだ。僕はもうお爺様に怯えていいなりにならなくても済むんだから」
そういうと彼女はレムレスを一瞥し、嫌悪感を丸見えにする。
いや、少なくとも彼にはそうとしか見えなかった。
「ふん! なんだよその顔は。おまえはいっつもそうやって僕のことをばかにしたような目で見てきて。だからおまえなんかと結婚するのは絶対に嫌だったんだ。ああ、これでやっとせいせいする! だいたい、おまえみたいな厳つい女、僕の好みじゃないんだよ!」
キッと彼を睨みつけてくるアーシャ。
レムレスは反射的に肩を窄めて。
あ、殴られる?
そう思って身構えているとアーシャは言った。
「まあ、いいわ。元々わたくしもあなたとの婚約は本意じゃ無かったのだもの。レムレス? あなたの好みはあそこに控えているカナリア男爵令嬢みたいなか弱い守ってあげたくなるようなタイプだものね」
「ふん! ああそうさ。おいで、カナリヤ」
レムレスが手招きすると、カナリヤはフワッと立ち上がり、ふわふわとこちらに歩いてきて彼の腕を取った。上目遣いでこちらを見る瞳がとても可愛らしく。
レムレスはそれがとても誇らしかった。
「僕は彼女と結婚する。そうさ、僕は真実の愛を見つけたんだ」
一瞬、何かを思案するような表情を見せたアーシャ。
それでも。
「そう。わたくしはそろそろ時間だから行くわ。お幸せにね。お二人とも」
最後にはそう言って控えの間の方に歩いて行った。
ほっとしたのが半分。
まだ腹が立っているのが半分。
それでも。
と、レムレスは思う。
これでやっと、僕は自由になったのだ、と。
あいつとも、婚約者という立場じゃなかったら。
ただのいとこの立場であったなら。
こんなふうに別れることもなかったのに。
そうちょっと思ったりもして。
神聖騎士団を統率するアルブレヒト・ヴァルキュリア公爵の一人娘であるるアーシャ・ヴァルキュリアは、神の巫女である聖女という役割を務めている。
祭事において神に祈りを捧げる役目。
それがこの国の聖女という存在だった。
鋼の聖女だと言うものもいた。
男性にも引けを取らないその剣技、引き締まったその体躯。
女性にしておくのが勿体無い、という声も。
女性だからこそ聖女としての役割が務まるのだ、という声も。
彼女の役割、それは、舞によってマナを高め、神に魔力を奉納する。
聖剣の舞と呼ばれるものだった。
祭壇の正面中央に設られた舞台、その中に描かれた魔法陣のど真ん中に一人立つアーシャ。
右手を天に伸ばし手のひらを広げ。
「ホーリーレイヤー!」
と呪文を唱えると。
頭の上に構築した聖なるレイヤー。
銀色に輝くそれがゆっくりと彼女を覆うように降りてくる。
そして。
その光の膜が足元の魔法陣に吸い込まれるように消えたあと。
彼女の姿は白銀の鎧に包まれて。
額にはまった銀のサークルには2本の羽が飾られて。
アーシャの長く美しい銀の髪をおさえている。
全身が白銀に輝くプレートに包まれ、そしてその右手に掲げた銀のツルギ。
シャン、シャン、と剣を振る。
くるくると回りながら弧を描くように剣筋を滑らせて。
銀色の光が剣に遅れて漂い、そしてその残像がまた弧を描いて行く。
美しい。
レムレスも。純粋に見惚れてしまうほど、彼女の舞は綺麗だった。
お爺様の魂が、無事神の御許に辿りつけますように。
そう祈らずにはいられなかった。
荘厳な調べに合わせ神聖な剣舞が続く。
そしてその最後に。
鋼の聖女は全身から魔力を放出し。
その白銀の光は天井を貫いて空に還っていったのだった。
♢♢♢
あてどもなくトボトボと街を歩いているうちに、周囲が薄暗くなった。
貧民街に紛れ込んでしまったか。
そう思い引き返そうとしたところで、背後から声がかかる。
「おいおいにいちゃん、いい着物着てるじゃないか」
ガタイの大きい男が二人。
顔に傷のある方が、こちらに手を伸ばして。
「はは! どこのお坊ちゃんかは知らないが、こんなところにお供もつけずにくるとは随分と不用心だな。どうだ、俺っちがボディーガードをしてやろうか」
肩をがっしりと掴まれてそう言われ、思わず身震いするレムレス。
「ああ、それなら雇ってやらないこともないが」
「は! じゃぁ前金で金貨50枚でどうだ?」
「馬鹿な! そんな大金払えるわけが!」
「あぁあぁ世間知らずのおぼっちゃまはこれだから。お前の命を金貨50枚ですませてやるって言ってんだよ! 安いもんだろ? あぁ?」
肩を掴まれたままそう凄まれ。
ガタガタと震え出してしまったレムレス。
その時だった。
うっ
と呻いたと思ったらその大男たち二人はそのまま地面に崩れ落ちる。
「大丈夫かい? 兄さん」
腰を抜かし地面にしゃがみ込んでしまったレムレスに手を伸ばしそう声をかけてくれたのは、一つ下の弟のマリウスだった。
♢
「マリウス様!」
「ああ、大事ない。兄様も無事だ」
黒い影が二つ、マリウスの横に駆けつけてきた。
「どうして……」
そんな言葉が口に出ていた。
弟王子のマリウスは、まだ学生のはず。
今日は王立学院に行っているはずだと思っていたのに、と。
「お父様に頼まれたのさ。あれでも兄様のことは心配していらっしゃるからね」
「え、でも」
それならそれで何故マリウスなのか。
それに先ほどの手際の良さ、は。
「ああ。兄様は知らなかったね。ほら、僕は第四王子で後ろ盾もないじゃない? だから以前からこうして影の仕事をしてるのさ。今じゃ影をまとめるリーダーまでさせられて」
パチン
マリウスはそう指を鳴らす。
それを合図に二つの黒い影はさっとその姿を消した。
「お父様はあれでなかなか人使いが荒いからね。兄様を影から見守り、どうしようも無くなったら保護しろだなんて」
「父様は、僕を許してくださるのだろうか?」
力なく、そう呟くレムレス。
「うーん。まだしばらくは無理じゃない? でも、いくあてがないのなら、僕の下で仕事する? 影の小間使いになるけど」
そうにっこりと笑うマリウス。
ああ。どうしてこんなことになってしまったのか。
そう思いはすれども、このままじゃいけないこともわかってはいる。
「僕は、もうダメなのだろうか。もう何もかも遅いのか」
「うん。そうかもね」
マリウスはそれでも意味深な笑みを見せ。
「でも、一からやり直すことはできないこともないよ?」
と、そう言った。
西日が、街路を照らし始めた。
薄暗かったその道に、一筋の光が見えた。そんな気がして。
end