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51 トレーニング準備室1

 11時30分少し前に、私は体育館の奥にあるトレーニング準備室の扉の前にやってきた。手紙に書かれていたとおり、人の気配は全くない。私を呼び出した手紙の差出人もまだ現れていなかった。

 辺りに誰もいない事を確認して、私は変装のために被っていたブロンドのウィッグを脱いでサコッシュに入れた。

 ここ、トレーニング準備室は体育館の屋根裏部屋に位置していて、体育館からも、トレーニング室からも距離がある。あちこち埃が溜まっているので普段はあまり使われていないようだ。


 声を潜めて例の装置、通信機(ワカラナイ)に向かって呼び掛ける。

「緊急事態、緊急事態、緊急事態」

 このキーワードに反応して、真っ黒だった装置から白っぽい淡い光が漏れた。これで通信ができる。再び石に向かって呼びかける。


「えーと、こちらレイラ、聞こえますかー?」


 黒い石を耳元に近付けると、ミシェルの囁き声が聞こえた。ミシェル達私以外の風紀委員は私の居室から通信している。


「聞こえてるわよ。そっちはまだ一人なのね?」


 万が一に備えて、通信機(ワカラナイ)で音声を聞いてもらいながら手紙の主と会うというのが今回の計画だ。

 騎士殿の追尾を振り切るため、私の居室を訪れたミシェルの服に着替え、つやつやの長い金髪のウィッグで変装して、この準備室にやってきた。ミシェルと私は背丈が同じくらいなので、居室から出て行くのはミシェルだと見間違えているはず。本物のミシェルは、まだ私の部屋だ。


「こっちはまだ誰もいないわ。少しこのまま待機するわね」

「ラジャー!こっちで聞いてるからね!」


 サコッシュに通信機(ワカラナイ)を入れて、手紙の差出人を待つ。

 どんな人物なんだろう。同じ経験をした者としていい友達になれるかもしれない。


 ◆


 ぼんやりと手紙の差出人を待ち続け、ふと見やると手元の腕時計は11時45分を指していた。約束の時間から15分が経過している。


「来ないわね」


 通信機(ワカラナイ)で聞いているであろう風紀委員のメンバ―に向かって、呟く。


「じゃあ、撤収、かしらね」


 装置の向こう側の声が応答した。


「そうね、いたずらだったのかもしれないわ」

「あーあ、だまされちゃった。せっかくカフェに行こうと思ってたのにー」


 この声は多分、ローラだ。

 踵を返そうとして、思い直す。せっかくだから中の様子を見てから退却することにしよう。

 準備室のドアノブの銀の丸い握りをひねって、中を覗き込んだ。


「ちょっと気になるから、中だけ見ていくわ」

「うーん、でも誰もいないんじゃない?」


 通信機(ワカラナイ)で話しながら、準備室に足を踏み入れる。大きな天窓があるが、外は曇天のため室内は薄暗い。

 準備室は予想より広かった。授業やクラブ活動で使うボールや、マット、エアロバイク、様々な器具が保管されていて、高く積まれた機材の向こう側は入り口からの死角になっている。いかにも、逢引きに使いやすそうな空間だ。


 ほうほう! 私は隅々まで目を走らせる。

 マット、人気のない空間、怪しいタレコミ。

 これは、風紀の乱れの発生を感じます!


 急にやる気が漲ってきた私はずんずん歩みを進める。もし、人がいるとしたら死角になっているあそこが怪しい。


「誰かいますか~」


 もし誰かがいた時のために、大声で呼びかけながら死角に向かう。誰かいるなら、せめて人に見られても大丈夫な恰好に取り繕ってほしい。装置の声が返事を返す。


「誰もいないなら早く…」


 明らかに会話の途中だったが、音が途切れてしまった。足を止めサコッシュから通信機(ワカラナイ)を取り出すと、先ほどまで淡く発光していた装置は、元の真っ黒い板の状態に戻ってしまっていた。


 おかしいな。


「おーい、聞こえる?」


 呼びかけてみるが、応答はない。


「緊急事態、緊急事態、緊急事態」


 装置起動のためのキーワードを唱えるが、装置に変化はなかった。長い時間使っていたから、消耗してしまったのだろうか。スマホの充電切れみたいな感じかなあ。

 いずれにせよ、もうこんな部屋には用事はない。あと数歩先の死角になっている場所をチラッと見て、退散してしてしまおう。

 室内の奥には、ダンベルや名前も知らないウェイトトレーニングに使う器具が置かれていた。明らかに重たそうな円盤状の金属の塊がパンケーキのように積み上げられて、結構な高さになっている。中には私の背丈を超えるものもある。

 こんな重そうなものを不安定に積み上げるなんて危ないな、そう思った時。


 真横にあった柱上に積み上げられた金属の一部がグラッと揺れ、こちら側に倒れ込んでくる様子がスローモーションのように見えた。

 頭上に、大きな金属の塊の影がよぎるが、ヘルメットもせっかく持ってきたウィッグも装備していない頭を庇うことしかできない。


 大ピンチ――!

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