23 グレープフルーツの邂逅
私の学園生活は通常に戻ったが、事件は解決したわけではない。
パティが聞いた11号室の物音は何だったのか、パティの部屋にいたのは誰だったのか。私達はなぜ研究室に監禁されたのか。
犯人は何の目的で学園に忍び込んだのか。そして、黒幕は誰なのか。
捜査は行われているようだが、真相は何もわからないまま、私たちはこれまでの生活に戻っていった。
少々変わったことと言えば、風化委員の集まりにパティが参加するようになったこと、あの事件の後パティの部屋は危険と判断されたため、パティの居室が私と同じフロアの3階に変更されたこと、アルバートがちょこちょこ私の様子を見にやってくるようになったこと――私はずっと塩対応を続けている――、くらいだ。
護衛の騎士達は、ローテーションを組んで常時4人程度が学園内を見回っているようだが、この広い学園内を彼らだけで警備するには明らかに人員不足だ。
学園の警備体制を不安視する保護者を黙らせるためのパフォーマンスとしか思えない。ただ、「腕の立つ騎士が学園内をうろついている」ということが、犯罪の抑止につながるなら、無意味ではないのかもしれない。
美貌の騎士殿――マクアダムス卿はたまに学園内で見かける程度で、特に接触がないため私の心臓は負担を強いられることなく通常稼働している。相変わらず女生徒の熱烈な視線を集めており、何人かがお茶や昼食に誘ったが見事に撃沈したというウワサだ。
本学園の生徒の中には、婚約者がいない女子生徒も多い。この世界は卒業と同時に女性の結婚レースが激化するため、彼女らは優良な結婚相手を学生のうちからリサーチしている。今般派遣された騎士は優秀で、なおかつ独身ばかりということが判明したため、一部の女子の間では諜報力を駆使した情報戦が開始したそうだ。
婚約者がいたとしても無事結婚できるとは限らないし、いつの世も結婚というやつは大変っぽい。
一度もしたことないけど。
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原作ゲームには、6人の攻略対象の男性が存在する。一人は、王子のアルバート。一人は理系の天才キース先生。この二人だけは、前世で攻略済みで、趣味や性格はなんとなく把握している。
しかし、それ以外の攻略対象キャラクターについては、全く予備知識がない。プレイ中に流し見した攻略サイトのうろ覚えの情報のみだ。
他の攻略対象は、1年生の「シャルル・アンジェルジェ」と、2年生の「オリヴィエ・ルコント」、3年生の「ハロルド・ファビアン」。そして、すべてのキャラクターを攻略すると最後の一人のキャラクターとのエンディングが迎えられるというシステムになっているのだが、この人物について、私は全く知識がない。今更前世に戻って答え合わせも出来ないし、あまり気にせず過ごすことにしている。
隠された一人以外は、オープニングムービーなどでご尊顔を見たことはあるのだが、攻略もしていない上に特に思い入れもなく、さらにトラブルの種になりそうなためわざわざ自ら近づかないようにしていた。
ちなみに、そのうちのオリヴィエ君はミシェルの婚約者である。「であった」、と言うべきか。風紀委員結成のきっかけとなったある事件を境に、ミシェルとは絶縁状態だ。
最近、パティと仲良くなったことで、少々シャルルのことが耳に入るようになってきた。なんでも、あどけなさの残るベビーフェイスでありながら、彼が放つフェロモンは半端じゃないらしい。そっちの気のない男子生徒までもが、シャルルのお耽美な瞳で見つめられると照れだすという始末なんだって。
パティ曰く、「そこら辺の女子よりも数倍色っぽい男の子」らしいが、イマイチ男の放つ色っぽさというのがわからないから、一体どんな人物なのか想像すらできない。
学園でのランチタイムは忙しい。
昼食の時間は1時間しかない上に、朝や夜と違って食事の時間が分散しないので、食堂がすごく混み合うのだ。朝はなるべく、夕食は必ず誰かと一緒に食べることにしているが、ランチは待ち合わせなどはせずにその時一緒に行けそうな友人と食べるか、一人でさっさと食べている。
今日のランチは、ベーコンレタスサンドとグレープフルーツだ。私はグレープフルーツが好物なので、サンドイッチは一切れだけ、皿には大盛りのグレープフルーツを乗せている。
ランチタイムの食堂はいつものとおり大混雑でごった返している。私は空席を見つけると、さっそくベーコンレタスサンドにかぶりついた。
ふと、私は自分の目の前に座った少年の所作がとても美しいことに気付く。彼はトマトとバジルのパスタを食べているが、フォークを口に運ぶさま、ぴんと伸びた背筋、少々気だるそうに咀嚼する顎の動きまでなぜかドラマチックなほどに美しいのだ。
陶器のように白い肌に、血色のいい頬、金色の巻き毛のような少々癖のある髪は少し長めで肩にかかるくらい、伏せた双眸には長い金色のまつ毛が影を落としてアンニュイな表情を作っている。深い青色の瞳に見覚えがあった。
あ、わかった。彼がシャルルだ。
なるほど、これがパティの言う色気ってやつか…。色気の正体はわからない。が、彼には確かにそれがある。
ああ、いけない。こうやってジロジロ他人を観察するのが、私の悪い癖だ。私は自分のベーコンレタスサンドに集中する。
そうかそうか。一年生の中で話題のイケメンとは、この彼か。
前世ではよく、「イケメンを見ると生きる活力が湧いてくる」と本気で思っていたし、よく口にしていた。この世界には前世よりもイケメンの登場率が高いからあまりそんなことを考えていなかったが、これはいい顔面を見せてもらった。
生きる活力が漲るようなイケメンとは彼のことだ。生きる活力、湧いたわよ。
――急に、目の前から視線を感じ、緊張気味に見やると、まばゆく光り輝くような微笑を湛えたシャルルが私を見ていた。
「グレープフルーツ、お好きなんですね」
「あ、ええ。そうですね。おいしいですよね、グレープフルーツ…」
相変わらず、初対面のイケメンと喋ると挙動不審になってしまう私。
「そうですか、僕は酸っぱくて苦手だなあ。それに食べづらいし」
「あら、学園のグレープフルーツはそんなに酸っぱくないですよ。特にこの、果肉がピンクのほう。こちらは甘酸っぱくて香りもいいし。よかったら試してみます?」
グレープフルーツが酸っぱいだなんて、いつの時代の誤解ですか!?とツッコミたくなる。ここのビュッフェで提供されているグレープフルーツは国内外から集められた一級品だ。甘さも香りも果汁の多さも、文句なしにおいしいのに。
私はつい、グレープフルーツに対する誤解を解きたくて、一切れ勧めてしまった。
「ほら、それにここに切れ込みが入っているでしょう。ここをカットしてくれているので、こんな風に皮も取りやすくて食べにくいことなんてないですよ」
「そこまで仰るなら」
シャルルは私が差し出した皿から、ピンクグレープフルーツを一切れつまんで、少しだけ、口に含む。
優美な仕草。形のいい口から少し舌を出して唇を舐める。
この瞬間、シャルルの色気が炸裂。これが同性をも変な気にさせるお色気か…!私は一瞬で陥落だ。
シャルルがそのまま、「あれ、あれ?」などと言いながらグレープフルーツを食べきってしまう様子を、私はぽーっとしながら見ていた。どうやらグレープフルーツ、予想外にお気に召したらしい。
「確かに、美味しいですね。そんなに酸っぱくないし、それにとってもジューシーで。知らなかったな、こんなにグレープフルーツが美味しいなんて」
「やっぱりー?ふっふっふー。そうでしょうそうでしょう。よかったら、もっとどうぞ。今から取りに行くとまた行列に並ばないといけないでしょうし」
嬉しくなって、どんどん勧めてしまう。グレープフルーツって、美味しいよね!
「ほんとですか? じゃ、遠慮なく」
皿に山盛りになっているグレープフルーツをぱくぱくと食べてしまうシャルル。その少年っぽい仕草もかわいいらしい。原作ゲームの中でシャルルは結構人気だったがその理由がようやく判った。
シャルルかわいい。天使だ。
私が見惚れながら一切れ食べてしまう間に、シャルルは山盛りのグレープフルーツを平らげてしまっていた。
「ああ、すみません。僕がほとんど食べてしまいましたね」
「グレープフルーツ、気に入ってくださいましたか」
「ふふ、はい。これからは並んで取ることにしますよ」
天使の笑顔をもっと見ていたいが、時計を見上げるとそろそろ部屋に帰って次の授業の準備をする時間だ。
「では、そろそろ失礼いたしますね。またどこかで」
私が立ち上がると、シャルルも立ち上がった。童顔だったので予想していなかったが背が高い。
「はい、楽しい時間をありがとうございます。僕は、シャルル・アンジェルジェ」
知ってました、という言葉を飲み込む。
「こちらこそ、ありがとうございました。私はレイラ・ラヴィニアです」
略式のご挨拶で、私はトレイを持ってその場を去った。
くそー、なんでシャルル攻略ルート、プレイしなかったんだろう。
今更後悔しても遅いんだけど、後悔しちゃうほどシャルルは魅力的だった。




