42 花火
ファレル・エドマンドの町はずれで私たちは馬車を降り、町の中心部、花火がよく見える場所まで歩くことになった。花火見物の人々が既に流れを作って、賑やかな町を目指し歩いている。いつの間にか日は暮れているが、町は屋台や即席の外灯に照らされて明るい。
一応、歩幅を合わせ隣同士で歩くアルバートと私。続いてパティ、ミシェル、シャローナ、ローラ。その後ろに、付かず離れず、一般人の出で立ちの騎士が三名。
マクアダムス卿は同僚の騎士たちと一緒に、私たちとは少し距離を取って歩いている。本日の騎士団は、全員騎士の制服ではなく、上流階級の男性にありがちな白シャツ、ボリュームのあるジャボに、裾の長いジャケット、ブーツという堅苦しい恰好をしている。この辺りの夜は冷えるのでジャケットがあってちょうどいいかもしれないけど、花火を見る装いではない。
それよりも、騎士になるには顔審査があるんじゃないの、と疑いたくなる程、揃いも揃って全員見事なイケメンだ。
今日がみんなで過ごせる最後の夏休みだったのに。
アルバートの訪問は結局私たちの楽しみを邪魔する形になってしまった。みんなにも悪いことしちゃったな。
微妙に張り詰めた空気の中歩いていると、ふいに笛のような音が聞こえた。続いて夜空に大輪の花火が咲く。
「あ!」
見上げると、次々に花火が夜空を明るく染めていくところだ。みんなの横顔が花火に照らされ明るくなっている。
「もう始まっちゃったのね!」
町に少し早めに着いて花火がよく見える場所まで移動するつもりだったのに、打ち上げの時間になってしまっていたようだ。私たちは足を止めて、夜空を見上げた。ローラが嬌声を上げている。
「すごい!こんなに近くで見る花火、初めて!」
「きれーい!」
私たちはその場で花火を楽しんでいたが、アルバートは構わず歩き続けていたようで、私服の騎士たちが慌てて後を追っている。騎士の一人――亜麻色の長髪を一つに結んでいる、確かウェイバリー卿とかいうイケメン――が、通り過ぎざまに、「お嬢様方も、一緒にお越しください」と、私たちを急かす。仕方なく、小走りで彼らの後を追いながら、私の目線は花火と賑やかな町の灯に奪われていた。
今年も定番の屋台が軒を連ねている。その中に、あのお店を発見。
飴の屋台だ!
父から「お腹を壊すから絶対に食べてはいけない」と言われて買ってもらえなかった屋台スイーツの飴細工。カラフルな飴が光を反射して、私を誘うように華やかに輝いている。小さいころからずっと気になっている屋台だけど、とうとう今日は、あれを食べる機会がありそうだ。
どんな味がするんだろう。値段も知らないけどそんなに高くはなさそう。食べたら本当にお腹が痛くなってしまうんだろうか。食べない方がいいのだろうか。
そこに、花火が上がる爆音がして、思わず足を止め夜空を見上げてしまう。視界いっぱいに広がる大きなピンク色の花火だ。明るく大迫力。この世界では誰も知らない、たーまやー!という掛け声を掛けたくなる。
花火がピンクから黄色へ色を変えながら、火花をしだれ柳のように散らせているその時、我に帰った私は、完全にみんなとはぐれてしまっていた。
――やってしまった。
周りを見渡してみる。前にも後ろにも、知っている顔はない。
うーん。どうしよう。
とりあえず道の脇に寄って、知っている背中が見えないか、人の波の先を探してみる。しかし、知り合いを探すどころか、今や人がどんどん増え続け、立ち止まるのが難しいほど、路上は混雑し始めていた。
多分、騎士たちはアルバートを追いかけることに必死で、五人もいる女子の一人が欠けたくらいでは気が付かないだろう。みんなは私がいないことに気付いてくれているだろうか。
アルバートは自由行動し、私まで迷子になってしまったら、騎士たちは後から誰かに怒られたりしないだろうか。夏休みに王族と私たちみたいなガキンチョの警備をしないといけないなんて、公務員って大変だ。
なんて考えながら周りを見渡し続けるが…やっぱり近くに、みんなはいないみたい。
緑、赤、黄色、色とりどりの花火が元気よく夜空に上がっていく。その花火に背中を押されるように、私は再び人混みに飛び込んだ。
そうだ。今がチャンス。今日こそ、あの飴を買おう。こうなったら、一人で花火を見て、飴を買って、花火が終わったら一人で馬車まで戻ればいい。
人の流れに逆流して、私はさっき見かけた飴屋台を目指す。何度かすれ違う人とぶつかりながら歩いていると、急に、誰かに後ろから腕を引かれた。
「――何度か呼びかけたのですが、すみません」
驚いて振り返ると、雑踏の中で私の腕をつかんでいたのはマクアダムス卿だった。いつもの青い瞳が私を見下ろしている。ようやく最近になって目が慣れてきたところだったのに、いつもと違う服装の端麗な姿に、再び緊張してしまう。
それに、マクアダムス卿に謝らないといけない事がある事を思い出して、ますます窮屈な気持ちが増してしまった。
「マクアダムス様、あの」
「とりあえず、人が少ないところへ」
私の肩を抱えるように騎士殿が先導して人の波を横切る。その時、すれ違う女の子たちが、騎士殿の横顔を熱っぽく見つめているのが視界に入った。わかるよわかるよ、イケメンだよね。
シャッターを閉めた商店の軒先に立ち、私たちは人の流れから解放された。謝罪よりも先に、気になっていたことを尋ねてみる。
「アルバートには追いつきましたか」
「さあ、あちらも別行動になってしまったかもしれません」
「それは…。こんな人混みでアルバートに何かあったら大変ですね」
急に、アルバートが我が国のVIP であることを思い出して、万一の事故や事件が心配になってくる。
「我々以外にも手練れの護衛が数名付いていますので、殿下は問題ないでしょう」
「あら、そうなのですね、全くどこにいたのかわからないけど…」
それなら安心。考えてみたら、こんな人出多いところにノコノコ王子が歩いていること自体危なくて異常事態だ。それなりの対応は取ってくれているならよかった。
マクアダムス卿は、今日も私を監視していたのだろうか。たまたまはぐれてしまった私を見かけて、みんなのところに連れ戻しに来てくれたのだろうか。
「それで、先ほどは、どこに行こうとされていたのですか」
「どこ、とは?」
「ご友人を探しているにしては、逆の方向に向かわれていましたので」
「ああ、えーっと。別にこれと言って理由はないんですけど」
みんなが進んでいた方向と逆に向かっていた理由は、飴の屋台に行きたかったからだ。だけど、そんなことをマクアダムス卿に言うのは憚られる。ぼんやりして迷子になっておいて、屋台に立ち寄ろうとしていたことがバレるのは、居心地が悪い。
「屋台ですか」
あっさり言い当てられ思わず目が泳いでしまう。
「えーっと…屋台を見るのもいいなあと思っていたところです」
「どちらの?」
騎士殿が更に聞く。質問の意図がわからず、思わずその顔を見つめ返してしまう。
「お目当てがあったのでしょう」
「いえいえいえ、見ていただけです」
飴の屋台です、とはなぜか言えず、適当にごまかしてしまった。その時、騎士殿の背後の空で銀色の星を散らしながら花火が上昇して弾け、青白い光のシャワーが夜空を明るくした。こうしている間にも、花火は上がり続けている。
ここで意地を張っていても仕方がないか。私は観念して、騎士殿の顔を見ずに、屋台を指差しながら言った。
「あそこの、飴細工の屋台です」
人の流れの向こうに、賑やかな風船の屋台と飴細工の屋台が並んでいる。その隣は、金魚すくいだろうか。前世の世界でよく見た屋台が軒を並べ、辺りは一際明るく、人だかりができている。
「わかりました、参りましょう。少し、失礼します」
どういうこと?、と尋ねる前に、騎士殿が再び私の肩を抱き、雑踏の中に歩を進める。人を巧みに避けながら進む騎士殿に、私は体を預けているだけでスムーズに前に進めてしまう。これはらくちん!
そのまま一度も人とぶつからず、すんなり飴の屋台の前までたどり着けた。
「――ありがとうございます」
騎士殿は私の肩から手を離すと、どうぞ、というように屋台に私を促した。
店先には、鮮やかな棒に刺さった小ぶりで色とりどりな飴がずらりと並んでいる。
ウサギ、クマ、鳥、ハート型や星。色々あって迷ってしまう。一つ一つじっくり見たいほど、可愛らしくて美味しそう。
「どれも美味しいよ!」
店主のお兄さんが声をかけてくれ、私も笑顔を返す。
どれも美味しいなら、大きい方がいいかな。星の形の飴は黄色一色だからきっと同じ味。ピンクと透明のマーブル模様のハート型なら、違う味が楽しめるかな。クマの形は他と比べてちょっと大きいけど、可愛さなら緑の鳥も捨てがたいし…。初めて食べる物だから定番から攻めたい気もする。だとすれば定番って、どれなんだろう。
真剣に悩んでいると、店主のお兄さんが、私の後ろに向かって声を掛けた。
「彼氏が選んであげなよ、このままだと一生迷い続けそうだよ、この子」
どこの誰に話しかけているんだろう。彼氏なんていないですよ、と私が苦笑いで否定しようとすると、後ろにいたはずのマクアダムス卿が私のすぐ横に現れ、飴の台を覗き込んでいる。驚いて彼の表情を見やるが、その表情はいつも通りだ。
ほー、こういう時、否定しないんですね、「彼氏」の部分! 照れくさいが、これが大人の対応なのだろうか。屋台の飴に視線を戻すと、頭上からマクアダムス卿の声が降ってきた。
「迷っているんですね」
「えーと、はい。どれも可愛くて。食べたことないんです、この飴」
「では、いくつか買えばいいのでは」
「そういうわけにはいきません。食べきれないかもしれないですから。
あ!そうだ、マクアダムス様なら、どれにされますか」
「私なら?」
言ってから気付いたが、マクアダムス卿は甘いものが苦手だった。
「あ、でもそうか。甘いものがお嫌いでしたね。どれ、なんてないですよね」
「得意ではないですが…では、これは?」
そう言って、手前のピンクのマーブル模様にハート型の飴を指さした。意外なチョイスに思わず驚いてしまう。
「これ?」
「ずっとこれを見ていたのだと思っていましたが、違いましたか」
確かに、そうかな。これが一番気になっていたかもしれない。それにきっとこれが、定番の飴だ。
「そうですね。じゃあ、これにします」
ようやくお買い上げが決まってほっとした様子の店主のお兄さんに、飴を取ってもらう。
「いやー、こういう時にハートを選んでくれるなんて、お嬢さん愛されてるよね!男前はやること違う!」
軽口を叩きながら、ハートの飴を手渡してくれるお兄さん。
だから違うのに。今さら否定もできず、気恥ずかしさで赤面してしまっているのが自分でもわかる。
魔法の杖のような可愛い飴を受け取った私はお礼を言いつつ急いでポシェットから財布を出そうとした。それをマクアダムス卿が手で制し「ありがとう」と、自ら店主に硬貨を渡す。
マクアダムス卿が、飴を買ってくれたらしい。
お兄さんにお礼を言って屋台から少し離れる。飴の棒を握りしめたまま、私は騎士殿にお礼を言うべきなのか、真意を尋ねるべきなのかを考えているうちに、思っていたことの中で一番感じの悪い問い掛けが口から溢れ出してしまった。
「…これも、お仕事ですか」
我ながら猛烈に感じが悪い。取り消す前に騎士殿が答えた。
「これは、そうですね…慈善活動です。迷子のご令嬢が気の毒でしたので」
その言葉に思わずむくれる私。でも。
では彼に何て答えてほしかったんだろう。どんな答えだったとしても、私は同じ反応をしてしまったに違いない。
ふと視線を上げると、意外なほど穏やかな表情をしている騎士殿がいた。笑顔の一歩手前のような微妙な表情だ。あと少しでその面差しが微笑みに変わるのではないかという気がして、じっと見つめてしまう。
目が合うと、急に自分が恥ずかしくなってきた。ちょっとした親切にも突っかかってしまうなんてどうかしている。
「ありがとうございます、飴」
今度は素直な言葉が言えた。お礼が言えて、ほっとした。このまま嫌な奴でい続けるのは気詰まりだ。
「いえ、差し出がましいことをしてしまいました。それに、大したものではありません」
今なら、この前のことを謝れそうだ。私は思い切って切り出した。
「あの、マクアダムス様、この前の事謝らせて下さい。先日、図書館で突然突き飛ばしたりして、本当にごめんなさい」
「あれは…突き飛ばされたのですね」
可笑しそうにくつくつ笑う騎士殿。こんな風に笑うこともあるんだ。今日の騎士殿はいつもよりよく笑う。
それにしても、私の渾身のタックルはなんだと思われていたのだろう。
「ああ、失礼しました。
あのような場面に遭遇したら、誰でも気が動転して当然です。あの件は、どうぞお気になさらず」
「恐れ入ります」
気が動転していたわけではないけど。気にしなくていいなら、気にしないことにしよう。
「立ち入った事をまた伺いますが、殿下とはあの件はお話されたのですか」
「それは…できませんでした。馬車では、なんていうか…別の話をしていたんですが。
今回の訪問は、アルバートがこの前の件について私に詫びを入れに来たんですよね」
「それは私の口からは申し上げられません」
いつも通り、騎士殿は何も教えてくれない。
「夏休み中何の連絡もなかったくせに突然うちに来るって、全く我が家の都合を顧みない非礼ではないですか、あり得ないですよね。
先ほどの馬車でも謝罪なんてありません。自分の言いたい事だけ言ってだんまりです。いつもどおり自己中心的で、何考えてるの?って言いたくなりました」
一気に捲し立てて、自分の発言にはっとし、もう一言付け加える。
「そうか!何も考えてないのかもしれないですね!」
反論に備えて、騎士殿を見上げる。蛇に睨まれたカエルの気分。自分から吹っかけてしまったのだが、やっぱりこの話題になると私も譲れないのだ。
無言の腹の探り合いタイムが続く。
先に口を開いたのはマクアダムス卿だった。
「この辺りでご友人たちを待ちましょうか。馬車へ戻る道はここしかないので、花火が終わればこの前を通るはずです」
「――え?」
「この人出では今からご友人たちに合流することは難しいでしょう。屋台を見ていたければ、どうぞ。私は先ほどの軒先にいますので」
さっきまでの話はどこに行ってしまったの?、と更に問い詰めるのは大人気ないだろうか。
私の主張をさらに展開すれば、アルバート擁護派の騎士殿と険悪になるだろうけど、非があるのは彼ではない。わかっているが、モヤモヤする。
誰かに当たり散らして、同情してほしかった? いや、そういうことは賑やかな友人たちが担当してくれている。
目線を手元に落とすと、掌に飴の棒を握りしめたままだ。つやつやしたハート型の可愛い飴。私も気を取り直して答える。
「でしたら、もう少し先の木と木の間から花火がちょうどよく見えるところがあるんです。そこで待ちませんか」
花火はクライマックスに近付いており、さっきよりも人通りは少なくなっている。騎士殿はわずかに頷いて、私たちは並んで歩き出した。空気は冷たくなってきて、さっきよりも随分涼しい。次々に空に上がる花火を見上げながら、ノースリーブの肩を手でさする。やっぱり一枚羽織るものを持ってくるべきだったかな。
不意に、肩にふわりと暖かい布が掛けられた。いつの間にか、騎士殿が脱いだジャケットを掛けてくれたらしい。仰ぎ見て、お礼を言おうとすると、騎士殿が私に笑いかけた。花火に照らされたその笑顔は、初めて見る柔らかく甘い笑みだ。私も自然と笑顔になる。騎士殿の体温が残ったジャケットは暖かく、つるつるの裏地が肌に気持ちいい。
歩きながらハートの飴を口に入れると、甘ったるい水飴の味が広がった。苺の味なんてちっともしない。でも、初めて食べる飴は病みつきになる味だった。
不思議な高揚感を感じながら、私はマクアダムス卿に話しかけた。
「マクアダムス様は、『たまやー!』って知ってます?」
「なんですか、それ」
やっぱり知らないよね。玉屋と鍵屋の話はこの世界では誰にも通じないみたい。
「大きい花火が上がった時、たーまやー!って叫ぶんですよ」
「ほう」
花火がよく見える特等席に辿り着く前に、立て続けに細かい火花が天に向かって伸びた。次の瞬間、爆音と共に大きな傘を開いて色とりどりの火の粉が舞い散る。
「たーまやーー!」
私は立ち止まり、手をラッパみたいに口に当てて、夜空に向かって叫んだ。見ると騎士殿が愉快そうに笑っている。
「ほら、こういう大きい花火の時はたーまやー、です!」
続け様に、カラフルに煌めく滴を散らす花火がいくつも打ち上がった。花火の大きな破裂音。明るくなる夜空。周りの見物客も歓声を上げて花火を見上げている。
「たーーまやーーー!」
私は思い切り叫ぶ。ほら、と言うように騎士殿に目配せすると、私と同じように口に手を当て、
「たーまやー!」
と、マクアダムス卿も声を上げる。クライマックスの眩い光に照らされた端正な横顔が笑っている。
花火はこうでなくちゃ。
今年も夏が終わる。
たーまやー!って今年は叫べなかったので、せめて想像の中だけでは花火を見たくなってしまいました。
花火見たかったなあ
今回のお話、すごく長くなってしまいました。読みづらくてすみません!




