5 悪役令嬢回避ガイドブック
十一歳の誕生日会ボイコット事件は、父と母に初めてこっぴどく叱られることになってしまったが、お陰で素晴らしい出来の「悪役令嬢回避ガイドブック」の初版が完成した。
このガイドブックはこの後、何度も更新を重ねて、更にお得情報満載となる。
レイラ・ラヴィニアが悪役令嬢として登場するゲームは『蕾ほころぶ頃 ~Noble of Temptation~』という恥ずかしいタイトルのアダルト向け乙女ゲームだ。面倒なので、原作ゲーム、と呼ぶことにする。
アダルト向け(18歳未満プレイ禁止)となっているが、エロいシーンは殆どない。それもそのはず、ゲームのストーリーはほぼ「学園」の中で進む。男女が二人きりでいることが校則違反となる学園内では、恋愛もご法度だ。そんな禁欲的な生活を送る学園内で、ヒロインは人目を憚りながら愛を育む。
プレイヤーの化身であるヒロインは、この学園内の複数の攻略対象の男性の中から任意の相手の好感度を上げまくり、卒業のタイミングでプロポーズされればハッピーエンド。誰からも結婚を申し込まれなければ、普通の女の子として、普通に生きることになる、という単純明快なストーリーだ。
アダルト要素があるのはエンディングのみで、結婚した二人の初夜がたっぷり描かれるシーン(エロ)と、悪役令嬢が王宮騎士に討たれるシーン(微妙なホラーと残酷描写)の二か所。18禁ゲーということで、見ごたえのある描写が人気だった。
悪役令嬢の討伐は、ヒロインがどの攻略対象と結ばれても必ず発生するイベントだった。それに至る行程は若干違えど、王宮の町はずれに追い詰められて騎士の一閃(←腹部…イタタタ)で致命傷を負い、更に魔法でこんがり焼かれてしまう。
真っ黒な木炭のようになった悪役令嬢のレイラは、誰にも葬られず、ごみ収集のおじさんのリヤカーに乗せられて、この国ご自慢の史上最大火力の廃棄物処理場で文字通り土に還る。
残念ながら、私はこのゲームを途中までしかプレイしておらず、王道である「アルバート王子」と、見た目と性格が一番好みだった「キース」しか攻略できていなかった。他に攻略対象は四人。どいつもこいつもムカつくくらいの美形だ。
学園入学は、十六歳で、学園生活は三年間。つまり、私は十八歳の卒業までに自分の運命を変えなければならない。
私を破滅に導くヒロインは私が二年生の時、学園に編入してくる。この国には学校と呼べる教育機関はこの国立の学園しか存在せず、学園に入学できるのは貴族と厳しい試験をパスした平民のみと聞いている。
ヒロインは学園内で唯一の平民生徒だ。その上二年生から編入できたとなると、相当の勤勉家のはずである。
彼女と私は同級生となる。
私たちが二年生となった始業式――日本と同じく春――、全校生徒の前で編入生の紹介があり、そこでヒロインはおそらく二百人近くいる生徒の中から攻略対象を目に止め、その瞳に射抜かれ目が離せなくなる、というところからストーリーが始まる。
キラキラエフェクトと華やかなテーマ音楽が鳴り響き、オープニングムービーが流れるシーンである。
美しく明るくピュア(つーか、あざとくカマトト、無神経)な彼女の魅力に、周りの男性陣はメロメロになり、非現実的なほどヒロインはモテまくる。
彼女を独り占めしたい男性陣の猛攻をかわし、攻略対象の好みの見た目に近づけ、趣味を磨き、好感度をある一定数値まで上げればハッピーエンドに近付く。
私、悪役令嬢レイラの役割は、ことあるごとに平民出身の彼女の行動をネチネチ批判したり、仲間外れにしたり、ありもしない窃盗事件をでっち上げて彼女に濡れ衣を着せたり…。典型的な悪役令嬢の立ち回り。これもラノベでよくあるやつだよね。
原作ゲームの中でレイラは、どう見てもちょいブサの金持ちという容姿であった。黒髪に無理な縦ロールにセンスの悪いドレスと似合わない派手な化粧で、見た目は「ダサい」を超えて悪趣味だった。少女特有のキラキラ感や清潔感とは無縁で、その上性格も陰湿かつ我が儘ときており、当然ながらどの男性に想いを寄せても迷惑そうにされていた。我ながらかわいそうなやつだ。
そして、レイラの陰湿なイジメに健気に耐えているヒロインに、攻略対象はさらに惹かれてしまうのだ。
揃いも揃ってお前らバカか。
この原作ゲームでは、卒業間近に好感度を爆上げするアイテムが手に入る。
学園がある王都から遠く離れた寂れた村の怪しげな古代魔法研究家が開発した、その強力な惚れ薬――確かキャンディに似せて作ってある――を闇ルートで取り寄せたのは悪役令嬢のレイラだった。レイラはその惚れ薬を使って、攻略対象の気持ちを自分に向かせようとするが、すったもんだの末(ここは記憶が曖昧)、なぜかその惚れ薬はヒロインの手中に収められてしまう。
このアイテムにより、エンディングが近いにも関わらず好感度がイマイチ上がらなかったプレーヤーも安心して卒業イベント&エンディングを迎えられるという親切設計になっている。
どう考えてもヒロインに優しすぎる設定。転じて、悪役令嬢である私に厳しすぎる原作の流れをどうぶち壊していくのかが重要な鍵だ。
そもそもそんな事が本当にできるのか。
前世の記憶を取り戻した十一歳の誕生日の次の日から、私の生活は一変した。非業の死を回避するために、私は普通の令嬢としてのほほんと生きててはいけない。
十一歳誕生日版の「悪役令嬢回避ガイドブック」の最後のページは以下の誓いで結ばれている。
1. 学園に通わなくてもいいように、読み書き、計算、歴史、政治、魔道具の勉強を頑張る
2. これ以上見た目ランクが落ちないように注意する
3. なるべくアルバートには近付かない
4. 惚れ薬を発明する古代魔法研究家を探し出す
5. 原作ゲームの登場人物には、感じよく接する
6. 誰にも意地悪しない
僅か十一歳にしては、それぞれの課題に対して網羅的に行動計画が検討できている。
よくできてるじゃん、とガイドブックをめくるたびに自画自賛している誓いである。