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33 人型と青い炎の謎

 ――朝。


 よかった、生きてる。それに、頭痛もない。ベッドから飛び起きて、安堵で胸を撫で下ろす。


 気味の悪い人型が夜のうちにいつの間にか無くなってるなんてことはないよね…? と、思いつつ、ベッドから降りて、人型の上に乗せたハンカチをめくってみる。残念ながら昨日と同じ位置に例のジンジャーブレッドマン風の呪いの人型があった。

 寝ている間に消えていても怖いけど、やっぱりあるか…。


 体調はすこぶる良好だ。頭痛も腹痛も、歯痛もない。深爪もしていないし、視界良好、頭も冴え冴えとしている(自分比で)。

 体調に異常がないので、昨日の呪いの人型は単なる嫌がらせだったと思うことにしよう。


 私は、いつもどおり身支度を整え、部屋の机の上の人型にハンカチを乗せたまま、部屋を後にした。

 人型を部屋から持ち出してアルバートに見せるべきか一瞬迷ったが、人型を持ち歩いているのは気持ち悪いし、もしいつの間にか人型が割れてしまっていたりしたら、それこそ体に異常をきたしそうだ。万一体調に異常があったら医務室に駆け込み、事情を話してアルバートを呼んでもらおう。


 原作ゲームの反応から予想するに、アルバートはあの人型を見ただけで不浄なものであると判断し、自らの炎で破壊していた。つまり、あの人型が有害であることが、アルバートには一見してわかるということになる。私が原因不明の体調不良で苦しんでおり、さらにこの人型を見せれば、何をすべきなのか理解してくれるだろう。


 今日は何をするにも、アルバートが学園内のどこにいるのかが常に気になってしまった。三年生からは実技や実習、論文作成の時間が増えるはずなので、研究棟に行っている可能性も、図書館に籠っていることもあり得る。どちらも私が今日授業がある教室からは離れているので、もし、怪しい体調不良が訪れたとしても王族パワーの炎の調達には時間がかかりそうだ。


 我に返ると心配になってしまうので、なるべく他のことに集中して、一日をやり過ごした。


 心配をよそに、授業が終わるまで私の体調は良好なままだった。


 ◆


 夕食を食べ終わって、部屋に戻り部屋着に着替えた後、それは襲ってきた。


 最初は、目の奥の疼きだった。なんとなく頭全体が重い感じがして、いやな予感にベッドにすぐさま横になる。目を瞑って、深呼吸。今日はそんなに目を酷使していないはずなのに。

「まさか」なのか、「やはり」なのか。

 不快な頭の重さは、やがて鈍痛に変わってきた。やばい、これは本格的な頭痛かもしれない。

 薬箱を取り出し、強めの頭痛薬を水で喉に流し込む。大体の頭痛は、この薬を飲んでしばらく休めば症状が改善しているので、これで少しは良くなるはずだ。

 ベッドに横たわって、自身の痛みレベルを評価してみる。原作ゲームの解説では、「激痛」と表現されていたはずの頭痛。今の痛みは、「そこそこ痛い」レベルで、「激痛」とまではいかない。


 つまり、これは普通の頭痛ということ…? 横になると、少し楽になった気がする。


 それからどれくらいの時間が経ったのかわからないが、私の頭部は確実に痛みを増していた。今は頭全体――鼻の奥からこめかみ、首から頭頂部まで頭の全て――に響くような痛みを感じる。

 なんとか首を起こして時計を見ると、今は9時30分だ。10時の消灯まで時間がある。


 このまま休んでいれば、この頭痛は良くなるだろうか。体を動かすのは辛いし、このまま一晩休んで様子を見るべき? でも、もしこのまま頭痛がひどくなったら? 本当にこの頭痛が例の呪いだったら? このまま頭痛が悪化して、薬も効かなくて、どんな手段もなくなって、深夜にアルバートの部屋に駆け込むなんてことは絶対にできない。アルバートに迷惑がられるのは気にならないけど、周りはどう思うだろう。アルバートに相手にされなくなった婚約者がとうとう夜這いを仕掛けた、なんて醜聞が立ったら最悪だ。


 私は意を決して起き上がり、赤紫のナイトガウンを羽織って人型をハンカチに包んだ。こうなったらアルバートを探し出してこの忌々しい人型を焼き払ってもらうのだ。

 立ち上がると、ずきずきと頭全体が脈に合わせて痛むが、歩けないほどではない。

 アルバートの居室がある宿泊棟――臙脂の棟にある、王族用の特別室らしい――まで急いで行き、ささっとお焚き上げが完了すれば、消灯までには自分の部屋に戻れる可能性もある。

 部屋を出て、宿泊棟を後にする。

 消灯前なので学園内は明るいが、外には人気は全くなかった。アルバートの居室のある臙脂の棟は、私の宿泊棟から広い庭園を抜けた先だ。走れば3分もかからない距離のはずだが、足を踏みしめた振動で痛みが倍増する気がして、これ以上早く歩けない。


 庭園の中の人工の川に架けられたアーチ状の石橋を渡り、季節の花が咲き誇る園の中心部分までようやくたどり着いた。そこで、やおら立っていられないほどの激痛に襲われ、その場にしゃがみ込んでしまう。


 とうとうやって来た痛さレベルマックス。これが激痛だ。


 よろめきながら近くの背もたれ付きのベンチに座り、頭を座面に預けて横になる。束ねてなかった自分の長い髪が乱れて顔に絡まるが、それを直す余裕もない。


 どうしよう。


 一度横になってしまったら、起き上がるのが怖いほど、頭が痛む。

 その上、消灯前の庭園には全く人影はない。10時の消灯の時間になったら、庭園を照らしている外灯もすべて消えてしまう。誰かに助けを求めようにも、消灯後は絶望的に真っ暗になる。ここで一晩明かし、早朝誰かが通りかかるのを待つしかないか。だとすれば、この痛みに明け方まで耐え続けるなんて、地獄すぎる…。

 握りしめていた人型を胸元のベンチに置く。長期戦を覚悟して、腕を頭の下に置いて枕代わりにしようと体勢を変えるが、このわずかな動きですら、頭に響いて鋭い痛みとなる。


 とにかく、痛い。痛みをこらえるため、ぎゅっと目を瞑った、その瞬間。


 唐突に、知っている声がした。


「そんなところで、何をされているんですか」


 このイケボ、この話し方はマクアダムス卿だ。

 助かった。安堵がこみ上げる。

 私は体の向きを変えることも出来ず、どこにいるともわからない騎士殿に助けを求めた。


「すみません、マクアダムス様。ここにアルバートを連れてきていただけませんか。彼は臙脂の棟にいるはずです」


 自分の声は予想よりも小さく震えていて、息遣いもおかしい。じゃりっと砂を踏む音が耳元で聞こえ、視界を遮る自分の乱れた髪の向こう側に、跪いて顔を覗き込む騎士殿が見えた。


「どうされたのですか」


 騎士殿は自然な動作で、私の顔に垂れ下がった髪を長い中指ですくい耳に掛け、乱れた前髪を整えててくれる。


「頭が…アルバートの青い火なら治せるはずなので、早く、お願いです」


 言葉が支離滅裂な上、呂律も怪しい。騎士殿がベンチに置かれたハンカチと人型に目を止め、拾い上げる。人型を見た瞬間、その表情が険しくなった。


「――これは…」

「多分、それのせいです。すごく痛くて、歩けないんです。アルバートに燃やしてほしいと伝えて下さいませんか」

「これを、殿下の炎で浄化していただきたいのですね」


 騎士殿も、この人型が私がここに倒れている原因だと気付いたのだろうか。ますます激しくなる痛みに、答えることが出来ない。頷いたつもりだが、頭を動かすのが辛くて、顔をしかめてしまう。


「それは、アルバート殿下に、助けていただきたいということですか。それとも、痛みが消えるならどんな方法でも宜しいですか」


 質問の意図は何だろう。

 アルバートにこだわっているのは浄化の炎を使えるから、それだけなのに。

 激痛に耐えながら、答える。


「不浄を祓えるのは、王族の炎です。彼なら燃やせます。アルバートです、早く、お願いします。

 痛くて、立ち上がれなくて、ここまでしか来れなくて…」

「――勝手ながら、不浄を祓えれば使い手は誰でもいいと理解しました」


 騎士殿が立ち上がり、続ける。


「しばらく目をしっかり閉じていてください。絶対に開けてはいけません」


 私は声を出さず、出来る限りマクアダムス卿にわかるように頷いて、目をつぶった。

 騎士殿は何を考えているのだろう。何か他の方法があるのだろうか。


 刹那、熱風が頬を激しく叩きつけ、目を閉じていてもわかるほどの閃光が一瞬、炸裂した。すぐに視界が元の暗闇に戻る。何が起きたのだろうか。いけないと釘を刺されたが、私は好奇心に負けて、恐る恐る片目を薄ーく開けた。

 そこには意外な光景が広がっていた。マクアダムス卿の右手の上で小さな青い炎が燃え、端正な横顔が清廉に照らされている。炎の熱で前髪をはためかせている騎士殿が、その炎を見つめている。


 この光景には見覚えがあった。


 原作ゲームでアルバートが浄化の炎を行使した時も、熱波と閃光、そして人型を燃やし尽くす青い炎が描かれていた。原作ゲームでも青い炎はしばらくアルバートの手のひらの上で燃え、しばらくするときれいさっぱり消えてしまうのだ。


 どういうことだろう。

 なぜ王族しか使えないはずの炎の魔法をマクアダムス卿が使っているのだろう。


「目を閉じているように言ったはずですが」


 炎が映りこんで揺らめいている騎士殿の青い瞳が、こちらに向けられる。慌てて目を閉じるが、バレてしまったようだ。


「見ていたのでしょう、もう今さら目を閉じているふりをしなくても結構です」


 私は目を開いて再びその不思議な青い炎を見つめた。炎は見る見るうちに小さくなり、跡形もなく消えてしまう。


 その時、消灯を知らせる鐘の音が聞こえて、ゆっくり外灯が消え、所々に灯された常夜灯だけが光源となってしまった。黄緑色と青の小さな電球が、庭園の川に沿って敷かれていて、幻想的な光景だ。


「――すみません、ハンカチを駄目にしてしまいました」


 暗がりで手を叩きながらわずかに残った灰のような粉を払い落とし、騎士殿が再びベンチの前に跪いた。


「痛みはどうですか」


 あれ? あれ?


 そう言われて気付いたが、頭の痛みが消えている。

 頭を中心に身体が重い感じがするが、これなら起き上がれそうだ。上半身を起こそうと動き出すと、マクアダムス卿が腕を貸して体を支えてくれる。ベンチに座ってみるが先ほど感じていた強烈な痛みは、全くなくなっていた。


「痛くなくなりました…。なぜなのでしょう」

「なぜでしょうね」

「先ほどの青い炎は、魔道具ですか? 」


 聞いたことはないけど、近衛師団に秘密で配備されている「浄化用王族ファイア」を放つ魔道具とか、そういうものが存在するのだろうか。


「では、そんなところです」

「では? 」


 その引っ掛かる言い草に、思わず食い下がってしまいそうになるが、大事なことを忘れていた。


「あ、そうでした。お礼も申し上げず…失礼いたしました。助けていただき、ありがとうございます。このまま朝まで激痛に耐えなければいけないのかと思って…絶望しておりました」

「いえ。お助けできてよかった。

 ――あれほどに苦しんでおられたので、念のために今日は一人で休まれない方がいいでしょう。このまま、医務室にお連れします」


 暗闇で、騎士殿の顔が急に近づき、体を強張らせてしまう。抱き上げようとしてくれているようだ。


「いえいえいえいえ、お待ちください。この前は脚が動かなかったのでご厚意に甘えてしまいましたが、今日は絶対に大丈夫です!」


 私は立ち上がろうとするが、ぐらっと大きく体が倒れこんでしまい、尻餅をつくように再び勢いよくベンチに座ってしまう。ふっと、騎士殿が微笑んだ気配がする。暗くて顔はよく見えないけど。


「わかりました。これがお嫌いなのであれば、背負って差し上げます、どうぞ」


 屈んで背を向ける騎士殿。これはこれで抵抗があるが、今日も甘えてしまうことにする。前傾になっている広い背中に覆いかぶさり、首に手を回させていただいた。足はどうすべきか、と思っていると、後ろに回した腕がしっかりと腿を持って支えられる。


 これはこれでダメでしょう! アウトでしょう!


 しかし、助けてもらっておいてあれこれ言う訳にはいかない。またしても、マクアダムス卿に急接近してしまった。何度目かだが、全く慣れない。

 今日は騎士殿の制服か、香水か、髪からか、仄かに石鹸のようないい香りがする。もしかして、もうシャワーを浴びて、寝る支度をしていた後だったのだろうか。


 庭園を流れる川の水面に、常夜灯の光が映り煌めいて、地面に星を散りばめたようだ。

 ここは真っ暗で誰にも見られていないし、騎士殿は前回同様、私が寛いでいようと緊張していようと意に介していない。私は開き直って、騎士殿の肩に頭を預けて、ぼんやりとその幻想的な光景を眺める。騎士殿のものか、自分のものか、くっついたお腹から、どちらかの鼓動が感じられた。


「あの人形はどうされたのですか」


 不意に、肩越しに騎士殿が質問を投げかけて来た。


「わかりません、昨日の夜、部屋の前で拾いました」

「そうですか…

 では、なぜ、殿下の炎があれに有効だと知っていたのですか。

 殿下のお力で燃やせば、不浄が払われると、それしか方法がないと、どうしてご存知だったのです?」


 おや?


 原作ゲームで描かれていたから、「呪いを封じるのは、王族伝統の浄化の炎」ということがこの世界の常識なのだと勝手に思い込んでいたが、これはもしかして、一般的には知られていないことだったのか。

 しまったな。でも、あの時はああするしかなかった。

 言い訳を考えあぐねていると、騎士殿がさらに続けた。


「今回の件は、王后陛下に報告いたします」


 急に王后陛下が出てきて、声が大きくなってしまう。


「なぜです?」

「なぜかは申し上げられません」

「なぜですか?」


 私が繰り返して聞くと、ため息とともに付け加えた。


「仕方ない人ですね、私を学園に派遣しているのは、王后陛下だからです。

 陛下はアルバート殿下とあなたを、とても案じています」


 私は意外な展開に、言葉を失ってしまった。アルバートと婚約してから、数回しかお会いしていない王后陛下の、快活な笑顔が思い出される。何かご不興を買うような事をしてしまっただろうか。


「今夜のことは、誰にも口外なさらないでください。特に、炎のことは」


 低い声で騎士殿が釘を刺した。


「あなたの仲のいいお友達にも、アルバート殿下にも、です。決して口外しないと約束してくださいますね」

「…はい、わかりました。約束いたします」


 風紀委員のメンバーにも、アルバートにも秘密。私は素直に頷いた。王后陛下の名前が出てきた以上、この話はウワサのネタにできるような内容ではなさそうだ。


 常夜灯の光が、重くなってきた瞼で遮られる。マクアダムス卿が歩みを進める度、体が心地よく揺られ、眠りへと誘ってくる。体から力が抜け、騎士殿の胸元で組んだ腕が解けてしまう。それに気付いた騎士殿が足を止めて、私の体を背負い直してくれている。せめて医務室までは起きていないと。そう思いつつも、私の意識は優しいまどろみの中へ吸い込まれていった。

不浄の力が込められているモノは跡形無く消し去ることのできる「浄化用王族ファイア」ですが、ハンカチのような黒い力が込められていないものを燃やすと、通常の炎同様、炭や灰が燃え残ります。


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[良い点] マクアダムス様…!!!マクアダムス様……!!!!マクアダムス様!!!!! ( ゜д゜)ハッ!取り乱しました……スチルが見えるようなハラハラドキドキ&ロマンチックな場面の数々をありがとうご…
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