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一週間で一番憂鬱な曜日が、月曜日だ。週明けでなんとなくやる気が出ないということだけでなく、二年生が全員必修となっている近代史の授業があることが原因だ。この授業では、嫌でもセシリアの姿を見かけることになる。
セシリアは、アルバートのいない授業では毎回別の手頃な男子生徒の隣に座って、体にしなだれかかるように解説を求めたり、ノートを手伝ってもらったりしている。毎回その目に余る甘えぶりに、他の女子からもかなりの不興を買っているが、全く意に介していないようだ。
いちいち不愉快な気持ちになりたくなくて視界に入れないようにしているが、今日は教室でセシリアから直接声をかけられてしまった。
本日も胸のボリュームを強調する様に、ワンサイズ小さいピッチピチのブラウスを着ているセシリア。それにしても胸、でかいよなあ、とどうでもいいことを考えてしまう。
「レイラ様、アルバート殿下から夏季休暇のお話、聞かれました?」
来たな、と私は思った。これが次のイベントだ。
夏休みにアルバートはセシリアと過ごしたいあまり、婚約者――つまり私――とその友達を避暑地に招待する。ヒロインと王子の二人はそこでまた色々事件に巻き込まれたりして、愛を深めちゃうわけだ。
「アルバートから? なんのことでしょう」
「ふふふ、まだみたいですね。でしたらきっと、近々楽しいお誘いがあると思いますので、楽しみになさってね」
「ほー、わかりました。楽しみにしています」
お誘いを断るのを、と心の中で付け加える。
セシリアは、では、と言って心底楽しそうに踊るように踵を返した。既に二人の間では、私を巻き込んで避暑地で過ごす計画が進んでいるようだ。
アルバートはどうやって私を誘うのだろう。いずれにせよ、断ってやるんだけどね!
その日、昼休みに食堂に移動する途中、アルバートとセシリアに出くわした。いや、恐らく待ち伏せされていたようだ。
壁に背を預けていたアルバートが、そのままの姿勢で私を呼び掛けた。横にはアルバートの腕を取って、こちらを楽しそうに見ているセシリアがいる。アルバートの、足を壁に引っかけるラフな仕草に、少々違和感があった。付き合う相手が変わると、こうも所作が変わってしまうものなのか。
「レイラ、ようやく会えたね」
「そんなに長い間お会いしてませんでしたっけ、アルバート」
先週、どこかで話したような気がするけど。アルバートの嬉しそうな声に反比例し、私の声のトーンは下がっていく。
「喜んでほしい。今年の夏は避暑用の離宮に君の友達もみんな招待してあげるから、予定を空けておくんだ」
すごい誘い文句が飛んできた。相手の意向もお構いなく、招待してあげる、だと? 頓珍漢な誘い文句のどこから突っ込むべきか。
横でくすくす笑っているセシリア。楽しそうで何よりだ。二人は目配せをしあって、私の回答を待っている。私は努めて嬉しそうな表情で返事をした。
「アルバート、そんなお誘いは初めてですわね。
たいっへん光栄ですが、わたくし今年の夏は先約がありますの。父からも今年は家で過ごすように言われておりますし、今さら約束をお断りできません。
本当に残念ですわ。アルバートからそんなお誘いいただくなんて初めてですのに。
優しいお気持ちだけ、ありがたーーく頂きますね。ご招待、本当にありがとうございます。
では、セシリア様も、ご機嫌よう」
予め考えていた感じの良い断りワードを述べている間の、セシリアの表情の変化は見ものだった。あっと言う間に得意げな笑みが消え、代わりに怒りがむき出しになった恐ろしい形相が広がっていた。
セシリアを遠巻きに見ながら、「セシリアさん、かわいいなあ、マジ天使!」などと噂している男子諸君にも、この怒気が漲った顔を見せてやりたい。もちろん、その際はアルバートにも見ておくべきだと思う。
誘ったアルバートはまさか断られるとは思っていなかったらしく、言葉を詰まらせ「そうか」とだけ呟く。私は慌ただしい昼休みの時間が惜しくて、二人に会釈をしてから早足で食堂に向かったのだった。
脳内の予行演習通り、断りの口上を述べることができた。わーいわーい、ざまあ見ろ!
◆
その日の夜、自分の部屋に帰って来ると扉の下に、奇妙なものを見付けた。
それは、人型のジンジャークッキーのようなシンプルな人間の形をしていた。素材は軽くて白い陶器か、前世の日本では一般的だった紙粘土のような素材でできている。表面はざらっとしていて、手のひらくらいの大きさ。目や口、洋服などは何も書かれていないが、頭のパーツに大きくバツマークに傷のように抉れたヘコみがある。
手作りのブローチやキーチャームにしては雑な作りだし、可愛いと言うより気味が悪い雰囲気だ。
なんだろう、これ。
何かはわからないが、どこかで見たことがある。そのまま摘まみ上げて、部屋に持って入った。ベッドに腰掛けて、もう一度じっくり観察してみる。
掌に載せた人型を裏返すと、レイラ・ラヴィニア、と赤字で小さな文字が書いてあった。
少し背筋が寒くなると同時に、思い出した。
これは、原作ゲームで悪役令嬢だったレイラがセシリアへの嫌がらせとして仕込んだものと同じ、呪いの人型だ。
人型は、ターゲットに対して、呪術による肉体的な苦痛を与えられると言われている。
とある地域から採れる特殊な粘土を使って怨念を込めて人型を作り、痛めつけたい部位を傷つけた上で、ターゲットとなる人物の名前を書き、人型をターゲットに本人送り付ける。人型がターゲットの手元に届くと呪術は完成し、人型の傷と同じ場所に激痛が走るらしい。その恨みが強い場合は呪い殺すことも出来るという…。
こっわ。
迷信、と決めてかかるにはこの世界にはオカルトとしか言いようのない謎の力が跋扈している。信じたくないが、誰かが私に呪いをかけたいと思っているのかもしれない。もしこの人型がただのイタズラだとしても、かなり気持ちが悪い。
私は机に広げた懐紙の上にその人型を乗せ、更にその上にハンカチを被せて視界から隠した。
誰がこんな趣味の悪いことを…?
ふいに、今日見たセシリアの強烈な怒りの表情を思い出したが、まさかね、と否定する。彼女は既にアルバートの寵愛を得ているのだ。それに、私を婚約者の座から引きずり下ろすためなら、オカルトの力に頼るよりもっと効率のよい方法があるはずだ。
原作ゲームの中で呪いの人型が登場するのは、ヒロインがアルバートを攻略しているルートのみ。
ヒロインとアルバートがベンチで語り合っている時、不意にヒロインの足元に花束が投げ込まれる。拾い上げた可憐な花束の中に、この人型が潜んでいてアルバートがそれを発見するのだ。
この世界では、王族にのみ「浄化の炎」という魔法の力が継承されている。これはありとあらゆる不浄を消し去る炎を出現させる魔法だ。この国の王族が古より脈々と君臨し続けられる理由は、この力の血脈を守り、王国が危機に瀕した際には惜しみなく力を行使しているからでもある。
原作ゲームでは、ヒロインの人型を見つけたアルバートが、この「浄化の炎」を使い、呪いの人型を跡形もなく燼滅させる。
人型に、本当に悪役令嬢の呪いの力が込められていたのか、そのままヒロインが持ち続けていたら何らかの呪いの効果があったのかは定かではないが、原作では、ヒロインはまたしてもアルバートに守られる、というエピソードに仕上がっている。
この人型は、本当に呪いの力を発揮するのだろうか。ただのイタズラであってほしい。
原作ゲームではアルバートが炎で消し炭も残らないほど高温で焼き切ってしまったけど、そのまま気付かずにヒロインが花束を部屋に持って帰っていたらどうなっていたんだろう。
呪いの効果を消す方法は、王家の魔法しかないのだろうか。
考えても仕方がないが、どうしても気になってしまう。
もしあの人型の傷の箇所――頭が痛くなったらアルバートに相談してみよう。いくら私のことが嫌いだからと言って、呪いの人型を消し去るくらいのことはやってくれると思う。
こんなことなら、夏休みの離宮招待、保留にしておけばよかったかなあ。一抹の不安を感じながら、私は眠りについた。




