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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

侯爵子息の結婚までの道のり

命すら失ってしまった転移ヒロインのもう取り返しのつかないそんなお話

作者: 真守祐子

 明日(あす)にもあたしは殺されるらしい。


 信じらんない。信じらんない。

 異世界転移とか乙女ゲーム転生とかって、なんだかんだいってボーナスステージなんじゃないの?

 素敵なものに囲まれて、欲しいものを手にいれて、幸せになれる。

 不幸しかない、しみったれた現実から逃げだした先の桃源郷。


 うちにいたくないから、外で時間を潰すために見ていたネット小説のなかのヒロインたちは、自由気ままに色々してもちゃんとみんな幸せになってたよ?


 なんで? なんで? なんであたしはこんな目に……。


「今は毒杯か斬首かで議論中だとよ」

「斬首でいいんじゃねえの」


 どっちもやだよ!

 死ぬのは確定なの?


「なんか神教に対する配慮って聞いたぞ」

「ああ、腐っても聖痕ってことか」

「なんか分からんが危ないやつなんだろ?」

「聖痕に危ないやつなんかいないだろうに、痣が刻まれただけの普通(ただ)の人間だろ」

「特別なんだと」


 そうだよ、あたしは特別なんだよ! あたしのための世界だもん! 欲しいと思って見つめたら、あんなに素敵なこの国の王様だって、あんなにかっこいいこの国の王子様だって、あたしに愛を囁いて大事にしてくれたもん。


「だからこんな人数の牢屋番で見張ってんのか……」

「おい、おまえたち、なかの女は身動きとれないようにしてがっちり捕縛してあるからな。目隠しも猿轡も外すなよ、一晩くらい飲まず食わずでも死なん。処遇が決まったら水でも掛けて見られるようにするから下も垂れ流しでいい。そのときには絶対に男は近づくなとの指示が下っているから注意しろ。皇妃陛下が特別に女性の騎士を派遣してくださるそうだ」


 なにそれ、なにそれ、信じらんない! 人権侵害だよ! 全部あの女(皇妃)の差し金ね? 地獄におちろ!


「そんな貴人なんですか」

「そうじゃない。男限定の不気味な呪術を使うらしいぞ。この世の中で信じられない話だが、恐れ多くも皇帝陛下ですら一時は危うかったほど強力なものなのだそうだ。皇妃陛下のお力で尊きお方々はみな事なきを得られたが、我々は皇妃陛下にご面倒をおかけしないためにも、男は近寄ってはならんのだ」

「さすがは皇妃陛下だ」

「おれたちみたいな者にまで気を配ってくださるなんて、なんてお優しい方なんだ」

「それにそんな怪しい呪術すら打ち破れるとは」

「……こいつがそんなに危ないやつなら、もう今すぐに斬首でいいんじゃないですかい」


 なんなのよ!


 でも、今、あたしの体はがっちり鎖で繋がれて、台の上に転がされてる。手も足も全然動かすこともできないくらい。


 いやな現実から逃げだした、ここはあたしのための世界だって思ったのに!

 ここはあたしへのご褒美なんだって、ここに来たときあんなにわくわくしてたのに!






 あのとき気づいたら、あたしは絶対に日本には見えない異国の住宅街の真ん中にできたクレーターみたいなところの、そのまた真ん中にひとりで立っていた。

持っていたはずの荷物はなんにもなくなっていて、手のなかにあったはずのスマホもなくなっていて、服は制服のままだった。

 あたしは呆然として、きょろきょろあたりを見回した。そして意味もなく両手を見てしまった。なにか考えがあってしたことじゃなくて、無意識の行動。でもなんか半袖から覗く左腕にカラフルな刺青みたいなものを見つけて、とんでもなくびっくりした。


 なにこれ!


「今回の聖痕は君か。どこの国の人間だ? 見たことのない服だな……」


 うわ! イケメンだ! きらきら光る薄茶色の髪の毛は短く刈られてて、目はブルーグレー。それにすっごくいい声!


「大丈夫か? 動けないのか? どこか怪我でもしているのかな?」


 ぼうっと見惚れていると、その彼が近づいてきた。あたしのなかの騎士様なイメージ通りの騎士服の色は茶色。


「オレは帝都守備隊の者だ。少し話が聞きたい。……困ったな、言葉が通じないのか?」

「いえっ、分かります!」


 目と目が合ったその瞬間、イケメンは体をびくっとさせて目を見開いた。思わずといった感じでもう一歩近づいてくる。

 え、なに? まさか、あたしに恋に落ちちゃった? そんなばかな。あたしはこんなイケメンを一目で恋に落とすほどのスペックはないよ。自意識過剰はみっともない。でも、小説とかでよくあるよね……、え、まさかこれ、有名な異世界転移? え、うそ、やった、よく聞く強制力ってやつ?


 イケメンが蕩けるような笑みを浮かべながらゆっくり近づいてきて、あたしに両腕を差し伸べてくれた。思わず乙女ゲームの世界を思い浮かべたあたしはなんだか嬉しくなっちゃって、ちょっとおかしいんじゃないのなんて考えないで、自分からもふらふらと近づいた。

 ゆっくりとゆっくりと互いの体が近づいていく。今にも抱きあうその直前に、イケメンに緊張したのかな、なんだか足がもつれちゃって、何にもないところで躓いた。そうしたらあたしの頭が、こちらに屈みこんできてたイケメンの鼻面にごつんとクリーンヒット! ……ものすごく痛そう。あたしの頭もちょっと痛い。


「ご、ごめんなさい! どうしよう、痛いですよね、なんか冷やすものでも……」

「いや、大丈夫、こちらこそすまない、君こそ大丈夫か、今オレはなにをしようとしてたんだ、すまなかった!」


 慌てて飛び退くように一歩下がったイケメン、焦ってポケットをガサガサして取りだしたハンカチを持って一歩近づくあたし。もう一度目が合うと、お互いなんだか可笑しくなっちゃって、二人で同時に吹き出した。


「すまなかった、オレは大丈夫だ。改めて、オレは帝都守備隊の三番隊を率いるサムエルだ」

「あたしはヒナノです」

「ヒナノ。怪我はないか」

「大丈夫です」

「すまないが今回の精霊禍について話を聞かせてほしい。分かる範囲で構わないから、協力願いたい」

「せいれいか、ですか?」

「ああ。帝都では十年ぶりくらいだな。今部下たちは手分けして被害者の確認を行っているところなんだが、今回の聖痕は君の左腕に刻まれたみたいだな」


 せいれいかってなに? せいこん? この刺青のこと?


「隊長~、被害者はいませんでしたよ~、裏の家の婆さんがちょっと転んで膝を擦りむいたくらいでした~」

「おまえは、報告の仕方に気を遣えといつも言ってるだろうが」

「あ、すいません、つい~。あ、この子が今回の聖痕ですか? 変わった服だね、どこの……ひと……」


 サムエルさんと同じ服を着た人がもう一人来て、こっちに気づくと気軽に声を掛けてきた。でも目が合うとサムエルさんと同じようにびくっとして目を見開く。そしてふらっと一歩近寄ってきた。


 ばしん! サムエルさんが後頭部を思い切り平手打ちした!


「いってえ! ひでえよ隊長! これ以上馬鹿になったらどうしてくれるんすか~!」

「もうこれ以上なんてないくらいの馬鹿なんだから大丈夫だろ。それよりなにをしようとしたんだ、なにを!」

「え、あれ? おれ、なにをしようとしてたんでしょうね?」

「おいおい、まったく……」


 そうして帝都守備隊三番隊ってところに所属する二人の聞き取り調査に協力することになったけど、あたしはまるで役に立てなかった。だって答えられることなんてほとんどなかった。気づいたらここにいたとしか答えようがないんだもん。


 それに日本から来たって言っても二人には当然だけど分からなかった。どうやって来たとかどうやって帰るとか、あたしにだって分からない。転生とか転移とかって説明しようとしたけど、怪訝な顔をされるだけで分かってはもらえなかった。こっちにはそういう考えも存在もないっぽい。


 そんな怪しいやつなあたしにも、サムエル隊長はずっと優しかった。すっごく親身に助けてくれて、イケメンでかっこいいんだけどそれだけじゃなくて、こういう頼りがいのある男の人って夫とか父親とか、家族にするのにぴったりな結婚向きの人だよなって思う。そんな頼りになるサムエルさんは、身寄りも頼れる人もいないとなったあたしの後見人に立候補してくれるとってもありがたい人だった。


「だが君は聖痕だ。ここは帝都だから城に助けを求めることもできる。オレは平民出身だし、君の故郷のニホン、って国を探す役には立てないだろう。君が望むなら皇帝陛下は無理にしても守備隊の上のほうに諮っていってそれなりの地位のある貴族になら話を通すことは可能だと思う。どうする? ヒナノ。もし駄目だったらもう一度オレに連絡をくれればそのときは必ず後見するから、一度試してみるのもありだが」


 そのとき、魔がさしたんだ。今になって思うと、あたしの心の悪魔の囁き。


 なんか全然現実味がなくて、ここがおとぎ話っていうか乙女ゲームとかの世界みたいで、だったら貴族とか王族とかも落とせるんじゃないかって、なんかほかのキャラも見てみたいっていうか、そんなことを考えちゃったの。異世界転移だなんて浮かれてたあたし、本当に、馬鹿。


 そのあとのことは、今はもう細かいことははっきり思い出せない。

 不思議なあの強制力を使って全能感に酔いしれたまま、あたしはまるでゲームをするように、異世界とはいえ現実であるこの世界で男たちを落としていった。最後のほうは相手に婚約者がいても、結婚相手がいても、なんにも関係ないって感じになってた。障害が多いほうが燃えるっていうかなんかコンプリート魂っていうの? そんな感じ。


 ひとり、ひとりと手に入れるごとに楽しくて仕方なくなっていった感覚だけは鮮明に残ってる。

 あたし、親のこともあって、不倫なんて最低だって思ってたはずなのにな。


 翌日あたしは人としての尊厳を踏みにじられた形で、偉い人の目に触れるためだけにきれいにされ、皇妃の前に引き出された。目隠しも猿轡も解かれることはなかったけど、それまでの扱いで、もう反抗心なんて欠片も残ってはいなかった。


 そんなあたしに対して、皇妃はなんの感情も読めない声で、最後に説明してくれた。


 あたしのこの能力がなんなのか、ニホンがどこなのかは分からない。精霊神教が調べたがっているけど、皇帝陛下、皇太子、皇子たち、貴族たち、あまりにも大勢を誑かしすぎて、こうなると帝国として生かしておくわけにはいかない。だから殺すしかないけれど、なるべく痛みは与えないように眠らせてから処断することにしたと。それがせめてもの慈悲なのだと。


 あたしのこの変な能力は、ある程度の痛みを伴う衝撃を与えられると無効化されることが実証されたそう。だから、サムエルさんがあの部下の人を殴ったみたいに、周りの人に対して一通りその工程を踏めばあたしは普通に生活することはできたんだと思う。


 あたしはやりすぎちゃったんだね。あたしを生かしておくと国のためにならないんだって。これから帝国を立て直していかねばならない大変さを知り、慈悲深い帝国に対して恨みなど抱かず、安らかに死ねって。なんかそんなことを言ってた気がする。 


 それもこれも、殺されちゃうあたしには、もうなんの意味もないことなんだけど。


 それとも死んだら、もとの世界に戻れるの? ゲームをリセットするみたく?


 でも、あたしはもとの世界になんか戻りたくはない。

 いやだ。いやだ。あたしはここで幸せになりたい!


 ここはれっきとした現実で、ゲームなんかじゃない。

 あのとき、しっかり地に足をつけて生きていくことにしていたら、違っていたのかな。

 ……サムエル隊長さん、どうしてるんだろうな……。あたしのこと、とんでもない悪女だって、関わり合いにならずにすんでよかったって思われちゃったのかな……。


 もう、なにもかも、取り返しがつかない。




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