37 騎士殿からのお願い
夕食の時間が近づいてきて、私たちはキース先生の研究室からお暇することにした。
その前に、先生と先日依頼した魔道具、トランシーバーの細かい仕様について先生と話し合った。何でも、コア技術はほぼ完成しているから、夏休み明けには完成させられそう、とのことだ。
私からは、起動のためのスイッチ機能と、小さい声でも集音できるようなものが欲しいとリクエストした。いまのところ、手のひらより少々大きい程度のサイズ感になりそう、と聞いて安心した。持ち運べないようなものだったら、あまり意味がない。
ローラは食堂が混み始めることを心配して早足で研究室の廊下を進んでいる。私は、一緒に先生の部屋を出た騎士殿に昨日考えていたことを聞いてみた。
「マクアダムス様、先日のお礼をさせていただけないでしょうか」
私に一瞥をくれたマクアダムス卿は、言葉少なに答える。
「いえ、そういったことは結構です」
「そういう訳には参りません。あんな大ピンチを救っていただいたんですから、何かさせていただけないと気が収まりません」
私も食い下がった。何か欲しいものとか、ないかな。もしくは、何か好物や趣味なんかがあれば教えてほしい。
「いえ、それには及びません」
「では、好きな食べ物を教えていただけないでしょうか」
「…特にこれといってありません」
「でしたら、お誕生日はいつでしょうか」
急に、マクアダムス卿の表情が困惑したように揺れた。誕生日を尋ねるのは、不躾だっただろうか。
「誕生日は、答えたくありません。――本当に、先日の件はお礼をしていただくには及びません。
あれは、仕事ですから」
「仕事…そうですか。確かに。」
仕事ですから、とその言葉を頭の中で反芻する。
確かにそうだ。彼は、業務の一環として私の行動を探り、その中で偶然私を救護したに過ぎない。業務の対価である報酬は王宮から受け取っているから、私から謝意の形として金品を渡されるのは迷惑。――ということか。
少々残念な気もするが、それが騎士殿の希望なら仕方がない。沈黙していた私に、マクアダムス卿が言った。
「…では、少々面倒なことをお願いしてもよろしいですか」
「はい、なんでしょう」
少々面倒な事、とは何だろう。横顔を見上げると、マクアダムス卿は歩みを止めた。友人たちは、廊下を先へと進んでいく。私も立ち止まる。みんなに聞かれてはいけないことなのだろうか。
低い声で、マクアダムス卿が話し始めた。
「では、この先何かあったとしても、アルバート殿下のことを、よろしくお願いします。あの方は、あなたが考えているよりも、ずっと純粋な方です」
急に出てきたアルバートの名前、意外なお願いの内容に、私は素っ頓狂な声を出してしまう。
「えぇ!? なぜ急に? それに、なぜマクアダムス様がアルバートのことを『よろしく』なのですか」
いつもよりも口調が下品になっていないだろうか。でもそんな気を回せないほど、意外なお願いだ。
「殿下のことは、縁あって幼少のみぎりから存じ上げています。あなたには伝わっていないようですが、殿下はあなたとの結婚のことを前向きに考えておいでです。
あなたが殿下に冷たくなさるから、殿下は、あなたにこの婚約を撤回されるのではと考えられた時期もあるようです」
もし前世の私なら、おいおい、と突っ込んでいただろう。
私から婚約破棄を持ち出されるのではとアルバートが考えていた、というのは納得がいかない。これまで、王宮から訪ねてきた父の客人の中にも、そう口にする人は数人いたが、なぜ私から婚約を白紙撤回する必要があるのだろう。それをしたいのはアルバートのはずだ。私がアルバートに冷たかったのは、アルバートが私に冷たかったからだ。喧嘩両成敗。私だけ責を受けるのは気に食わない。
それにしても、マクアダムス卿の口から、アルバートとのことに関してとやかく言われるのは筋違いだ。生意気な口答えをしてしまいそうになる自分をじっと抑えて騎士殿の言葉をやり過ごすことにする。マクアダムス卿が言葉を続ける。
「殿下が皇太子に叙任され、お二人が結婚されたら、私は、王族となったあなたに正式にお仕えすることになります」
「ええ、そうですね」
「王宮での殿下は孤独です。殿下を、よろしくお願いいたします」
話は終わったようで、私を促して騎士殿も歩き始めた。
悔しい。こんな話が聞きたかったんじゃない。
私が話したかったのは、もっと気軽で、お互いが適度に快いお礼の品を受け取ってもらうことだった。好きなワインや、好みの装飾品、家族がコレクションしているコインやアンティーク品、ちょっとした趣味とか、そんな小さいお気に入りを教えてほしかっただけだ。
それなのに、アルバートとの婚約や、この先婚約が破棄されるかもしれないという面倒くさい未来のことを直視させられ、やっぱり私は言わなくてもいいことを言ってしまった。
「――アルバートが羨ましいですね。マクアダムス様とか王后陛下みたいに、アルバートのことだけを考えてくれる人に囲まれて。
私さえ従順にしていたら王子が私のことを認めてくれるのでは、みたいな話は、もう、うんっっざりなんです。なぜいつも私が歩み寄らないといけないのですか。これまで、手紙も花も誕生日のプレゼントにも返礼一つなかった人に、私はどう接すればよかったのですか。
私は十一歳で婚約してから、アルバートのことを『いい夫になってくれそう』なんて、一度も思ったことはありません。今はむしろ嫌いになりそうです」
私はマクアダムス卿の端正な顔を直視した。少し鼻白んだような表情をみせる騎士殿。私は全力疾走に備えて、重心を少し落として、最後の一言を言い放った。
「マクアダムス様のお願いは、申し訳ないですが、私には叶えられそうにありませんね! では!」
一息に言い終わると、私は一目散に走り去り、既に廊下の角を曲がってしまった風紀委員のメンバーのもとに合流するべく全力疾走した。
これでまた、騎士殿と顔を合わせづらくなってしまった。
少しストーリーを進めないと、と思うのですが、なかなか進まずすみません。
色々書いてはみているのですが、あんまり気に入った感じにならず。。。




