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 医務室の入り口には、百戦錬磨のベテラン看護師さん五名が隊列を組んで待ち構えていた。そのまま見事なチームプレイにより、私たちはテキパキと車椅子に乗せられて、騎士団の皆さんに御礼を言う間もなく検査室に送られてしまう。

 例の騎士殿の名前くらい聞いておきたかったし、「おととい来やがれ」的な気が利いたことを穏便に言っておこうと思ったけど、そんな隙は全くなかった。恐るべし、医療従事者の連携プレイ。


 私とパティは車椅子に乗ったまま、回転寿司のようにあちこちに運ばれて、全身に異常がないか検査を受け、この日は一晩医務室に宿泊することになった。医師と看護師、学園警備員が寝ずに番をしてくれるとのことだ。


 その夜、隣同士のベッドで、パティと私は眠気の限界が来るまで話をした。

 私はパティの勇敢さを称え、パティは自分もイケメン騎士にあんな風に運ばれたかったとニヤニヤで語った。パティは風紀委員のメンバーに入りたいそうだ。パティならみんな大歓迎だろう。早くみんなに紹介したい。


 翌日。


 朝起きると、私の脚は車椅子がなくてもゆっくり歩ける程度に回復していて安心した。ちょっと痺れは残っているが、昨日のように足腰立たない、という状態ではない。


 医務室で用意された朝食を食べ終わると、着替えの制服と靴が届けられている。身支度を整えると、事件の顛末を聞きに学園の事務局職員の女性と年配の王宮警察の男性が訪れており、パティと私を交代で聴取した。私たちは、事件の発端となった白の棟の11号室の話から、自分の覚えている限り正確に彼らに説明した。


 彼らによると、学園内でこのような誘拐事件が起こるのは前代未聞であり、王宮内でも大問題となっているそうだ。学園には王族であるアルバートや貴族の子女が寝泊りしており、加えて、同じ敷地内に最先端の魔道具技術の研究者や器具研究成果が集まっている。言わば、ここは国の英知と未来が結集した場所だ。当然、敷地に入るための警備も厳しく、そう簡単に部外者は侵入できないように万全の体制が敷かれている。

 ――しかし、今回はそこに侵入を企て、生徒二名を略取するという事件が起きてしまった。王宮警察官は、明言は避けたが、学園内に手を引いている人間がいるのではと疑っているようだ。


 今回の事件は、想像以上に大事件になっている。

 話の最後に、王宮警察官の男性から


「絶対に今後、怪しいところに近付かず、何かおかしいと思ったら教員か警備員に必ず報告すること」


 ときつーく言われてしまった。風紀委員の活動に差し障ってしまうが、こればかりは仕方がない。


 長時間に及んだ事情聴取の後、私とパティ、それぞれの家族が面会に来ていることが知らされて、びっくりした。

 パティの家からは母上が、我が家からは兄のヒューが来ているらしい。


 学園に家族が呼び出されるのは、素行や成績が悪い場合など、何かやらかした時のみだ。今回は恐らく特例として、それも大至急呼び寄せられたのだろう。

 それにしても、早馬を飛ばしても半日以上かかる我が家から、この時間に兄が到着していることに驚いた。恐らく早朝――もしくは深夜から――馬を駆ってきたに違いない。心配をかけてしまったことに、申し訳なくなる。


 まだ頼りない歩みを付き添いの看護師さんに支えてもらいながら、二人が待っている部屋に入ると、目を血走らせた兄が椅子から弾かれたように立ち上がった。


「レイラ!」


 そのまま、相撲取りのぶつかり稽古もかくやと言わんばかりの勢いで私の体を抱きしめる。


「ううーー、お兄様、死んでしまいます…!」


 全力の締め技を食らった私は、何とか兄の腕から逃れ、一目でわかるほど疲労困憊の兄を見つめた。

 隣でパティもそっくりな母にガッチリと抱きしめられている。ここまで付き添ってくれたら看護師さんが、私達の再会を微笑みながら見守ってくれていた。


「レイラ、無事でよかった…」

「お兄様、心配かけて本当にごめんなさい」

「脚が動かなくなったって聞いたけど、もう大丈夫なのか」

「ええ、ちょっと動き辛いけど、もう大丈夫です」


 兄のヒューと会うのは約四か月ぶりだ。学園に入学すると、家に帰れるのは年に二回の長期休暇――冬と夏――だけとなる。

 兄は冬に会った時より少し髪が伸びていた。いつもは爽やかなルックスの兄だが、今日は充血した目とやつれた表情、髪も乱れている。いつもより男臭くて、これはこれでとてもよろしい。


 医務室の面会室に昼食が用意され、家族水入らずで昼食を取ることになった。またしても看護師さんたちが、てきぱきと昼食の用意を整えてくれた。何から何まで、気の利く人たちだ。


「で、脚は本当に大丈夫なんだね」


 テーブルの正面に座った兄が、サラダをフォークでつつきながら聞く。


「ええ、すっかり、という訳ではなさそうですけど。

 昨日もお医者様に、二、三日はふらつくかもしれないけど、すぐに元どおりになるって言われました。

 ね、それよりお兄様、どうやってこちらへ? 馬をぶっ飛ばして来られたんですか」

「うん。昨日の昼過ぎに王宮から連絡があって、レイラが事件に巻き込まれたと聞いて飛んできた。怪我はないが脚が不自由になったと聞いてね…心配したよ」

「そうだったんですか…ごめんなさい」

「いいんだ。レイラが悪いわけじゃない。父上も母上も、この世の終わりかってくらい心配していたど、僕がこの目でレイラの無事な姿を見たから。安心するように伝える」

「ありがとうございます」


 お腹が減っていたのか、兄はランチをあっと言う間に平らげてしまった。

 パスタとサラダ、スープというごく普通のメニューだけど、久しぶりに家族と話せて嬉しいせいか、すごく美味しく感じる。それにこんなにゆっくりと兄と話すのも久しぶりだ。


「あ、そうだ。さっき王宮警察官に、すごいことを聞いたよ」

「なんです?」

「生徒の警護のために、明日、王宮騎士団から騎士が派遣されるらしい」

「ほおおー」


 公務員は大変だなあ。生意気な小僧と小娘しかいない学園の空気に鼻白む気の毒な騎士の姿を想像して笑ってしまう。恐らく、派遣される騎士はアルバートの警護にあたるのだろう。


「今回の事件、王宮がこんなに動くなんて正直驚きだよ。貴族の娘を狙った誘拐なのかと思ったけど、事情を聞いたらどうやら違うようだしね」

「昨日の男の正体はわかったんですか」

「王宮警察官によると、昨日レイラとデルヴィーニュ嬢を襲ったゴロツキは、何かの取引の用心棒として雇われたらしい。頻繁に学園に忍び込んでいたようだけど、それ以上は教えてくれなかった」

「いかにも悪そうな男でした!」


 思い出すと背筋がぶるっと震えた。すると、兄がテーブル越しに顔を近づけ、大きな手で私の頭撫でてくれる。


「レイラ、あんな怖い思いをすることはきっとないから大丈夫。明日からは王宮騎士が直々に警備してくれるんだ。安心して」


 子ども時代のような兄の仕草に、懐かしい暖かい気持ちになる。私の身を案じて遠路を駆けつけてくれた兄の優しさが嬉しかった。


「そういえば」


 兄は私の頭を撫でる手を止めて呟く。


「デルヴィーニュ家の母上はすごいな」

「どうしたんです?」

「彼女の家は、ラヴィニア領よりもずっと遠いんだ。多分馬で丸一日以上の遠方だよ。

 そこから供を二人しか連れずに、あの母上自ら夜通し馬を駆って、ここに辿り着いたんだってさ。そこで待っている時に聞いたんだけど」

「さすがパティのお母様ね…」

「全く疲れた様子もなくて、ああいう人を女傑って言うんだろうね」


 この母にして彼女あり。

 さっき見かけたパティにそっくりなお母様を思い出し、昨日のパティの向こう見ずなまでの勇敢さに納得がいった。


 兄との話は尽きない。


 昨日何が起きたか、どんな怖い思いをしたか、パティの活躍など、事件の顛末を詳しく話して聞かせた。兄はいちいち驚いて聞いてくれる。その反応が嬉しくて、私は熱弁を振るった。

 ハンサムだが天敵である騎士に、お姫様抱っこされたことは、もちろん秘密。

 そんな事が両親の耳に入ったら、とてつもなく面倒なことになりそうな気がしたからだ。

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