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私は子供の頃、自分には「少し先の未来を見る力」があるのだと思っていた。
このまま成長すれば、傍若無人なクソガキになって誰からも愛されないことを五歳くらいの時になんとなく感じ、そこからはなるべく周りの人間を尊重できるように気を付けるようになったのが、おそらく最初の記憶だ。
「お前はかわいいよ、世界一の美人だよ」
と美貌の父や母から褒めちぎられて育ち、幼少のころから贅沢に着飾ることを当たり前とされていたため、自分の外見が非常に地味であることに気付けなかった私が、ふと鏡をみて「おや?」と思ったのはもう少し後。10歳の誕生日の直前だった。
鏡の中の私は、黒い髪、瞳の色も暗く、肌は青ざめているように白い。父の輝くような金髪も、母の蠱惑的なとび色の瞳も受け継いでいない。絵本の挿絵の少女のような巻き毛でも、明るい瞳も持ち合わせていないし、子どもらしい丸顔でもない。
両親の特徴から地味なパーツを選び抜いて出来上がった人物が私だった。
それぞれの配置はそんなに悪くないのに…。
それ以来私は自分の顔面を鏡で見るたびに、どこをどう変更したら見栄え良くなるのか、熱心に研究するようになった。
当時の流行だったふわふわのウェーブヘアに憧れて、毎日侍女にセットアップさせていた焼きごてを使ったヘアアイロンをまずやめた。焼きごての熱でチリチリになってしまっていた黒髪を延ばし、当時この国ではあまり流行っていなかった「前髪」を作った。ふわっと眉にかかる程度の長さの前髪は、地味な目元を少々華やかに見せてくれるような気がしたのだ。
実は全く似合っていなかった、ゴテゴテとフリルが付いたデザインやけばけばしい色のドレスはやめ、アクセサリーも必要最低限に。自分が「きれいだな」と思えるものだけを厳選して手元に置くことにした。そんな私の影響か、母も必要以上にドレスを新調したり宝飾品を買い漁らなくなり、実は火の車だった我が家の家計にも貢献していたらしい。後で兄が教えてくれたところによると。
こうして早めに自分の容姿のレベルに気付いた私は、父と母の盲目的な褒めちぎり攻撃を真に受けることなく、貴族の令嬢にしては見た目も性格も慎ましく成長することができた。
まだ兄のヒューが13歳の頃、彼が少人数で馬で遠乗りに出かけるということを聞いた朝、脳裏に彼が取り返しのつかない大けがをして病人のようになってしまう映像がよぎった。出発は明日に迫っていたが私は大騒ぎの上私に甘い父に久しぶりのわがままを言って、腕の立つ護衛を4名従者に急遽追加してもらい、兄は馬車で移動させるように変更させた。
我が家は侯爵家であり人員的には多少余裕があったが、出立直前に手練れの護衛を4名も同行させるための調整は、かなり骨が折れたことだろう。しかし兄一行が出発した日の夜、彼らが野党に襲われたという知らせが舞い込んで、それが徒労でなかったことが分かった。少人数だが先鋭部隊で守られていた兄達一行は、無事目的地に到着したそうだ。護衛の4名がいなかったら、命が危なかっただろうと後から父が教えてくれた。
幼い頃からこんなことがあったから、自分には魔力が授けられているんだと私は確信していた。
初めて会う人の中にも、前から知っているような感覚に襲われることも多かった。そういう時は、「きっとまたあの力のおかげね、この人とは縁があるのだわ」と妙に納得していたものだ。
11歳の誕生日のあの日まで、私はその「力」が確かに自分に存在していると確信していた。
その日はいつもの誕生日パーティよりも、家の中が慌ただしく、前日から王都から十数名の騎士たちが派遣されて何やら父と話し込んでいたりと、物々しい空気が漂っていた。
野党に襲われた日以来、私に予知能力があると信じている兄のヒューが朝食後に耳打ちしてきた。
ヒューは地味な私の真逆の要素を両親から受け継いだ、華のある美男子だ。身内ながら、見目麗しい彼が顔を近づけてくると若干まぶしい。
「今日はいつもの誕生日とは違うようだね。レイラなら、何が起きているのかわかるの?」
私はかぶりを振って答える。
「全くわからないわ。どなたか特別な方がいらっしゃるのかしら」
毎年、兄と私の誕生日には、家族や親しい友人を集めてお披露目パーティを行っていて、今日の主役は私だった。準備のために長々おしゃべりしていることはできず、簡単に言葉を交わして自室に戻る。
今日何が起きるのか、私はかなり前から分かっていた。
今日この場に王都より第二王子がやってきて、私と会う。少し会話をして、私は我が家の自慢の庭を案内する。庭に出てお茶を飲もうとしたところ、たまたまお湯を切らした侍女が一瞬不在となり、二人きりで話す時間ができる。
言わばこの日は、彼のお妃にふさわしい人物であるかを見極める「面接」なのだ。
この「面接」を経て、彼が私を拒絶しなければ、この後私は王子と婚約することになる。
ふう、とため息をついて、姿見の前に立ち、侍女たちが手際よく私の髪を櫛梳り、ドレスを着せていくのを他人事のように見つめる。
今日のドレスはこの日のために誂えた、淡い藤色が美しいドレスだ。すっきりしたAラインのデザインで、金と銀のビーズで雫のような飾りがドレスの裾に行くほどたくさん施されており、生地の光沢とビーズの輝きのバランスがステキ。
ヘアセットは幼い頃から私に仕えてくれているペニーが手早く行う。焼きごてによるヘアアイロンをやめて以来、艶を取り戻した黒髪を後頭部にボリュームが出るよう結い上げ、ドレスに合わせた雫の意匠を施したクリスタルとパールの髪飾りを耳の後ろに付ける。その他のアクセサリーは、母がその祖母から受け継いだ、地味だが大粒のパールの耳飾りと、濃い藤色のベルベットにパールと金のビーズの縁取りのあるチョーカーを選んである。
支度が完了すると、少しだけ唇に紅を刺す。
完成。姿見の中の私は、顔面は地味ながら完璧な令嬢に仕上がっていた。
「お綺麗ですよ、お嬢様」
鏡越しに優しい眼差しと目が合う。ペニーが励ますように笑顔を投げかけてくれていた。
「ありがと、ペニー」
王子と婚約することは前々から分かっていたが、王子がどんな人物なのかは皆目見当がつかないというのが、私の気持ちを憂鬱にした。
今日会う第二王子のうわさは聞いていた。私の一つ年上の12歳。美しいシルバーブロンドに、透き通るような水色の瞳、僅か12歳ながら、その優美な美貌見たさに、王宮へは大勢のレディが詰めかけているとか。
優しい人だといいなあ。
侍女に付き添われて、応接室にやってきた。
今日の客人をもてなすために応接間は普段使っていない長椅子が運び込まれていた。応接間に入ると、父は偉そうな男性と線の細い少年と話しているところだった。父が私に気が付き、にっこり笑いかける。
「ちょうどいいところに、レイラ。こちらにいらっしゃい」
「はい、お父様」
美しいけれど、仏頂面の少年、こちらが第二王子か。私は父のほうに歩み寄り、じっと彼を見つめた。仕立ての良いジャケットは略装ではあるが、彼が発散するオーラから育ちの良さがはっきりとわかる。
「こちらは、アルバート殿下と、クリムト宰相だよ。今日のお前の誕生日をお祝いに来て下さったんだ。ご挨拶なさい」
私はマナーどおり、最敬礼で伏した。
「アルバート殿下、クリムト宰相、本日はお越しいただき、誠に光栄至極です。
わたくしは、レイラ・ラヴィニアでございます。どうぞお見知りおきくださいませ」
カーテシーからおずおずと居直ると、目の前に、私の婚約者となる「彼」がいた。透き通った水面のような水色のその瞳をのぞき込んで、彼の考えていることを読み取ろうとした、
その瞬間である。
私は全てを理解した。
私は「未来を見る力」があるのではない。
私が未来を知り得たのは、前世でしこたまプレイした18禁乙女ゲームの世界に、生きているからなのだ。
初めて会った人物に既視感を感じていたのは、「縁があるのね♡」なんていう平和な理由ではなく、その乙女ゲーの世界の登場人物だったからだ。
兄の危機を知ったのも、そのゲームで、事故だか事件だかで大けがをしたライバル役の兄が出ていたからだ。
濁流のように記憶が押し寄せる。
前世の私は…アラサー独身彼氏ナシの一人暮らし。
ブラック企業で奴隷のように働いて、自宅での入浴中にヤケクソで飲んだストロング系アルコール飲料のせいで火照った体がどうかなってしまい、ひっそりと脱衣所にて全裸で死んだのだ。
うわあ恥ずかしすぎる…。せめてパンツくらい履けなかったんか、自分。
親兄弟以外に初めて見せる全裸は、お巡りさんだったなんて。せめてお巡りさんがイケメンでありますように。
いやいやいや、そんなことよりもっと重要なことに気付いて、私は背筋が寒くなった。
私が、レイラ・ラヴィニア?
それってこのゲームで主人公を苛め抜いて、婚約者(目の前のイケメン)には婚約破棄されて、それでも二人の幸せを引き裂こうと怪しい魔術で裏工作しまくった挙句の果てに、最終的には婚約者の部下の騎士に切り捨てられる悪役令嬢よね!!!??
ね?って聞いて誰かが「うんうん!」なんて言ってくれないことはわかる。わかる、わかるよ。けど…!
ああ、なんというラノベ展開!量産型の乙女ゲーム(しかも18禁!)の世界に自分が入り込んでいるなんて!!!
そして金太郎飴のような、ラノベあるある設定、自分はこのままいくと、乙女ゲーの悪役令嬢に成長するんだ。
うわあ、マジで最悪だ。
こうして記憶が戻ってきて、これまでになかった語彙がじゃんじゃんあふれ出てくる。
どうしよう、イケメンに癒されたいなあ~最近女性ホルモン出てないなあ~なんて思って始めたゲームの、一番最悪な配役に、私が収まっている。
しかもこのゲーム、レイラがあまりにひどい奴すぎて、最後に騎士に切り捨てられるシーンが残酷描写なのに、すっごいスカッとするんだよなあーー
未来で引きずり出される臓物が痛いよ…。
現実の時間にして約2秒くらい。私は怒涛のような記憶の蘇りによる我が身の未来を知って立ち尽くしていた。
読んでいただき、ありがとうございます。