43 父の独り言
ファレル・エドマンドから無事帰宅し、遅めの夕食を取ると、風紀委員のメンバーは全員部屋に籠って帰り支度の荷造りに追われることになった。
アルバートと宰相、一か月間我が家に滞在していた風紀委員のメンバーも、全員明日発つことになっている。アルバートご一行様はともかく、みんなが帰ってしまうのは寂しい。
毎晩恒例となっていたパジャマパーティは、結局アルバートがやってきた前夜が最後になってしまった。
最近は毎晩深夜まで話し込んでいたから、こんな時間に眠りにつけそうにない。
夜は長いのに、退屈だ。
鏡台の前に座って髪を梳きながらぼんやりしていると、今日の移動中アルバートが言っていたことが脳裏によぎった。
これまで送っていた私からの手紙やプレゼントが、一切アルバートに届いていなかった件だ。あれは一体なぜだろう。
この国の郵便事情は悪くないはずだ。手紙の紛失などは殆ど聞いたことがない。時間はかかるが、宛先に手紙や贈り物は確実に送り先に届いている。
それに、アルバートへの贈り物は父が直々に王宮関係者に送付の調整をしていたはずだ。
そういえば、王族宛ての書簡は特別なルートでチェックされるため、授受の記録が残っていると聞いたことがある。それを調べれば、私からの贈り物がどうなったのか、何かわかるかもしれない。
壊滅的に不器用な刺繍のハンカチなど、なぜあんなものを送り付けてしまったのだろうと後悔するようなプレゼントの記憶もあるが、それ以外のカフスや文房具など、割と高価なものまでアルバートに届いていないのは納得がいかない。
全て私のお小遣いで買ったものなのに!
部屋の時計を見上げると短針は夜九時を指している。父はまだ起きている時間だ。私はベッドから降りて、お父様に会うために寝巻のネグリジェのまま部屋を出た。
夏休みで実家にいるとはいえ、ずっと友人と忙しく遊んでいて、家族としっかり話をする時間がなかった。忘れてしまわないうちに、アルバートの手紙のこと、それから学園内でのことを相談してみよう。
私の部屋は屋敷の二階にある。父と母の主寝室は一階の一番奥の角部屋で、庭に面した応接間と図書室の隣に位置している。この時間なら、応接間か寝室にいるはずだ。そそくさと階段を下りて、応接間の前を通り過ぎようとしたところ、部屋の中で誰かが話している声が聞こえた。応接間の扉の下から光も漏れている。
お父様かな? そう思った私は、応接間の中の声の主を確かめるため、扉に耳を近づける。中の話し声は時折抑えた笑い声が混じっている。声の一人は、お父様。もう一人は、声が小さくて誰かわからない。今日の来訪者の中で、父と二人で応接で語り合いそうな人物と言えば、宰相だろうか。
良くないことだとは思いつつ、扉に耳をぴったりくっつけて、本格的に聞き耳を立ててみる。
「――今年で十年になります」
扉越しにはっきりと、そう聞こえた。予想外の声色に、はっとする。この声は、宰相ではなくマクアダムス卿だ。お父様もその言葉に何かを返している。
マクアダムス卿が、お父様と何を話しているのだろう。
そこまで身分にうるさくない父だ。普段から気の合う友人は身分や生まれに関わらず気軽に家に招いて親交を深めている。しかし、一介の護衛の騎士と侯爵が、こんな夜更けにサシで個人的に会話をするってなんだか不自然ではないだろうか。
急に、嫌な予感が膨れ上がってくる。
今年で十年っていう会話の脈絡はわからないけれど…。もしかして、もしかして、騎士殿。私の学園内でのことをお父様にチクってるんじゃないでしょうね!?
その考えが頭に去来した瞬間、私の右手は性急に扉をノックし、ドアノブに手をかけていた。
扉を開くと、間接照明の柔らかい光の中、奥の長椅子には父が、手前のソファには足を組んで座る騎士殿が見えた。お父様も、意外にもマクアダムス卿も随分とリラックスした様子だ。お父様が右手に握っているグラスに入っているのはブランデーだろうか。テーブルには二人が飲んでいると思われる琥珀色の液体を称えたボトルと、恐らく騎士殿が口を付けているグラスが置かれている。
こちらを振り返った騎士殿と目が合う。部屋に騎士殿がいるとわかっていたが、なんとなく気まずくなって、開けた扉の後ろに隠れ、顔だけ出して声を掛けた。
「お父様、マクアダムス様とお話し中でしたか、大変失礼いたしました」
お話し中なことは知っていたが、知らなかったフリ。私は父に用事があって来たんです、ということをさりげなくアピールする。
「おお、レイラ。一体どうしたんだ」
なぜか慌てて立ち上がるお父様。グラスを手に持ったままだ。やっぱり何か、私に聞かれてはいけないことを話していたに違いない。
お父様に続いて、騎士殿がソファから立ち上がった。出かけた時と同じブラウスを着ているが、前ボタンを二つほど開けてラフに着崩している。いつもは立襟の制服に隠れて見えない首のラインが開けたブラウスから覗いていて、妙に色っぽい。
しかし、騎士殿よりも年長であり侯爵でもある父と相対する服装にしては、違和感を覚えるほど砕けた身なりだ。
優美な身のこなしで立ち上がったマクアダムス卿が、父に向って慇懃に礼をする。
「侯爵、ご好意に甘え過ぎてしまいました。申し訳ありません。そろそろ失礼いたします」
マクアダムス卿はそのまま踵を返すと、扉の前で「失礼します」と再び頭を下げて部屋を出た。私の横を通り過ぎる時、ちらりと流し目をくれる。低い声で「おやすみなさいませ、お嬢様」と言って、暗い廊下に歩を進めた。私も慌ててお辞儀を返すが、恐らく私の方はもう見ていなかっただろう。騎士殿の後ろ姿を見送って、私は応接室に入り、扉を閉める。
先ほどまでマクアダムス卿が座っていたソファに腰掛けた。マクアダムス卿が出て行った扉を見つめたまま、お父様が独り言のようにぽつりと呟く。
「良い男だね」
思わぬ発言に驚いてまじまじと父を見つめると、お父様の瞳がかすかに潤んでいるように見え、更にぎょっとしてしまった。
ちょっと、どうしちゃったの、お父様。夢見る乙女のような目をして、なぜそんな妙なことを口走っているのだろう。
無言でいるわけにもいかず、とりあえずお返事だけしてみる。
「ええ、 まあ確かに、そうですかね」
まあ、そりゃあ、顔も体格も極上よね。声もいいし、仕事もできそう。それにたまに優しいし、たまに笑うとかわいい…。
いやいやいやいや、だから何!?
「彼こそ、男の中の男だ」
絞り出すように更に呟くお父様。酔っぱらっているのか、ああいう顔がお好みなのか。イケメンと対峙して、遅咲きのそちらの恋に目覚めてしまっていたら、どうしよう。あんなに美しいお母様という妻がありながら…。
心配な発言に私が思案を巡らせていると、ようやくいつも通りの声色に戻ったお父様が言った。
「それでレイラ、こんな時間にどうしたんだ」
ようやく、本題に入れる。お父様が長椅子に深く座りなおして、グラスをテーブルに置いた。私も少し姿勢を正して話し始めた。
「今日アルバートと馬車に乗ったときに、アルバートから変なことを聞いたんです」
「変なこと?」
「はい」
大きく頷いてお父様に今日聞いたことを話し出す。
「なぜかは分からないのですが、婚約してから、私がアルバートに出した手紙も、贈り物もアルバートに届いていなかったらしいんです。誕生日のプレゼントも、手紙も。今日馬車の中でアルバートが言っていました」
「どういうことだ?」
「それは、わかりません。あと、アルバートは私の誕生日に、贈り物を送ってくれていたらしいのですが…私は一つも受け取った覚えはありません」
「殿下が、レイラの誕生日に贈り物を?」
私はもう一度深く頷く。お父様もアルバートがこれまでに何一つ我が家に贈り物など届けていないことを知っているはずなので、訝し気な表情をしている。
「ええ、毎年贈っていたと言っていました」
「どういうことだろう。殿下からは何も届いていなかったが…」
「そうなんです、お父様。私は何も受け取っていない上に、私の手紙も贈り物も、アルバートに届いていなかったみたいなのです」
「それはおかしい。殿下は他に何か仰っていたかい?」
「あとは…そうだ。私は全く覚えがないのですが、贈り物への返礼の手紙がアルバート宛てに届いていたって」
「レイラからの手紙が? でもレイラは殿下から何も受け取っていないが」
「はい」
そうなのだ。つまり、誰かが意図的にアルバートと私との間の贈答物を紛失させて、アルバートに偽の手紙を送り付けていたことになる。
「調べてみよう。王宮に送った荷物が紛失するなど、そんなことが起こるはずはない」
お父様の表情が一気に深刻なものになった。私がいるというのに、グラスに手を伸ばして琥珀色の液体を口に含む。
「あと、お父様に謝らないといけないことがあります」
「今日は色んな話が飛び出すね。何かな?」
優しく微笑む父に、見せる顔がなくて俯いてしまい、そのまま早口で頭を下げる。お父様ごめんなさい。
「アルバートとの結婚は、断られてしまうかもしれません。ごめんなさい」
じっとそのままお父様の反応を待つ。頭を下げていると衣擦れの音がして、お父様が私の横に立ったのが分かった。大きい手が私の頭をぐりぐりっと無遠慮に撫でつける。
「レイラ、そんなことは気にしなくていい。ほら、顔を上げなさい」
横に立っている父を見上げると、朗らかに笑っている。私の座るソファのひじ掛けに腰掛けて私の肩を抱き寄せる。
「殿下もレイラもまだ若い。今はまだ結婚のことなんか意識しなくて大丈夫だから、心配ない」
「…違うんです、お父様」
「いや、違わない。大丈夫だから、そんなことは気に病まなくていい」
お父様に、セシリアとアルバートのことを言うべきか迷ったが、ここまで心配ないと言っているお父様を困らせたくなくて言い出せなくなってしまった。私も、幼い頃のように父の腕の中に包まれた安心感に「そうなのかもしれない」と思ってしまう。
「そうだレイラ、十月の学園の舞踏会では、殿下と踊れるよう、私から殿下にお伝えしておくよ」
「そんなこと、やめて下さい」
「いや、駄目だ。婚約者同士はあの舞踏会では踊らなきゃ。今年の舞踏会には私たちだけでなく、両陛下もお越しになるだろうから、しっかりダンスを練習しておきなさい」
両陛下。アルバートの父である現国王陛下と王后陛下がいらっしゃる。王后陛下が私のことを誤解しているかもしれないということを思い出し、ずきりと胸が痛む。
「――わかりました」
「来週は、舞踏会用のドレスを作りに行くんだったね。殿下をはっとさせるような、とびきり可愛いのを作っておいで」
お父様は私の背中をぽんぽんと優しく叩いて、立ち上がった。
「さあ、そろそろベッドに入りなさい。明日は友達を盛大にお見送りしてあげないといけないよ」
私も立ち上がってお父様の手を握る。そのまま父は応接室の扉まで私を送ってくれた。
「ありがとうございます、お父様。では、おやすみなさい」
「おやすみ、レイラ」
応接室の扉を閉める廊下に立つと、急にひんやりとした空気を感じた。お父様は心配ないと言ってくれたが、父の庇護のもとアルバートの婚約者でいられる日はそう長くないのでは、とやっぱり悲観的になってしまう。
原作ゲームの婚約破棄のイベントまであと一年半か。
そんなことを考えていたら、部屋に戻ってベッドに横になっても、やっぱり全く寝付けない。何度目かの寝返りを打ちながら、こんなことなら騎士殿が飲み残していたブランデーでもこっそり拝借してくればよかったと後悔した。
前話の花火の話を書いている時は完全に夏だったのに、いつの間にか季節が進んでしまいました。
長いこと書き進められずすみません。書いては消し、消しては書いてを繰り替えてしていましたが、ようやく形になったっぽいので投稿します。もし一人でも続きを待ってくださっている方がいたら幸いです。
なるべく気にしないようにしていたのですが、もしよろしければ、ブクマ、評価を入れていただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。




