3人の魔性令嬢と学園に香り高く咲き誇る満開の薔薇
昔々、王国に広く名を轟かせる3人の男爵令嬢がおりました。
初対面にも拘わらず、毎朝屋敷まで彼女が自分を起こしに来てくれていたかのような錯覚に陥ってしまう、天然・元気・健気の三要素を兼ね備えた美少女。圧倒的正統ヒロインの風格を漂わせ、男性の心を鷲掴みにする。
<王国民の幼馴染>フランソワーズ!
あざと可愛い言動、甘え上手で小悪魔的な魅力を無差別に振りまき心を千々に乱れさせる。女性らしい妖艶な身体つきは、あらゆる男性の視線を釘付けにして離さない。気付いた時には誰もが彼女に大切なものを盗まれている。
<王国民の恋泥棒>フロランス!
容赦ない罵倒とお仕置きで心と身体を屈服させ、禁断の扉を強引にこじ開け、心の奥底に眠る何かを目覚めさせる。生殺与奪の権を彼女に握られることに快感を覚えてしまう。愛の調教師とは彼女のことである。
<王国民の女王様>フェリシエンヌ!
三人の通う学園では、心を奪われた男子生徒による婚約破棄が相次ぎ、大きな問題となっていました。彼女達の方から誘惑した事実が認められない以上、責任を問うことはできないため、学園間で協議が行われた結果、とある男子校へと編入させられることになりました。
(男子校かあ……一体どんなところなんだろう? ……ちょっぴり不安だけど、皆と仲良くできるといいなあ!)
(女慣れしていない初心な男共を夢中にさせるなんて、赤子の手をひねるくらい容易いわね)
(この学園には300匹も男子生徒がいるそうだけど……全員調教するのは一苦労だわ)
三者三様の想いを胸に、ローズルージュ学園へと足を踏み入れました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サッカーをしている二人の男子生徒。
「わあ……一生懸命スポーツをしている男の子って素敵だなあ」
目を輝かせて楽しそうに練習風景を眺めるフランソワーズ。休憩に入った彼らだが、どうやら片方の生徒が水筒を忘れてきたことに気付いたようです。
「アランは相変わらずそそっかしいな。俺の水、飲んでもいいぜ。熱中症になったら大変だろ?」
「ありがとうベルナール……でも……」
「いちいち気にするなよ。俺達、幼馴染で兄弟みたいなものだろ」
「悪いな」
水筒に直接口をつけて喉を鳴らしながら水を飲んでいるアランへと向けられているベルナールの視線は、どこか熱っぽく感じられます。
「ぷはぁ……助かったよ……あれっ……」
「はあ、タオルまで忘れたのかよ。しょうがないなあ、ほら」
「サンキュー……」
受け取ったタオルに顔を埋めると、何故かクンクンと匂いを確かめているアラン。
「ちょっ、おい止めろって! 嗅いだりするなよ! べ、別に臭くない、よな?」
「いや、ごめん。ついなんとなく……全然臭くないよ……むしろ何だか落ち着くっていうか……ベルナールの匂いがするなあと思って……」
「はあっ? ……なに変なこと言ってるんだよ! ……まあ、臭くないならいいけど……」
二人のやり取りを眺めながら、フランソワーズは深くため息をつきます。
「はあ~……私……こういうの嫌いじゃないみたいです……!」
フランソワーズは自分の胸に手を当て、心の中で何かが芽生えていくのを感じていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昇降口で不安そうに辺りを見回していたフロランスに、一人の生徒が声を掛けました。
「君、編入生だね。僕はクリストフって言うんだ。もし良ければ、今から学園の案内をしてあげようか?」
「いいんですかぁ! とっても優しいんですね、クリストフさんって! すっごく嬉しいですぅ!」
鼻にかかった甘ったるい声をあげて擦り寄り、すかさず彼の腕を取ろうとしたフロランスの両手は空振りました。別の生徒がクリストフの制服の襟を掴み後ろに引っ張ったからです。
「クリストフ! 何してるんだい? 今日は僕と一緒にランチをする約束だっただよね?」
真剣な表情で詰め寄る男子生徒。
「ああ、ダニエル、ごめんね。でも、編入初日に迷子になったら可哀想じゃないか」
「……じゃあ……昨日からずっと楽しみにしていたランチを君にすっぽかされた僕は……可哀想じゃないのかな……?」
薄っすらと涙を浮かべて俯き、上目遣いで拗ねたように呟くダニエル。
「……もう、ずるいなあ、ダニエル。そんな目で見られたら逆らえなくなっちゃうのを知ってるくせに……すまない、案内は他の人に頼んでくれる?」
「え、ええ。大丈夫ですわ……」
二人のやり取りにすっかり気を取られ、放心状態になっていたフロランス。
「しょうがないなあ。全く、ダニエルは甘えん坊だね」
わしわしとダニエルの頭を撫でるクリス。去っていく二人が繋いでいる手はお互いの指が絡み合う恋人繋ぎになっていました。
「……あの二人にすっかり心を奪われてしまいました……とんだ盗人カップルだわ……」
そう呟いたフロランスの表情は、むしろ満ち足りて幸せそうに輝いていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
廊下を歩いていたフェリシエンヌは、一人の目つきの悪い男子生徒に声を掛けられました。
「おっ! あんたが噂の編入生か? 今まではどうだったか知らないが、この学園で好き勝手出来ると思うなよ」
「何ですって? 私に向かってそんな口の利き方をするなんて……どうやら調教が必要みたいですね」
バッグに手を伸ばし、何かを取り出そうとしたフェリシエンヌでしたが、唐突に別の男子の冷たい声が廊下に響きます。
「エミール、こんなところで何をしているの? 二人分のクロワッサンを買いに出掛けたはずだよね?」
「いや……その……これは違うんだよフェルナンド……」
先程までの威勢は消え失せ、慌てた様子のエミール。
「へえ……命令に従わないうえに、口答えまでするんだ……まだ、誰がご主人様なのか理解できないみたいだね」
「ひぁっ……す、すみません……でした……フェルナンド様……」
制服の上からどこかをギュっと摘まれたらしく、切なそうな顔をして平謝りするエミール。
「怖がらせちゃって申し訳ない。これからちゃんと躾をしておくから許してくれるかな?」
「は、はい……」
先程までのやり取りが嘘のような笑顔でフェリシエンヌに詫びるフェルナンド。飼い犬を従えるように従順になったエミールを連れて彼は去っていきました。
「この私が新たな扉を開けられる側になる日が来るなんて、思いもしませんでした……」
体の力が抜けて膝をついたフィリシエンヌは、この後どんなお仕置きが行われることになるのか、頬を赤らめつつ想いを巡らせていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の放課後。
「私、今日気づいちゃったんです! 恋愛って男の子同士でするべきものなんだって!」
「男子を篭絡する楽しみを私から奪った彼らの罪は重いわ……心に空いた穴を埋めるために、これから存分にイチャイチャを目に焼き付けさせてもらうわよ!」
「お仕置きの現場……どうすれば見せてもらえるのかしら……」
彼女達が遭遇した光景について、それぞれ恍惚とした笑みを浮かべながら熱弁を振るいました。
それからも毎日放課後になると三人は空き教室に集まり、学園に咲き誇る薔薇の素晴らしさについて熱心に語り合うようになりました。さらにしばらく経った頃、自分達の名前に共通する頭文字を取り「フ女子の会」という同好会を立ち上げることになります。
彼女達が馥郁たる薔薇の香りや美しさに心を奪われていたのは確かですが、この学園内では今までの人生とは違い、国民の幼馴染でも泥棒猫でも女王様でもなく、普通の女子でいられる喜びを噛み締めていたのも、また事実でしょう。
彼女達の溜まり場には、一つのスローガンが掲げられていたと言います。
「人生における真の幸せとは、美少年達の愛の交流を眺め、妄想し、楽しむことと見つけたり!」
~『王国フ女子連合の歩み 第一巻』より抜粋~