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 学園内に二か所ある食堂のうち、ヘルシーなメニューが多い「星座のダイニング」が私たちのお気に入りだ。毎晩待ち合わせして、いつもの3人で夕食を食べているので、今日もほぼ同じ時間に食堂に向かった。今日は、先ほど部屋に届けられた風紀委員宛ての依頼文書をポケットに忍ばせている。

 ちなみに、もう一つの食堂は「黄道のダイニング」という名前で、肉料理などのスタミナ飯が多いため、男子生徒からの支持が厚い。


 食堂のメニューは日替わりで、メインは3種類くらい。付け合わせやサラダ、デザートなどはビュッフェ形式になっていて、自分の好きな分量を食べることができる。

 この世界の食事は、ほぼ前世と同じだ。洋食がメインだが、オムライスやカレーライスも存在するため、どうやら米は調達できるらしい。作ろうと思えば、恐らく親子丼程度の和食は食べられそうだ。


 広い食堂の中のテーブルは半分くらいが埋まっている。窓際の眺めのいい席は、こんな時にしか公然と二人きりになれないカップルが占領している。窓の外の空は夕焼けの最後の一筋が紫色に残っているのみで、いつの間にか暗くなっていた。

 私はチキンステーキと小松菜のソテー、サラダをトレイに取り、知っているメンバーがいないかテーブルの間をぶらぶらする。


「レイラ―、こっちこっち」


 端っこの席に座ったシャローナが手を振っている。もう席には、ミシェルもローラも座っていて、夕食を食べ始めていた。三人ともパラパラと手を振っている。


「みんな、早かったのね」

「レイラが遅かったのよ」

「私なんてもう食べ終わっちゃうわ」


 そうかもしれない。

 今日は風紀委員への依頼文書を見てから、落ち着かなくなってしまって学園内の名簿を見たり記憶を呼び起こしたり、自分の未来に影響する人物が絡んでいないか「悪役令嬢回避ガイドブック」を読み返してみたりしていたのだった。どうりでお腹が減っているわけだ。

 依頼文書の件もあるが、取り急ぎチキンステーキを一切れ口に放り込む。今日のメニューも大当たりだ。皮目がパリっと香ばしいチキンにハーブの利いた塩が良く合っている。

 17歳と言えど、現世の私の体は食べたら食べた分だけしっかり贅肉になり、しかも、肉が首から顔に付きやすいので、食べ物には気を使わなければいけない。本格的に太り始めたら鳥の皮は食べずに残した方がよさそうだけど、今日は気にせず食べてしまう。


「ねねね、見て。さっきあんな大捕り物を頑張ったところなんだけどね、さっき私の部屋にこれが届いたの」


 そう切り出して、ポケットから白い封筒を取り出し便箋を開いて3人に見えるようにテーブルの上に広げると、便箋を隠すように3人がぎゅっと顔を近づける。真っ白な便箋に、小さく整った字が並んでいる。


「新しい依頼なのね?」


 うん、と頷くと、ミシェルが声を潜めて朗読する。


「えーっと。読むわよ。


『拝啓、風紀委員殿、皆さんの活躍はいつも聞いています。今日は皆さんにお願いがあってご連絡しました。

 私の寮の隣の部屋は空室のはずなのですが、毎週休日の夕食時に誰かが忍び込んで男女が部屋を使っているようなのです。私の部屋は1階なので、寄宿棟の入り口を使わずに窓から出入ができます。

 先生に報告したいのですが、声が聞こえている時に一人で踏み込むのが怖いので、風紀委員の皆さんに手伝ってもらえないでしょうか。草々

 1年 パティ・デルヴィーニュ』


 ――だって。デルヴィーニュって、あの辺境伯のところの子かしら」

「きっとそうね。でも、だったらどうして彼女、1階の部屋になったのかしら」


 シャローナの疑問は尤もだった。誰もわざわざ口にしないが、寮の部屋は3階建てで家柄のいい子女ほど、高い階に住むことが暗黙のルールとなっている。学園内は鉄壁の守りが敷かれているためセキュリティ対策は万全だが、それでも心配する過保護な親を黙らせるために形骸化した伝統だ。デルヴィーニュ辺境伯ほどの有力者であれば、その令嬢の居室が1階であるというのは若干不自然だ。

 便箋を封筒にしまって、再びポケットに隠す。


「レイラはデルヴィーニュ嬢を見たことあるの?レイラにこの手紙が来たということは、白の棟に居室があるってことよね」

「ううん、それが、覚えていないんだよなあ」


 そうなのだ。風紀委員への依頼は、同じ居室の風紀委員の部屋に依頼文書を差し込むこととなっている。つまり、私の居室に依頼の封筒が差し込まれたということは、依頼人の彼女は白の棟の住人ということになる。白の棟には女子生徒が40人弱いるはずで、全員の顔と名前は一致していない。でも、毎日どこかですれ違ったり、食堂で見かけたりしていたら、挨拶くらいしていそうなんだけど。

 シャローナが続ける。


「1年生ってことは、入学してからあまり時間が経っていないから、見かけていないのかもしれないわね。大人しい子なのかしら」

「そうね~。あとちょっと気になったんだけど、この手紙だけじゃ風紀委員の出番かどうかってわからないわよね。男女の声が聞こえてきたのかしら」


 ミシェルはいつも切れ味のいい指摘をする。男女が密室で二人きりで過ごすことは明らかな校則違反だが、女子生徒が空き部屋を使ってこっそりお喋りをしている、ということであれば特に問題がないのでは、ということだ。風紀委員の行動指針は「校内でイチャつく男女をひっぺがす」、であり、女子同士の秘密のお喋りタイムにまで踏み込む必要はない。


「どんな状況で『こりゃ風紀委員事案だ!』って思ってくれたのかしらね」

「それにしても。もう1年生にも風紀委員のウワサが広がっているとは驚きだわ」


 風紀委員は、私たち4人が発足したボランティア委員会で、活動内容や依頼方法は生徒内の口コミだけで伝わっている。

 そのため、たまに誤解した依頼や脅しまがいの怖い便箋が部屋に届くことがあるけど、ほとんどの生徒は私たちの活動を好意的に評価してくれているし、困った時に頼れる存在だと思ってくれている(と、勝手に自負している)。


「それで、ここに来る前に居室の名簿を見てきたの。デルヴィーニュ嬢の部屋は1階の12号室の北側の角部屋で、確かに11号室は今は空き部屋のようね」

「白の棟の東側は研究棟側に窓があるから、窓から忍び込んでるとしたら理系の学生かしらね…」

「う~ん」


 1階の居室は、西側の建物の入り口から南北に分かれた廊下を挟んで12部屋が並ぶ。11号室は確かに人通りの多いところではないが、左右ともに居室に挟まれているし、出入り口の廊下を挟んだ反対側も別の生徒の居室だ。もし、11号室を校則違反のデートで使うなら、誰かの目につくリスクは高い場所だと思う。

 1階とは言え、窓までの高さは2メートルくらいありそうだし、白昼堂々侵入しているとは思えない。寄宿棟の隣には研究棟があるが、そこまでは20メートル以上離れていて、外灯もあるし女子の寄宿棟に男子生徒が近付いているのを誰かに見咎められたら、大騒ぎになるに違いない。

 でも、もし窓から侵入しているのが、早朝なら人目に付かずに部屋に侵入できる。日中、部屋に人がいる時間帯は静かにやり過ごし、居室の生徒が全員食堂に集まる時間帯にイチャコラしているとしたら…。

 ヒソヒソ話は尽きないが、ここは人目がありすぎる。


「とにかく、近々デルヴィーニュ嬢に直接お話を伺いましょ」


 ローラは、会話が落ち着くのを待ってましたとばかりに立ち上がり、いそいそとデザートのお代わりを取りに行った。作戦会議は、日を改めた方が良さそうだ。

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