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22 騎士殿がやってきた

 次の日。


 早朝に出発する兄達を見送るため、私は通用門に出向いた。デルヴィーニュ辺境伯夫人一行は、もっと早く出発したらしい。

 既に兄とお供の兵士はそれぞれの馬を引いて通用門の前にいた。すぐにでも出発できそうだ。私が到着するのを待っていたらしい。

 兄は鹿毛の愛馬のバナナ――頭にバナナの形の模様があるからこの名前になった――の手綱を持って首を撫でている。


「お兄様、すみません、お待たせしちゃったようで…」


 駆け寄ると、私は兄の手を両手で取り握り締めた。


「遠路はるばる来てくださって、ありがとうございました。本当に心強かったです」

「うん、脚はもう良さそうだね。夏まで、元気でね」


 また片手で、私の頭をくしゃっと撫でる。


「はい。お兄様こそお元気で。あと帰り道もどうぞお気をつけてね」


 ふいに寂しさが込み上げてくる。泣くようなところじゃないし、まさか涙が出そうになるなんて思ってなかったけど。油断すると、涙が溢れそうになってしまう。

 誤魔化すように、昨日の夜急いで書いた父への手紙を手渡す。


「これ、お父様に渡していただけますか」

「わかった。ではそろそろ行くよ」


 お供の兵士に、差し入れのお菓子と昼食代を手渡してお礼を伝えると、私は下がって二頭の馬から距離を取る。

 兄が鎧を踏んで騎乗し手綱を調節して短く保つ。バナナの体に緊張感が漲った。賢くていい子だ。


「じゃあね、レイラ。気をつけて。危ないことをしてはいけないよ」

「わかりました!気をつけて」


 兄が先に並足で歩を進め、兵士の馬はそれに続く。

 少し先で振り返りこちらに手を振った後、駈歩の合図でそれぞれの馬が走り出す。二人の姿はあっと言う間に見えなくなった。


 ◆


 この日、二日ぶりの教室に入ると、教室が大騒ぎになっていた。もちろん話題の中心は学園内の生徒誘拐事件だ。私は、事件の話を聞きたがる生徒たちに矢継ぎ早に質問攻めにあってしまった。ただ、今回の事件のことは口外しないように釘を刺されているため、詳細はあまり話せない。適当にお茶を濁して答えているうちに、すぐにみんな私を尋問することに飽きてしまった。

 風紀委員のメンバーには、「放課後にゆっくり話そう」と伝えてある。直ぐにでも話を聞きたそうな三人は言葉を飲み込んで、渋々頷いた。

 教室ではゆっくり話せそうにないし、私は二日ぶりの授業に追いつくために、欠席した日のノートを写させてもらうことにすべての休み時間を費やさなければいけない。

 こういうところが、学生は慌ただしい。案の定、苦手な数学は今日の授業からチンプンカンプンだ。


 午後になると新たなウワサが流れ始めた。


 本日王都から派遣された騎士団の中に、「痺れるような美青年」もしくは「見ただけで腰が砕けそうになるような美男子」がいるらしい、というウワサだ。ミーハーな女子生徒たちが、どこに行けばその噂のイケメンを拝めるのか、休み時間になる都度、情報をアップデートしながら大声で触れ回っている。


 嫌な予感がする。その「痺れるようなイケメン」は、あの騎士殿ではないだろうか。もしそうなら…。

 なるべくならもう会いたくないと思っていたが、下手をすれば早々に顔を合わすことになってしまいそうだ。


 さっきから女子生徒が「今イケメン騎士はドコソコにいるらしいわ!」という情報を逐次触れ回っているようだから、なるべくその場所には近づかないことにしよう。

 彼女らの情報によると今日派遣されている騎士は四名。今日のところは、学園内の施設を巡回し場所や通路を確認しているのだろう。

 騎士ともなると、この学園の卒業生であるかもしれない。でも、その4人の騎士たちは一体誰から誰を守るために派遣されているのだろう。学園内に生徒は二百人近くいるし、アルバート一人を警護するなら四人も必要ないのでは…。


 考え始めたらキリがないが、イケメン騎士のことに頭を巡らせている暇はない。放課後は風紀委員のメンバーに今回の事件について話したいし、パティを早く紹介したい。夏休みにはうちに遊びに来てもらうよう伝えないといけない。今日はやることが目白押しだ。


 授業が終わると、私が早々に荷物をまとめ居室に帰る準備をしていると、アルバートが現れた。もう、表情を取り繕うのも面倒になって、分かりやすく迷惑そうな顔をしてしまう。


「今回の件、聞いたよ。無事で何よりだったね、レイラ」

「はあ。まあ、ありがとうございます。わざわざそんなことを言いに二年生の教室まで来てくれたんですか」

「そうだよ、悪い?」

「いや、悪くはないですけど…」


私の様子を見にアルバートがやって来るなんて、今までそんなことは一度もなかった。正直、なんとなく居心地が悪い。それに今日は、私、とても忙しい。アルバートとお喋りしたい気分には全くならず、鞄手に取った。


「――レイラ、今回の事件について、詳しく聞かせてほしいんだ」

「王宮警察には昨日全てお話しましたよ。どうしても聞きたいと仰るならお話しますけど、私、今日は忙しいので。じゃ、失礼します」


 私は鞄を握りしめると、脱兎の如くその場を走り去った。とうとう脚は完全復活! よかった!


 最近アルバートのことがかなりどうでもよくなってきている。

 先日録画に撮影したイチャイチャ現場映像だけでも、アルバート側からの婚約破棄を突き付けられた場合には、私に有利な証拠になるし、もう原作ゲームのことは気にしないことにしたし。

 私も好きにやらせてもらうことにしまーす。


 ◆


 風紀委員のメンバーとは、放課後に庭園の東屋に集合することにしていた。私が集合場所に到着すると、シャローナとミシェルがすでにベンチに座っていた。


「レイラ~、本当に大変だったわね」

「ほんっとうに無事でよかったわ!誘拐って聞いた時はびっくりしたけど…」

「私も今でも変な夢でも見てるんじゃないかって気がしてるくらいよ。でも、例のパティが活躍してね…」


 紙ナプキンに包んでおいたクッキーとナッツを広げて、おやつの準備をしながら雑談する。それぞれが持ち込んだおやつをその紙ナプキンの上に広げていく。クッキーもナッツも、ランチのビュッフェで多めに取ったものだ。紙ナプキンンの上にシャローナはクラッカーを、ミシェルはブラウニーを乗せる。


「昨日、レイラのお兄様が来ていたんだって? すごくチャーミングな人っていうウワサじゃない!いいなあ、レイラの周りはイケメンだらけで」

「ふふふ。やっぱりウワサになってたんだ。昨日うちのお兄様ったら、白の棟の私の居室の前まで入ったのよ。ミラー先生の監視付きだけどね」

「あーー、聞いたわ。アルバート殿下と上手くいってないから、レイラが早速浮気相手を連れ込んだって言ってるバカも沸いてるし。みんなあなたのことウワサしてるわよ」


 その後パティとローラが遅れて到着した。ローラは本日、大量のビスケットを持参してきた。

 私は風紀委員の一員として加入希望のパティを紹介した。ついでに事件の顛末も、パティの活躍ぶりも含めて説明する。他の生徒には口外しないが、最初から風紀委員のみんなには何が起きたのかすべて話そうと決めていたもんね。


「という訳で、パティが風紀委員に加わるから、よろしくね!」

「「よろしくー!」」

「私たちもパティって呼んでもいいかしら?」

「ぜひぜひ!そう呼んでください。よろしくお願いします!」


 日が暮れ始めているが、まだ六時を過ぎた頃だろう。ベンチに腰掛けお菓子をつまみながら、私たちは次に、夏休みの計画について話し始めた。

 ミシェル、シャローナ、ローラも、夏休みの二週間を我が家で過ごすことに、二つ返事で承諾してくれた。日程などについては、父からの返事を待って決めることにする。

 少しは勉強もした方がいいだろうし、毎日家にいたら飽きるからどこかに遠出するのもよさそうだ。私の家の領地には海があるから、海辺でみんなで何泊かするのもいいかもしれない。


 夏休みの話がひと段落したところで、ローラが切り出した。


「問題は、風紀委員の活動がやりにくくなっちゃうんじゃないかってことよ」

「どうして?」

「聞いたでしょ、騎士が学園内を警護するって話。しばらくは人気のないところとかに行っちゃいけないってことになるんだってー」

「そうなの?でも犯人は捕まったんでしょ。どうして騎士なんか学園に来る必要があるのよ。

 ――って、うわああ!」


 ミシェルが急に、私の背後を指差して口をあんぐり開ける。

 慌てて背後を振り向くと、そこには、眉目秀麗な一昨日の騎士殿が私たちを見下ろして立っていた。一昨日見たときと同じ、近衛師団の濃紺の制服を着ている。

 暗くなってきているとは言え、こんなにすぐ後ろにいるに誰一人気配に気付かないなんて、騎士ってやつは恐ろしい。私はまたしても胸の動悸が激しくなるのを感じ、目を伏せてなるべく存在を見ないように努める。


「暗くなると庭園は人通りも少なくなります。早めに室内に入ってください」


 きっぱりとした口調で、騎士殿は私たちに注意した。パティがニコニコと応対をする。


「あ、あの時の騎士様ですね~。この前はありがとうございました。おかげ様で検査も異常なしです」


 ね、と目配せをしてくるパティ。私ももごもごとお礼の言葉を述べておく。


「あの、その節は本当にありがとうございます。重たかったでしょうに、本当に申し訳ありません。今は脚も元通りになりまして、普通に生活しております」


 我ながら歯切れの悪いお礼だ。それに、もっと何か言わなきゃいけないことがあったんじゃなかったっけ? 「殺さないでくれ~」とか、「殺すなら痛くしないで」とかだっけ? ああ、そうじゃない、スリッポンのことだ。言葉を繋げずにいると、騎士殿が答えた。


「そうですか、無事で何よりです。それより、お早く室内へ」


 薄暗がりの中でも、風紀委員のメンバーが「このイケメンは誰だ!?」と私に視線を送っていることがわかる。私は知らんぷりをして目をそらしてごまかすが、多分この後根ほり葉ほり聞かれるんだろうな。

 短い会話を済ませた彼は私たちに背を向けて、庭園の中へ入っていこうとする。

 パティが思いついたようにベンチから立ち上がり、その背後から呼びかけた。


「すいませーん、騎士様。お名前、教えてもらえませんか~?」


 パティの言葉に振り返った騎士殿はよく通るイケボで名乗った。


「ロメーシュ・マクアダムスと申します。――では」


 無駄のな動作で一礼して、大股で去っていく。


 ロメーシュ・マクアダムス。

 思ったより、ラスボス感のない名前だ。優男風と言ってもいいくらい、柔らかい。

 もっと「ギルデガンザント・ジャゴブツァーゲン」みたいな、ゴツイ名前なんじゃないかと思ってたわ!

どんな名前がいいかなー、と一週間近く悩みました。

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[良い点] テンポもよく、楽しく拝読しております! ラスボス感のある名前で笑いました(笑)
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