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やり遂げた、という達成感を感じながらヘイスティングスさんの店を出て、店の前に止まっていたはずの馬車に目をやると、私たちが乗ってきた二頭立ての馬車の隣に、同じ学園の馬車が止まっていた。
おや?馬車が二台に増えた…?
疑問に思っていると、先に店を出たキース先生とパティ、ローラ、シャローナが、長身の男性を囲んでいる。あの黒髪には見覚えがあった。
そこに、後から店を出てきたミシェルが私に耳打ちする。
「あれ?なんであの騎士殿がこんなところにいるのよ?」
「私だってわかんないわよ。今店から出てきたらあそこにいたの」
馬車の横をくいっと親指で指差す。そこに立っているのは、例の美貌の騎士、マクアダムス卿だ。紺色の騎士の制服に、今日は物騒な長剣を腰に下げている。意外にもキース先生と会話が弾んでいるようだ。
「う~ん、騎士殿もこの店の常連とか?」
そんなことってあり得るかしら。そんなに評判の店なのかな。
「だとしたら、どうして店の前にいるんだろう」
買い物なら店に入ればいいじゃない、と思ったのだ。そこへ、私たちのヒソヒソ話す姿に気付いたローラが手招きした。
「あ、ミシェル、レイラ。こちらの騎士殿も今日の午後はご同行されるそうよ!」
ミシェルと顔を見合わせる。
「ええ? なんで? 」
声も見事にハモッてしまった。
◆
「こちらはみんなもうご存知だね。学園の警護に当たられている、マクアダムスさん。僕が学園に通っていた時の、一つ年上の先輩なんだ」
キース先生がマクアダムス卿を紹介してくれる。微かに頷く程度のお辞儀をするマクアダムス卿。キース先生の一つ上ということは、今年26歳ということか。
「あのー、マクアダムス様はどうしてこちらにいらしたんです?」
話の途中から加わったミシェルが、私も思っていた疑問をぶつける。
「今日は皆さまが外出されるということで、学園より同行するように言われています。危険な場所に近付かれないのであれば、午後もこのまま外出いただいて構いません」
頭に疑問符がいくつも浮かんでしまう。
「なぜ、私たちに同行する必要があるのでしょうか」
「さあ、なぜでしょうね」
ミシェルの問いに短く答えたマクアダムス卿は、これ以上お喋りはしないと決めたように黙り込んだ。
今日の外出はちゃんと許可を取ってきたし、学園の馬車の申請も立ち寄る場所にも問題がないはずだ。もちろん、キース先生が同行していることも伝えてある。
イケメンに生まれ変わったキース先生を囲んで、スイーツの美味しいカフェをはしごしようと計画していた午後だったのに、楽しい気分がしぼんでしまう。ローラが綿密に計画した、王都のスイーツ店を巡る、スイーツ好きの先生のためのプランだ。
最初の店はローラが実家のコネを使って予約してくれている。
気分が乗らなくなってきたが、キース先生は、午後の予定の方が楽しみだったようなので、今更キャンセルするのは忍びない。
すでにこの騎士殿に対して恐怖は感じなくなっていたが、急にお目付け役が同行することになって、なんとなく窮屈さを感じてしまう。皆同じような浮かない表情の中、一人キース先生だけが楽しそうだ。
「マクアダムスさんが馬車をもう一台用意してくださったので、馬車2台で移動しましょう。僕の馬はさっきの御者が学園に届けてくれたそうだから、僕も馬車に乗せてくださいね。
最初のお店は行列ができるらしいから、早く出発しないと」
先生はヘイスティングスさんが包んでくれた大きな箱をすでに馬車に乗せ終わっていて、私たちが馬車に乗るのを手伝うために馬車の踏み台の脇に移動する。先生は早くカフェに移動したいらしい。
私たちは顔を見合わせた。皆、同じことを思っているに違いない。
つまり、どういう組み合わせで、馬車に乗ればいいんだろう。
ここに見た目の良い成人男性二人と、少女五人がいます。二台の馬車に分かれて乗るには、どのような組み合わせが最適でしょうか。――誰にこの答えがわかるんだろう。
私は手で「T」のハンドサインを作って、先生とマクアダムス卿に声をかける。
「先生、ちょっとお待ちいただけますか。マクアダムス様、私たちで少し作戦会議をしてもよろしいでしょうか」
つまり、ちょっとあっちに行ってろってことだけど。マクアダムス卿は察したように、キース先生の馬車のほうに移動してくれる。二人は何か話をしているようだ。実は親しいのかもしれない。
「あーあ、ついてないわね」
円陣の配置で私たちは声を潜めて話し始める。ミシェルは騎士の登場が気に入らないらしい。同感だ。
「今日、ずっとあの仏頂面がついてくるわけ?」
うんうん、と私も深く頷いてしまう。どうして彼ってばあんなに表情が硬いんだろうね!
「でも、考えてみてよ。あの仕上がりのキース先生と、あのイケメン騎士殿と出かけられるなんて、これって結構私たち、ラッキーじゃない?」
イケメンに目がないシャローナが、いきなり予想外のことを口にした。パティも続ける。
「そうかもしれないですね。マクアダムス卿は付いてくるだけみたいですし、邪魔しないってことなら近衛騎士様に同行いただくっていうレア体験ができるってことですよね」
能天気なパティは、大きな瞳を輝かせている。
「ねえ、そんなことより、みんな忘れてない!?もう2時を過ぎているのよ。これからカフェが混み始めるっていうのに、予約の時間に間に合わなかったら大変よ。こんなところでぐずぐずしていられないわ!」
ローラはお気に入りのカフェに入れなくなることが心底心配そうだ。騎士が同行するかどうかなど、ローラにはあまり興味がないらしい。
「そうね。カフェには絶対に寄らないと!」
私も限定スイーツの残り個数が心配だ。浮かない表情だったミシェルも頷いている。「じゃあ目下の問題点を話し合いましょうか。どういう組み合わせで馬車に乗るのか…」
話し合いの結果、一号車――元々私たちが乗ってきた馬車――には、私とローラとキース先生が、二号車――マクアダムス卿が調達した馬車――には、マクアダムス卿と、シャローナと、パティ、ミシェルが乗車することになった。
シャローナはイケメンの騎士殿に、直にインタビューできるチャンスに恵まれて嬉しそうだ。「今日こそ付き合っている人がいるのか、私が明らかにする!」と息巻いている。
ローラはキース先生に今日立ち寄るスイーツやカフェの情報をレクチャーしなくてはいけないので、キース先生と同じ馬車となった。他のメンバーは、乗車する馬車をじゃんけんで決めた。
みんな、嫌いなわけじゃないけど、例の騎士様のポーカーフェイスに苦手意識があって、シャローナとパティ以外はみんなキース先生との乗車を希望したのだった。




