29 チェリーとチョコレートと飴細工のパフェ
ピンク色の木の扉をくぐると、明るい店内の席に座っている客はカップルだらけだった。どうやらここは王都内の人気のデートスポットらしい。室内には大きい丸テーブルが二つあり、そのうちの一つに、先に入店した私とマクアダムス卿以外のメンバーが着席している。もう一つの丸テーブルは満席だ。ローラがその先、少し離れた壁際の小さな二人掛けのテーブルを指差している。
口の形で「ふたりは、そこね!」と言っているようだ。
キース先生やみんなは既に席に座って、興奮冷めやらぬ様子で周りのパフェやケーキを食べている人を観察している。みんなが食べているパフェ、確かに大きくてすごく美味しそうだ。
それより、二人席か。私とこちらの騎士殿で。
ローラは事前に六人で予約していてくれたはずだから、この混雑の中、追加で一人分の席を確保してもらえただけでもありがたいはず。とは言え、少し釈然としない。
マクアダムス卿は、いつもの涼やかな表情を崩さず、店内を見回している。まあ別に、二人席でパフェを食べたからと言って何かあるわけではないし、私はどうしても「チェリーとチョコレートと飴細工のパフェ」が食べたい。
ちょっと躊躇ったけど、私はその二人掛けのテーブル席についた。
椅子に座ると、当たり前だけど正面に騎士殿が座ることになる。向こうのテーブルはちょうど5人が和気あいあいと早速パフェを注文している。
上目遣いにマクアダムス卿を見ると、ちょうど彼もこちらを見ていて目が合ってしまった。何か言うべきか、と思ったところ、先に彼が口を開いた。
「宜しいんですか」
「…何がです?」
何を聞かれたのかわからず、問い返してしまう。
「彼と食べたかったのでは」
目線の先は、向こうのテーブルの、はしゃいでいるキース先生だ。
「ああ、キース先生と? いいえ、私はここのパフェが食べたかっただけです。
えーっと、すみませ~ん」
お門違いの質問に拍子抜けしてしまった。
まあ先生と一緒に食べたかったというのも、無くはないけど。
ちょうど通りかかった店員さんを捕まえる。私たちも早くパフェを注文しないと。
赤いギンガムチェックのエプロンとお揃いのバンダナの可愛らしい店員さんが、メモを片手に振り返ってくれた。
「本日のパフェ、二つください」
私は迷わずパフェを注文したが、店員さんは少し眉をひそめて言った。
「うちのパフェは相当大きいので、皆さんシェアして召し上がっていただいていますけど、二つお持ちしても大丈夫でしょうか」
そうだった。ここのパフェの売りは、大きくて繊細でおいしいパフェ。騎士殿に聞いてみる。
「あの、マクアダムス様はパフェはどれくらい召し上がりますか」
「私は結構です」
つっけんどんな即答が返ってきた。
「そうですか…」
不愛想な回答に、店員さんが助け舟を出すように付け加えた。
「あ、でも向こうのテーブルのお連れ様は、奥の女性の方と男性がお一つずつ召し上がるそうで、全部で3つ注文されていましたよ。お一人で一つでも、大丈夫かもしれません」
ローラとキース先生だ。そりゃそうだろう。あの二人なら食べられるに違いない。一人で食べきれないかもしれないから、という理由であのパフェを食べないというのはあり得ない。
一人でも、絶対に食べてやる!
「わかりました、パフェは一つでお願いします。あと飲み物は…」
騎士殿も私も紅茶を注文した。
店員さんが去ってしまうと、沈黙が訪れる。楽し気な会話が聞こえる明るい店内で、こんな気まずい思いをしているのは私だけのはずだ。
あ、そうだ。急に、思い出した。
先ほどの誤解を解かないと。それに、騎士殿にお願い事があるんだった。
「あの、さっきのお話ですけど。マクアダムス様は勘違いされているかもしれませんが、私、キース先生のファンであることは認めますけど、それ以上ではありませんから」
「…そうですか」
青く燃えるような色の双眸を私に向けたマクアダムス卿だが、全く表情が読めない。「だから何?」とでも思っているのか、「そうは思えないけど」なのか。
「この先どうなるかはわかりませんが、私には一応、家が決めた婚約者がおりますし」
「どうして、『この先どうなるかわからない』なんですか」
おお、会話が続いた。
しかし、騎士殿の意外なその問いかけに、どう答えていいか悩んでしまう。
私は婚約破棄される運命だから? 巨乳の女子がアルバートを狙っててアルバートもまんざらでもないから? そもそもアルバートは私と結婚したくないから? これから私がひと暴れして王子とその嫁候補を呪う予定だから? そしたらあなたが私を成敗するんですよ。
どれを答えても、私の頭がおかしいと思われるだけだ。思いついた、それっぽいことを口にしてみる。
「――未来のことは、誰にもわかりませんもの」
なんだか適当にごまかせた。一瞬、騎士殿の顔つきが揺らいだ気がしたが、気のせいだろう。
「突然ですが、マクアダムス様はダンスはお得意かしら」
「度々王宮に召されますので、人並みには」
心強い回答だ。こんな美形が舞踏会に出席していたら、その夜会は彼の気を引きたい令嬢たちでパニックが発生していそう。
マクアダムス卿の実家の懐事情はわからないけど、これで彼の家が金持ちなら、年も年だしどこかの令嬢が本格的に嫁入りを計画しているだろうな。
しかし、ダンスが踊れるというのは朗報だ。人並み、と言うからにはヘタクソではなさそうだし。
「さすがですね。
実は、先ほど申し上げたマクアダムス様へのお願いというのは、あちらのキース先生にダンスの稽古をつけていただきたいんです」
「ほう」
ほう? ほうって何だろう。いいの? ダメなの? 嫌なの?
表情からは何も読み取れない。事情を説明して、説得してみる。
「先生は来週初めて王宮に行かれるそうなんです。舞踏会なのに、ダンスが踊れないって仰ってて心配で」
「なるほど」
「私たちはダンスの相手にはなれますけど、男性パートは踊ったことがありません。不躾ですが、キース先生のダンスのお手本になっていただけないでしょうか」
「お手本ですか」
「はい、ダンスのリードと、舞踏会での立ち居振る舞いを仕込んでいただきたいんです」
あとは、女性のあしらい方とか。マクアダムス卿はそこら辺もお得意そう。
「わかりませんね。あなたがなぜそこまでする必要があるのですか」
なぜ。うーんなぜと言われても。
「なぜって、理由なんてありません。手伝って差し上げたいんだもの」
またしても答えになってない返答だが、本心だ。
騎士殿の眉根が寄せられる。何か考えているようだ。
「彼は、そういう事に疎い男なので、あなたの善意を誤解することはないかもしれません。
でも、婚約者がいらっしゃる方が、他の殿方に必要以上に協力的なのは感心しませんね」
騎士殿のご指摘はもっともかもしれない。
しかしね。私の婚約者は公然と他の女とイチャついてますぜ、旦那!と言ってやれたらどんなにスッキリするだろう。
堪えて、ここは令嬢らしく、言葉を選んで返答する。
「それは、キース先生へ好意があるように見えるということでしょうか」
「それもあります」
「それも、ということは。…そんなことをしていると、アルバート殿下からご不興を買うのでは、ということですか」
私の回答に、小首を傾げる。この仕草はちょっとチャーミングだ。肯定とも否定とも取れないため、私は続けてしまう。
「でしたら、心配はありません。マクアダムス様は学園にいらしてからまだ日が浅いので遭遇されていないかもしれませんが、殿下は今他のことに夢中なようですから」
「他のこと…。その、殿下が夢中のこととは何ですか」
「そのうちきっとご覧になりますわ。詳しくは、わたくしの口からは申し上げられません」
瞳が細められ、眼光が鋭くなる。
そこに、巨大なパフェを持った店員さんが現れた。
「はいどうぞ~! 本日のパフェです」
「わー!ありがとうございます」
店員さんはテーブルの真ん中にパフェを置いて、私と騎士殿の前にそれぞれ、パフェ用の柄の長いスプーンとフォーク、紅茶をセットしてくれた。
パフェは芸術品のような美しさだ。
チューリップ型の大きなワイングラスの中に、ピンク色のアイスクリーム、生クリーム、恐らくチョコチップのアイスクリームが層になっていて、それぞれの層の間には薄く伸ばした真っ赤な飴が仕切りのように敷かれている。
その上に赤く熟れたチェリー――半分に切って食べやすいように種が取ってある――がごろごろと乗って、さらに三種類のアイスクリーム――恐らくチョコレート、チェリー、白いのはバニラかな――、そこに小ぶりなパイと薄いチョコレートが扇のように添えられている。極めつけは、パフェの頂上部分に繊細にふわふわと乗せられたシャンパンゴールドの糸飴。
見た目だけで感動してしまった。本当にステキすぎる。ありがとう! ローラ。
「どうやって食べればいいかしら」
一旦、パフェの向こう側で静かに座っている騎士殿のことは置いておいて、目の前のこの尊いパフェに集中しよう。
まず、糸飴をフォークで掬って、一口。舌の上に甘みを感じると同時にすっと溶けてしまう。続いてチェリーを口に入れる。甘みと酸味、チェリーの香りが口いっぱいに広がる。
「おいしい…!」
スプーンで生クリームを口に運び、続いてチョコレートのアイスクリーム。チェリー、サクサクしたパイを続けざまに食べる。チョコレートはカカオのほろ苦さと、ブランデーかな、ラムかな、洋酒が効いている。最高に美味しい。
思わず顔がにやけてしまう。
素晴らしいパフェを口に運ぶうち、急に感慨が押し寄せた。
こんな風に、男性と二人掛けの席に座ってパフェを食べるなんて、多分最初で最後だろうなあ。
よく考えたら、前世でもこんな経験なかったし。この先も異性とこんな風に二人の席でカフェでお茶することはなさそうだ。アルバートとは絶対にないだろうし、他の男性とカフェに来るなんて、チャンスがあるとすれば兄のヒューくらいだろう。
それに、今後婚約破棄された後どんな人生を歩むのか、むしろ人生が続くのかもわからない。
だとすれば今この瞬間って記念碑的瞬間なのでは…?
そんな重要な瞬間にも関わらず、目の前の麗しい男性は、何の表情も浮かべずに私とパフェに対峙している。
なんてもったいないんだろう。そう思い、無意識に口が滑ってしまう。
「あの、マクアダムス様にとってはどうでもいいことかもしれませんが、殿方とカフェでパフェを一緒に食べるなんてこと、わたくしの人生で、今日が最初で最後だと思うんです」
しまった、と思った時には騎士殿が不思議そうに私を見つめ返していた。でも、もう今更自分でも言い出した言葉が止められず、矢継ぎ早に思っていたことを言い切ってしまう。
「なので、今だけちょっとお付き合いいただいて、もう少し、なんて言うか、楽しそうな顔をしていただけませんか」
マクアダムス卿は呆れた様子だ。しばらく私の顔を不思議そうに見つめて、尋ねる。
「…ではどういった顔をしていればよろしいので?」
「もっとニコニコするとか!」
「…」
「できないのであれば、パフェの感想を言っていただくとか!」
自分で言っていて、本当にめちゃくちゃ。わかっているが、言ってしっまったのだから仕方がない。
ため息交じりに、騎士殿がつぶやく。
「…大きいパフェですね」
騎士殿の声はいつもどおり。表情も変わらない。
ああ、やってしまった。
せっかく騎士殿を存在しないものとしてパフェを堪能することにしたのに、自ら楽しい空気をぶち壊してしまったようだ。騎士殿を怒らせたか、もしくは不愉快な気分にさせたかもしれない。
ふと目をやると、隣の席のカップルは仲睦まじく、彼氏が長いスプーンでアイスクリームを掬って彼女に食べさせている。羨ましいとも思えない、別世界の光景のようだ。前世でどんな功徳を積んだら、カップルで「あーん」なんてことができるんだろう。
羨ましくなんてない!
絶対にない!
断じて、羨ましくなんてない。
ただ、本当に不思議な光景だ。
隣のカップルを見ている私の視界に、不意に、赤いチェリーがやってきた。
驚いて見つめると、先ほどまで居住まいを正していた騎士殿がテーブルに肘をついて、フォークに突き刺したチェリーを私の口元に差し出している。
「ほら、どうぞ」
え? ええー? どうして? なにこれ?
意味が分からず、フォークの先のチェリーとマクアダムス卿を見比べる。
「要らないのですか」
フォークの先をちょいちょいっと上げ下げして、マクアダムス卿が見せたことのないいたずらっぽい笑みを浮かべた。
急にそれは、反則だ。いつもの冷たい表情から一転、そのかわいいスマイルはなんですか! 非常にけしからん!
正視できないけどもっと見たい! けしからん!
「…要ります!」
私は顔面に血流が集中しているのを感じながら、思い切ってそのチェリーにかぶりついた。恐らく、傍目から見てもわかるほど赤面しているに違いない。不意打ちのチェリー攻撃に心臓が口から飛び出そうだが、やっぱりチェリーは美味しい。
続いて、スプーンに持ち替えた騎士殿が、パフェから生クリームを掬って私の口元に近付ける。私の顔は更に熱を帯びてしまう。
「はい、どうぞ」
「いえいえいえいえ、はいどうぞ、じゃないですよ。そういうことじゃないんです!」
「どういうことですか」
「…自分で食べられます」
「そうですか」
騎士殿のいたずらっぽい笑みは苦笑に変わってしまう。ああ、もったいない…! だからと言って、これ以上このイケメンにパフェを食べさせてもらっていたら、私の自我が爆発してしまいそうだ。
掬ったクリームをパフェに戻すわけにもいかず、スプーンを手に持ったままの騎士殿。私の口の運ばれなかった生クリームが手持無沙汰にマクアダムス卿の手元に戻される。
この店の生クリームのおいしさは格別だ。そんな風にスプーンの上で長々と過ごすべ存在じゃないはず。マクアダムス卿の「あーん」攻撃に恥ずかしさのあまり冷静さを失った私だったが、生クリームが気の毒になって、騎士殿に声をかけた。
「あのー、その生クリーム、とても美味しいのでそのまま召し上がってみてください」
私の言葉に、しばらく私と生クリームを見比べていたマクアダムス卿だが、意を決したようにそっとスプーンを口に運ぶ。
「美味しくないですか?」
どきどき。相当美味しいと思いますけど、お口に合わなかったかな。
「…そうですね。意外にも。食べられます」
意外にも? そうか、騎士殿は甘いものが苦手だったのかもしれない。でも、このお店のパフェはフルーツがいっぱいだし、甘さが控え目。きっと甘いものが苦手な殿方でも美味しく食べられるに違いない。
思い切って、お願いしてみることにする。
「あの、もしよろしければ。このパフェ、一人では食べきれないので、一緒に食べていただけませんか」
一瞬、何か別のことを言いかけた気がしたが、騎士殿は頷いた。
「わかりました。…では失礼して」
スプーンで生クリームだけを上手に掬って、騎士殿が口に運ぶ。生クリームが気に入ったのかな。
私もスプーンを持って、大きなパフェの側面部分に取り掛かった。白っぽいアイスクリームに見えた部分は、ライチのソルベだった。
チェリーとライチって合うんだわ。大発見。
先ほど、マクアダムス卿の予想外のかわいい笑みにダメージを受けて爆発寸前だった顔面は、ようやく元に戻ってきていた。
殿方と一つのパフェをシェアして食べる。普通のティーンエイジャーにとっては、よくある出来事かもしれないが、私にとっては人生初にして唯一の出来事だ。
美味しく美しいパフェ。パフェの向こう側のイケメン。この気分のいい光景を胸に刻みながら、私はパフェを食べ進めた。
なかなか美味しいものを食べに行けないので、パフェの妄想が広がってしまいました。




