『黒木渚と埴谷雄高の類似性』
『黒木渚と埴谷雄高の類似性』
㈠
1997年に、87歳で没した、埴谷雄高については、随分と長い間、自分の文章を書く時の救いになってきた。自分は、芥川龍之介に学生の頃、心酔していたが、その後、芥川龍之介が、自殺していることに、長年かかったが、疑問を持った、という訳なのである。
その疑問の一つに、芥川龍之介の、無駄のない文章、という観点に着目した自分は、段々と、芥川龍之介から離れていくこととなる。丁度その時に、日本語の文体の支えになったのが、埴谷雄高だった。埴谷雄高の文章は、長々とした、無駄の多い文章でもあり、しかし、筋道の通った、文章である。
㈡
自分は、この、埴谷雄高の、云わば、芥川龍之介とは真逆の、無駄のある文章に、長生きの秘訣を見たのである。人間誰しもが、無駄のない美しい文章を求められがちだが、そうある必要性というものはない。小説だって、もっと自由で、脈絡がなくても、需要があれば、それは小説であり、小説である。
しかし、埴谷雄高の小説には、しっかりと、センスのある文章が書かれている。さむいところも、カッコ悪いところも、馬鹿らしいところもない。そして、埴谷雄高を師とすれば、小説を書いていても、長生き出来るんじゃないか、と思い、そして、芥川龍之介の文体から、離れたのである。80歳くらいまでは、生きたいのだ。
㈢
無論、芥川龍之介が嫌いになった訳ではない、師とはしなくても、芥川龍之介がカッコいいことには、変わりない。ところで、音楽家、小説家として、近年自分が心酔しているのが、黒木渚※である。どこが、と問われれば、まず、センスが有りすぎる、というところだろうか。
埴谷雄高同様、さむい言葉が一つもないのである。所謂、美神を背負って、生きている、という観点から見ると、近現代の芸術家の中でも、群を抜いていると思っている。そしてまた、黒木渚に希望を見るのが、死に損ないである、というところだろうか。死よりも、生を選んだ、という安心が、支持の理由だ。
㈣
では、黒木渚と埴谷雄高の類似性という問題に入るが、まず、楽観的な生き方、という事に尽きると思う。無論、センシティブな側面も持っているとは思うのだが、-芸術家には、そのセンシティブが有利に働くことが多い、いわゆる、内向性からの、芸術の発露-、しかし、一貫して、前向きである。
また、埴谷雄高は、多くの小説家に支持されたが、その一側面として、新しい小説家の発掘に尽力したというところだ。埴谷雄高は、追随してくる新しい小説家を、潰さなかった。あの、有名な安部公房を最初に認めたのも、埴谷雄高だったのである。これは、大変重要な、日本文学史の起点の一つだ。
㈤
同時に、黒木渚も、他者を潰す、ということを、徹底して行わない。他者を応援する姿は、『心がイエスと言ったなら』にも表現されている。ファンに応援される立場の芸術家が、ファンや他者を応援出来るというのは、懐の深さを思わせるし、なにより、美しい生き方をしているな、と思わされるのだ。
そしてまた、人間の崇高性や、宇宙論などを、芸術に取り入れている点も、黒木渚と埴谷雄高の類似点である。埴谷雄高にも、随分と宇宙論に関する、小説や評論があるのであって、これがまた、面白いし、文章の無限を感じさせてくれる。黒木渚にも、『Sick』という宇宙の曲があるのは、見過ごせない類似点なのだ。
㈥
黒木渚と埴谷雄高は、人から支持される要素を沢山持っているという点にも、類似性が認められる。そして、人間の無限を感じさせる芸術の矢を放っている。埴谷雄高の小説や評論を読む時の安心感は、前述した様に、芥川龍之介の自殺という、悲劇的文章から、自分を救抜してくれた。
それは同じ様に、現代で芸術の先頭を疾走している黒木渚にも言えることだ。黒木渚の音楽や小説にも、自分は救われることが、多々あった。この、粗製乱造の世に置いて、現代の芸術界を見る時、黒木渚の個性というものが、決して消えてしまわない様に、ということを、ひたすら、願っているのである。
※黒木渚という本名で活動されているので、黒木渚と表記していますが、決して渚さんを呼び捨てにしている訳ではないことを、ご了承願います。