25 仕立て屋で大いに張り切る
先生が王宮に招待されているのは、先日の授業の一週間後だった。7日間でテイラーに先生の体型の型紙を起こさせ、生地から選んでスーツを仕立てるには時間が足りない。
そこで私は、学園近くの腕もセンスもいいと評判の仕立て屋を、我が家お抱えの仕立て屋に紹介してもらった。先生のサイズに合ったの既製服から、王宮に着ていく衣装を決めることにしたのだ。
今日は週末で授業は休みだ。風紀委員のメンバーと一緒に、仕立て屋向かって馬車に揺られている。
教師と生徒とは言え、未婚の男女が週末に二人きりで出かけるのは体裁が良くないので、「誰か着いて来てくれない?」と提案したところ、全員から「絶対行きたい!」という元気のいいお返事が返ってきた。風紀委員のメンバー4人を連れるのは大所帯となる上、賑やかになり過ぎる、とは思ったが、結局みんなで来ることになってしまった。
みんなに声を掛けたのは、普段、「よく見るとイケメンかもしれないが、ダサい先生」というイメージの先生の盛装した姿を見せて「どうだ!」と言ってやりたい、というちょっと威張れない理由もある。みんなのびっくりした表情を想像するだけでニヤニヤしてしまう。
学園で借りられる馬車は4人乗りのため、生徒5人が一台の馬車に詰めて座って、先生は自分の馬で移動することになった。馬車と馬は並走できないので、先生は後ろから馬で追いかけてくる形となる。
「まさかキース先生、馬の時もあの萎びた格好で現れるとはね」
馬車に揺られながら、ミシェルがつぶやく。
仰る通り。同感だ。
この世界でも乗馬の際は、乗馬用のロングブーツか、ショートブーツにチャップスを履くのが定番だ。つっかけタイプの便所サンダルで乗馬する人なんて見たことがないが、今朝集合場所に現れた先生は、いつものヨレヨレのシャツに、サンダルという出で立ちで、およそ乗馬をする格好ではなかった。
本当に、いつも着ている服しか持ち合わせがないらしい。
「本当にびっくりよね。あんな靴で馬に乗れるのかしら、と思ったけど、かなり馬には慣れてるみたいだし」
「あの格好でも意外とサマになってるから不思議よねー」
シャローナとローラの言葉に、馬車の後ろ走るキース先生を見ると、軽快に馬を走らせている。あんなサンダルでどうやって、と思うが、先生のオリジナル騎乗スタイルなのだろう。
パティも続けて疑問をぶつける。
「変わった先生ですけど、私たちを救ったホイッスルを作ってくれたのもキース先生なんですよね」
「そうそう。拡声器も先生が発明してくれたの」
「それにしても、どうしてレイラ様はあの先生のファンなんですか。学園で美形を見過ぎて、普通の美男子では満足できなくなっちゃったとか?」
「まー、パティ。今日帰る時には、その疑問、自分の目で見て解決できてると思うわよ」
風紀委員の活動を支えるグッズを作ってくれている先生ということで、キース先生には一定の尊敬の念があるようだが、魅力に気付いている友人は一人もいない。
だが、今日からは先生を見るみんなの目がハートになるだろう。
「あのダッサダサの先生を変身させるんだから、腕が鳴るわ…!」
王都の市街地はもうすぐだ。私は先生に似合いそうなスーツを想像しながら、一人燃えていた。
王都の中心街は今日も大盛況だ。馬車はゆっくりと大通りを進んでいく。先生は既に町はずれの厩舎に馬を預けて、私たちの馬車の御者の隣に座っている。
市街地の大通りの両脇にはヨーロッパの街並みに似た建物が立ち並び、1階の商店、カフェには、休日のショッピングを楽しむ人々が大勢ひしめき合っている。
花屋、お菓子屋、八百屋、すてきな生地を売っている屋台。通るだけで心が躍る場所だ。みんなで馬車から色々な店を見ながら、帰りに立ち寄りたい場所を物色する。ローラのおすすめのお菓子屋さんは、既に行列ができていた。
大通りから少しわき道に入ったところで馬車が止まった。茶色のレンガ造りの重厚な店構えで、店のウィンドウに「ヘイスティングスの店」と書いてある。目的地だ。
御者が振り返り、「ここですよ」と後ろの私たちに声をかけた。
先生が先に降りて、馬車から降りる私たちに手を貸してくれる。キース先生は男爵家の三男坊だ。こういう女性に対する態度は、紳士の教育を受けてこられた人なんだな、と感じる。
先生の手を取って店の前に降り立つと、私は原作ゲームでよくレイラがやっていた仁王立ちを思い出し、ここぞとばかりに再現してみる。
「さあて、先生、変身していただきますからね!」
◆
「おはようございまーす」
私たちが挨拶をしながら店のドアをくぐると、人の良さそうな小柄で年配の男女が迎えてくれた。この店を経営しているヘイスティングス夫妻だ。
それほど広くない店内にの壁中に様々な男性用のスーツやコート、シャツ、カタログのようなデッサン画などが飾られている。展示物が多いのに雑然とはしていない。
これがセンスってやつですね。
「いらっしゃいませ、皆様」
「いらっしゃいませ、午前中は店を貸し切りにしてるから、ゆっくりご覧になってくださいね」
「こんにちは、ヘイスティングスご夫妻。今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ。それで、今日の主役の色男はこちらのお方で?」
ヘイスティングス夫人の問いかけに、私たちの後ろで小さくなっていたキース先生を、みんなで二人の前に引っ張り出す。
煮るなり焼くなり、ご自由にどうぞ!美味しく調理してあげてください!
「はい、こちらキース先生です」
「まあまあ。これは磨きがいのある殿方ですこと。ささ、こちらへ」
「あの、お手柔らかにお願いします」
ヘイスティングス夫人がキース先生を奥へ案内する。キース先生は恐縮しまくってどんどん小さくなっている。
頑張れ!先生!
店の入り口付近のテーブルに、ちょうど5人掛けられるテーブルと椅子があり、「そちらへどうぞ」と、ヘイスティングスさんは私たちをそこに座るように促した。淹れたてのお茶とお茶菓子が用意されている。
「それにしても、こんなうら若い美女たちに囲まれて、うらやましい先生ですね」
「ふふふ」
ヘイスティングスさんも軽口を叩きながら、首から下げたメジャーを手に持ち、待ち針を指す針山を肘に装着する。夫妻の仕事の準備は万端だ。
店の奥は、試着ができるようになっていて、たっぷりドレープがあるボルドーのヴェルベットの布の奥に大きな姿見が見えている。便所サンダルを脱いだキース先生は、早速その姿見の前に立たされて、ヘイスティングス夫妻に体のあちこちを採寸され始めた。
「キース先生、緊張してるわね」
「猫背がますます丸まってるわね」
私たちはテーブルに用意されたお茶菓子に手を伸ばしながら、先生の様子を観察する。鏡の前で先生は腕を上げたり、回転したり、忙しそうだ。
「で、レイラの作戦では、どんな服を注文する予定なの?」
シャローナの問いに、私は今日まで考えていたプランを発表した。
「今日は、どこでも着て行けるベーシックな黒い燕尾服がいいと思ってるの」
「あら、意外。そんな普通のものでいいの? 先生を変身させるなんて言っているから、ちょっと凝ったデザインのフロックコートとかを想像してたけど」
「キース先生、本当に研究室用の服しか持ってないみたいなのよね。一着作るなら王宮以外にも着て行けるものの方がいいかと思って」
そうなのだ。原作ゲームでも、あまりに見た目に無頓着な先生を、悪役令嬢であるレイラが「ずぼら男」と罵るシーンがあるくらい、キース先生は研究以外のことに興味がない。自分がイケメンだという自覚もきっと全くないだろう。
「普通の燕尾服で、あの先生が変身できるかしら」
「ふっふー。シャローナは私のイケメンレーダーの性能を舐めてるわね。キース先生の燕尾服姿、絶対にステキだと思うわ」
5人は興味津々で先生を見つめている。そこに、ヘイスティングス夫人が紙の束を持って現れた。それをテーブルに置くと、一枚一枚広げていく。様々な燕尾服のデザイン画だ。
「お待ちいただいている間に、お嬢様方に、どのデザインがよろしいか見ていただければと思いまして」
「わー!すごい!」
「たくさんあるんですねー!」
夫人が持ってきたデザインは、ゆうに20枚はある。襟の形、裾の長さやタイのデザインが異なるデザイン画だ。
「在庫がないものもあるんですが、ほとんどは明後日までに学園内にお届けできますから、お好みの意匠がございましたら仰ってくださいね。
あと…例えば、中にお召しになる、ドレスシャツとタイやジャボも、このデザインでしたら本日ご用意できます」
「ふむふむ」
「小物も一緒にこちらで買えるのでしょうか」
ノリノリになってきたミシェルが質問する。
「もちろんです。男性の礼服の小物はすべてうちは取り扱っております」
ヘイスティングス夫人はどこか誇らしげだ。
「一度、先生に礼服を試着いただいたらもっとイメージが湧くと思いますよ。今、夫と一緒に着替えているはずですので、お楽しみに」
確かに、いつの間にかカーテンが下りている。先生はヘイスティングスさんと一緒に試着室の中で着替えているようだ。
すると、布の向こうからヘイスティングスさんの感嘆の声が上がった。
「これは驚いた。見事に男振りを上げられましたな。
――お嬢様方、とんでもない色男がそちらに参りますよ」
言い終わらないうちに、さっとベルベットのカーテンが開く。
試着室の中から、黒の燕尾服、同じく漆黒のチョッキ、黒地にグレーのピンストライプのズボン、白いボウタイを着こなした長身の紳士が現れた。細身のボトムスが、足の長さとスタイルの良さを際立たせている。いつもは整えられていない灰色の長い髪はラフに後ろに流され、先ほどまで前髪と乱雑な長髪に隠れていた鳶色の瞳、シャープな鼻梁と形のよい唇、優美な顎から首にかけての骨格のラインが晒され、彼の端正な顔立ちがはっきりとわかった。
この見目麗しい紳士は、まぎれもなくキース先生だ。
どこからどう見ても、美しい。先ほどまでそこにいた、ヨレヨレのオタクっぽい姿はどこにもなかった。
「変じゃないですか」
いつもの困ったような笑みを浮かべて、照れながら試着室を出て来る先生。足元は自身愛用の便所サンダルだが、輝くような美男子だ。
「キャーーーーーー!」
まず歓声を上げたのは、私と同じく三度の飯とイケメンが大好きなシャローナだ。
「うそーーー!」
「すっっごいかっこいいです」
「見違えちゃった~」
あとの口々のコメントは、どれが誰の発言かわからない。が、皆一様に先生の仕上がりに驚きと感嘆の声を上げている。
これこれこれ!これが見たかったんですよ、私は。
頭を掻きながら、生徒たちの賛辞を受けている先生はいつも通り猫背になってしまったが、それでも纏っている美男のオーラは途切れていない。ヘイスティングス夫妻も「こんなに化けるとは」とか「とんでもない逸材」「やりがいがあるな」などとつぶやき合っている。
想像していた以上に、惚れ惚れするような美男ぶり。眼福だ。
「どうですか、ラヴィニアさん」
先生が照れ笑いのまま問いかけてくる。
「私の目に狂いはありませんでした!先生、完璧です。ぶっちぎりのカッコよさです」
「そうですか、着慣れないせいか自分では違和感しかないんですが…」
照れた苦笑も、いつもの五割増しで色っぽい。
キース先生、やっぱりいいわあ。
それから、私たち風紀委員会のメンバーは、いつになく真剣な議論を重ねた。キース先生に興味のなかった友人たちが、急にやる気を見せたのだ。
先生に素材や色の異なる布をあてがったり、タイを変えたり、ポケットチーフの色を検討したり、デザイン画を見比べながら先生に最適な一着と、小物を見繕うべく、妥協のない検討を重ねた。
先生は戸惑いつつも、私たちの注文するジャケットやシャツを次々に着て、毎回例の照れ笑いで試着室から出てきてくれた。髪を束ねたり、前髪を後ろに撫でつけたり、分け目を変えたり、髪型に対する考察も忘れない。
先生にファッションや色の好みは全くないようで、毎回試着のたび、どれが好きか聞いても「皆さんにお任せします」とのこと。ヘイスティングス夫妻と私たちは更に激論を交わした。
最終的には、燕尾服は、先生の不思議な青みがかった灰色の髪の色に合う、ミッドナイトブルーを選んだ。カラー部分だけ光沢のある布地で、全体は艶を抑えた上品な生地だ。明るいところで見ると濃紺だが、王宮に召される夜には漆黒に見えるだろう。合わせてミッドナイトブルーのチョッキ、細身のズボンにボリュームが控え目なシンプルな白いジャボ。白のドレスシャツ、グローブと、白のポケットチーフ、黒エナメルの紐の革靴も合わせて購入することにした。
どれも先生のために誂えたように似合っていて、先生の魅力を存分に引き立ててくれている品々だ。
その夜王宮に招かれた誰しもが、このミステリアスな美男子のことを目で追うに違いない。
購入するために、燕尾服を一式着た先生は、原作ゲームのスチル以上の破壊力を持ったイケメンに仕上がった。長い髪を掻き上げる仕草も、照れる笑顔も、最上級にイケているのに、いつまでも「本当に変じゃない?」と、自信なさげな先生を、私たちが全力でチアアップする。
「先生史上、最も素晴らしい出来栄えです」
「どこの誰よりもかっこいいです、先生」
「うんうん!」
「惚れそう」
「うんうん!」
幸い、どれもすでに店にある在庫から購入可能だったので、ヘイスティングスさんが手早く箱詰めしてくれている。今回はオーダーメイドではなかったので、そこまでお値段が張らなくて、先生も安心したようだ。研究所に勤めているということは、それなりに高給取りのはずなのに、先生の財布の紐は固い。
先生は王宮用以外にも、ヘイスティングスさんに勧められて――というか、「そんなだらしない恰好をしていたら色男がもったいない」と怒られて――、通常の授業でも履けるスラックスとシンプルだけど首の長い細身の人しか似合わないステキなデザインのシャツを2・3組購入していた。
結局、ここに来る際に着ていた、ヨレヨレの私服はヘイスティングスさんに商品と一緒に箱詰めされてしまったので、購入したばかりの薄いミントグリーンのシャツと、細身のパンツを身に着けている。
足元は残念な便所サンダルのままだが、きっとこの出で立ちで教壇に立ち始めたら、女子生徒たちが放っておかないだろう。
既に、風紀委員のメンバーからも、「キース先生たまらん」という心の声が漏れ出ちゃっている。そりゃそうだよね。今日の先生は本当に恰好いい。
店を出る前、私は、ついでに買っておきたかった濃紺の細めのベルベットのリボンを自分用に包んでもらった。他のみんなも、気に入ったボタンや生地、レースなどを自分のために買っている。
午前中には終わると思っていた先生の燕尾服選びは、予想以上に大いに盛り上がり、店を出る頃には、午後2時近くになっていた。
ちょっと疲れたけど、大満足だ。
長くなってしまいました。キース先生は書いててすごく楽しいです。




