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 体の痛みを感じて、ここがいつものベッドの上でないこと、パティの部屋に入った時、何者かに襲われたことを思い出した。


 硬い床で寝ていたせいであちこちが痛いが、どこにも怪我はないようだ。

 長い夢を見ていたようだけど、はっきり思い出せない。何か大事なことを思い出さなきゃ、というような夢だった気がする。夢に内容は覚えていないが、なぜか気分はすっきりとしている。


 体を横たえたまま薄目を開けると、暗い室内にいることがわかった。ほぼ正方形の部屋だ。凹凸が少ない板張りの床、重たそうな鉄の扉の反対側の壁には、換気のための窓が天井から五十センチ程度あり、そこから光が漏れている。壁面には天井まである棚が据え付けられているが、箱が三つ乱雑に入っているだけだ。がらんとした室内を見渡す。


 …!


 部屋の隅に、制服を着た女の子が転がっている。茶色の髪はこの世界では珍しいショートカットだ。


 彼女、きっとパティだわ!


 慌てて飛び起きて駆け寄ろうとすると、脚がもつれて転んでしまった。再びゆっくり立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。

 おかしい。

 足下を見ると、気に入っていたスリッポンは片方だけしか履いていなかった。ここに来るまでの間に脱げてしまったのかもしれない。

 うまく歩けないので、大声で呼びかけてみる。


「ねえ、あなたパティ・デルヴィーニュさんでしょ?」


 横たわる少女は向こうを向いていて、反応がわからない。

 仕方がない。


 私はもぞもぞと匍匐前進で彼女ににじり寄ることにした。足が重く殆ど動かず、腕の力だけで前進してみる。十メートルもないはずだが全然前に進まない。

 脚が動かないと匍匐前進も難しいのね。知らなかった。憶えておこう。


 やっとの思いで彼女の元にたどり着く。顔を覗き込むと、すやすやと平和な寝息が聞こえた。よかった、眠っているようだ。

 肩を叩き、起こしてみる。


「ねえ、起きて。あなたパティ・デルヴィーニュさんよね」


 ゆさゆさ揺すると、ようやく彼女は目を開いた。大きな瞳が印象的な美少女だ。前髪がきっちり揃ったショートカットが似合っている。


「あら、ここは…? あら? あら?」


 ゆっくり上体を起こすと、キョロキョロと周りを見て、私に目を留める。


「えーと、私は、レイラ・ラヴィニア。

 あなたは、この前風紀委員にお手紙をくれたパティ・デルヴィーニュさんよね?」

「え!? レイラ様!? 」


 顎がぱかーんと落ちるように開いた。途端、堰を切ったように話し出す。


「なんと、レイラ様ご本人ですか? 本当に? 本当に?

 あの、私レイラ様のファンなんです! ずっと憧れてて、入学の時に白の棟に無理やりねじ込んでもらって、本当に毎日毎日、あー素敵だなあって影ながら見てました!」

「え? え? どういうこと?」

「あ、すみません。レイラ様のことはよく存じ上げてます。昔からいつもハイセンスなお召し物がステキで、たまにお見かけするたびに、真似してドレスを誂えてました」

「そうでしたの…」


 急な展開にやや混乱したが、ドレスを褒められたのは嬉しい。

 で、結局この子は誰なんだろう。


「すみません、それで、あなたは、パティ・デルヴィーニュさん、ですよね?」


 何回聞かすんだ、と苦笑しつつ改めて聞く。


「そうです!どうぞパティと呼んで下さいまし」


 パティは目をキラキラさせて頷いた。


「ありがとうございます、パティさん。」

「どうぞパティと呼び捨てで!」

「あ、ありがとう、パティ」


 元気のいいパティを見ると、乱暴な扱いを受けたということでもなさそうだが、ここで話し込んでいるわけにもいかない。


「ねえパティ、私たちは今どこにいるのかしらね」

「わからないですね。学園の中でしょうか」

「あなたはどうやってここに連れてこられたの?」


 まさか自分の意思でここに寝ていたということは無いわよね、という軽口はこういう局面では我慢せねば。


「あまりよく覚えていないんですが…。

 そうだ。あの手紙、呼んでいただけましたか」

「読んだわ。十一号室の不審者の相談よね」

「わ!本当に?嬉しい!!

 で、その十一号室で昨日また物音がしたんです。それで、風紀委員の皆さんが来てくれる前に、ちょっと中を覗いてみようと思って…

 話し声がするから隣の部屋のドアを開けたら、中に男の人と、多分うちの制服を着た女の人がいて…そこで、この辺はあまり覚えてないんですが、気を失ってしまったみたいなんです。

 何度か夜中に目が覚めたんですが、そのまま眠ってしまって、それで今目覚めました」


 ニコっと白い歯を見せて笑うパティ。一晩こんな状況で寝続けられるとは、かなり根性が座っているのかもしれない。


「大変だったのね。。

 そうだ、パティ、脚はなんともない?」

「脚?」

「そう。私、立ち上がろうとしたら脚に力が入らなくて、どうやら歩けそうにないの」

「ええっ!? 大丈夫ですか?」

「今はわからないけど、学園に戻れたら医務室で見てもらうわ。あなたも同じようになってないかしら」


 パティはよいしょ、と立ち上がってみせる。


「大丈夫みたいです。普通に歩けます」

「そうみたいね!よかった。ね、ついでに、扉に鍵がかかってないか、見てもらえないかしら」

「はい!」


 パティは俊敏に扉に駆け寄って、ドアノブを握ってガチャガチャと押したり引いたりノブを下ろしたり試行錯誤するが…


「さすがに、鍵は閉めているみたいですね」

「そうよねー」


 困った。 ここにはトイレもないし、水飲み場もないし、もちろん食事もないし。


「レイラ様はどうしてここに?」


 パティが私に問いかける。


「昨日の夕食にパティが来なかったことが気になって、朝一で部屋の様子を見に行ったのよ。ノックしてもいないみたいだったから、部屋のドアを開けてしまったの。ごめんなさいね。

 そしたら誰かに捕まってしまって、気が付いたらあそこで寝ていたの」

「昨日の夕食?何かあったのですか」

「パティは、私達からの返事の手紙を見ていない?」

「え?私に手紙を、書いてくれたんですか」

「そうよ、一昨日の昼頃あなたの部屋の扉の下に入れた手紙、見ていない?」

「一昨日、ということは普通に授業を受けていたので、もし部屋に手紙が届いていたら気がつくと思うんですが…」

「そうなのか…見てないのね」


 手紙を読んでいたとしても、もしかしたらもうパティは誰かに拐われた後だったかもしれない。


 そうよ!私達、拐われたんだ!


 どうしかものか、と考えいると、遠くで学園のチャイムが鳴っているのが聞こえた。


「パティ、今の聞こえた?」

「はい!今のチャイムは、始業の音ですね。ということは、今九時かしら」

「それに、私たち学園の中か、学園の近くにいるのよ」


 チャイムの聞こえる範囲はそんなに広くない。学園の土地は広大なので敷地内のあちこちで同じ時間にチャイムを鳴らしているが、学園の外に出るとその音は殆ど聞こえないはずだ。


 と、不意に気が付いた。この部屋の構造は見たことがある。無機的な室内、壁の棚、鉄の扉。


「ここはもしかして、研究棟?」


 だとすれば、私たちはまだ学園の中にいるということになる。研究棟には午前中は殆ど人がいない。ここに集まる研究者達は夜型人間が多いからだ。

 それに、研究室は防音のためにそれぞれの壁が厚く作られているから、助けを求めて叫んだとしても、外に声が聞こえることはないだろう。


 誰がなぜ、こんなところに私達を連れてきたのだろうか。


 原作ゲームにはこんな展開なかったのに。


 それに…お腹が減った。


 非常事態でも空腹を感じるんだわ、と、どうでもいい事を考えて現実逃避をしてしまう。そこに、パティの明るい声が響いた。


「ねえ、レイラ様。飴を発見しました!」


 いつの間にか棚の中に押し込まれた箱を開けていたパティが、コーラルピンクの包み紙の飴玉を差し出してきた。

 こんなところになぜ飴。それにその包みのデザイン、どこかで見たことがあるような…。


「食べるのは、だめ、ですよね?」


 念のため、というようにパティが尋ねる。


「うん、やめておいた方がいいわよね

 ああ、パティ、そうか、あなたは夕食も食べていないんだった。お腹が減っているのね」


 かわいそうなパティは拾った飴玉でも口にしたいほどお腹が減っているらしい。

 何か持っていないか、制服を探った。その時。


 ホイッスルだ。


 首からリボンでぶら下げたホイッスルに気がついた。


「パティ、これ見て!」

「なんですか、これ」

「ホイッスルよ!すごーく大きい音が出るの。今からこれを吹いて助けを呼ぶわ。ちょっと耳を塞いでおいてくれる?」


 パティはすぐに両耳を手で覆って頷く。

 私は深呼吸し、思いっきりホイッスルを吹いた。


も少しでイケメンが出てくるはずっ…!


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