表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/53

6

「十一歳誕生日会ボイコット事件」は、我が家に激震をもたらした。従順だった私が、未来の婚約者に愛想を尽かし自室に籠城した上、「あの方とはもう会いたくない」と言い出したからだ。


 侯爵家の我が家には、私の四つ年上のヒューと私しか子どもがいない。爵位は長男のヒューが継ぎ、その地位を盤石にするために、娘の私は王室や有力な貴族に嫁ぐのがこの世界のセオリーだ。

 王位継承権第二位のアルバートと私は年も一つしか離れていないため、彼の結婚相手は私、というのが王室と我が家の共通見解だったらしい。

 父と母と話す中で、父がうっかり「アルバート殿下とレイラの婚約を」ということを漏らしてしまい、兄も私も――私は本当は知っていたけど――、先日の誕生日パーティが殿下と私を引き合わせるためにセッティングされたものだということを知ってしまった。


 この日は気持ちよく晴れていて、庭の東屋で母とお茶を飲んでいると、やはりアルバートのことが話題に上った。


「アルバート殿下は、先日のことをすごく悔いているらしいわよ。あなたに謝罪するために、またこちらに来たいと仰っているみたい」


 母は今年三十五歳。前世の私より年上のはずなのに、三十代とは思えないほど可憐な女性だ。母はこの侯爵領から遠方の辺境伯の出身。現在の王室とは遠縁にあたる。


「そうなのですか。でも、殿下はわたくしをご覧になって、あまりいい印象を持たれなかったようです」


 記憶を思い出してからというもの、うっかりしているとガサツな言葉が出てしまいそうになるので注意深く言葉を選んで返事をする。


「あれくらいの男の子って、女の子の前では自分でも思っていないようなことを言ってしまうものなのよ。もう一度会ってみて、仲直りのチャンスだけあげたらどうかしら。

 婚約の話は一度忘れていただくよう、私からもお父様に言ってあげるわ」


 母は優しく微笑んで優雅に紅茶のカップを口に運ぶ。今日のティーセットは私のお気に入りの白磁に青と金の繊細な絵付けが施されたカップ&ソーサーだ。前世でお高くて買えなかった憧れのロシアの茶器に似せて作ってある。その世界ではこのデザインが「コバルトネット」と呼ばれていたことをこの瞬間思い出した。


「ねえお母様。お母様はお父様と結婚すること、いやではなかったのですか」


 急に気になって、私は尋ねてみる。二人の結婚も親同士が決めたもののはずだ。


「急にどうしたのかしら、レイラ」

「急に知りたくなったんです」

「そうね…」


 母は伏し目がちに話し始めた。昔を思い出しながら、ゆっくり。


「お父様と私は、あなたと同じくらいの年の頃に婚約したの。私には当時、婚約の意味なんてよく分からなくて、お父様のことはよく訪ねてくるお友達ができた、くらいに思っていたのよ。二人でよくこの庭で遊んだわ。

 …お父様と私は三歳違いでしょう、だから私が十六歳になって、学園に通うことになったら、急にお父様とはそれまでみたいに会えなくなってしまったのね。それがとても寂しくて。

 卒業後にお父様にプロポーズされたとき、ずっと一緒にいられることが嬉しくて喜んでお受けしたの」

「へえ、すてき。結婚する時は、お母様もお父様も両思いだったのね」

「ふふ、そうね。

 ね、レイラ、お父様と私も、最初はお互い知らない者同士だったのよ。それでも今はあなた達のようなかわいい子どもにも恵まれて、本当に幸せ。

 結婚してよかったと思っているわ」


 政略結婚でも幸せをゲットした母はラッキーな例だ。イケメンで人格者の父、美しくしとやかな母、お似合いの二人だから、愛を育むことができたに違いない。


 一方私のケースはどうだろう。イケメンだが恐らく性格に難のある王子、家柄しか取り柄のない地味顔の私。その上、この先の波乱展開や、場合によってはヒロインの攻略対象がアルバートなら、私は彼に愛されることは絶対にない。


「とにかくレイラ、殿下の謝罪だけは受けるべきよ。来月、アルバート殿下と、アンジェラ陛下がこちらにわざわざお越しになると仰っているの。

 その日のドレスは新調できるようにいつものデザイナーを呼んでおいたから、ペニーと相談して日付を決めてね。」


 いつの間にか紅茶のカップは空になっていて、母がベンチから立ち上がる。


「この前の誕生日のあなた、とても可愛らしかった。あなたはもっと自信を持ちなさい」


 私の肩に一瞬手を載せて、母は侍女と一緒に屋敷に帰っていく。

 はい、と声にならない返事で答える。

 もし母の性格を知らずにこの絶世の美女に「自信を持ちなさい」と言われたとしたら、何かの嫌味かと思うところだが、母はそんな陰険なことを言うような人ではない。娘可愛さのあまり、視覚にバイアスがかかっているのだろう。


 それにしても、またアルバートに会わないといけないのか…しかも王后のアンジェラ陛下とこちらにお越しになるとは。

 とてつもなく、面倒くさい。私の気持ちは猛烈に沈むのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ