39 ガリ勉の結果
他人のいちゃつく現場を肉眼で目撃したことがある人間は、どれくらいいるだろうか。
未経験の方にはこの衝撃は分かりづらいと思うが、その生々しい場面は、数時間にわたり脳内を占拠し、その後もふとした瞬間にフラッシュバックする。
自分のファーストキスも未経験なのに、他人のこんなシーンが脳裏に焼き付いてしまうなんて、まったくもって納得いかない。
その上、私はこれまで二度にわたり、自分の婚約者が同じ相手と濃厚に絡んでいる場面に遭遇した。
これって、トラウマになりませんか、普通!?
原作ゲームの知識があって、更に人生二回目、アラサー経験済みの私だから精神を病まずに正気を保っていられるけど、そうでなければ闇落ちしちゃうような恐怖体験だわ。
この気持ち悪さはどうしたら消えるだろう。記憶に消しゴムがかけれるなら、一気に消してしまいたい。
そんなトラウマを打ち消すべく、私は今、皿の上にてんこ盛りになったフライドチキンを無心で貪り食っている。ここは学園内の食堂だ。
「レイラ~、あと一個くらいでやめておいたら?」
普段こんなことは絶対に言わない食いしん坊のローラにも、食べすぎを心配されてしまう。既に今あるフライドチキンと同量程度は平らげているはずなので、確かにそろそろ心配されてしまう量かもしれない。
「ありがとうローラ、でもね、今日は食べたいだけ食べることにするわ!」
「お腹痛くなっても知らないよー」
私は心配そうなローラに指で丸を作ってサインを送り、目の前のチキンを食べ続ける。もし学園内にアルコールが売っていたら、浴びるように飲んだだろう。残念ながら今は未成年なので、揚げ物を限界まで摂取することにした。肩をすくめるローラ。その場にいるミシェル、シャローナ、パティが話し出した。
「殿下って結構最低な人物ですよね」
「パティは殿下が悪いと思う? 私はあの女も相当頭おかしいと思うわ」
「――確かに…」
「殿下、今回の件はレイラに謝るのかしらね」
フライドチキンを食べ始める前に、私はみんなに先ほど図書館であったことを一切合切報告し、その際に思いの丈を吐き出させてもらいスッキリしている。こうして嫌なことがあったときに、話を聞いてくれる友達がいてよかった。
今はただ、不愉快な記憶――セシリアの熱を帯びた表情や、二人の重なる姿――を思い出さないようにするため、何かに集中していたい。
それが今はフライドチキンなのだ。
私はみんなに「ありがと!」という目線を送って、目の前の揚げ物を食べ続けた。絶対に明日、腹痛がやってくるが、そんなことは知ったことではない!
◆
翌朝。
予想通り、体調は最悪だった。顎、眉間、小鼻と額にニキビができているし、顔は一晩でパンパンに太っていて、お腹は重いし、関係ないはずの髪のコンディションも激悪。
一応、制服には着替えて支度を整えるが、今日は教室には行かないことにした。
幸いにも、今日は試験期間中なので、ほとんどの授業が自習となっている。いつもどおり教室に行けば先生がいるが、自室や図書館で勉強したい生徒はわざわざ出席しなくても欠席扱いにならない。
今日からは、勉強に集中しよう。
私はそう決めて、給湯室から持ってきたお湯で濃いコーヒーを淹れ、早速居室のデスクの上にテキストを広げる。今日は苦手な科目である近代史を勉強することにした。
机に向かってみて、わかったことがある。勉強に集中していれば、昨日の不愉快な記憶が蘇ってこないのだ。チキン然り、勉強然り。何か他のことに夢中になれば、嫌なことは忘れられる。
これは好都合かもしれない。
いつもは、勉強を始めると部屋の整頓状況が気になったり、日記を読み返したり、実家に手紙を書き始めたりして――典型的な勉強したくない病が毎回発症してしまって――いたのだが、今回はそうした他事を開始すると、胸糞悪い情景が思い出されてしまう。
目の前のテキストやノートに集中している間は、その記憶から距離を置けるのだ。
こんなに集中したことはない、というほど、私は自習に励んだ。
それから私は、出席が必要な授業と食事と気分転換の散歩以外は、殆ど居室で勉強して過ごした。
不思議なもので、勉強すればするほど、やるべきことが積みあがっていき、調べものが増え、復習しなくてはいけない内容が増えていく。過去のノートを漁ったり、いつも学年で成績上位に入賞しているミシェルにわからないところを教えてもらったり、先生に質問に伺ったりと、勉強を中心に忙しく過ごすうちに、あっと言う間に三週間が過ぎてしまった。
今回は、試験前日に深夜までテキストを丸暗記するようなこともせず、「まあ、点数がいいと嬉しいな」程度に臨む。
試験は履修科目ごとに行われるため、二年生が全員履修する「近代史」や「経済学」の試験会場で、セシリアを見かけた。相変わらず取り巻きの男子に囲まれて、楽しそうだ。あんなことがあったのに、私の方は一瞥もせず、いつもどおりの余裕の表情。この面の皮の厚さには、いつも驚かされる。
それにしても、あんな破廉恥な現場を騎士殿に目撃されたのに、退学はおろか、彼らの処分について全く聞こえてこない。普通だったら何らかのお咎めがあるはずなので、先日の件は学園側には伝わっていないのか、アルバートか王后陛下に忖度した学園側が目を瞑っているのかもしれない。
いや、そんなことは私には関係ないことだ。私はかぶりを振って、試験に意識を集中することにした。
それぞれの試験が、それなりにいい手応えで終わった。
全ての試験が終わり、結果が発表されたら、楽しみにしていた夏休み。憂鬱なことは忘れて、のんびりできる。
◆
「ちょっとちょっと、大変大変~!」
宿泊棟の談話室のソファでダラダラしていると、シャローナが息急き切って部屋に飛び込んできた。
「なあにー?」
私はソファに横になったまま尋ねる。
「レイラ、見てないでしょ、今回の試験の成績優秀者!」
「見てないなあ」
見ていない。見ていないが結果は知っている。セシリアが、ダントツで一位になっているはずだ。
シャローナは興奮気味に「そうでしょそうでしょ」と頷いている。そして私の腕を引っ張って、どこかに連れて行こうとする。
「何やってるの、ほら、早く掲示板を見に行こう!」
今日は試験後の臨時休暇だ。試験結果は二年生の教室の掲示板に張り出されているらしいが、私は見に行く気力もなく、ラフな休日用の服装で談話室でゴロゴロしていた。シャローナがわざわざ来てくれたので、重い腰を上げて立ち上がる。
「全然見たくないなあ」
「そんなことないってば、早く!」
シャローナと二人で居室を出て、教室に向かった。足取りは重い。辿り着くと、掲示板の周りには、張り出された成績優秀者のリストを見上げている生徒が6、7人いる。
「あ! レイラ、見てみて!」
掲示板の前に立っていたミシェルとローラが私に気付いて、掲示板を指差している。私は憂鬱な気分で掲示板を見上げ、リストの一番上の名前が予想通りであることを確かめた。
って、あれ?
おや?
「1」の横にかかれた名前、「レイラ ラヴィニア」。どういうことだろう。
「これってどういうこと?」
私がつぶやくと、ミシェルが私の腕を取って言う。
「どういうことって、あなたが今回学年一位ってことよ!おめでとう!レイラ」
嘘だ!と思いつつ、もう一度リストを見てみる。セシリアの名前はどこに行っちゃったの? 気が動転している中、近くにいた同級生たちも、「おめでとう」、と笑顔で私に拍手を送ってくれている。
「えー!? ほんとに?」
「そうよ、レイラは今回すっごく勉強していたもんね」
「そうだけど…」
「とにかく、おめでとーーー!」
成績優秀者のリストの一番上には私の名前が書かれており、8位にミシェルの名前を見つける。
「ミシェルもおめでとう、ミシェルに勉強教えてもらったおかげよ」
「まさか!レイラの努力の賜物でしょ」
もう一度掲示板を見上げ、上位十人の名前を追いかける。そこに、セシリアの名前はなかった。
どういうことかわからなかったけど、私が一位になったことは本当のようだ。
じわじわと実感がわいてくる。
そうか、今回は勉強、相当がんばったもんね。頑張れば、学年一位も取れちゃうんだ…。災い転じて福となった今回の試験結果が純粋に嬉しくなって、今更シャローナに「教えてくれてありがと!」とお礼を言った。シャローナは自分のことのようにうれしそうだ。
色んな事があったけど、これにて今年の前期が終了。あとは、楽しい夏休みだ!




