41 馬車にて
翌日、私とアルバートはファレル・エドマンドへ向かう馬車に揺られていた。私の友人たちと護衛の騎士は別の二台の馬車に分乗している。アルバートと二人で馬車に乗ることになったのは、友人たちの差し金だ。ほとんど二人きりになったことがない私たちには「二人の時間が必要なのだ」、とのこと。
今朝は出発直前まで、花火見物にクリムト宰相が同行したいと粘っていた。アルバートを心配しての発言だとは思うけど、絶対に来て欲しくなかった。結局、父の見事なアシスト、「娘達の夏休みの楽しみに、大人が水を差すなんて」という口添えのお陰で、アルバート、クリムト宰相、私の地獄の組み合わせで馬車に乗ることは免れて、今、アルバートと私は馬車の中で向かい合って座っている。
今日のアルバートは昨日と同様白いシャツ。白地に淡い水色ストライプのパンツを履いている。ジャボやタイはせず珍しく胸元のボタンを二つくらい開けてラフに着崩している姿は、ムカつくほど爽やかで絵になる。
全くの偶然で、私も今日は白いコットンのサマードレスを着て、低めのシニヨンにまとめた髪に白とスカイブルーのビーズの髪飾りを留めている。花火の日はたっぷり歩くので、歩けて走れるヒールが低めのサンダルにした。
アルバートが昨日全身白コーデだったから、今日はきっと別の色のシャツを着ているに違いないと予想したが、失敗だった。並ぶとなんとなくお揃いっぽくなってしまっている。
私たちは馬車に乗り込んだ瞬間から、お互いが話し出すのを待つように沈黙している。我が家からファレル・エドマンドまでは約一時間。この間、何も話さずに馬車で向かい合っているのは結構しんどい。
「この道を通ってマウント・ラヴィニアに行く時は、いつも緊張していたな」
急に、アルバートが話し出した。目線は窓の外に向けたまま、傾きかけた日差しが眩しいのか目を細めている。
マウント・ラヴィニアとは我が家が建つ小高い丘一帯を指す地名だ。私の家は、この地域ではマウント・ラヴィイアの屋敷、と呼ばれている。
「あら、どうして?」
私も調子を合わせて聞いてみる。アルバートが緊張することなんて、あるのだろうか。
「レイラはいつも何を考えているかわからなかったし、僕のことを避けていたから」
とても意外な言葉が返ってきた。
「それはこちらも同じです。アルバートはいつも不機嫌そうで、私が話しかけてもひどい態度でした」
私も負けずにアルバートのこれまでの態度について返しておく。事実だもん。
「そうかな」
「そうです」
「そうか」
完全にそう!アルバートこそ、いつも私を遠ざけて、毛嫌いしていたはずだ。言葉を続けるアルバート。
「いつも手紙の返事も素っ気ないし、花もプレゼントも喜んでくれなかったから、レイラがちょっと怖かった」
珍しく、私に目線を向けるアルバート。シニカルな笑みを浮かべているのかと思いきや、何故か少し切なげな表情だ。最後に交わした会話で苛立ちを隠さなかったアルバートと、違う人物のようだ。
って、いや、そこじゃない。アルバートが切なげとかはどうでもいい。顔がいいからうっかり見惚れそうになったけど、今何か聞き捨てならないことを言いませんでしたか。アルバートが、私に、手紙? 思わず大声で聞き返してしまう。
「アルバートが私に手紙を書いてくれていたのですか」
「書いていたよ、誕生日のお祝いに君の家に出かける前にも書いていたし、夏と冬にも。毎年」
「もらってません!」
思わずアルバートの言葉に被せるように叫んでしまう。絶対にそんな手紙、受け取ってない!
「どういうこと? 僕からの手紙を受け取ってない?」
「これまでアルバートからの手紙なんて、一通もいただいていません。プレゼントだって、花だって知りません!」
「レイラ、馬車で立ち上がったら危ないよ。早く座って――」
その時、馬車が何かに乗り上げた拍子に車内は大きく揺れて、いつの間にか立ち上がってしまっていた私はバランスを失ってアルバートの方に倒れ込んでしまう。
「わっ!」
倒れこんだ私は、アルバートの顔のすぐ横の壁に両膝をついて覆いかぶさるようになってしまっている。アルバートの驚いた顔が目の前に。水色の瞳に自分が映り込んでいることがわかるくらい接近してしまい、思わずその鮮やかな光彩に見入ってしまう。やっぱり美しい。けしからん。実にけしからん。
「あ、すみません!」
慌てて座ろうとする私にアルバートは手を貸してくれる。こういう、他人を気遣える一面があるというのも意外だ。もっと冷淡で、他者に興味がない、というのが私の中でのアルバート像だったんだけど。
「レイラって、本当は結構普通の子だよね」
アルバートが更に不可解なことを呟く。私は自分の粗相に恥ずかしくなり、私はさっきまで話していた手紙について慌てて聞いてみることにした。
「では、私からの手紙はどうされていたのですか」
「レイラからの手紙?」
訝し気にアルバートは私に尋ねる。
「はい。私も季節の挨拶を手紙で送っていました。アルバートが家に来てくれた後にも、いつもお礼状を。お父様が手に入れた珍しい文房具とか、あなたにとって下らないものだったかもしれませんが、プレゼントも添えていました。届いていませんでしたか」
「…もらってない」
アルバートが短く答える。私は思わず息をのんでしまう。まさか、私からの手紙を受け取っていないなんて。
「私、手紙を書きました。たくさん…」
これまで送った手紙やプレゼントが脳裏に浮かぶ。
「でも、アルバートからの手紙に対しては、返事があったんですよね」
「すごく素っ気ないものだけどね。レイラの名前で、たまに返事はあったかな」
「そんな。私はそんなもの書いたことないですよ。だってアルバートからの手紙なんて、一通も受け取ってないんですもの」
「では、あの手紙は誰が書いたんだろう」
急に、アルバートの声が鋭くなった。
「――私以外の、誰か?」
アルバートが私をまっすぐ見据えて腕を組み、脚を組み替えた。私の言葉を信じていないことが仕草から伝わる。腕を組む仕草は、無意識の警戒、拒絶。前世で読んだ豆知識が頭をよぎる。
「嘘じゃありません。今日うちに帰ったら、父と母と兄と、それでも信じられなかったら侍女のペニーに聞いてください。言っておきますけど、家ぐるみで嘘をつくなんて恥ずかしいこと、絶対にしませんから」
アルバートが信じてくれなかったとしても、絶対にこれだけは言っておきたい。私は語気を強めて一気にアルバートに畳みかけた。
「…嘘だなんて、言ってないよ」
「そうでしたね。すみません」
再び訪れた沈黙。
なんだろう、この気持ちは。もやもやと胸に広がる嫌な気持ち。そうか、わかった。
少女時代に、ありったけの気遣いを込めて送り続けていたアルバートへの手紙が届いていなかったことに私は少なからず傷ついているのだ。最初から好きではなかったアルバート。アルバートも私のことなんて興味はなかった。だけど、やっぱり子どものころは、未来の夫ことを思いながらペンを走らせていた時期があった。かつてアルバート宛てに送った「いつか一緒に行きましょう」と書き添えたカードと一緒に送った領地の名産品や、「あなたのことを考えながらつくりました」という恥ずかしい文言のカードや出来の悪い手作りの手芸品は、どこに行ってしまったんだろう。
感傷的になりそうな気分を無理やり前向きにさせるために、花火と賑やかな雑踏や出店を思い浮かべる。
風紀委員のメンバーたちは、ファレル・エドマンドでもまた変な気を回してアルバートと私を二人にしようとするだろうか。
そういえば、アルバートから、謝罪の言葉も、急な我が家への訪問の理由も聞けていない。今更そんなことに気が付いたが、もう、何も話したくないという意思表示のようにアルバートは固く口を閉ざし、オレンジ色に暮れた夕空を見つめている。
私たちはそのまま会話を交わすことなく馬車に揺られ続けた。
男の人のズボンのことって、かっこいい言い方でなんて言えばいいんだろう…と悩みまくったのですが、結局、昨今のアパレル業界が使っている「パンツ」としました。
これを下着的な「ぱんつ」として読まれてしまうと、アルバートが、デカパン氏(←おそ松さん)のようなステテコパンツを履いてるように誤解されないか心配です。
男の人のズボン(パンツ?スラックス?あれ?スラックスっておっさんぽい?)のいい表現をご存知の方、どうか教えてください!




