50 名無しの差出人
初秋。デビュタントボールを控えた休み明けのこの時期、学園内は猛烈に浮ついた雰囲気となる。
当日、自分はお目当ての相手と踊ることができるのか、自分のドレスやスーツはイケているのか。みんなそんなことが気になって、勉強に集中できない。そんな言い訳も許される雰囲気が9月の学園内には漂っている。
明日は土曜日で授業はない。でも居室の外の夜空は生憎の曇天だ。明日はみんなでカフェに出かけようと馬車の予約までしていたのに、雨降りの外出になりそうで少し憂鬱になった。
夕食のためにそろそろダイニングルームに向かおうとしたその時、今日も扉の下から白い紙が差し入れられていることに気がついた。
そっと居室のドアを開いて、外に誰かいないか確認してみるが、人の気配はない。
三つ折りにされた紙を拾い上げると、宛名は、レイラ・ラヴィニア様へ、となっている。急いで本文に目を走らせる。女性らしい丸い文字が並んでいる。
ーーなるほど。休み明け早々、風紀委員の出番のようだ。みんなにも相談しなくちゃ。便箋を畳んでポケットに入れ、私はダイニングルームに急行した。
◆
今夜のおススメメニュー、真鯛のポワレを食べ終えた私たち風紀委員のメンバーは、食後の紅茶やコーヒーを飲みながら、先程の手紙について話し合っている。
ミシェルが内容を読み上げるのはこれで三回目。
「風紀委員のレイラ様に、お願いです。体育館二階のジムトレーニング準備室で、私の婚約者が、誰かといかがわしい行為をしているようです。
毎週土曜のランチタイム位の人気がなくなったタイミングで、変な声が聞こえるらしいのですが、トレーニング室に入っていく私の婚約者を友人が見たと言うのです。
レイラ様、中でなにが起きているのか、一緒に確かめてもらえませんか。もし本当に私の婚約者が誰かとそういう事をしていたらと思うと、一人では怖くてトレーニング室にいけません。
トレーニング準備室は狭いですし、もし本当に破廉恥なことが行われていたらとても恥ずかしいので、レイラ様だけでおいでください。
明日の11時30分、ジムトレーニング室の外で待っています。
どうか、よろしくお願いします。
差出人の名前は無し。
やっぱり怪しいわよ、レイラ」
「そうよねー」
「また誘拐されちゃうかもしれません!」
そうよね。
一人で来てください、という内容に加え、差出人の名前もない。悪意のある人が良からぬ目的で送ってきた可能性もある。でも、もしこの手紙が本当に私に助けを求めるものだったら? それに婚約者がほかの子とイチャついているかも、という状況は他人事と思えない。私は既に、婚約者のネッキング現場に遭遇した経験があるから、同じ思いをしそうな子がいるなら、ぜひ力になりたい。
「そうなんだけど、誰にも相談できなくて、最後の手段で私に手紙を書いてくれてたとしたらって思うと、やっぱり放っておけないわ」
「それもそうね」
「でもレイラ、人気のないところに行こうとすると、例の騎士様に止められるんじゃないかしら?」
シャローナがキョロキョロしながら呟く。マクアダムス様が不意に現れたりしないか気にしているようだ。
確かに、騎士殿が私の姿を見掛けたら、必ず付いてくるだろう。一人で、と指定されているのに、騎士を伴って行くことなんて出来ない。
「大丈夫よ、シャローナ。騎士殿はダイニングルームには入って来ないから盗み聞きされる心配はないわ」
マクアダムス卿たち騎士御一行様は、教員や関係者用のダイニングルームで食事を取ってるようだ。ここに現れたことはない。
シャローナの指摘は一理ある。騎士殿の追尾をうまくかわして行動しなくては。
「知恵を絞って、明日は騎士殿にはお留守番願いましょ。
私はこの人のリクエスト通り、ジムトレーニング室に一人で行くわ。
それに、私たちにはアレがある!」
そこにいる全員が、うん!と大きく頷いた。そう、キース先生のトランシーバー。アレをみんなに持っておいてもらえば、万が一何かあったとしてもすぐに助けが呼べる。
「早速ワカラナイが活躍ね」
「ワカラナイ?」
「ホラ、あの新しい魔道具の名前。キース先生は、ワカラナイって呼んでるみたいよ」
ローラが笑いながら続ける。
「あれって別の音を取り込まない限り、ずっとマクアダムス様の、わからないって声が聞こえるんだって。
だから先生は、アレのこと、ワカラナイって呼んだらどうかって」
「ワカラナイ!」
ミシェルがぷぷー、と吹き出して私達は一斉に笑い出した。ワカラナイ! 世紀の大発明なのに、そんなゆるい名前が付くなんて。
可笑しくて、先生らしくて、楽しい名前かもしれない。
明日は計画していたカフェ巡りは中止して、風紀委員の活動を行うことになった。ワカラナイの一つを私が持って、もう一つは後の四人に託しジムトレーニング室に行く。多少気になることはあるけど、悩める乙女を放っておけない。
そうと決まれば、後は、明日、どうやって尾行してくる騎士殿を撒いて、トレーニング室までたどり着くか、それを考えなきゃ。
明日のシミュレーションをしながら、私の脳裏には既に名案がひらめいていた。




