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49 学園生活再び

 再び学園生活が始まった。

 久しぶりの教室、友達。あちこちでやかましく休み中の報告をし合う声が響き、学園は賑やかだ。

 始業の日だからといって特別な式典などはない。学園で過ごす日常が戻ってきた。


 初日の授業後は、キース先生のところに例の装置を受け取りに行くことになっていたので、約二週間ぶりに会う風紀委員のメンバーと待ち合わせて研究棟に向かうことにした。私は、実家近くの街で流行っていた焼き菓子を携えている。


「パティ、久しぶり! また髪を短くしたのね」

「レイラ様~! 会いたかった!」


 いつも集まる庭園のベンチにパティを見つけて駆け寄ると、そこにローラもやってきた。ローラに会うのも久しぶりだ。

 って、あれ?


「ローラ! なんだか、雰囲気変わった?」

「本当だ。ローラ様。なんだか大人っぽくなってます!」


 いつもと違うローラ。くせ毛がかわいいストロベリーブロンドの髪をシニヨンにまとめているのがトレードマークなのに、今日は一つ結びにし斜めに流していて大人っぽい。少しだけメイクもしているようだ。チークと、マスカラ? それだけでも十分いつもと違って見える。


「ヘン、かなあ」


 照れたように結んだ髪を少し引っ張る仕草も乙女っぽくて可愛らしい。


「変じゃない! かわいい!」

「似合ってます! かわいい!」


 嬉しそうに笑うローラはいつもより大人びて見えるし、妙に女っぽい。何かイメチェンしたい出来事でもあったのかな。気にはなったが、ローラは私の手元の紙袋を凝視しているし、ローラが現れたからには今回のお土産の焼き菓子について説明しないといけない。袋からローラの分とパティの分――ドライイチジクとブルーチーズのカップケーキ――をを手渡した。ローラが持って来ていたのは、ピスタチオのマカロン。パティはラズベリーのジャムを分けてくれた。センスのいいお土産で嬉しい。

 その後、シャローナとミシェルも合流したので、お土産を交換しながら、キース先生の研究所に向かう。

 まだ日が高いので、庭園の隅々まで見渡せた。遠くに、こちらを見ているマクアダムス卿の姿がある。やっぱり新学期になっても私のことを見張るつもりのようだ。

 夏休みの花火の夜を思い出す。ウロウロされるのはいい気分じゃないけど、まあいいか。


「お久しぶりでーす」


 がやがやと先生の研究室に入って行くと、前回綺麗に整頓されていた応接スペースは本や謎の装置で占領されており、どこにも座るところはなくなってしまっていた。床にも大量の資料と装置、もしくは「かつて装置だった何か」が乱雑に置かれている。私たちはなんとか自力で立つスペースとお土産を置くスペースを作って、先生に挨拶する。


「ああ、皆さん久しぶりですね。元気そうで何より。」


 書架の奥から現れた先生は、なんだか疲れているように見える。先日買った水色のシャツはすでにヨレヨレになっていて、トレードマークの便所サンダルのストラップ部分は今にもちぎれそうだ。声にもなんとなく覇気がないし、伸ばしっぱなしの前髪がせっかくの素敵な瞳にスダレを掛けている。


「なんだか今日キース先生、やつれてますね」


 ローラが心配そうに声を掛けている。


「そうですか。ええ、そうかもしれません。でも」


 先生がにやりと微笑んだ。寝不足なのか、目が血走っている。私たちを満足気に見回すと、「ちょっと待っててください」と書架の奥にもう一度消え、いそいそと黒い名刺サイズの石のようなものを持って現れた。


「これです!とうとう昨日、完成しました」


 両方の手の平に、それぞれつるつるの黒い板を乗せている。大きさはカマボコ板くらい。漆黒の石で、なんとなく…前世で見たアレ――iPhoneに似ている。これが、先生の新たな発明品、トランシーバーだろうか。


「わーーー!!」


 思わず歓声を上げてしまう。見た瞬間、私はこのトランシーバーの使用感を試したくて仕方がなくなっていた。上ずり気味に声を掛ける。


「先生、早速使えますか」

「もちろん」


 と、そこに扉がノックされ、薄く扉が開いた。扉の向こう側でこちらを伺っているのは騎士殿だ。中開きの扉は、このまま騎士殿が勢いよくドアを開けてしまうと誰かにぶつかってしまう。


「そうだ、彼にテストしてもらいましょう」


 床に乱雑に置かれている先生のアイデアの残骸、またの名をゴミーーをひらりと跨いでドアに近付くと、薄く開いた隙間から、先生が腕を差し出してマクアダムス卿に石を手渡す。


「ロメーシュ、この石から声が聞こえたら、会話してもらえませんか」


 前回キース先生の研究室に訪問した際、騎士殿は魔道具の詳細を聞いていたはずだ。特に説明もしていないが、「わかった」と短く答えてその石を受け取る。扉をしっかり閉めて、先生はその黒い石に「緊急事態、緊急事態、緊急事態」と話しかけた。声に精霊が反応しているのだろうか。黒い石がぼんやり光を放っている。

 思わず、顔を見合わせる私たち。次は何が起きるというのだろう。その時、


「今の声はキースなのか」


 と、騎士殿の少しくぐもった声が黒い石から聞こえてきた。わっ!と歓声を上げる私たち。すごい!すごい!先生すごい!


「聞こえますか?マクアダムス様」


 私が石にむかって話しかけると、石からすぐに答えが返ってきた。


「聞こえますね。隣で話しているように聞こえます」

「すごい!先生、すごい!!!」


 みんな大はしゃぎで拍手する。想像以上にクリアな音声だ。更にキース先生は得意げに続けた。


「短い時間なら、声を取っておくことができるんです。――静かに聞いててくださいね」


 先生は黒いにフー、フーっと二度長く息を吹きけて、再び話しかける。私たちは固唾をのんでそれを見守る。


「ロメーシュ、なぞなぞを出すので答えてくださいね。貝は貝でも、温泉にいる貝ってなんでしょう!?」


 全員の表情がポカンとなる。貝は貝でも、温泉にいる貝? 扉の向こうの騎士殿も私たちと同じ反応だったらしく、一瞬の無言の後


「わからない」


 と答える。うんうん、と更に満足そうなキース先生。もう一度石に長目にフーっと息を吹きかけると、少しの沈黙の後、石から先ほどの騎士殿の「わからない」という声が聞こえた。


「すごい!!!想像以上にすごいです、先生!!」


 これがあれば、色々なことができるようになる。こっそり密会現場を押さえて音声を録音したり、録音した音声を証拠品として提出したり! 風紀委員の活動がさらにやりやすくなるに違いない。


「よくできているでしょう? ロメーシュ、入ってきてください」


 扉が薄く開いたので、私たちは少しずつ場所を移動して騎士殿が部屋に入るスペースを作る。スペースの狭さが気にならないほど、みんな石に興味津々だ。先ほどの石を先生に返しながら騎士殿も感嘆の声を上げている。


「恐らく、これも王宮に正式に配備されることになると思う。すごい発明だよ、キース」

「いやあ、全てラヴィニアさんのアイデアですよ。作ったのは僕ですが、こんな発想はなかなか思いつきません」


 意外そうな表情で、私を見やるマクアダムス卿。どうだ、と思ったがここは何も言わずに我慢。


「それで、先生。この発明品、何て呼びましょうか」

「どうしましょう。そういうのは苦手で、ラヴィニアさんが呼びたいように呼んでくれていいと思います」


 先生がカッコいい装置の名前を考えてくれていたら、と思ったが装置の開発に忙しくてそれどころじゃなかったようだ。不意に、先ほどのなぞなぞのことが頭によぎった。いい感じの答えなら、装置の名前に採用しても良いのでは。


「そういえば先生、さっきのなぞなぞの答えって何ですか」

「ああ、あれですか。貝は貝でも、温泉にいる貝ね。あれはね、『あったかい』です」


 猛烈な脱力感。同様に脱力感でいっぱいの表情のマクアダムス卿がニコニコ顔の先生の肩に手を置いている。

 パティとローラは意外にもツボだったらしく、ゲラゲラ笑いはじめた。


「あったかい、ですか」

「ええ、それは貝ではないのではないか、と言う気もしますがね」


 装置の名前は、しばらくトランシーバー、と呼ぶことにしよう。アッタカイ、じゃあ締まりが悪い。


 こんな感じで、後期の学園生活が始まった。


 テストで使ってほしい、と先生から二つの石を受け取った私だったが、早々にこの装置が活躍してする日が来ることは想像していなかった。

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