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 室内にけたたましい笛の音が響き渡る。


 息継ぎをしながら、何度も何度も笛を吹き鳴らす。学園内の誰かの耳に届くように。

 研究棟は、私たち生徒がいる校舎から遠いけど、音の正体を確かめにきた人に、助けてもらえるかもしれない。


 一分だろうか、五分だろうか、吹き続けて苦しくなり笛を吹くのを止めると、パティが手を差し出してきた。 パティはホイッスルを私の手から取ると、私と同じように吹き始める。


 こうして、お互い交代しながら、ホイッスルを吹き続けた。どれくらい経っただろう。


 扉の向こう側から鍵を開ける金属音がしている。ホイッスルを吹いていた私は慌てて止め、叫んだ。


「助けてください! 部屋に閉じ込められています!」


 それに合わせてパティも騒ぎ始める。


「開けてくださーい! お願いしますー!」


 おまけに床を踏み鳴らしたり、手を叩いたりしている。


 誰でもいいから助けて! 私は縋るような気持ちでドアを見つめた。

 ドアノブが下り、ギイッと扉が軋む音がして、鉄の重たいドアが開く。


 その瞬間、自分が重大なことを見逃していたことに気付いた。ここに私たちを連れてきた何者かに、見つかってしまう可能性を、全く考えていなかったのだ。

 ドアから顔を出した人物を見て、ようやくそのことを自覚した。

 …ああ、やらかしてしまった。いかにも悪党面のガタイのいい男が立っていた。きっと私達をここに連れ込んだ連中に、私達が騒いでいるのが見つかってしまったのだ。

 咄嗟にパティがうずくまり、私の手を取る。私もパティの手をギュッと握った。


「お前らうるせえぞ!痛い思いをしたくなきゃ、その笛をとっととよこしな」


 悪党面の男が、いかにも悪そうな声で怒鳴りつける。やっぱり、ここに閉じ込めた連中に見つかってしまったらしい。

 どうしよう、どう答えればいい、そう考えていたら、パティのきっぱりとした声が聞こえた。


「いやよ!」


 えええー!!?? パティ、即答? この恐ろしいおじさんに、口応え!?


「んだと、このやろうーーー!」


 やっぱりおじさん怒ってるー!! 動転するばかりの私をよそに、パティの行動は素早かった。パティはわたしの手からホイッスルをもぎ取ると、一際大きな音でホイッスルを吹き鳴らす。

 驚いた悪党のおじさんは一瞬怯んだが、パティを捕まえようとこちらに飛びかかってきた。

 パティはひらりと身をかわし、部屋の奥に逃げ込むようにしておじさんを翻弄しつつ軽快にホイッスルを吹き続けている。どうやらホイッスルが気に入ったようだ。


 この隙に私は少しだけ動きが良くなった脚を引きずりつつ、扉に向かって這いつくばって移動する――が、悪党のおじさんに背後を見せたのが良くなかった。


 急に背後から、髪の毛を強く引かれ、動きを止める。


「お友達が大事なら、今すぐにそれをよこせ。今なら許してやる」

「レイラ様から手を離さない! 笛はあんたにあげるわ!」


 パティはそう言って、ホイッスルを扉の向こう側に剛速で投げた。部屋の外に飛んでいくホイッスル。着地した音は、結構遠くで聞こえた。

 おじさんの手が緩んだタイミングでに、私は髪を引っ張って奪い返す。痛かった。汚い手で触られて、かわいそうな私の髪。


 悪党のおじさんは顔を真っ赤にして部屋を出て行く。扉は開けたままだが、私は脚が動かず絶好のタイミングだが、逃げ出すことは出来ない。


「パティ、逃げて!」


 私は咄嗟に叫んだ。その声にパティは一目散に扉に向かって走る。パティの足なら、おじさんを振り切って助けを呼ぶのに時間はかからないだろう――と思ったら。

 パティは扉を閉め、鍵を閉めて扉の内側に付いているキーチェーンをかけた。


「パティ!どうして逃げなかったの」

「レイラ様を放って逃げ出せません!」


 パティは得意げに笑った。私もつられて笑ってしまう。

 廊下からはおじさんの唸り声が聞こえ出した。扉が閉まっていることに気付いたようだ。向こう側からドアノブが上げ下げされ、扉を蹴ったり殴ったりしているらしい。扉に衝撃が加えられている。あの悪党のおじさんは、鍵をどこかにやってしまったらしく、扉を乱暴に叩いたり蹴ったりしているようだ。鍵があったとしても、しばらくはチェーンロックでここに籠城できるだろう。

 でも、もしチェーンまで壊されてしまったら…?

 パティが慌てて扉を内側から押さえる。私も這って扉の前まで移動し、パティの隣で扉を必死で押さえた。


「これだけ大騒ぎしたから、誰か来てくれますかね」

「扉がそれまで持つことを祈るのみね」


 私たちはぎゅっとみを寄せて扉に背を押し付けた。不安そうなパティの表情。きっと私も同じような表情をしているに違いない。

 急に、扉の向こうが静かになった。どさっという何かが倒れる音、何人かの足音が聞こえる。


「もしかして…」


 助かるの? さっきの悪党の仲間が来たの?


 パティと顔を見合わせて息を潜める。

 扉に鍵を入れる鈍い金属音。私達は、もう一度、扉が開かないよう力を入れて扉を押さえる。必死で扉を押さえていると、向こう側から、呼びかける声が聞こえた。


「…助けに参りました。私たちは王宮から派遣された騎士団です」


 低い落ち着いた男性の声。さっきの悪党のおじさんの声ではない。


 パティはその呼びかけをあっさり信じたようだ。キーチェーンをつけたまま扉を少し開く。

 恐る恐る外を見て、笑顔で叫んだ。


「助かりました! レイラ様! 騎士様が助けに来てくださいました!」


 パティが嬉々としてキーチェーンを外すと、騎士の制服を着た美青年が部屋に入ってきた。その姿を見て、息が止まりそうになる。


「お二人とも無事でしたか」


 部屋に入ってきた騎士が私たちを見下ろしている。瞳は蒼く燃える炎のような色、端正で涼やかな顔立ち。二十代中盤だろうか。艶のある短めの黒髪で、背が高く、鍛え上げられた身体であることが服の上からも分かる。王宮付きの騎士の中でも近衛師団のみが着ることを許された濃紺の生地に金の飾緒の制服を纏っている。

 この騎士の特徴の一つ一つが、私の胸を締め上げるように苦しめる。息が止まりそうになり、細かく手が震え汗が噴き出すのがわかる。彼から目が離せないのに、恐怖で身体がすくんでしまう。


「レイラ様?」


 パティが心配そうに私の顔を覗き込む。


 大丈夫よ、ちょっと知り合いに似た方がいて、びっくりしただけ


 そう言ったつもりだったが、声が上ずるばかりだ。

 その時、続け様に三人の騎士達と、白の棟の担当の先生であるミラー女史が室内に入ってきた。助かった。彼から目が離せなかったが、これ以上見ていたら心臓がどうかなりそうだ。


「まあ!まあ!二人とも、よくぞご無事で!」


 先生は大げさなほどオーバーリアクションでパティを、続いて、私を抱きしめる。


「先生、さっきの怖い男の人は…?」

「ここにいる騎士殿たちが、鮮やかにやっつけてくださいましたよ、もう安心なさい。

 …何もされていないのね、二人とも。」

「私は何ともないんですが、レイラ様は、ここに連れてこられた時に足が動かなくなってしまったそうです」

「足以外は何ともありません。さっきの人は、パティが追い出してくれたんです」


 ミラー先生は眼鏡の向こう側の目にいっぱい涙を溜めている。とても心配してくれていたようだ。


「まあ! なんということでしょう! デルヴィーニュさんがあの賊を追い出したですって…。まあ! まあ!

 ああ、お話を伺う前に、早く二人を医務室にお連れしないと。

 ラヴィニアさん、足はどうかしら? 立てる?」


 心配そうに手を貸してくれるミラー先生の手を取って、足に力を込め立ち上がろうとする。が、やはり立ち上がることは出来ず、小柄な先生を巻き込んでよろめいてしまった。 


「手をお貸ししましょう」


 先程の長身の騎士が私に手を差し出すが、私はその手を取ることはできない。ミラー先生が、仕方ない、とばかりにため息混じりに言った。


「ラヴィニアさんは、無理なさらずに騎士殿に手伝っていただきましょう。

 騎士団の皆様、お手数ですが、彼女達を医務室まで送り届けるまで助けていただけないでしょうか。

 それで、すみません、彼女は歩けないようですので、どなたか力自慢の方に…」


 ミラー先生が言い終わらないうちに、青い瞳の騎士が私の前に跪くように上体を下げると、ふわりと体が持ち上げられる。「騎士殿」は、いわゆるお姫様抱っこ、の形で私を抱き上げたのだ。


「…では、お願いしますね」


 ミラー先生はそう言ってパティの手を引いて部屋を出る。


「ちょっとお待ち下さい、このような形で殿方に抱えられるのは困ります!」

「ラヴィニアさん、歩けないなら仕方がないでしょう。それに、ご協力いただいている騎士殿にも失礼ですよ」

「レイラ様、殿下には秘密にしておきます」


 そういう問題じゃないんだ。そういう問題じゃあないんだよ、パティ。爆発しそうな心臓の音。恥ずかしくて死にそうだ。


 いや、死にたいわけじゃないけどね。

イケメンの横顔を想像しているだけで生きる活力が湧いてきますね!

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